第八十二話
レミューリア地下での戦いから、五日ほどが経った。
今、セインはルーアと、クロム。
そして、セナを加えた四人で、とある野原に来ていた。
周囲を見回しても、人っ子一人いない。
そんな場所に。
その目的は……
「セイン……ワシらは、人探しに来ているわけだが。
それは分かっているな?」
「もちろん、分かってるよ。
まあ、ちょっと待っててよ」
セインは、ルーアにそう答えながら、草木を集める。
「火を起こすのか?」
「まあ、火は点けるんだけど……
これは煙を起こしたいんだよね」
セインはクロムからの問いかけに、作業をしながら答えた。
「煙? なんでだ?」
「遠くに居る人に、僕らがここに居るって知らせるためだよ」
「それは、誰にだ?」
「友達だよ。
クロムも一緒にやってみる?」
クロムはうんうん、と激しく首を縦に振る。
そして、セインの後ろに付いて草木を集め、火を起こし始める。
そんな様子を、セナは遠巻きに、ぼんやりと眺めていた。
「大きく……なっちゃったなぁ」
ため息交じりに、こぼれる言葉。
「どうした、寂しいのか?」
背後から声をかけてきたのは、ルーアだった。
からかわれているようで、気に食わない態度。
だが、こいつはこういう奴だ、と諦め気味にため息を吐く。
「そうだよ、寂しいよ。
あいつ、ずっとあの子に構ってるじゃん。
そりゃまあ、世間知らずでほっとけないのは分かるし、自分に付いてきてくれる子って可愛く見えてくるから世話も焼きたくなるのも分かるよ。何か教えたら夢中になって聞いてくれるもんね……セインもそうだったし。
でもさ、何かあればクロム、クロム、クロムクロムクロム……
小さい子に妬くのもどうか、って自分でも思うけど。
もう少しあたしと、こう……なんかないの? せっかく半年ぶりに会ったのに?
ちょっとくらい、二人の時間作ろうとかさ、思ってくれないのかな。
そんで、こういうこと考えちゃう自分も嫌だっていうか」
言い切った後、ひと際大きなため息。
ルーアは絶句して、セナから徐々に目を逸らす。
気安く触れてはいけないものに、触れてしまった気まずさで。
「満足?」
そろりそろり……と離れようとするルーアを、にらみつけるセナ。
「……正直、そんなに溜めこんでいるとは思わなかった」
「また化け物にされたらセインに迷惑かけるし、こうして吐き出してるの。
分かる?」
「おや、もしかして今ワシの立場って低くなっとる?」
「しょうがないだろ、セインにもクロムにも言えるか、こんなこと。
……っていうかさ、あたしのこと後回しにしてなんでおまえの所に最初に行ったわけ?
あたしは、わざわざ手紙書いて呼び出さないと来なかったのに、おまえの所には……」
「あーあー、知らない知らない! そんなことはアイツに聞け!」
とセナの言葉に耳を塞ぐルーア。
二人がそんなやり取りをしているうち、セインとクロムの方は火を起こし、白い煙が立ち上り始めた。
クロムは、嬉しそうにセインとハイタッチしたあと、セナとルーアの方に走り出す。
それに気が付いたセナは、一度咳払いをして、両手で顔を覆って揉み解す。
そして、両手を離したあとには、柔らかな笑みが浮かんでいた。
「セナ! 火を起こしたぞ! クロムも手伝った!」
明らかに褒めて欲しそうなのが、表情から分かる。
「そっかそっか、何を手伝ったの?」
「燃やすものを一緒に集めて、セインが種火を起こしたところに風を送ったぞ。
あと、煙をまっすぐ立てたいって言ってたから、風の向きを変えたんだ」
「やるじゃん! いっぱい手伝ったな、偉い!」
セナに褒められると、「そうだろう!」と誇らしげに胸を張るクロム。
そんな二人のやりとりを、横で見ていたルーア。
セナは先ほどとはまるで違う、屈託のない表情でクロムに接している。
そんな彼女に、ルーアは背筋が冷えた。
──こやつが、一番恐ろしいかもしれん──
それからしばらく。
セインは煙の様子を見たままで、動くことはなかった。
構ってもらえないので、クロムは退屈しはじめて、同じく手持ち無沙汰であろうセナにちょっかいをかけはじめる。
そんなクロムをセナは構ってやるが、一つ気になったことがあって尋ねる。
「あたしは別にいいけどさ、ルーアのところには行かないの?」
「あいつのことは、嫌いじゃない。
でも、悪魔の匂いが強すぎて、近寄ると肌がぴりぴりする。
おまえも天使の匂いはするけど、薄いから平気だ」
ピンと来ていないセナに、ルーアが少し離れたところから声をかける。
「ワシら三種族はもともと敵対関係だった。
純粋な竜であれば、近づけば体が臨戦態勢になって血が昂るのだろうが……
クロムは半端に人間が混じってる分、闘争心が弱いんじゃろ。
気持ち的には忌避感で収まってる分、体には蕁麻疹でも出るんじゃろ」
「あー……そっか。
で、空人はとっくに天使じゃないから、平気ってこと。
人と竜の二つの姿を持ってるってのも、大変だな」
「竜の姿になればどうってことないんだぞ。
体がおっきくなるからな」
と、セナは納得したところで、もう一つ気になることが。
セインに視線を向けて、呟く。
「あいつは、誰を待ってんだろうな」
セナはほんの少しだけ、胸がざわついた。
またしばらくすると、体が震えるような重々しい音が轟く。
待ちくたびれていたセナ達は、その音で一気に眠気が飛ぶ。
何事かとセナ達が振り向くより先に、セインが横を駆け抜けていく。
「おーい! ここだよ、ここ!」
土煙を巻き上げて近づいてくる何かに、セインはそう呼びかける。
分かりやすいように、両手を大きく振りながら。
近づいてくる影は、三つ。
その正体は馬。そしてそれを駆る三人の……女性だ。
その顔が判別できるくらいに近づいたとき、セインは少し嬉しそうにしていた。
──胸騒ぎの正体は、これか──
と、セナは確信した。