表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/118

第六十八話

 異層同期体。

 一つの魂に、二つの肉体を持つ、特殊な存在。


 異なる種族の血が交わることで生まれる。

 ……ことがあるかも知れないと、言われてきた。


 二つの血が交わり、両方の特徴が半分ずつ肉体に現れる混血。

 それとは違い、異層同期体は、それぞれの種族の完全な肉体を持っているのだ。


 人間が存在する『地上』。

 そこから少しズレた『異層』と呼ばれる空間。

 そこに、使っていない一方の肉体を眠らせている。


 異層に眠る肉体とは常に繋がっており、同時に成長していく。

 そして、その者の意思一つで、『切り替え』出来る。


 それは、異層より来たりし者達……『天使』、『悪魔』、『竜』が『地上の人間』と子を成せば「現れるかもしれない」と囁かれ続けてきた。


 しかし、それはあくまで空想、妄言の類。

 上位種達の戯言。

 そのはず、だった。


 彼女、『クロム』が現れるまでは……



 銀の竜に『替わった』クロム。

 その大きな手が、セインを捕えようと掴みかかってくる。


 セインは、その手をひらりひらりと躱していく。

 風に舞う布のように。


 対処するだけなら容易かった。

 彼女はなにも、敵意を抱いているわけじゃない。

 傷つけようとはしてこないのだから、身を翻すだけでいい。


──だけど、これじゃ意味がない!──


 セインには、クロムに伝えたいことがある。

 だが、逃げていては伝えることなどできない。


 向き合わないと。


 クロムが怒っている理由……

 きっと、「ここには居られない」と、そう言ったから。


 一人、残されることがきっと不安なんだ。


 そんな彼女の想いに、寄り添えなかった。


 ちゃんと、向き合えてなかった。


 だから……


 向き合わ……ない……と?


 ……どうやって?


 正面にそびえ立つクロムを見上げ、セインは額に冷や汗が滲む。


 大きさが違いすぎる。

 目を合わせようにも、セインが見上げたところで、彼女の下あごしか見えない。


 加えて彼女は今、頭に血が上っていて冷静ではないだろう。

 話しかけようにも、聞く耳は持ってくれそうにない。


──なら、やることは……二つだ──


 彼女の頭を冷やす。

 そして、自分を見てもらうこと。


 セインは覚悟を決めて、駆け出す。


──逃げたって、もっと不安にさせるだけだ……!

 なら、こっちから近づく!──


 彼女の足元を目掛けて、まっすぐに。


 セインはこのまま、またぐらをくぐり抜けてしっぽに飛びついてやろうとした。


 ……が、その直前。

 クロムは、高めの雄叫びを上げて羽ばたいた。


 竜の巨体を浮かせるほどの羽ばたき。

 その風圧に、踏ん張りが利くはずもなく……

 セインの体は宙を舞った。


 風に受け止められ、なんとか背中を打ち付ける程度で着地した。


──なんか、風が冷たい……!──


 いつもなら、もっと柔らかく受け止めてくれるはずだが……

 なぜだか、少し怒っているような気がした。


《セイン……! お前……お前……!》


 クロムが上空からこちらを見下ろす。

 ……長い尻尾を抱え、体を隠すような、不自然な体勢で。


 セインは、そんなところを気に留めず──やっとこっちを見てくれた!──と、呑気に構えているが。


「クロム、聞いて! 話したいことが……」

《この……不埒者ォォォォォォ!》

「えぇっ!?」


 羞恥の叫びが、セインの脳を震わせる。


 脳が揺さぶられてふらつくセインの周囲に、彼女の息吹ブレスが繰り返し襲い掛かってくる。


 ……どうやら、余計に怒らせたらしい。

 何故なのかは、セインには全く分かっていないが。


 セインは困った。


 空を飛ばれると、余計に近づき辛くなった……と。


 飛び上がろうにも、今は風が助けてくれない……気がする。


 何かいい方法はないか、と周囲を見渡す。


 ……ひとつだけ、見つけた。

 それは、イチかバチかの掛け。


 だが、セインは迷わず駆け出した。


 クロムを信じて……岬の先へ。


 対して、クロムは……


──セイン、クロムの……敵になるのか?──


 彼が向かった先。

 そこには、セインから預かっていた二本の剣がある。


 あの剣は『信用の証』。

 それが彼の手に戻れば、もう信じることが出来なくなる……ということだ。


──ほんとうに、そうなのか?──


 クロムは、セインの姿を目で追って、自分に問いかけた。


 最初は確かに、形がなければ安心できなかった。

 だが、今もそうだろうか……?


