第七話 前編
レシーラを討伐すべく、彼女らが潜伏していると言う洞窟の中を進むセイン達。
「それにしても、魔王軍とやらは何のためにわざわざこんな所に来たんじゃろうなあ。ワシの知る限り、ここには侵略してまで欲しいものなどないと思うが……アレーナちゃんは何か心当たりはあるか?」
先頭を歩くルーアが、少し後ろを歩くアレーナへ問いかける。
「いや、私にも特に思い当たる事はないな」
二人の後ろを歩くセインとセナは、きょろきょろと周りを見ながら歩いている。
「それにしてもこの洞窟、思ってたより明るいね」
「あちこちで光ってるものあるけど、なんだろなコレ」
セナが疑問を口にすると、それを聞いたルーアが答える。
「それは苔じゃ。その苔は大地を流れるエレスの力を吸収して光っておる」
「エレスって何?」
とセインが聞くと、今度はアレーナが答える。
「簡単に言えば、この星を流れる『命の源』になるエネルギーだな。火や水、風、土と言った種類があって、それらの力を使った魔法に必要になる」
「そう。そしてこの辺りは火のエレスが強く流れておる。火の魔法が使えれば……まあ、今のワシらにはあまり関係はないか。……しかし、アレーナちゃん苔のお蔭で道は見えているとはいえ、それでも暗い方じゃが大丈夫か?」
ルーアの言葉にアレーナは不機嫌そうに顔を背ける。
「私は、真っ暗なところが苦手なだけだ」
しばらく進むと、途中で道が左右に分かれていた。
「あれ、これどっちに進めばいいのかな」
「左じゃないか? 右の方は苔生えてないから暗いし」
いいや……とルーアは首をふり、右の方を指さす。
「そっちに、行くのか? 何故だ」
「理由は付いて来れば分かる。アレーナちゃんが暗い所に弱いのは分かっておるが、我慢してくれ」
人が歩くには少々厳しい、整えられていない道を歩く四人。
暗い道も見ることのできるルーアが、セインとアレーナの手を引いて慎重に進む。
「セナ大丈夫? 疲れてない?」
「あたしはセインにくっついてるだけだし。そう言うお前は大丈夫か? あたし、お前の荷物になってないか心配なんだけど」
「今のセナなら重さも感じないし、別に大丈夫だよ」
「そっか、それなら良かった……ん? おい、今はってどういう事だ? なあセイン、黙ってないでこっちむけよ」
セナは両手でセインの頭を掴み、自分の方へと振り向かせようとする。
「なあ、生身のあたしは重いってか、重かったってか? 言ってみ? 怒らないから言ってみ?」
「ねえアレーナ、大丈夫? やっぱり僕が照らそうか?」
「おい」
問い詰めてくるセナを無視し、セインが問いかけると、「必要ない」とアレーナは返事する。
「みんなも居る、これくらい大丈夫だ。君の力は、少しでも多くレシーラとの戦いに取っておくべきだ」
「アレーナがそういうなら、いいけど」
「それよりも……その、セナは大丈夫なのか? さっきから何かに怒っているような気がするのだが」
セインは困った表情で、おぶさるようにしがみつくセナに目を向ける。
「べつにあたし怒ってないし、大丈夫だよ」
と言ってきたセナだったが、明らかにその表情は不機嫌そうだった。
「ねえセナ、さっきはごめん。機嫌直してよ」
「どうしよっかなー」
「どうしたら機嫌直してくれる?」
セナは少し考えて、
「じゃあ、あたしのお願いなんでも一つ叶えてくれるなら許してあげる」
「お願いって?」
「それは後で考える」
そう言われたセインは苦笑いを浮かべてセナに告げる。
「僕に出来る事にしておいてよ?」
*
「さて、着いたぞあまり大きな音を立てぬようにな」
暗く狭い道を抜け広めのスペースに出たセイン達。だがその先は……
「どういうことだルーア……ここは、行き止まりじゃないか」
「まあまあ、そう焦るな。ちょっと待っておれ」
そう言って、ルーアは壁際まで歩いていくと、手をついて目を閉じる。
