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第七十三話

 王都。

 クロムが初めて訪れた、ヒトの世界。


 その数の多さに当てられて、頭がくらくらとした。


 聞こえる音、感じる視線。

 それらを過敏に感じ取ってしまったのだ。


「本当にごめん、そこまで考えてなかったよ」


 項垂れるクロムを背負いながら、謝罪するセイン。


 自分はずっと誰かと一緒に居たからか、気にしていなかった。

 だが、思えばクロムはこれまでほとんど一人で過ごしてきたようなもの。

 その上、感覚が優れているのだから、こうなってしまうのも仕方がない。


 クロムは、「うぅ~……」と元気無さそうに唸りながら、顔を上げる。


「ちがうんだ……なんか、クロム弱くなってる気がする」

「どういうこと?」

「どれ、ちょっと見せてみよ」


 セイン達は道の脇に移動する。

 そして、ルーアがクロムの様子を確かめる。


「……これは……!」

「どうしたの?! クロム、どこか悪いの?」

「腹をすかして……弱っておる」

「……そんなこと?」


 ルーアが大袈裟に驚くから、何事かと心配したセインだったが、拍子抜けしてしまう。

 だが、彼女はふざけた様子ではなく、真剣な面持ちだ。


「これは『そんなこと』程度の話ではないぞ。

 クロムは本来、竜と同様『源素』を糧にしている。

 空腹など起きるはずないのだ」

「……そっか。エデンに、霊脈を奪われたから」


 本来、地上に流れ続ける『源素』。

 その発生源である『霊脈』を邪悪なる者……エデンに奪われてしまった。


 その影響の一端が、ここに現れた。


「ひとまず何か食わせよう。

 しばらく人間で居ることだな。

 竜に替わる時に、大きく力を使ってしまうはずだからな」

「分かった。

 クロム、もう少し待ってね」


 クロムは、セインに力なく頷く。


 セインは再びクロムを背負って、進む。


「これだけでは済まない……はずだ。

 あまり時間は残されていないだろうな」


 ルーアは深刻な表情で、そう呟いた。



 それからしばらく、セインの背中で揺られていたクロム。

 ある時、いい香りが鼻を抜ける。


 何かが焼けた、香ばしい匂い。

 魚……とは違う。

 嗅いでいると、ほんのり、とろけるような……そんな匂いが混じってる。


 力の入らなかった体に、少しずつ元気が湧いてくる。


「セイン! これ、なんの匂いだ!」


 セインの肩からグイっと顔を出して、クロムは尋ねる。


「少し元気出てきた?

 もうすぐお店に着くから、ちょっとだけ待ってね」


 もったいぶるセインに、クロムは不満でちょっと頬を膨らませる。

 だがその反面、期待で胸がドキドキと高鳴っていた。


 そして、匂いを最も強く感じる場所へ着く。

 これが『お店』というやつだと、クロムはすぐに分かった。


 セインが戸を開くと、中に閉じ込められていた香りが一気に広がる。


 クロムは、気だるかった体に活力が流れ始め、セインの背中から飛び降りる。

 セインの横をすり抜けて中へ入ると、そこには薄茶色の塊が沢山並んでいた。

 漂ういい香りの正体はこれのようだ、とすぐに分かった。


 まん丸だったり、縦長だったり、何かが挟んであったりと、見た目も様々。

 見るだけでも楽しくなり、クロムは胸が高鳴る。


「セイン! これはなんだ?」

「パンだよ。お腹が空いてる時、まずはこれかなって。

 この中から、食べたいモノを選んでね」

「どれでもいいのか!」


 キラキラと、赤と金の瞳を輝かせるクロムに、セインは微笑んで頷く。


 さて、クロムに選ばせている間に……と、セインもこれから城に向かう手土産を選ぼうとしていた。


「あら、また来てくれたんですね」


 店の奥から足早に出てきた女性が、声を掛けてくる。

 この店にいると、いつも顔を合わせる店員だ。


「ひさしぶり!

 この間貰ったパン、美味しかったよ!」

「それは良かった。

 今日もお土産を買いに?」

「うん。それとあの子の分をね……って、ああっ!」


 とクロムを紹介しようと振り向くと、彼女は手に取った一斤のパンをそのまま口に運ぼうとしていた!


「ちょっと待ってクロム!」


 セインに声を掛けられ、驚きで体を震わせるクロム。


「食べるのは、お会計のあとで……ね?」

「おかいけい……?」

「えっと……食べるのはお店を出たあとっていうか……」

「食べちゃダメ、なのか?」


 クロムは見るからに落ち込んで、肩を落とす。


 セインはそんな彼女を見て、すぐに自分が間違えた事に気がつく。

 だが、どう言葉をかけてあげるべきか分からず困っている所に、店員のお姉さんが助け船を出してくれた。


「いいですよ。

 お腹空かせてるの、見て分かるもの。

 おあずけされたら辛いもんね?」

「……いいのか?」


 クロムは顔を上げてお姉さんの方を見た後、セインに許しを求めるように目を向ける。


「お姉さんがいいって言ってくれたから、いいよ。

 でも、それ一つだけ。

 あとは、お店を出たあとで……いい?」


 クロムは、ブンブンと大きく首を縦に振る。

 そして、二人に見守られる中でパンに噛りつく。


 小さな口いっぱいに頬張って、幸せそうに顔を綻ばせる。


「ありがとう、気を使ってくれて」

「いいんですよ。

 それだけ、うちのパンが美味しそうだったってことですから」


 そう言って、お姉さんはクロムを見て微笑む。


「この子、お仲間ですか?」

「うん。

 色々あって、人里に出てきたのは初めてでね。

 教えてあげなきゃいけないこと、沢山あるんだけど……

 まだまだ、うまく伝えられなくて」

「責任重大、ですね。

 でも、だからかな……」


 お姉さんはセインの顔をよく見る。


「お客さん、前に会ったときよりも、少し大人っぽくなりましたね」

「そう、かな?」


 セインは少し照れくさくなって、はにかんだ。


 それから、買い物を終え、店を出たあと。

 セインはクロムに伝える。


「人はね、自分の欲しい物を貰うかわりに、相手の欲しい物を渡すんだ。

 そうでないと、奪いあいになって、争いが起きるかもしれない。

 それは、クロムも嫌だよね」

「そうか、それは……嫌だな」

「だよね。

 だけど、みんながみんな、お互いの望む者を持ってるとは限らない。

 だから、代わりに『お金』がある」

「お金……さっきセインがあの女に渡してた、キラキラしたやつか?」


 クロムは、しっかりとそういう所を見ていたらしい。

 セインは「そうだよ、よく覚えてたね」と、頭を撫でてやると、彼女は満足げだった。


「自分の欲しいものを、お金と交換して、相手はそのお金で、自分の欲しいものを誰かと交換する。

 そうやって、今の人の世界は成り立ってるんだ。

 ……分かった、かな?」

「セインがお金を渡すまで、食べちゃいけない」

「うん、今はそれで充分。

 よく覚えたね」


 セインがぽんぽんと、頭に手を置くと、クロムは誇らしげに胸を張った。


 それを傍から見ていたルーアは、思いを馳せる。


「変わったな。あやつも」


 知らない時間が、彼を大きくした。

 ルーアからすれば、頼もしくなったと思えるが……


「セナは、どう思うのだろうな」


 誰よりも近くで、長い時を共に過ごした彼女は、今の彼を誇るのか……それとも……


「おーい、ルーア行くよ!」

「ああ、分かった」


 ルーアは、そんな思いを自分の胸の内に留めて、城に向かうセイン達を追った。

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