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第七十話

 勇士の剣に風の源素を注ぐため、竜の長『クウザ』と共に霊脈に向かったセイン達。

 そこには、邪悪なる者が待ち受けていた。


 クウザは邪悪なる者によって『赤目の魔獣』へと変えられてしまい、セインは対峙することになるのだが……


「助ける、ねえ。

 言うのは簡単だけど、どうやって?」


 高く宙に浮かぶ邪悪なる者は、セインを見下ろし、せせら笑う。


 赤目の魔獣となったクウザを前にして、セインは言った。


『助ける』


 と。


「今までそんなこと、考えた事もないだろう?」


 邪悪なる者の言う通りだ。


 今までのセインにとって、赤目の魔獣は倒すべき相手。

 救うことは、したことも、考えたことさえない。


「キミの言う通りだ。

 やり方なんてわからない。

 だけど……それは諦める理由にはならない」


 セインは顔を上げて、邪悪なる者の瞳を真っ直ぐに見つめる。

 その奥に居るであろう、『助けたい人(アレーナ)』を見るように。


「せめて、僕が手を伸ばせるところに居る人だけは……助けてみせる!」

「……ま、そう思うんなら、やってみれば?」


 そう冷たく返しながら、降り立つ邪悪なる者。


「邪魔はするけど」


 邪悪なる者は、瞬く間にセインの真横を通り過ぎていく。

 彼女の狙いは、彼ではなく……その背後に居る銀髪の少女、クロムだ。


 クロムの眼前に、邪悪なる者の拳が迫ろうとした……その時。

 岩の大地が隆起し、少女の前に壁を作る。


「他の奴に気を取られすぎではないか?

 邪悪なる者よ」


 邪悪なる者は、岩壁にめり込んだ拳を引き抜く。

 軽く手を振るいながら、声の主の方へ振り返る。


 赤い肌に紫の髪。

 頭の両側から生えた、大きな角が特徴的。

 悪魔の少女『ルーア』。


 不遜に胸を張る彼女を見て、思わず眉間に皺が寄る。


「ああ、忘れてたよ。

 君まで気を回してられないし、彼に任せるよ」


 そう言って、クウザを睨むと……彼女の目が一瞬赤く光る。

 すると、止まっていたクウザは、垂れていた糸が張りだしたように、動き出す。


 チッ……とルーアは舌打ちする。


「まったく、一思いに引導を渡してやれるなら楽なものを……

 面倒じゃなぁ」


 そして、軽くため息を吐いたあと、苦笑いする。


「まあ、お前に講釈垂れた手前、ワシもセインに付き合ってやらねばならんのだがな」


 悪態をつきながらも、ルーアは満更でもなさそうだった。


「手加減してやるから感謝せい!」



 ルーアが、邪悪なる者から気を逸らしてくれた、僅かな時間。

 その間に、セインはクロムを助け出して、人目につかない所まで連れていく。


「ここに隠れてれば、大丈夫。

 僕たちが守るから」


 セインは、怯えるクロムに優しく語りかけた。


 不安そうに、肩を震わせている。

 人であり、竜。

 そんな強大な力を持っていても……やはり、彼女はまだ子供なのだ。


「クロム……キミがここに居る限り、必ず守る。

 それは約束する。

 だけど……」


 セインは、これから伝えることが、酷なものだと分かっている。

 だがきっと、クウザを救うのには、クロムの力が必要なのだ。


「もし、ここから一歩でも外へ踏み出せるなら……

 一緒に戦って欲しい。

 僕の、仲間として」


 そう言い残して、セインは戦いの場へと赴く。


 一人、残されたクロムは、戦いの轟音に身を震わせて思い出していた。


 それは、彼女にとっては遠い昔の記憶。


『ここに居なさい、クロム。

 おまえのことは、私が必ず守るから』


 そうだ。

 かつても、こんなことがあった。


 それは幼い頃、あの岬に初めて連れていかれた日のこと。


 そう言い残して『彼』は戦った。


 ……同族達と、ただ一人で。


 理由は、クロムには分からない。


 ただ、結界の内側から見た。

 赤くすすけた空に、広がる戦いの光景を。

 そこで傷ついていくクウザの姿……


 それだけが、強く脳裏に焼き付いていた。


 ……岬の先から外を眺めていたのは、そこに焦がれていたというのは嘘じゃない。

 だが、なにより『あの記憶』から、目を背けていたんだとクロムは思う。


 恐ろしくて、震えて身を隠すしかなかった……あの頃。


 今も変わらない……あの時と、同じだ。


 ……それで、いいのか?


 クロムの内側から、聞こえた問いかけ。


 幼く、弱く、目を背ける事しか出来なかったあの頃と。

 今の自分は、変わらないままなのか?