「……ふむ、この壁の向こうには三人……レシーラとやらも居るようじゃな。余程自信があるのか? それとも他は偵察か、街への襲撃に行ったか……まあ、いずれにしてもあまり時間はないか」
「ルーア、何をしてるの?」
「ちょっと確認。セインちゃん、ちょっとワシについてきてくれ。で、アレーナちゃんはここで待っててくれ」
ルーアの提案にアレーナが首を傾げる。
「ルーア、いったい何をする気なんだ」
「こっちに一人客人を寄こすから、お主が相手をしてくれアレーナ」
ルーアが壁に向かって手をかざすと、そこに穴が開き通路が出来る。
「じゃあ、行くぞセインちゃん。魔王軍退治に」
「うん、分かった」
ルーアについていこうとするセインの肩を、セナが掴む。
「どうしたの?」
と、セインは彼女の方に振り向いて問いかける。
「あたし、こっちに残るから。……気を付けろよ」
「……うん」
セインは頷く。そしてそれを見たセナは、セインをルーアの方へ向き直させ、背中を押す。
「じゃあ、行ってこいセイン」
*
ルーアが一歩進む度、目の前の壁が広がり道が出来る。明かりがないため、セインは彼女に手を引かれて進む。
しばらく進んだ後、ルーアに引っ張られて立ち止まる。
「どうしたの?」
「この先に魔王軍が居る。その前に少し確認じゃ」
ルーアは壁に小さな穴をあけ、彼らの様子を眺める。
「アレがこの街に攻めてきた魔王軍の一派か。レシーラと言うのは……」
他の魔族が防具を身に付け、武器を手に取っている中……一人、明らかに様子の違う魔族が居た。
赤いドレスを着た女性のような見た目をしているが、側頭部から二本の角が生え、肌の色は毒々しい紫色をしている。
「う〜む、なんだか所々ワシと被っておるような気がする……まあそれはいいか。で、お互い数は合っておるから、誰が誰を担当するか」
「じゃあ、僕がレシーラって奴と戦うよ」
「そうか。ならここを開いたら他の奴らを引き離すから、それからレシーラの元に向かうといい」
そう言って、ルーアが壁に人が出入りできる大きさの穴を開ける。
すると、すぐさまセインは背負っていたメイスを握って飛び出していく。
女性の魔族の背後に回り込んだセインは、メイスを振り下ろす……
しかし、振り下ろされたメイスは彼女の体をすり抜け、地面に叩きつけられる。
急に持ち手が熱くなり、セインはメイスを手放す。メイスはドロドロに溶けてしまっている。
何が起きたのか理解できないで立ち尽くしていると、セインの存在に気付いた女性型の魔物から後ろ蹴りを受ける。
とっさに後ろに飛び退くも、躱しきれずに受けた痛みで地に膝をつく。
レシーラの黄色い瞳が、冷たい視線をセインに向ける。
「ふーん、今のを避けるなんて、結構すばしっこいね。人間にしてはやるじゃない」
「それは……どうも」
息も絶え絶えにセインは返す。
この場に残っていた魔族が、彼女の両脇に並び立つ。
「で、アンタ……何なの?」
「レシーラって奴を倒しに来たんだけど……誰がレシーラ?」
「はあ?」
女の魔族は、セインの問いかけに呆れた様子で返す。
「……まあ、アタシがレシーラだけど」
「そっか。……だってよルーア! あとの二人お願い!」
と、セインは出てきた通路の方へ向かって叫ぶ。
「チッ、仲間を呼ぶつもりか! お前ら、やれ!」
レシーラが指示すると、彼女の脇に立っていたローブを着た魔族が前に出る。
彼の周りに紫に光る球体が現れ、それが矢のような形に変化しセインに向けて放たれる。
「セインちゃん、人の話はちゃんと聞いてくれんか……まあワシ悪魔じゃけど」
突如ルーアがセインの前に現れ、地面を踏みつける。すると、そこが隆起して壁が出来、二人を魔力の矢から守る。
「だって、誰がレシーラか分からないと思って」
「……色々言いたいことはあるが、まあ過ぎたことはいいじゃろう」
「じゃあ、後の二人はよろしくね」
そう言って、セインは壁を飛び越えレシーラに斬りかかる。
*
レシーラは、斬りつけられて血の流れる肩口を抑える。
