第七十七話
セナは、後悔していた。
自分がもっと、セインの気持ちに気づいてあげられたなら。
──あいつが、あんなに重い物を抱えながら過ごしていたなんて、知らなかった──
その苦しみを、誰にも知られぬようにと、気丈に振舞い続けた。
……きっと、とても辛かっただろう。
彼をそうまで追い詰めてしまった。
自分が許せない。
心配をかけまいとしてくれたんだ。
でも、そうじゃなくて、苦しんでいることを、伝えてくれる相手でいたかった。
だから、また会った時、謝らなければいけない。
そうセナは思い続けていた。
そして、「もっと頼っていいんだ」と、伝えなければ。
まだ、自分を責めているかもしれない彼に。
一人で抱えきれないことで、苦しむ必要はないって。
……そうして待っていると、感じた。
彼が来るのを。
久しぶりに会うとなると、少し緊張する。
高鳴る心臓の鼓動を抑えるように、深呼吸。
でも、やっぱり一目でも早く、セインの姿を見たくて……
振り返ろうとした、その時。
「セナ!」
聞き馴染みのない声が、自分を呼ぶ。
セナは、戸惑った。
感じる気配はセインのもの。
だけど、聞こえる声は低くて、知らない声。
誰……?
セナは、振り向くのが少し、怖くなった。
そんな彼女は、背後から覆うように、少し強めに抱きしめられた。
セナは驚いて、心臓が跳ねた。
背中に当たる感触は、ごつごつとがっしりしてて、大きい。
そして前に回された腕は、太く逞しい。
それから、やや強引に体を振り向かされる。
そこで見上げた顔は、見覚えがあって……
「久しぶり……」
噛みしめるように、彼は言う。
懐かしむように、自分を見下ろす。
「セイン……」
そうだ、彼はセインだ。
日に焼けて、少し顔つきが大人びて見える。
だけど、優しいその目は変わらない。
見ればわかる。
彼は、間違いなくセインだと。
セナは、ただただ困惑した。
理解を拒もうとする、自分が居たことに。
セナが驚きと戸惑いで、声が出せずにいる中……
セインは彼女の肩を掴み、真剣な眼差しで水色の瞳を見据える。
「セナ、ごめん!
アレーナのこと、ずっと言いだせなくて」
「……えっ?」
唐突に頭を下げてくるセイン。
「自分一人で、なんとかできると思ってた。
僕はもう、子供じゃないからって。
……だけど、僕がやってたのは、ただ都合の悪いことから目を背けてただけ。
みんなに知られたら、『今』が壊れちゃうって……それが怖くて、言い出せなかった」
「セイン……」
「本当は、もっとみんなに頼るべきだったって、今なら思うよ。
僕一人じゃ出来ないことが、たくさんあるんだって、分かったから」
セナには、かける言葉がなかった。
セインは、自分の行いと向き合い、受け止めた。
自責も後悔も、とうの昔に終えていて、もう彼は前に進んでいる。
今更、慰めは必要ないんだ。
セナは、置いてけぼりを食らった気分だった。
感情が追いつかない。
たった半年……それだけで、こんなにも離れてしまうなんて。
それから、セインは顔を上げ、両手でセナの手を包む。
「もし、許されるなら……もう一度、一緒に来て欲しい。
アレーナを助けるために、力を貸して欲しいんだ!」
そう、力強く伝えられる。
セナは、おもむろに頷いた。
嫌とは……言えない。
彼に頼られることは、素直に嬉しい。
「……ありがとう。
嬉しいよ。
やっぱり、僕にはセナが居てくれないと」
けれど、複雑だった。
自分は、彼に頼られるような女なのか……?
セナは、そんな想いが、胸の中にモヤモヤと渦巻いていた。
*
セインとセナは、シエラの案内の元、更に地下へと向かっていた。
セインとシエラが話しているのを、セナは少し早歩きでついて行っていた。
「まさかここに、水の霊脈があったなんてね。
っていうか、シエラはよく知ってたね、僕らが霊脈を探してるって」
「来るべき時に備えてぇ、外の様子は逐一確かめているんですぅ」
「へぇ、どうやって? シエラって、ずっとここに居るんだよね?」
「これでも『水の精霊』ですからぁ。
『水』のある所であれば、霊脈を通じて探ることが出来るんですぅ」
「えぇ凄い!
