第八十三話
目の前で馬たちが足を止め、乗っている女性たちがこちらを見下ろす。
三人とも、程度の差はあれど皆、体が大きく逞しい。
そして、赤い髪に、褐色の肌。
セインから話には聞いていた。
彼女たちは、『アスカの一族』。
「ナランツェ! ニル! ドルマー!」
その女性たちに、セインが声をかける。
「誰かと思えば、セインじゃん! ひさしぶり~!」
「ひさしぶり、ニル!」
一番に反応したのは、向かって左。
目が大きくて、人当たりが良さそうな印象の、髪を肩のあたりまで伸ばした女性。
名前は、ニル。
「めったに上がらぬ狼煙が出たから、何事かと思えば、迎えを呼んだと?
まったく、勇士どのは手のかかる」
向かって左。
三人の中でもひと際体が大きく、厳格そうな雰囲気の女性。
ドルマー。
「いや、これは私が教えたのだ。
我々は集落を移動するからな。
必要なら、こうしろ。とな」
「な……そうだったのですか。
ああ、だから隊長はわざわざ出てきたのですね」
「そういうことだ」
そう言ったのは、真ん中。
体格だけならこの中では二番目。
だが、一目見ただけで一番頼りになるのはこの人だろう。と感じる。
……ナランツェ。
彼女こそ、アスカの戦士、その長を務める者。
なんとなく、セナの中で彼女に警戒心が芽生える。
三人は馬から降りて、セイン達の前に並ぶ。
「その娘達は、キミの仲間か、セイン」
「そうだよ。
角があるのがルーアで、水色の髪してるのがセナ。
あと、この子がクロム」
とセインが仲間たちを紹介すると、ニルが面白がってナランツェとの間に入り込む。
「へぇ~、可愛い顔して、案外やり手?」
「……なんのこと?」
とぼけている様子もなく、本気で言葉の意味が分かっていないセインに、「マジかよ……」とニルは顔をこわばらせる。
そんなニルに、注意するように咳払いするナランツェ。
「すみませ~ん」とニルはおずおずと引き下がる。
「で、どうしたんだ。
わざわざここまで来るとは、よっぽどの用があるんだろう?」
「まあね。
とりあえず、里まで連れて行ってくれないかな。
行きながら事情は話すよ」
「分かった。
一人余るが、私のに乗るといい。
私の愛馬なら、一人多く乗っても問題ない」
「じゃ、セナちゃん……だよね?
ウチが乗せてあげる!」
と、ニルは真っ先にセナの手を引いていく。
そして、ドルマーはルーアを見下ろして、緊張感を漂わせる。
「悪魔……だそうだな」
「セインから聞いておったか。
その通り、これでも年上じゃから、そのつもりでな?」
と、ルーアは顔をニヤつかせる。
からかえそうな相手で、久しぶりに調子を出せそうだから少し楽しいのだろう。
「おまえは自分が連れていくが……妙な真似はするなよ」
「安心しろ、取って食ったりはせんよ」
ドルマーはルーアを後ろに乗せるが、顔がこわばっている。
そんなやり取りを見ながら、苦笑いのセイン。
──ほどほどにね……──
と心の中で呟く。
「じゃあ、クロム。
一緒にナランツェに乗せて……あれ?」
セインが振り向くと、背後にいたはずのクロムの姿がなかった。
気が付けば、彼女はナランツェの馬の前に居て……なぜか睨みあっていた。
「クロム……どうしたの?」
「……セイン、こいつに乗るのか?」
「うん? そうだけど」
何の気なしにセインが返事すると、クロムの眉間にしわが寄った。
「クロムじゃ、なくて?」
やっちまった。
セイン以外、この場に居る誰もがそう思った。
事情を知らないアスカの戦士たちでさえ。
「クロムの方が大きいし、強いし、速いぞ」
「クロムは里の場所分からないでしょ?
ナランツェに案内してもらわなきゃいけないし、話もあるから……」
と、説得しようとしたセインを止めるように、ナランツェが肩に手を置いた。
「クロムじゃ、ダメなのか?」
セインが気が付いた時には、クロムは頬を膨らませ、目元には涙が滲んでいた。
そして、ぷいっとセインから顔を逸らす。
この時になって、ようやく彼も気づいたが、時すでに遅し。
「クロム、ごめん……
えっと、クロムがダメってことじゃなくて……」
セインは、なんとか取り繕おうとした。
が、とっくにへそを曲げてしまったクロムは、聞く耳を持っておらず……
「セインなんか、しらない!」
そして、クロムはナランツェの馬に威嚇して、その場から走り去った。
「おい……セイン。追いかけてやれ……」
「あー……いや。
付いてきては、くれるみたい」
セインは、困った顔をしながら空を見上げる。
ナランツェがそれを不思議に思っていると……急に、辺りが暗くなった。
何事か、と慌てて空を見ると……
ナランツェには、信じられない光景がそこにはあった。
彼女だけでなく、釣られて空を見上げたアスカの戦士達二人でさえも。
修羅場をくぐり抜け、並大抵のことでは動じない自信のあった彼女たちでさえ、『それ』には目を疑った。
大きな翼を広げ、銀の鱗をまばゆく輝かせる巨体の持ち主。
すらりと伸びた、長い首と、尻尾。
それは、『竜』と呼ぶにふさわしい佇まい。
話には、聞いたことがある。
たが、それは寝物語に聞かされた、おとぎ話の類。
まさか実在し、この目で見ることになろうとは、思いもしなかった。
そこから更に、セインから信じられない言葉を聞くことになる。
「あれ、クロムだよ」
「……さっきの子が!? そんなこと……
いや、つまらない冗談をいうような奴じゃないよな、キミは」
それは分かっていても、にわかには信じられない。
「ついてきて、くれるよね?」
《しらない、さっさと行け》
セインが尋ねると、その竜は顔を逸らしながら返事する。
頭の中に響いてきたのは、先ほど聞いた少女の声。
混乱はしていたが、理性でナランツェは受け入れる。
「とりあえず、ついてきてはくれる……と思う。
クロムとはあとからちゃんと話をするから、今は行こう」
「あ、ああ……分かった。
その……あまり離れないようにな! たぶん、その心配はなさそうだが!」
一応ナランツェもクロムに声をかけて、出発する。
「驚いたな。
まさか、竜まで仲間にしていたとは。
……そんなキミが、アスカに何の用だ?」
「うん、ちょっと仲間になってほしい人がいてね」
「ほう……勇士殿のお眼鏡に敵う者が、我らの一族に居る、と」
「もう、そんな大層な言い方しないでよ。
……まあ、やっぱり、頼るなら信じられる相手がいいからさ」
ナランツェの腰に掴まりながら、セインは少し前のことを話し始める。