……当たるはずがない、と高をくくっていた。しかし、傷つけられたことのないこの体に、この男は一体何をしたのか。
「その剣、何か魔法でもかかっているの? アタシに傷をつけるなんてありえない」
「これは普通の剣だよ」
「じゃあ、アンタ自身が何かしたっての? ……いったい何なんだアンタ」
「ちょっと凄いだけの、ただの冒険者だよ」
「ちょっと凄い、ね。確かにそうかも……アンタだけだけは、始末しないとダメかもね。お前たち……殺れ」
レシーラの指示を受けた部下の二人が、セインを囲む。
「おっと、三対一は卑怯じゃないか?」
と言うルーアの声が聞こえると、部下二人の足元に魔法陣が現れ、彼らはその陣の中へと吸い込まれていく。
「では、そいつは頼んだぞセインちゃん」
そう言って、ルーアもどこかへと消える。
そのすぐ後、レシーラは何故か笑っていた。
「かっこいいねえ……おとぎ話の勇者様御一行って感じ?」
レシーラは嘲笑を浮かべながらセインを見つめる。
「人間ってホントに身の程を知らないね。お前らがアタシらに勝つなんて無理に……」
レシーラが言い終わる前に、セインは彼女に斬りかかる。
しかしそれは、いとも容易く躱されてしまう。
「残念だったね。斬られると分かれば、アタシだって躱すさ」
「……次は当てるよ」
「やれるもんならやってみな」
*
「ちょっとカッコつけて魔力使いすぎた……」
ルーアは岩陰に隠れながら、そんな事を呟く。元々褐色の体を更に赤く染めて……
「マズい……実にマズい。こういうのが久しぶりで調子に乗り過ぎたわ……そろそろ見つかってしまうかもしれん」
敵の様子を見ようと岩陰から顔を出すと、ちょうどそこに居た魔王軍の兵と目が合う。
ルーアは敵の腹部に拳を叩き込み、怯んだところへ飛び上がって顔を蹴りつける。
首があり得ない方向へ曲がり、敵は地に伏せる。
「ふう、さっすがワシ。サクッと片付けてしまった。さて、アレーナちゃんかセインちゃんのどっちかを手伝いに行こうか……ん?」
倒れていた敵は、ルーアの目の前でゆっくりと立ち上がり、曲がった首を元の位置に戻す。
「あー……お主アレか、アンデットとかその類か」
相手は答えない。話すことが出来ないのか、或いは話す気がないのか。
アンデットは手に持った斧をルーアへ振り下ろす。
ルーアはそれを軽々と避ける。
「うーむ……アンデットかあ。ワシら悪魔と違って完全な不死身ではないが、浄化の魔法も無しに倒すのは骨が折れそうじゃ……かと言ってあまり時間もかけられんし……」
攻撃を避けながら、ルーアはどう倒すかを考える。
「仕方ない、考える時間も勿体ないから、手っ取り早いやつでいいか」
そう言うと、ルーアは突然地面の中へと消える。
そして、困惑して周囲を見回すアンデットの背後にルーアは現れ、気づかれないうちにアンデットの背中へ飛びつく。
「ワシの体、熱いじゃろ。何故だと思う? それはな、短時間に魔力を生成しすぎているからなんじゃ」
アンデットにしがみつく力を強め、ルーアは続ける。
「さて、お主の頭で考えるという事が出来るか知らんが問題じゃ……これ以上この体で魔力を作り続けると、どうなると思う?」
アンデットは、しがみつくルーアを引きはがそうとするが、彼女を引きはがすことは出来ない。
次第にルーアの体がどんどん熱くなっていく。
「死に切れずアンデットとなってしまったお主は、浄化されて天に返るべきなのじゃが……まあ、運が悪かったと思え」
ルーアの体が熱を帯び、褐色の肌が赤く輝きだす。
次の瞬間、爆発音が辺りに響き渡る。
つい先ほどまでルーアとアンデットが居た場所は、大きなクレーターが出来ていた。
「……はあ、体が無くなってしまった」
クレーターの中心で、半透明な姿となったルーアがため息を吐く。
「まあ、体はまた作ればいいか……それより、二人はどうなっておるか……」
ルーアは、二人が戦っているであろう方角へ、視線を向けた。
*
レシーラに必死に剣を振るうセインだったが、ことごとく躱されて当たらない。
