第九十話
火の霊脈。
その力を狙うであろうエデンを止めるため、セイン、ルーア、そしてゲレルの三人は駆ける。
そんな中で、後ろを付いていくゲレルは思う。
──おれって、場違いだよな……──
火の源素は、適正があるというだけ。
その力は武器である『火炎の弓』頼り。
この戦いにおいて、実力が足りているとは思えない。
なにより、彼らの目的である『エデンからアレーナを助ける』というのも、正直ピンとこない。
なぜなら、ゲレルはその『アレーナ』のことを、なに一つ知らないのだから。
本当にここに居ていいのか?
そんな迷いが、胸の内に渦巻いていた。
アスカの一族なら、他にもっと相応しい者が居たはず。
ナランツェ達のような戦士、姉のアリマだって……
考えが堂々巡りを始めて、ゲレルは断ち切るように頬を叩く。
──ナランツェ達は里を守り、姉ちゃんは里の唯一の医者。
里を離れる訳にはいかないんだ。
おれは、みんなの代わりにここに居る。
……そうだ、代わりだ。
『アイツ』の……!──
ゲレルの脳裏に浮かぶ、幼き弟の顔。
勇士になることを望まれ、それが叶わぬまま、短い生涯を終えた弟。
その姿を思い浮かべ、自らを振るい立たせる。
走るペースを上げて、離れていたセイン達との距離を詰める。
そして、霊脈が有る場所の近くまで来たセイン達。
……なのだが、そこで立ち往生。
この中で唯一、場所を知っているはずのルーアが、右往左往し始めた。
「ルーア、どうしたの?」
セインは、様子がおかしいと思ってルーアに尋ねる。
すると、彼女は困り顔で答える。
「霊脈の守護者が……おらぬ。
気配もしないのだ」
「あん? それがどうしたっつーんだよ」
イマイチ状況が飲み込めないゲレル。
「霊脈にはそれぞれ守護者がおる。
入るべきでないものが、立ち入らないよう、その詳細な場所は守護者が秘匿しているのだ」
「……ってことはよぉ……?
おれら、迷子かぁ?!」
「まあ……ある意味」
ルーアは、深刻な表情で頷いた。
「モタモタしてらんねぇっつーのに、どーすんだよ?!」
「まあ落ち着きなよゲレル」
と言いながら、セインはゲレルの肩に手を置く。
「セイン、なんでお前はそんな落ち着いてんだよ!」
「僕も焦ったけど、ゲレルが僕以上に慌てるから、なんか頭が冷えた」
「あ、そう……」
ゲレルは、頭に上った血が引いていく。
そう言われてしまうと、自分だけ慌てふためいているのも恥ずかしい。
落ち着いてみると、一つ気が付いたことがある。
肌に、火の粉が付くような、ピリピリとした感覚。
それを、ある方向から感じるのだ。
「なあ、火の精霊ってくらいだから、やっぱ火の粉みたいな気配してたりすんのか?」
もしかしたら、そんな気がして、ゲレルはルーアに尋ねる。
「いや、火の粉どころか、燃え盛る焔のような気配がしてもおかしくないはずじゃがな……それがさっぱり……」
「燃え盛る、ねぇ」
ゲレルが感じたのは、とてもそんなに強い気配ではないが。
物は試し、そう思って気配を感じる方向へ向かう。
「ゲレル、どこ行くの?」
「ん? あぁ~……言わせんな」
「あ~……うん、分かった」
なんとなく、セインにはそんな誤魔化しをしてしまった。
ゲレルは物凄く後悔した。
顔から火が噴きそうなほどに恥ずかしくて、あるっている間ずっと顔を覆っていた。
「こんなんだから、アイツから女って思われなかったんじゃねぇ?」
我が身を振り返って反省する。
そもそも、なんで誤魔化す必要があったのか? などと自問自答を始める。
「いや、でもな~、なんつぅか……怯えさせちまう気がしてなぁ」
そんなことを呟きながら、岩陰のほうを覗き込む。
すると、そこに居た『何者か』と目が合った。
「……よっ」
なるべく軽めに挨拶をしたつもりだったが、向こうはビクリと体を震わせる。
「わりぃ、驚かせるつもりじゃねぇんだ……お前、ここの精霊で合ってるか?」
半透明にも見えるし、それでいて実体のようにも見える。
燃え盛る炎を鬣のように靡かせる、四足の獣。
普通の生き物ではない、きっと精霊だ……とは、思うのだが。
「ちっさ……」
きっと体が大きければ、獅子のように威厳ある姿であろう。
だが、目の前に居る獣は、両手に収まってしまいそうな小動物。
「獅子っつーか、子猫だな」
ポロリ、と思わず口から出た一言。
どうもそれが、精霊の癇に障ったらしい。
精霊はゲレルに飛びついて、手を噛んだ。
「ギャッ! ……んだよ! 思ったこと言っただけじゃねえか!
