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第七十五話

「セイン! 助けてくれ!」


 思考がドツボにハマりかけていた。


 そんなセインを引き戻したのは、クロムの声だった。


 しかも、振り向けば彼女は下着姿。

 驚きで、余計なことなど考えられなかった。


「どうしたのクロム?!」


 セインは慌ててソファを飛び越える。

 そして自分のマントを外すと、クロムに被せてあげる。


 クロムはセインにしがみついて、顔を見上げる。


「あの女、クロムの身ぐるみ剝いで、なんかムシムシする所に連れ込もうとしたんだ!

 クロムのこと、蒸し焼きにするつもりだぞ!」


 と、必死に訴えかけてきた。


 セインは、深呼吸して気持ちを切り替える。

 そして、怯えるクロムを落ち着かせようと、彼女の手を軽く包む。


「そうだね、急に蒸し暑い所に連れていかれたら、びっくりするよね」


 こくこく、とクロムは頷く。


「大丈夫、僕がクロムに怖いことなんてさせないから。

 安心して」


 そうやってクロムを落ち着けていると、扉の向こうに、佇むステンシアの姿が見えた。

 クロムも彼女の存在に気が付き、セインの背後に回って威嚇する。


「ごめんなさい、お風呂を怖がるとは思わなくて」


 ステンシアは、申し訳なさそうに両手を合わせる。


 それから、セインは振り向いて、腰をかがめてクロムに目線を合わせる・


「クロム、ステンシアは君を怖がらせたかったんじゃないんだ。

 クロムの体を、綺麗に洗ってあげたかったんだって。

 謝ったら、許してあげられる?」

「……分かった。

 セインがそう言うなら、信じる」

「だって。

 来ていいよ、ステンシア」


 そうして、セインはステンシアを手招きする。


 ステンシアも屈んで、セインの背後に回るクロムに話しかける。


「ごめんなさい。

 いきなりで、驚いたわよね。

 あなたのこと、よく知らないのに、自分の都合を押し付けちゃって……

 本当に、ごめんなさい」

「……いいぞ、許してやる。

 お前が悪い奴じゃないのは、わかる。

 クロムも、ちょっと……ちょっとだけ、ビックリしただけだからな」


 クロムは、セインの背後から少しだけ身を出して、手を差し出す。


 意図が伝わらず、ステンシアが首を傾げていると、クロムが口を開く。


「手を、出せ。

 人間は、こうやって信頼を伝えるんだろ」

「……ええ、そうね。

 その通りよ」


 ステンシアは、嬉しそうにクロムの手を両手で包む。


 その手のぬくもりを感じて、クロムは彼女への警戒心が解けたのか、表情が柔らかいものになる。


「……お風呂って、どんなところだ?」

「体を綺麗にして、気分をよくするところよ。

 そうね……あったかい水浴び、かしら」

「水浴びか。それならクロムも分かるぞ。

 ……セイン、クロムは……ちょっと行ってみるぞ」


 まだ少し不安そうなクロム。


 セインは、そんな彼女の背中を押せるように、微笑みかける。


「うん、行ってらっしゃい」


 クロムは頷いて、ステンシアについていく。


「じゃあ、すこしクロムちゃん借りるわね。

 お風呂は、少しぬるめにしておくわ」

「うん、よろしく」


 そうして、手を繋いで歩む二人を見送った。


 それと入れ違いに、セシリアが両手にドレスを持って現れる。


「すみません、クロム様の保護者の方ですね。

 つかぬことを伺いますが、この白と黒……

 どちらの方がクロム様に似合うと思われますか?」


 と、セインに迫って問いかける。


「色白の肌と銀色の髪、黒であれば色のコントラストも相まってクールな印象が出ると思いますし、白ならば幼さと清純さが相まってより可憐さを強調させてとても良いと思うのですが、わたくしの一存で決めてしまうにはどちらも捨てがたく、是非ともご意見を伺いたく思いまして。

