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第七十四話

 それから、セイン達は城に向かった。

 セナの居所について、何か手がかりがないか確かめるために。


 城ではジークが出迎えてくれた。

 ステンシアは遠征中で不在とのことだ。


 王族が不在にならないこと、そしてセイン達がいつ戻ってきてもいいように。

 何があっても、姉弟二人のどちらかは城に残る。

 それが、ジークとステンシアの間で決めた事らしい。


「本当を言うと、姉さんの方が城に残っていて欲しいんだけどね。

 『城に籠っているのも息が詰まる』って、聞かなくて」


 と、ジークは深いため息。

 心なしか、目元がうっすらと黒くなっている。

 相当、振り回されているのだろう。

 セインは同情する。


 そして、応接間で待たされるセイン達。


 『見せたいもの』が、あるのだそうで。

 ジークは応接間に入ってくると、一通の封筒を裏向きでセインに差し出す。


「これは?」

「実を言うと、セナが一度城にやってきてね。

 それで、この手紙を置いて行ったんだけど……」


 どこか困惑した様子のジーク。

 セインはそれを不思議に思っていると、彼は「見ればわかる」と封筒を表向きにする。


 そこに書かれた言葉に、セインも眉をひそめた。


「どうした、セイン? それ、なんだ?」


 急に様子のおかしくなったセインを気にして、クロムが声をかける。


「『果たし状』……だって」


 それを聞いた途端、ルーアは思わず吹きだした。

「口伝で済むだろうに、わざわざ手紙とは何事かと思ったが……

 果たし状とはな! 面白い事をするではないか!」

「セイン、それはどういうことだ?」


 クロムは、よく分からず首を傾げて、セインに尋ねる。


「決闘しよう……ってこと」

「戦うのか? セナって、セインの仲間なんだろう?」

「そうなんだけどね。

 まあ、一発殴らないと、気が済まないのかなあ。

 きっと、怒ってるんだと思う」


 観念したようにため息を吐くセイン。

 不安げに見つめてくるクロムに、心配を掛けまいと微笑む。


「別に、憎しみ合ってるわけじゃないんだ。

 ただ……仲直りするために、必要なことなんだよ」

「仲直りするのに、傷つけるのか?」

「正しいことじゃないかもしれない。

 けど、気持ちを整理するのに、大事なときもあるんだ」

「難しいなぁ」

「そうだね……

 正直、僕もはっきりとそう言い切れるわけじゃない。

 人の気持ちって、分からないことばっかりだから。

 それでも、相手が何を思っているか、考えることが大切なんだ」

「そういうもの、なのか。

 人間は、考えることがいっぱいだな」


 そんなセインとクロムのやり取りを、眺めていたジーク。


「そのフードの子は、新しい仲間かい?」


 と、セインに尋ねる。


「うん。

 竜の渓谷で出会って、今は人間の世界を勉強中」

「なるほど、兄貴分になったってわけだ」

「そうなる……のかな」


 満更でもなさそうだが、まだしっくりと来ていない様子だ。


「クロムに教える為に、自分でも改めて考え直してるっていうか……

 僕も、一緒に覚えていってるっていうか。

 そんな感じだからさ、別に兄貴分って程でも、ないかなあって」

「そうかい。

 そういう気持ちは大事だと思うよ」


 なるほど、とジークは自分の中で納得する。


 会うたびに、彼は変わっていく。

 それはきっと、彼の体験するすべてを、学びとして自分の中に取り込んでいくから。


 最初に会った時は、まだまだ子供といった感じだった。

 だが、今の彼はもう一人の人間としてしっかりと……


 ジークがそんな感慨に浸っていると、それを打ち壊すように大きな音が応接間に響く。


「今帰ったわ! セイン達、帰ってきたんですって?」


 と、髪も息も乱した、鎧姿のステンシアが入ってきた。


 大きな音に驚いて、こちらの方を向いたセイン達と目が合い、興奮気味だった頭から血の気が引いていく。


「居たのね」


 呆気に取られながら、こくり、と頷くセイン。

 ジークは「はぁぁぁ……」と、深くため息を吐く。


 そして、ステンシアの横から、もう一人の女性が現れる。

 その女性は、心底呆れた様子でステンシアに声をかける。


「ここ、応接間ですよ。

 客人がいらっしゃる事くらい、少し考えればわかるでしょうに」

「うるさいわね!

 セシリアに言われなくとも、そんなことくらい分かってます!」

「どうだか……」


 やれやれ、と言った様子でセシリアは首を振る。


 ステンシアは、こほん、と咳払いして気を取り直す。


「あなた達、よくぞ無事に戻りました。

 王女として、それがなにより嬉しく思います」


 胸を張り、堂々とした振る舞いで、セイン達に告げる。


 決まった。と彼女は満足げだ。


「髪もボサボサで、汗臭い、ちょっと締まりませんよ。王女」

「うるさいわね!

 汗臭くなんか……ちょっと出直した方がいいかしら」

「前線で突撃しすぎて、頭が猪にでもなったのではないですか?」

「うるさい!」


 顔を真っ赤にするステンシア。

 そんな彼女にセシリアは、『人前ですよ』とでも言いたげに、セイン達を指差してみせる。

 ちらりと、セイン達を見て、取り繕うステンシア。


「ごめんなさい、取り乱したわ。

 ……ところで、そこのフードの子は、はじめましてね?

