第八十九話
飛び立ってから、半日ほどが経った。
セイン達は、火の霊脈のある『ホムラ』という国にたどり着く。
ここは、活性化した火山に囲まれた国。
地下水が蒸発し、そこかしこから蒸気が漏れ出す。
ゆえに『蒸される』暑さの国なのだ。
「あっつぅ……」
クロムは、この国でみんなを下ろした直後、倒れた。
どうも、のぼせたらしい。
体温が上がって、真っ白な肌が赤く染まっている。
クロムは宿のベッドの上で、だらだらと汗を流し、今にも溶けてしまいそうだ。
魔力の過剰な使用をした戦闘。
それからほぼ休息なしで行った、半日間の飛行。
そして、慣れない暑さ。
乾いた土地で、風の強い環境で育ったクロムが、これを耐えるのは厳しい。
竜であるとはいえ、クロムはまだ幼い少女だ。
無理が祟ったのだろう。
「クロムにはここで休んで貰わないと、だね。
無理させすぎた。ごめん」
セインは、クロムの横で頭を下げる。
「うぅぅ……クロムは、だい……
いや、やっぱちょっとダメかもだぞ……」
クロムはセインについて行こうと、起き上がろうとする。
だが、腕が体を支えきれずに、またベッドに崩れる。
「ありがとう、クロム。
ここからは僕たちがやる。
ゆっくり休んでて」
「元気になったら、すぐにいくぞ……」
「うん、待ってる。
でも無理だけはしないよーに」
それから、セインはセナに声をかける。
「クロムのこと、お願い」
「……わかった」
そう言いつつセナは、もどかしそうに手を揉む。
なにか言いたげにしつつ、喉元で抑え込んでるよう……
「クロムのこと頼めるの、セナしか居ないから。
心配ばっかりかけさせて、ごめん」
「分かってんなら……ちゃんと帰ってこいよ。
どんなに怪我しても、治してやるから」
セナは、拳でこつんとセインの胸を小突く。
そんな彼女に、セインは親指を上げて、部屋を後にする。
そして、外で待っていたルーアとゲレルの二人と合流する。
*
火の霊脈へ向かう道中。
真ん中を歩くゲレルは、横目でセインを見る。
顔は少し俯いて、目線も下を向いている。
先程は切り替えたようではあったが……
やはり、どこか吹っ切れないように見える。
ゲレルは、フラッと彼の前に重なるように歩いて……立ち止まる。
セインはそんなことに気づかず、ゲレルにぶつかってしまう。
「あっ……ごめん」
「前向いて歩けっつーの」
「うん、気をつけ……うわっ」
セインが謝ろうとした瞬間。
ゲレルは彼の胸ぐらを掴んで、引っ張る。
「お前さぁ、なんか気になることあるなら、言えよ。
仲間だろ? おれらは。
……そこの、悪魔さんもな」
「……よく、見ておるな」
ゲレルに問い詰められて、観念した様子のセインとルーア。
前回の戦いからずっと引きずっていた、アレーナへの疑念を白状する。
「ふぅ~ん、『今のキミには救えない』ねぇ。
そのアレーナって……なぁんかこう、まどろっこしい言い方する奴だなぁ」
「まどろっこしい?」
「だってそうだろ。
今は、ってわざわざ付けてるあたり、助けては欲しいんじゃねえの?」
ゲレルの指摘に、その発想はなかったと言うように、二人は顔を見合わせる。
「いや、だが……
アレーナはエデンを助けるような行動をしておったぞ。
それは、どう見る?」
ルーアが尋ねると、ゲレルは困った反応をしながら答える。
「どう……っつわれても、おれアレーナって奴のこと知らねぇし……
お前らはどう思うわけ?
そいつは悪いことに手ぇ貸すような奴か?」
「それは……そんなことはない……はずだ」
ルーアは同意を求めるように、セインに視線を向ける。
それに意味深な顔をするセイン。
「うん、進んで悪いことするような人じゃない……
でも、エデンを守ってるってことも間違いないんだ」
「と、いうと?」
ゲレルが聞き返し、ルーアも見守る。
しばらく考えて、セインは答える。
「わかんない!」
真剣な顔で期待はずれな答えをするセインに、ゲレルとルーアはすっころびかける。
「だけど、やらなきゃいけないことは、分かった。
分からないことが、まだまだ沢山ある。
だから、知らなきゃいけない」
セインは一歩前に進んで、霊脈があるという火山を見つめる。
「まずは、会って聞き出すしかない。
アレーナが、何のためにエデンを助けるのか」
「それでもし、アレーナが敵だったら、どうすんだよ」
ゲレルは、あえて意地悪く問いかける。
それでも、セインの黒い瞳は、揺るがない。
「間違っていることをしてるなら、止めるってだけ。
そういうものじゃない?」
と、半身を返して告げるセイン。
──特別強くもないくせに、なんで頼もしく見えるかね……──
ゲレルにはその背中が、広く、頼もしく見えた。
「しゃーねぇ。
お前がそういうなら、付き合ってやるしかねぇかぁ!」
「正気か? ワシら、たった三人じゃぞ。
また足止めをするにしても、同じ手も通用せんだろうし」
「なんだよ、悪魔さんは怖気づいちまったか?」
ルーアの弱気な発言に、挑発気味に返すゲレル。
「そうだ、なんにせよ命が無くては意味がないからな」
「……んだよ、マジに手伝わねえ気か」
「無鉄砲者しか居なくては、玉砕して終わりだろう。
慎重な者が一人くらい居なくてはな?」
ゲレルよりも幼い身体のルーア。
だが、胸を張って上体をのけ反らせ、ゲレルを見下ろすように見上げた。
「なーに、やばくなったらワシがお主らを土で纏めて丸めて宿まで投げ返してやる。
思うままに思いっきりやれ」
「それ、慎重なのか?
ま、いっか!
悪魔って陰気な奴かと思ってたけど、気に入ったぜ」
「じゃ、話もまとまったところで、行こうか」
セインの一声に、ゲレルとルーアは頷き、駆けだす。
決戦の地、火の霊脈へ。
……そんな彼らの背後に、気配を潜める『影』が一つ。
「あそこか」
仮面の奥の瞳が、彼らの向かう先を見つめる。
静かに、けれど強く、求めるように。
「ワタシの求める力、今……もっとも強く輝いている。
あれを手にしたとき……ワタシは『唯一無二』に、なれる!」