第八十五話
ナランツェには、『火』の源素が強い者を探していること。
それが『セインが信頼できる者』である必要があることを伝えた。
「なるほど。それでアイツか」
「そういうこと。
……それで、事情は分かってもらったと思うし、そろそろいいかな」
そういって、セインは空を見上げる。
ナランツェは事情を察し、「行ってあげな」と声をかける。
「心配はいらないと思うが、こっちを見失わないようにな」
「うん、分かってる」
それから、セインは馬から飛び降りて、空に向かって声を上げる。
「クロムー!」
空から見下ろしていたクロム。
自分に声をかけられた途端、ピンと尻尾を立てる。
だが、すぐに知らんぷりで顔を背けた。
それでも、セインはクロムに言葉をかけ続ける。
「クロム、さっきはごめん!
悪気はなかったんだけど、傷つけちゃったよね!」
クロムは顔を背けたままだった。
……が、半目でちらり、とこちらを見下ろした。
「もし、クロムが良かったら、なんだけど!
僕のこと、乗せてくれないかな!」
尚も知らん顔のクロムだが、彼女の尻尾はぶんぶん、と勢いよく左右に揺れる。
「ダメ……かな?」
《そっちの奴より、クロムの方がいいか?》
「一緒に空を飛ぶ方が、僕は好きだよ」
尻尾が再びピンと立ち、そして興奮気味に振るわれる。
クロムはおもむろに、顔をセインに向ける。
それから高度を落とし、セインの目の前に頭を下ろす。
《おまえがどうしても、というから、乗せてやる》
「ありがとう、クロム!」
セインは、喜んでクロムの頭に飛び乗った。
そしてナランツェ達の馬に付いていく。
彼を乗せたクロムは、心なしかその顔に笑みを浮かべているようだった。
「ねぇ、セナちゃん。
あれは教育の賜物?」
セイン達のやりとりを見ていたニルが、面白半分でセナに問いかける。
セナは、ニルの腰に回した腕の力を、少し強くした。
「あたし、あんな風に育てた覚え、ないんだけど!」
*
それから、無事アスカの一族が暮らす里へ到着したセインたち。
ナランツェが里の中へ人を呼びに向かう。
その間、一族はあまり来客に慣れていないから、とセイン達四人は里の外で待っていた。
そこへ、横に小柄な人物を連れて戻ってきたナランツェ。
その人は、セインを見た途端、驚いた様子で目を見開いて、それから、大喜びでセインに駆け寄ってくる。
そして、それをセインの横から見ていたセナが、眉間にしわを寄せた。
「セイン! 久しぶりだな!」
「ゲレルも! 久しぶり!」
セインも、ゲレルに駆け寄って、二人は楽しそうに互いの拳を突き合わせる。
「にしても、どうしたっていうんだ。
こんな急に」
「急にもなにも……
ここって、急に来るしかないじゃん」
「あー、それもそうだな」
ゲレルと談笑していたセイン。
そんな時、背後から感じた。
刺すような、冷たい感覚。
恐る恐る振り返ると、不機嫌オーラ全開のセナ。
なんとなく危険を察知したらしいルーアとクロムは、それとなく距離をとっていた。
「その子が、話してたゲレル?」
「う、うん……そうだよ?
いろいろと助けてもらった、友達」
「その子さぁ、女の子……だよね。
おまえ、男の子だって言ってた気がするけど」
しん……と場が一気に静まり返る。
「えっ……?」
こわばるセイン。
両側から挟まれるように『圧』を感じる。
「とりあえず、こっちを向け。セイン」
呼びかけられて、恐る恐る振り返る。
ゲレルは、怖いぐらい満面の笑みを浮かべていた。
「お前、おれのこと男だと思ってたのか?」
「……違った……んだね?」
セインは冷や汗が止まらない。
「この際だ、他にも隠してることあったら言ってみろ」
「……ゲレルって、年いくつ?」
「十七だが?」
「……同い年かぁ」
「なるほど、大体分かった。
おまえはおれを『生意気で女っ気のないチビのクソガキだ』と、そう思っていたわけだ」
「そこまで言ってないじゃん?!」
「言ってない?