 良かったら、顔を見せてくれないかしら」


 と、クロムに気が付いて声をかける。


「ああ、ごめん。

 クロムは街中で目立つから、顔を隠したんだ。

 クロム、ここなら外しててもいいよ」

「そうか、良かった。

 ちょっと窮屈だったんだ」


 そうして、クロムがフードを外して顔を晒す。

 それを見た途端、ステンシアは息を飲む。


「か……かわいい!」


 ステンシアは、ルーアとセインを押しのける勢いで、クロムに迫った。

 クロムは若干恐怖を感じて、身を引く。


「なにこの子! お人形みたいに綺麗ね!

 あなた、お名前は? 私はステンシアよ」

「ク、クロムは……クロムだ、ぞ」

「そう、クロムね! いいお名前だわ!

 ねえセシリア、この子私の子供のころの服とか、合うんじゃないかしら!」

「ええ、同じころの王女に勝るとも劣らぬ可憐さ……

 きっと似合います。

 しかし、お手入れが足りぬ様子。

 磨けばより光ります。

 せっかくですから、湯浴みも一緒にどうでしょう」


 落ち着きはらった印象だったセシリアも、心なしか興奮気味に見える。


「そうね! という訳だから、ちょっとこの子借りるわね!」


 ステンシアの勢いに流されて、セインは思わず頷いた。

 そして、クロムは訳も分からぬままに抱き上げられて、連れ去られて行ってしまった。

 その後、セシリアは皆に一礼し、ステンシアについて行った。


「前線で? 戦ったのか? 王女が? 嫁入り前の身で?」


 ジークは頭を抱えながら、ぶつぶつ……と何か呟いている。

 セインはそんな彼を見て、苦笑いしていた。


 「大変そうだね」と、ルーアに話しかけようとした時だ。

 彼女は眉間に皺を寄せて、険しい顔をしていた。


「どうかしたの?」

「……ああ、先程のセシリアとか言う娘のことでな。

 ジーク、あやつはステンシアの侍女か?」

「うん、そうだけど。

 そういえば、会うのは初めてだったかな」


 と、なんの気無しに答えたジーク。


「お前には、居ないのか?」


 ふと、ルーアは問いかける。


「アレーナにも、アリシアが宛がわれていた。

 お前にも、居るはずではないのか?」


 ジークは言葉を詰まらせて、顔を俯かせる。


 少し沈黙したあと、おもむろに口を開いて、答える。


「確かに、ボクにも……居た」

「居た……?」


 言い方が、ルーアには引っかかった。

 その言葉の意味することは、つまり……


「亡くなったよ。

 ボクの代わりに……ね」

「……そうか。

 やはり、あやつらは……」

「まあ、なんとなく察しはつくだろう。

 同じ年、似た容姿……ボクらの影武者となるべく、生まれた存在」


 ジークの一言が、セインの記憶を呼び覚ます。


「死ぬために……生まれた人形……」


 アリシアと対峙した時、彼女が自分を指した言葉。


「セイン?」

「アリシアは、自分のことをそう言ってた。

 ジーク……教えて欲しい。

 彼女たちは、いったい何なの?」

「アリシアが、そんなことを……そうか。

 ……キミ達には、教えるべきだろうね」


 ジークは、重そうに頭を上げ、セイン達と向き合う。


「彼らは、我々王族に伝わる魔術によって作られた、生き人形だ。

 主を守ることが、生まれ持った使命。

 いくつもの魔術の重ね掛けで、自立した行動ができる」

「ふむ……元をたどれば、お主らは巫女の一族。

 魂を肉体に宿す術に長けていたからな……それの発展、といったところか」


 ジークの話を聞いて、ルーアは合点がいったように頷く。


「この城の地下で、多くの死体のようなものが積み上げられているのを見た。

 それは、魂を定着させられなかった、器か」

「……だろうね。

 正直、聞いていて気分のいい話でもないと思う」

「……それで、どうしてアリシアは、アレーナを殺そうとしたの?」


 セインが、疑問を投げかける。

 ジークは、真剣な面持ちで、深く考える。


「彼らは……生まれ持った使命に忠実な存在。

 今まで、ずっとそう考えられてきたと思う。

 けれど、人のように成長できて、思考もする。それが彼らだ。

 たとえ魔術でそれらしくしているだけ……

 といっても、本物の感情との区別なんて、ボクらに判断できるものじゃない」


 一言一言、ジークは言葉を選ぶ。

 彼自身、ただ『彼ら』を影武者と考えている訳ではないらしい。


「アリシアだけじゃない。ガルドスも……主であるボクの叔父を殺し、王族へ反旗を翻した。

 あの動乱、それは……ボクら王族が犯してきた罪に対する、罰だったのかもしれない。

 命を持つものが生きたいと願うこと、それは当然のことだ」


 それと、やったことを許せるかは、別だ。

 セインは怒りで拳を握りしめた。


 そんなセインの想いも、ジークは理解している。


「セイン……キミに、アリシアを許せ。と言うつもりではないんだ。

 これはボクらが向き合うべきこと。

 キミの想いとは、別」


 ジークは立ち上がり、セインの元へと近づく。

 そして、彼の肩に手を置いて、真っ直ぐとその黒い瞳を見つめる。


「アリシアの居所は分からない。

 見つけ次第、『国家として』相応の処罰はする。

 ……ただ、もしキミが先にアリシアを見つけた時。

 セイン、どうするかはキミに任せるよ」


 ドクン……と心臓が跳ねる。


 怒りを握りしめた拳に、より力が籠る。

 手の平に爪が喰い込み、血がにじむほどに。


 セインは想像する。

 もし、アリシアが目の前に現れた……その時。

 自分は……


「セイン! 助けてくれ!」


 思考がドツボにハマりかけていた。

 そんなセインを引き戻したのは、クロムの声だった。

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