……っていうことは、シエラには世界のほとんど見えちゃうんじゃ?」
とセインが問いかけると、シエラは「ふふふ……」と意味ありげに笑う。
そして、すこし間を開けて答える。
「さすがに、無理ですぅ」
肩透かしな答えに、セインは危うくこけそうになる。
「まあ確かにぃ、やれないことは無いですがぁ……
一人の意識では、把握できる事象は限界がありますぅ」
それはそうだ、とセインは納得する。
「なら、どういう所を見るの?」
「そうですねぇ、『よく知ってる相手』とかですねぇ。
たとえば、セナさんとかぁ。波長を探って居所を探せるんですぅ。
こうやってお知り合いになれたのでぇ、セインさんのことも、これからは探せますねぇ」
「なるほどね。
じゃあ、ルーアとかクウザ辺りとかも知り合いだったりするの?」
「まぁ……知り合いというかぁ……」
二人の名前を出すと、急に口ごもるシエラ。
そういえば、ルーアから聞いたが、彼女は元天使。
ルーアとクウザが互いに対抗意識が強かったように、彼女もそんな感じなのだろう。
と、セインは納得した。
「今回に関してはぁ……大きな異常を感知して、偶然知った。
という所ですねぇ」
「大きな、異常……それって……」
「ええ、お察しの通り。
邪悪なる者……いえ、今は『エデン』と名乗っているのでしたかぁ」
その名を聞いて、真剣な表情に切り替わるセイン。
「ここも狙われてる……ってことだよね」
「ええ、そのはずですぅ。
わたしが監視しているのでぇ、『怪しい気配』は感知できます。
ですがぁ、万が一ということもありますしぃ……
早めに、その剣に力を注いだ方がいいかとぉ」
シエラの進言に、セインは頷く。
「渓谷の結界を抜けたりしたわけだし……
あいつが、どういう手段を取ってくるか分からない。
用心に越したことはないね」
そんな、真剣に話し合う二人を……セナは傍から見ていることしか出来なかった。
「……セナ、どうかした?」
気がついたら、ずっとセインのことを見てしまっていたらしい。
まずい、と思って咄嗟に目を背けてしまう。
「いやっ、なんていうか……
なんでも、ない」
「えー?
ずっとこっち見てたじゃん。
何にもないって事はないでしょ」
セインは、少しからかい気味にセナに絡む。
「ほんと、なんでも、ないから……」
「ほんとにぃ?
あ、もしかして僕の顔なんか付いてた?
別に遠慮しないで言ってくれても……」
「なんでもないって!」
セナは、セインの言葉を遮るように声を上げた。
「ごめん……怒らせるつもりじゃ、なかったんだけど」
咄嗟に、セインは謝った。
「いや、あたしもごめん……急に、大声出しちゃって」
「気にしないで。
……はぁ、ダメだなー。
セナ相手だったら、なんて甘えちゃって……やりすぎた。
セナだって、されたら嫌なことあるよね。ほんとごめん」
と、後ろ頭を掻くセイン。
セナは、俯いて唇をかみしめた。
セナだって、そんなこと分かってた。
彼はただ、前と変わらず自分と接してくれただけ。
むしろ、悪いのは自分の方だ。
嫌なのは、受け入れられない自分だ。
自分の知らない姿に変わった彼が、前と変わらず接してくること。
それは、彼がセインなんだと受け入れざるを得ない。ということ。
それを受け入れられない自分が、嫌になって……
胸の内の、黒いモヤモヤが大きくなっていく。
そんな彼女の横で、セインは深くため息を吐く。
「変わらなきゃって、思ってるんだけどね。
こんなところ、クロムに見せたら良くないなぁ」
「……クロム?」
知らない名前。
思わずセナは聞き返した。
「僕たちの、新しい仲間だよ。
竜の渓谷で出会った女の子なんだ。
一人で生きてきたから、人との関わり方をよく知らないんだ。
だから、僕がお手本にならなきゃって、気をつけてるんだけどさ……
難しいね。
里には、僕より年下って、居なかったでしょ?
どんな風に接したらいいのか、手探りなんだ。
せめて、頼れる相手で居たいなって、ずっと気持ちが引き締まっちゃって」
セナの足が止まる。
「そう思うと、僕もセナに迷惑かけっぱなしだね」
彼の背中が、少しずつ遠のいていく。
「一人で旅をして、分かったことがあるんだ。
今まで、当たり前に出来ると思ってたこと……
全部みんなが、セナが居てくれたから、出来てたことなんだって」
離れていく。
セインの背中が、手の届かないところへ。
「セナ、今までありがとう。
ずっと頼りっきりで、心配もかけたよね。
これからは、そんな事が無いようにするよ。
僕もお兄さんになったしね」
照れくさそうに、そんなことを語るセイン。
「……あたしはもう、必要ないってこと?」
不意に、胸の内から言葉が零れた。
途端に、セナは自分の口を両手で塞ぐ。
「……セナ?」
セインがこちらに振り向く。
心配そうに様子を伺っている。
けれど、そんな彼の視線に背を向けて……セナは走り出す。
「えっ……セナ!?」
止めようとするセインの手を振り払い、逃げる。
彼の前には居られない。
居てはいけない。
気がついてしまった。
目を背けて、見ないようにしていた。
自分の中にある、醜い願望。
<セインには、ずっと子供で居て欲しい>
変わって欲しくない。
ずっと自分の傍に居て欲しいから。
自分を、必要とし続けて欲しい。
そんな、身勝手な想いが……彼から『明日』を奪おうとしていたのだと。
──最低だ。
セインは、あたしを信じてくれてるのに……
あたしはずっと、押し付けてばっかりだ──
セナは、自分を嫌悪し、自己否定を繰り返す。
そうして逃げた先で、セナは何かにぶつかった。
その拍子で倒れそうになった所を、誰かに受け止められる。
セナは、とっさに閉じていた瞼を開いた。
その時、瞳に映ったその顔に、衝撃を受ける。
「アレー……ナ……?」