つまり、思ってはいたってことか?」
急に黙り込み、ゲレルから目を逸らすセイン。
「おまえは正直者だな。
そういうところは、結構好きだぞ。
少しだけ手加減してやるよ」
一縷の望みをかけて、セナに視線を向けるセイン。
だが、彼女も取り付く島はなさそうで……
「怪我したらあたしが治すから。
思いっきりやっちゃって」
と、ゲレルに手を振っていた。
笑顔で。
「ああ、おまえがセナだな。
話はセインから聞いてる。
どんな傷も『無かったように治せる』ってな」
任せて、と頷くセナを見て、色々と諦めるセイン。
だが最後に、せめてもの情けを信じてゲレルに問う。
「パーにしてくれる?」
「グーだ。
歯は食いしばっておけ」
それから少し、セインの意識は途切れた。
「ほんっとさぁ、どこ行っても仲のいい女の子出てくるじゃん。
なに? この半年間、ナンパの旅でもしてたわけ?」
ぶつぶつ、ぶつぶつ、と何か聞こえてくる。
セインが目を覚ますと、一番にセナの顔が映り込んだ。
どうも、今はセナの膝を枕に寝かされていたらしい。
「あの……セナ。
なんか、よく分かんないけど、ごめん……」
セインが声をかけると、セナは一瞬、気まずそうに目を逸らす。
「……聞いてた?」
「うん」
「もう一回、気絶する?」
「嫌だよ!? 別に気にしないから!」
勢いよくセナから離れるセイン。
「冗談だってば、冗談」
とセナはいうが、微妙に目が笑ってない。
そんなやり取りをしていると、ゲレルがセインの肩をたたく。
「おい、そんなことより、わざわざ呼びつけて何の用だったんだ」
まだ少し不満げな顔をしているが、さっきよりは怒っている様子ではない。
「ああ……なんか色々ごめん。
今日来たのはさ、ゲレルを誘いに来たんだよ。
仲間になってほしくてさ」
「おれを……?」
いきなり、さらりと告げるセイン。
ついていけない様子で、ぽかんと口を開けるゲレル。
「ダメ?」
「えっ、いや……ダメじゃないが!
……おれで、いいのか」
「いいから誘ってるんだよ。
っていうか、ゲレルに来てほしい。
だから、ここまで来たんだ」
そう言って、左手を差し出すセイン。
──おれが、勇士の……仲間に──
顔を俯けて、胸の前で手を押さえるゲレル。
うれしかった。
ずっと、憧れていた。
勇士になることに。
それが叶わないと分かっても、共に戦えるようにと、鍛え続けていた。
でも、いざその時がくると、不安になる。
──おれは、役に立てるのか……?──
期待に見合った実力があるのか。
迷惑をかけないか。
失望されないか。
そんなことを考えてしまって、たった一歩が踏み出せない。
「ゲレル、聞いてほしい」
二の足を踏んでいると、セインから声をかけられる。
「こんなこと言うのも、なんだけど……
勇士じゃなくて、僕に、力を貸してほしいんだ」
「勇士じゃなく……セインに……?」
「助けたい人が居る。
だけど、僕の力だけじゃ、助けられない。
強い人、ってだけなら……多分、いくらでも居るんだと思う。
でも、一緒にいて心強くて、同じところを目指してくれる人……他に思いつかないんだ」
ゲレルは顔を上げて、セインを見る。
どこか、不安げな、彼の顔。
そう、彼は『セイン』だ。
勇士である前に……友なのだ。
出された手は、差し伸べられたものじゃない。
友が、助けを求めてる。
ならば、自分のやるべきことは、決まってる。
セインの手を、力強く握り返す。
「分かったよ。
おれも一緒に戦う。
それがおまえの、力になるんなら!」
表情にどこか不安の漂っていたセイン。
だがその言葉を受けて、心強そうに笑みを浮かべた。
──大丈夫、みんなが居てくれるなら、きっと──