 岩陰から顔を出し、『外』を目に焼き付ける。


 まず目に入ったのは、暴れ回るクウザの姿。

 だが、それは理性無く暴力を振るっているというよりも……

 苦しんでいる……そんな風に、クロムの目には見えた。


 セインは金髪の女に邪魔されて、クウザに近づくことも出来ない。


 クウザは角付きの女。

 金髪の女は、セイン。


 どちらも、自分のことが目に入っていない。

 何か変えられるとしたら……クロムだ。


 けれど、あの場に行ったとして、自分に何かできるのか?


 いや、出来るはずだ。


『必ず守る』


 二人とも、そう言った。

 でも、少し、違う。


『もし、ここから一歩でも外へ踏み出せるなら……

 一緒に戦って欲しい。

 僕の、仲間として』


 セインは信じてくれている。

 クロムの力を。


 何ができるのか、分からなくても。

 セインが信じてくれた、自分の力を……信じたい!


 クロムは一歩踏み出して、駆け出して……翼を広げ、飛び上がる。


 大きく肺に息を吸い込んで、金髪の女に向けて、吐き出す。


「何?!」


 邪悪なる者は、意識もしなかった相手からの一撃に打ちのめされる。

 

《セイン、大丈夫か!》


 頭に響くその声に、セインは空を見上げる。

 暗い夜の空に、星よりも眩く栄える銀が浮かぶ。

 その姿に、頼もしそうに笑みを浮かべて返す。


「全然平気!

 ……来てくれるって、信じてたよ。

 クロム!」


 それに、クロムは頷いて応える。


《クウザは苦しんでる……助けてやりたい。

 クロムは、どうすればいい?》

「苦しんでるって、分かるの?」

《見てると、そんな気がするんだ》


 クロムがそういうのなら、たしかな気がする。


 赤目の魔獣になっても、まだ心までは失っていない。

 という事なのかもしれない。


「なら、呼びかけてみて!

 クロムの声が、届くかもしれない」


 セインは背後に一瞬目を向けて、立ち上がろうとする邪悪なる者の姿を確認する。

 そして、クロムに告げる。


「邪魔の入らないところでやろう」

《……! 分かった。クロムが連れていく。

 待ってるぞ!》


 彼女がクウザの元へ飛んでいくのを見送ったあと、セインは振り返る。

 邪悪なる者が、ふらふらと、よろめきながら立ち上がる。


「私をのけ者にしようなんてのは、感心しないなあ。

 めいいっぱい、邪魔するよ?」

「悪いけど、おまえの相手はまた今度だ」

「そんな連れないこと……言うなよ!」


 セインに迫る邪悪なる者。

 だがその行く手を、突如として隆起した岩の壁に阻まれる。


「そんなに構って欲しければ、ワシが相手してやろうか?」


 振り向けば、ルーアがこちらに手を向けている。

 またしても彼女が行く手を阻む……

 邪悪なる者は、心底鬱陶しそうに睨み、舌打ちする。


「そっちもこっちも気を回して、老いぼれには堪えるだろう?

 遠慮しておくよ」

「お前も相当だと思うがな。

 まあ、そう連れない事を言うな」


 邪悪なる者の四方を囲むように、隆起する岩の大地。

 それを、黒い稲妻を放って破壊したあと、続けてルーアに向けて放つ。


 ルーアはそれに、岩石を放って応戦する。


「邪魔をするなよ! お前に用はない!」

「だろうな。

 安心しろ、ワシはもう引き時だ」


 そういって、不敵に笑みを浮かべるルーア。


 邪悪なる者は首を傾げ……気づいた。

 振り返ると、遠ざかっていくセインの背中が見えた。


「目の前のことに囚われて、周りがまるで見えておらんな。お前は」


 邪悪なる者は、ルーアに構うこともなくセインを追いかける。


「無駄だ。お前には入ることは出来ん」


 ルーアが呟いた通り、邪悪なる者は『目に見えない何か』に行く手を阻まれる。


「結界?! 馬鹿な! 私は竜の因子を持っているのに!」

「そこに入れるのは竜ではない。

 この世界で、たったの二人だけだ」

「なら何故セインは入れた!」

「あいつは……そうだな。『風に好かれているから』といったところか」

「なんだ、それ……」


 邪悪なる者は、苦虫を嚙み潰したように顔を歪めた。

 ……かと思えば、すぐに上った血の気が引いたように真顔に戻る。


「じゃ、今日はここまでか」


 それから、ルーアに目もくれずどこかへ飛び去る。


 急な変わりように、呆気にとられるルーア。

 ……だが、すぐに気づく。

 彼女の飛び去った方向に、何があったのかを……


「しまった! そっちは任せたぞ、セイン……!」

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