 どちらの方が似合うと思われますか?」


 静かながらに、興奮が伝わってくるセシリアの口調に、セインは圧倒される。


 冷汗をかきながら後ずさるが、なお迫る押しの強さ。


「一回、どっちも着せてみたらいいんじゃない……かな?」

「……なるほど。

 机上で考えるだけよりも、実物を見て判断せよ……と。

 たしかにその通りです。ありがとうございました。

 では、失礼します」


 苦し紛れに答えたが、どうやら納得してくれたらしい。

 セインは安堵して一息つく。


 セシリアが居なくなるころには、セインの中で張り詰めていた緊張の糸は、緩んでいた。


 彼女は、楽しそうだった。


 思ったのだ。

 生まれがどうあれ、何者であれ……彼女は人と変わらない。


 きっと、アリシアもそう。


 ただ、『知らない』ということが、恐れを生みだす。

 そして、それが怒りに変わってしまう。


 だが、そんな怒りに身を任せては、本当に正しいことはできない。


「また、間違える所だった」


 あの夜、剣が映した。

 怒りに歪み……その奥にある、恐怖に支配された自分の顔を。


 もう、同じ後悔はしない。


 決意したセインは、ジークの方へと振り返る。


「ジーク……アリシアのことは『任せて』欲しい」


 曇りのない眼差しで、セインはジークを見つめた。


「……ああ、分かった」


 ジークは、笑みを浮かべて頷く。


 ルーアは、そんなジークの脇腹を肘で突く。


「セインを試したのか?」


 ジークは、少し気まずそうに頬を掻きながら答える。


「少し……ね。

 でも信じていた、セインなら大丈夫だってね」


 そう言って、彼はセインが手土産に持ってきたパンに手を伸ばし、嬉しそうに頬張った。



 昼を少し過ぎた頃。

 城の中庭に、セイン、ルーア、クロム。

 そして、ジークとステンシア、セシリアは集っていた。


「せっかく色々お着替えしたのに、セインに見せなくてよかったの?」

「あれは……なんだかスースーして落ち着かない。

 セインに見せるのは、恥ずかしい……」


 別れ際、クロムとステンシアはすっかり仲良さげに話していた。

 人の本質を見られるクロムは、気を許せる相手には懐こいのかもしれない。と、セインは思った。


「僕も見せて欲しかったな。

 セシリアが選んだドレスを着たクロム」

「とても愛らしいお姿でした。

 お見せ出来なかったのは、残念です」

「……うぅ~。

 次……は、みせる。かもしれない」


 残念そうなセインとセシリア。

 そんな二人を交互に見ながら、クロムはもじもじと顔を俯けた。


「あらあら、顔を赤くしちゃって。

 二人とも、あんまりクロムちゃんを困らせたらダメよ」


 と、ステンシアは二人を窘める。

 まるでクロムの姉のようだ。


 一息ついて。

 ステンシアは、クロムの手を名残惜しそうに握る。


「もう少しゆっくりして言って欲しいけど、そうもいかないのね」

「うん。

 邪悪なる者……エデンの奴も、本格的に動き出したからね」


 セインが答えると、ステンシアは表情が真剣なものに変わって、顔を上げる。


「……そうね。

 赤目の魔獣も、かなり手強くなっていたわ。

 あなた達も気をつけなさい」


 セイン達は頷く。


 それから、セインはジークの元に近づいて、声をかける。


「ジーク、一つ聞いていい?」

「なんだい?」 


 首を傾げるジークに、セインは問う。


「ジーク、キミの従者はどんな人だったの?」


 その問いに、ジークは少し驚き、そして心なしか嬉しそうな表情をして、答えた。


「そうだな……真面目、だったかな。

 そして、頼れる人だった。

 自分に自信の持てなかったボクに、道を示してくれたんだ」

「そっか、大切な人だったんだね」

「……ああ」


 ジークはそう言って、遠い目で空を見上げた。


 それから、セイン達はジークたちから距離を取る。


「ここだけの秘密ね」


 と前置きして、クロムの姿が替わるのを見せた。


 ジークもステンシアもセシリアも、かなり驚いた様子で、セインは満足げだ。


《またな、ステンシア》

「クロムちゃん……?

 ……ええ! いつでもいらっしゃい! いつか、アルミリアと一緒にね!」


 とステンシアはクロムに手を振った。


「また来るよ。

 ジーク! 次もお気に入りの奴、買ってくるね」


 そうセインが声をかけると、ジークはステンシアを横目に、気まずそうに笑った。


 それから、クロムはセインとルーアを背に乗せて、舞い上がる。

 三人に見送られながら、セイン達は城を後にした。



「お気に入りの奴、とは何のことだ?」


 クロムの背で、ルーアがセインに尋ねる。


「パンだよ、パン。

 お姉さんが言っててね、最近常連が増えたって。

 『頭に布をぐるぐる巻きつけて、サングラスかけた変な人』だって」

「なるほど。

 姉の奔放さに頭を抱えとるくせに、自分もなかなか自由にやっておるではないか」


 と、ルーアは笑う。


「さてと、それじゃセナの所へ行こうか」


 封筒を開けるセイン。

 その中身を読むと……


「レミューリアの、地下に来い……首を洗って、『待ってる』……?」


 セインは何度かその文章を読み返し、困惑する。


「……え、そっちが?」

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