あっ、イダダダダダ! わかった、わかった! おれが悪かったよ!」
謝罪したことで、ようやく手を放してもらったが、深い歯形が残ってしまった。
「いってぇ……これ、セナに治してもらえっかなぁ」
と、痕になることを少し心配しつつ、視線を落とす。
まだ少し怒っている様子で、威嚇してくる精霊。
「……ん? 『なにしに来た』って?」
突然、頭の中に浮かぶ言葉。
これはいったいなんだろうか? と、最初は不思議に思った。
だが、ゲレルがその言葉を理解したことに、精霊は驚いていたようだった。
どうやら精霊から発せられているらしい。とゲレルは気づく。
「『分かるの』? ああ、まあ……ただクロムよりは、はっきりしねぇな。
あいつのは、はっきり『声』って感じだけど、お前のは言いたいことは伝わってくるだけっつーか……
あ、おい落ち込むなよ! 別に悪口言ってんじゃねえって!」
気を落とした精霊を励まし、少し立ち直ってきたところで話を聞く。
「へぇ、『代替わり』ねえ。
先代が天寿を全うして、お前に役割が引き継がれた。か」
精霊によると、彼らは寿命のようなものがあり、それを終えると源素に返るのだそうだ。
そして、同じ役割を持つ次の精霊が、また新たに源素から生まれてくる。
本来であれば、次代は、先代と同等の力、記憶を受け継いで生まれてくる。
……だが、なぜかこの精霊は先代から大きく力を落とし、更には幼体で生まれた。
この地を護るという役割を全うするには、あまりにも頼りない。
「で、こそこそ隠れてたってわけだ」
しょんぼり、と視線を落とす精霊。
「『こんな情けない姿を晒す訳にもいかない』ねぇ……
そうは言ってもよぉ、今”世界の危機”って奴なんだよ。
お前じゃねえと霊脈分かんねぇんだろ? 案内してもらわねえと困るんだけどなぁ。
え、『なんでお前に案内しないといけない? お前は何者だ?』ああ、それはだな……」
ゲレルは、左手の甲に刻まれた紋様を、精霊に見せる。
「これで分かるか? おれは従士。
勇士の仲間だよ」
精霊は驚いた様子で飛びのいて、ひれ伏すように首を垂れた。
「おいおいどうした……『無礼な態度を取って申し訳なかった』?
いや、別に気にしてねえって。
『勇士様に合わせる顔がない』ねぇ……
あいつ、そんなこと気にしねぇと思うけどなぁ」
そう言いつつ、ゲレルは深く息を吐いて、精霊の隣に座る。
「……まぁ、分かるよ。
役割が大きいのに、自分の力が追いついてねぇ。
他に相応しい人は、居ただろうにな……
って、こりゃおれの話か」
パンッ、と両頬を叩いて、喝を入れるゲレル。
「こう、クヨクヨしちまうのはいけねぇな。
弱くても、やらなきゃいけないことから逃げちゃならねぇ。
だからよ、お前も、役目は果たさねぇか?」
ゲレルの言うことに、精霊も思うところはあるようだ。
だが、まだ一つ踏み出すには足りない……
そんな雰囲気だ。
そこでゲレルは一考し……提案する。
「ならさ、お前、おれの中に隠れてろよ。
精霊なら、そういうことも出来んだろ?
そんでこっそりおれに霊脈への行き方を教えてくれ。
それでセイン達を案内するから」
精霊も、それならば……と頷き、ゲレルに宿る。
その時、ゲレルはズシリ、と体が重くなったような感覚がした。
実際に重くなった訳ではないようだが、血管を、より多くの血が流れていくような……
力が漲るような。
それを不思議に思いながらも、一旦置いておき、セイン達の元へ戻る。
「よっ! 待たせたな。
霊脈の行き方、分かったぜ」
ゲレルが開口一番にそう伝えると、セインとルーアは呆気に取られた。
「ほら、なにボサっとしてんだ! さっさと行くぞ」
「いや、急にどういうこと?」
戻ってくるなり、突然先導を始めたゲレルに、セインは戸惑う。
「おい、大丈夫か?
その自信はどこから来た?
何を根拠に歩いとる?」
「まあ、いいからいいから。
おれに付いてくりゃ大丈夫だっての!」
「なんか勢い任せっぽいところが怖いんじゃが?!」
ルーアまでもが、理解不能な彼女の行動に振り回されていた。
仲間たちを困惑させていることなど気にも留めず、ゲレルは突き進む。
なにせ、初めて『自分の役割』が出来たと感じているからだ。
そんな彼女の様子が、セインとルーアはどこか不安に感じた。
そして、その不安はすぐに的中することになる。
「……あいつらどこ行ったぁ?!」
そう、調子に乗って周りの見えていなかったゲレルは、二人とはぐれたことに、気づかなかったのである。




