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第七十二話

 セインが目覚めたのは、鼻先にツンとくる風を感じたからだった。

 何か、空気がおかしい。

 肌がヒリヒリとする、嫌な感覚。


 クウザとクロムは、寄り添って眠っている。


 彼らは大丈夫。

 そう判断したセインは、異変を感じる方向へと駆け出す。


 この方向には、覚えがある。

 まだぼんやりとする頭で、思い出す……



「……霊脈! ルーア!」


 クウザは救えた。

 だが、まだ終わりではなかった。


 ルーアは一人、邪悪なる者と戦っていた。


 はち切れそうな心臓に鞭をうち、セインは駆ける。

 一刻も早く、彼女の元へ。


 ……だが、すでに手遅れだった。


 霊脈に辿り着いたとき、ルーアは既に満身創痍。


 対して、邪悪なる者はセインを見つけて微笑みかけてくる余裕をみせた。


「そっちは終わったかい?

 ちょうど、こっちも終わる所だよ」

「なにを……する、つもりだ……!」


 息が切れ、呂律も回らない言葉で、問いかけるセイン。


「この霊脈の力を、私のものにするのさ」


 そう言って、手の指先、そして下半身から、黒い蔦のようなモノを伸ばし、地に根を張っていく。


 感じる。

 霊脈の力が、彼女の体に流れていくのを。

 そして、彼女の纏う茨の鎧から枝が伸び……

 まるで樹木のように太く、大きく、成長していく。


 空を穿つほどに高く伸びた、黒い樹木。


 その時、感じた。

 風向きが、変わった。


 霊脈から流れていた風の力が、『負』のものに変わってしまった。

 霊脈が……彼女に奪われたのだと、直感した。


「私は、ここに告げよう」


 黒い樹の幹から現れる、邪悪なる者。

 金色だった髪が、深い緑に色を変えていた。


「今こそ、私はこの世界と一つとなり、すべてを闇に塗りつぶす」


 高みからこちらを見下ろし、挑発的に笑む。


「なにも感じず、考えず、争うことはない。

 誰も傷つかない、静寂の世界を私は創造する。

 我が名は『エデン』。

 『理想郷』の創造主となる者だ」

「ばか、な……そんなものが、理想郷、だと……?」


 よろめきながら立ち上がり、まだ闘志を見せるルーア。

 だが、そんな彼女のことなど歯牙にもかけない様子の『エデン』。


「我が理想郷を否定するのなら、止めてみせるがいい。

 出来るものなら、な」


 エデンが指を軽く弾く。


 ただそれだけで、立っていられない程の突風が、セインとルーアに向かって吹きつける。


 吹き飛ばされ、倒れたセインに向かって、エデンは告げる。


「また会うとしよう。

 それまで体を休めておきなよ、セイン」


 そう言い残して、エデンはどこかへ飛び去って行く。


 見逃された。

 『エデン』と名乗った邪悪なる者には、敵わない。


 残された二人が感じたのは、その無力感だけだった。



 セインの朦朧とした意識がハッキリとしたのは、口の中に無理矢理なにかを突っ込まれたからだった。


 じょりじょりとした、良くない舌触りと、苦みが口の中に広がる。

 セインは、思わずむせた。


「うへっ、なにこれ……」

「魚だぞ? なにかダメだったか?」


 目の前に居たのは、クロム。

 真っ黒に焦げた塊を手にして、こちらを覗き込んでいる。


「腹、減ってるかと思って」

「ありがと……焼き方、あとで教えるね」


 どうやら見様見真似で魚を焼いたらしい……が、明らかに焼き過ぎだ。


 とても食べれるものじゃないが、それでもクロムの心遣いに、少し元気が出た。

 自分の両頬をかるく叩いて、立ち上がる。


「落ち込んでる場合じゃ、ないよね」


 クロムに支えられながら、ルーアの元まで向かう。


 そちらでは、クウザがルーアの体を修復していた。


「ひどい有様じゃな」

「お互い様に、ね」

 セインとルーアは互いを見合う。


「僕たちだけじゃ、敵わなかった」

「ああ、だが諦める気は無さそうじゃな」

「当然」


 互いの目に、光が失われていないことを確かめて笑いあう。


「だが、どうする? 霊脈は奴に押さえられてしまったみたいだけど」


 そんな二人の間に入ったのは、クウザだ。


「勇士の剣の魔力、セインでは賄いきれないんだろう?

