第八十八話
地の霊脈で、エデンと一戦を交えた翌日。
セイン達は次の目的地、『火の霊脈』へと向かっている。
残された最後の霊脈。
エデンの向かう先も、必然的にそこになる。
セイン達は先を急いでいた。
先日の戦いの傷も疲れも、癒えぬまま。
今までのエデンは、なぜか真っ向からの対決を求めていたように思う。
だからこそ、あえてセインの居る場所を選んで来ていた節がある。
だが、先日の戦いで、セイン達は待ち伏せによる奇襲を行った。
それがエデンの怒りに触れたのは間違いない。
今までのように、悠長に構えはしないだろう。
ゆえに、セイン達は急いでいた。
クロムは竜の姿となって、目的地へと飛ぶ。
その背に、セイン、セナ、ルーア、ゲレルの四人を乗せて。
そんなクロムの背の上に漂う、潰れそうな程、重たい沈黙の空気。
うつむくセインとルーア。
セナは何も言わず黙り込み……
そんな三人の様子に、イラつくゲレル。
彼女はあぐらをかいて、頬杖を突きながら、セイン達を眺めていた。
だが、徐々に我慢が利かなくなってきたのか、頬を指先で叩き始める。
眉間にシワが寄りだして、沸々とした湯気が昇りそうな程に顔が赤くなる。
そして、スゥ……っと息を吸い込んで、肺を膨らませる。
それから大きく口を開いて、叫んだ。
「あぁっ!
もう……おまえら、いい加減にしろよぉ?!」
不意に響いた大声は、鼓膜を破りそうな程に震わす。
それを聞いた『全員』が背筋を張って硬直する。
「おめぇらさぁ、どいつもこいつも辛気くさい顔して黙りやがって!
息が詰まるっての!」
ゲレルはそれから、三人の元へにじり寄る。
そして、両手でセインの頭を挟み、グイグイと持ち上げた。
「まずは顔上げろ。
なに悩んでんのか知らねぇけど、下向いてたら暗いことばっか考えちまうだろうが」
セインは、最初は呆気にとられていた。
だが、すぐに思わず笑い出してしまった。
「……んだよ。
おれ、なんか変なことしたか?」
「いや、まぁ……ちょっと変だけど。
でも、そうじゃなくて。
さっきまでの自分がバカバカしくなったんだ。
ゲレルの言う通りだって思ったからさ」
ゲレルは、よく分かってなさそうに首を傾げている。
だから、セインは改めて言葉を伝える。
両手で頬を解して、笑顔で。
「ありがとうゲレル、元気出た」
「そうか、なら良し!」
そう言って、ゲレルも眩しい笑みで返した。
ルーアとセナは、そんな二人の様子を見て、落ち込んではいられない。と顔を上げる。
そんなとき、ふとセナは異変に気づく。
「……なんかさ、落ちてない?」
言われてみれば……と他の三人が気づいたとき、徐々に落下の速度は上がっていた。
焦ったセインは、慌ててクロムに話しかける。
「クロム?! どうしたの、クロム?!」
呼びかけても返事がない。
セインは、クロムの首を伝って頭へ向かう。
すると彼女は、目をぐるぐると回して伸びていた。
「クロム?!
目を覚まして!?
落ちてる! 落ちてるから!」
セインは、必死にクロムへ呼びかける。
それによって気がついたクロムは、慌てて体勢を直した。
「クロム、大丈夫?
ごめんね、無理させちゃって。
疲れてたよね……」
《いや、クロムこそごめんだ。
飛ぶのは平気だぞ。
ただ……》
「ただ?」
《いきなり大声だすから、びっくりして……》
クロムがそう言うと、皆の視線がゲレルに集まる。
ゲレルは、正座で座り直すと、肩身を狭そうに丸めた。
それから、すぅ~っと深く息を吸い込み、両手を揃えて膝の前に置く。
そして、深々と腰を折って頭を下げる。
「スンマセンしたぁッ!」
《声がデカい……》
*
「ほーん。
おまえら、要はそのアレーナって奴と、エデンがグルになってんじゃないかって、気になってるわけだ」
ゲレルは、セイン達にこれまでのことを聞いた。
昨日の戦い。
そこで、セインとルーアが見たもの、感じたこと。
そして、レミューリア地下で、セナが『アレーナに会った』という事実。
それらは、今までの認識を覆す。
今までは、『エデンがアレーナの肉体を支配している』と考えていた。
だが、アレーナはエデンの中ではっきりとした意識を保っていた。
その上、アレーナ自身の意志で、エデンの行いに手を貸しているとしか思えない『言動』と、『行動』。
その事実に、セイン、セナ、ルーアの三人は困惑していたのだ。
「んで、どうしたいワケ? おまえは」
それらを聞いた上で、ゲレルはセインに問う。
「おれはアレーナって奴のことを知らねぇ。
おれが弓を握るのは、ダチのおまえのためだ。
助けてぇっつーなら、手伝う。
そうじゃねぇなら、矢を向ける。
どうする? 助けんの、やめるか?」
ゲレルは、セインの目を正面から、まっすぐに見据えている。
セインの中で、まだ靄は晴れない。
けれど、それでも……答えは揺らがない。
「助け……たい。
それが正しいことなのかは、わからないけど……
でも、止めなきゃいけないと思う。
どんな理由があっても、アレーナが今やってることは、間違ってる気がする」
そう言って、セインはゲレルを強く見つめ返す。
「だから、力を貸してほしい。
エデンは確実に強くなってる。
僕一人じゃ、止められないかもだけど……
みんなと、五人でならきっとなんとか出来るはずだから」
セインの目に映る、揺らがないもの。
それを見たゲレルは、ニカッと笑みを浮かべて、彼の肩を抱く。
「おう! そういうことなら、任しとけ!」
そして、セインとゲレルは、楽しそうに拳を突き合わせる。
すると、セインの右手の甲にある『勇士の紋様』が光を放つ。
そして、ゲレルの左手の甲に光が移っていき……そこに紋様が刻まれた。
「なんだ……これ?」
ゲレルは、不思議そうにその紋様を見つめる。
セインは、彼女の紋様を、すこしだけ複雑そうに眺めた。
「『従士の紋』……これで、ゲレルも勇士と同じ力が使えるようになった」
「……あんま嬉しそうじゃねえな」
ゲレルに睨まれ、セインは気まずそうな顔をする。
「……アレーナとの『特別』だと思ってたから」
「そーかよ。
……なら、やめっか?」
真顔でそう告げるゲレル。
「いや、そんな必要ないって!
この方がいいのは、よくわかってるし!
ゲレルが従士になってくれるのは、頼もしいから!」
と、慌てて返したセインに、ゲレルはデコピンする。
「冗談だよ! バーカ!」
そう言って、ゲレルは笑う。
一瞬、なにかを諦めた顔をして……
その後ほんの少し、寂しそうに。
そんな二人の様子を眺めていたルーア。
ふと、となりのセナに視線を移す。
「おぬしも、あれくらい割り切れると楽なのではないか?」
「……まあ、そうだろうけど」
複雑そうな、セナの表情。セインのそれと、よく似ている。
こっちはまだ、時間がかかりそうだ。とルーアは思うのだった。