「そんな適当に振って当たるわけないじゃない。……ねえ、思ったんだけどさ、アンタって実は剣使うの苦手なんでしょ」
セインは答えない。ただ、焦りが表に出ないように堪える。
戦いの中で、レシーラは体を炎のように変えて、普通に攻撃しても剣は体をすり抜けてしまうこと……そして、光の力を使う事で彼女に攻撃を通す事が出来ると分かった。
だが、セインは光の力を持続して使うことが出来ず、しかもレシーラの言う通り剣を使うのが苦手で、そもそも剣を当てることが難しい。
「アンタがどんな力を持っていても、当てられないなら全然怖くないね。なんなら、アタシここで立ち止まっててあげようか?」
挑発するレシーラの言葉を聞かず、ただどうやって彼女を倒すかだけを考えていた。
セインは、息を整えた後、少し後ろへ下がる。
そして、レシーラに向かって走り出し、彼女の前にスライディングする。
起こされた砂埃にレシーラが目を覆うと、すかさず懐に飛び込み剣の切っ先を彼女の心臓へ突き刺そうとする。
「なんてね」
近づいてきたセインに、レシーラは膝蹴りを食らわせ、それを受けたセインは剣を手放してしまう。
その隙に、レシーラは、セインの胸に手を当て火炎弾を放つ。
*
吹き飛ばされたセインは、岩に叩きつけられ、うつ伏せに倒れる。
動かなくなったセインの元へ、レシーラは近づいていく。
「まだ息がある。しぶとい奴……こう言う奴、グレイガは欲しがるだろうけど、こんな奴を生かしておけば、きっと我々の脅威になる。だから今のうちに、殺さなきゃ」
手をかざし、魔力を集めながらレシーラはそう呟いた。
*
(体が、動かないや……マズいなあ、アレーナにかっこつけたのにこれじゃ、かっこ悪いや……僕、死ぬのかな。嫌だな、まだ……)
「死にたくない」
思わず言葉に出ていた。
何とか体を起こそうと力を振り絞るも、起き上がることは出来ない。
腰に携えた勇士の剣が、震えているのを感じる……いや、この辺り一帯が揺れている。
何が起きたのかは分からないが、セインにはそんな事はどうでも良かった。
「……イン……セインってば!」
(なんだろう、セナの……声……?)
「起きろセイン、こんな所で倒れてんな!」
幻聴じゃない、確かなセナの声。
セインは顔を上げた先に、彼女の姿を見つける。
「え……セナ? どうし……」
「セインの所に行きたいって思ったら、いつの間にか来てた。……なあセイン、さっきの約束、覚えてる?」
「え? あ、うん」
戸惑うセインに、セナは頼もしく笑いかける。
「なんでもお願い叶えてくれるんだったよな。……だから、あたしの力使いなよ」
「え、それって……」
セナは、以前使った魔法をまた使おうとしているのだと悟った。
だが、そんな事をすればセナの命が危ない。
(ダメだ、セナ……どうしたらいい……どうしたら……!)
その時、セインは自分の右手が熱くなるのを感じた。
そして、気がついた時には自分の右手を、セナの方へと伸ばしていた。
「セナ、僕の手を取って」
「え? ……分かった」
伸ばされた手に、セナは自分の手を合わせる。
*
「クソッ、手元が狂って狙いを外した! さっきの揺れは何だったんだ。……? アイツ、髪が青くなってる……? 何があった」
レシーラは目を疑ったが、間違いなくセインの髪の色が変わっていた。
先ほどまで少しも動くことのできなかったセインは、ゆっくりとだが立ち上がった。
セインは、血や土の付いた口元を拭い、黒から青へと色が変わった瞳でレシーラを睨み付ける。
「お前、本当に何者なんだ。その姿は何だ」
「さあ、なんだろうね……自分でもよく分からない。ただ一つ分かるのは……」
ベルトの右側に携えられた剣を、セインは引き抜く。
(これをまともに使えないのは分かってる。せめて、脅しくらいにはなってくれ)
そして、その手に握る勇士の剣の切っ先をレシーラに向ける。
「これで、お前とまだ戦えるって事だ」