 奴とどうやって戦う?」

「元はと言えば、おまえが奴に洗脳されなければ、こんなことにはならなかったわい!」


 厳しい態度のクウザに、悪態をついて蹴りつけるルーア。


「それについては申し訳ないけど……

 でも、こうなってしまった以上、避けては通れないだろう?」


 反省故か、蹴りは受けとめながらも、しっかり反論する。


 ルーアも、それについては思う所があるようで、眉間に皺を寄せて項垂れる。


「まあ、すぐに答えがでないことを悩んで立ち止まっても仕方ないよ。

 まずは、今出来ることをやり続けよう。

 そうしたら、答えも見つかるかも」

「今、できること?」


 セインは、自分の顔を見上げるクロムを見返して、微笑む。


「ごはんにしよう!」


 その言葉に、クロムも力強く頷いた。


 ルーアは一瞬拍子抜けしたが、「それもそうか」と受け入れて、胸の内に溜まったモヤモヤを、ため息として吐き出した。


「そんなことで、いいのかねえ」


 まだ納得のいってなさそうなクウザに、ルーアが語りかける。


「いいんだ。

 綺麗ごとから希望を創るのが、若者の特権だからな」

「……そういうものかね」


 楽しそうにごはんの準備をするクロムの姿を見ながら、「まあ、それでもいいか」とクウザは呟いた。



 それから丸一日。

 セインも立ち上がれるようになり、竜の渓谷を発つことに。


 ただ、クウザはこの地に一人、残るようだ。


「私はここで、霊脈を取り戻せないか試してみよう。

 あの木を、なんとかできればいいが……」


 と、霊脈に聳え立つ黒い樹木を見上げるクウザ。


 そのあと、セインを見て軽く手招きする。


「キミが私の中で見た事、クロムには言わないでくれ。

 あの子は、知らない方がいい」


 そう、クウザはセインに耳打ちする。


「うん、分かってる」


 と、セインも頷くのだが……


「二人でなんの話をしている?」


 いつの間にか傍に居たクロムが、二人を見上げて問いかける。


「えっ、いや……これは、男同士の、大事な話……みたいな?」

「クロムもその、男同士の大事な話がしたい」

「でもクロムは、女の子だから……」

「女の子は出来ないのか、大事な話……」


 セインは咄嗟に誤魔化そうとしたが、クロムには通じなかった。


「できなく……ないです……」


 シュンとするクロムを見て、耐えきれなかったセイン。

 仕方なし、とばかりにクウザが腰をかがめる。


「何か、話したいことがあるのかい?」


 クロムはセインの袖を握りながら、不安げにクウザを見上げる。


「クウザは、クロムを恨んでいるか?」

「……どうして、そんなことを?」

「セインの見たものが、クロムにも見えてた。

 それで……」


 男同士の大事な話、はそもそも意味がなかったらしい。

 セインとクウザは、互いの顔を見合わせて苦笑いする。


 それから、クウザは更に身を屈めて、俯くクロムの顔を覗く。


「キミは、お母さんによく似ている」


 不安で震えていたクロムの頬をクウザは優しくなでる。


「たとえ魂は遠く離れても、おまえの中に彼女は生きてる。

 それで、充分だ」

「許して、くれるのか?」

「そもそも、恨んだことなんてないよ。

 私達の、かけがえのない娘なんだから」


 そう言って、クウザは立ち上がり、海の向こうを指差す。


「行きなさい。

 それが、キミのお母さんの……願いでもあるんだから。

 ……ああ、でも……」


 優しく微笑みかけて、クウザはこう続ける。


「たまに顔を見せておくれよ?

 でないと、寂しいからね」

「……ああ、分かった!」


 そう、力強くクロムは頷く。


 ……水平線に向かって小さくなっていくクロムの姿を、クウザは見つめ続けた。


 恨んだことは、ある。

 他でもない、自分自身を。


 けれどそれは、クロムを……そして、命懸けでクロムを生んだ彼女の想いを、否定することだと気づいた。


 だからこそ、自分も命をかけてクロムを守り続けた。


 その中で、クロムを手放したくない気持ちが無かったとは言えない。

 それがきっと、邪悪なる者に利用されたのだろう。


 名残惜しくはある。

 だが、旅立つ瞬間のクロムは、今まで見たどんな時よりも、美しく輝いていた。


「いつか、もっと強く、美しく輝くその時を、楽しみにしているよ」


 クウザは、清々しい笑顔で彼女の旅立ちを見送った。

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