 「違う」と答える自分が居る。


 セインは、自分を裏切るような人間じゃない。

 ほんのわずかな時間、共にいただけ。

 それでも、分かる。


 竜は相手の本質を、魂を感じることが出来る。

 だが、そんなことは関係ない。


 セインは初めて言葉を交わしたあの時から、ずっと、自分のことを考えてくれていた。

 そんな彼が、裏切るはずが……ない。


 セインは、クロムを恐れない。

 恐れていたのは、クロムの方。


 顔を上げて、セインの姿を捉える。


 すると彼は、自分の剣には目もくれず、岬の先へ駆けていき……

 海に向かって、飛び込んでいく。


《セイン⁉》


 考えるよりも先に、体は彼の方へと向かっていた。

 落ちていく彼を、この手で受け止める。


 両手の中に納まるセインの姿を見て、安堵する。

 それと同時に、胸の底から込み上げる、怒り。


《セイン! おまえ……なに考えてるんだ!

 人間がこんなところから落ちたら、危ないだろ!》


 セインは上体を起こし、こちらの目を見返して頭を下げる。


「ごめん……こうすれば、キミが見てくれると思って」

《クロムが助けなかったら、どうするつもりだったんだ。

 死ぬかも、しれなかったんだぞ》

「信じてたから。

 クロムなら、助けてくれるって」


 本気でそう言っているのがわかるから、タチが悪い。

 怒るに怒れず、その上少し照れくさい。

 こいつはズルい奴だ。とクロムは思う。


「クロム、ごめんね。

 傷つけるつもりはなかったけど、うまく伝えられなくて」

《おまえが謝ることじゃ、ないだろう……》


 クロムも分かっている。

 結局は、自分の都合を押し付けようとしただけだ。


《すまない、セイン》

「いいよ、気にしないで。

 それより、聞きたいことがあるんだ」


 そう言って、セインは水平線の方を指差す。

 

「いつも、あそこを見てたよね。どうして?」

《それは……》

「僕はね、あの景色の向こうに、行ってみたい。

 なんて、考えてた」


 口をつぐむクロムに、セインは語る。


「里のみんなのことは好きだよ。

 ……でも、里に居るのは、正直窮屈だった。

 時々一人になって、山の向こうを眺めて『いつか、あの向こうに』って考えてた。

 でも、勇気がなかった。

 今は分かる。

 一人になることが、怖かったんだと思う。

 連れ出してくれる、誰かをずっと待ってた」

《その誰かは、来たんだな。

 お前の前には》


 セインは頷く。

 そして、クロムの顔を見上げる。


「今度は、僕がそうなれたら。って……

 いいや、違うな」


 セインは、クロムの目を見るように向き直る。


「クロム、僕はキミと、あの海と空の向こうに行きたい。

 一緒に、見たことのない景色を見たい。

 キミと僕は、似てる。

 そんな僕らだから、同じものを見られると思うんだ。

 だから、僕の仲間になって欲しい」

《クロムは……竜だ。

 ヒトの世界で、生きられるか?》

「大丈夫、キミはその力を正しく使える。

 クロムは僕を傷つけようとはしなかった。

 そして、僕は傷一つない。

 それが、なによりの証だよ」


 彼は優しく語った。


「キミは竜で、人間。

 二つの世界で生きられる、特別なんだよ」

《二つの、世界……》


 クロムは上昇し、岬に降り立つ。

 そしてセインを降ろすと、人の姿へと替わる。


 振り返って、飽きるほど見てきた水平線を見つめる。

 あと一歩、踏み出せたなら……

 何度、そう思い続けてきただろう。


 けれど、なにも知らない恐怖の方が大きく……

 ここから先へは行けなかった。


 だけど、今……その一歩を踏み出せなければ、きっと後悔する。


「セイン、クロムは行きたい。

 あの、空と海の向こうに。

 だから、おまえと一緒に、行くぞ」

「決まりだね。

 クロム、これからよろしく!」


 そう言って、セインはグローブを外して、左手を差し出す。

 だがクロムは、その意味が分からず首を傾げている。


「ああ、そっか。

 ……クロム、手を出して」


 クロムは言われた通りに手を上げた。

 それを、セインは両手で優しく包み込む。


「握手って言ってね。

 人間は、互いに触れ合うことで信頼を伝えるんだ。

 ……簡単に言えば「お互い信じあって一緒に頑張ろう!」っていう、挨拶だよ」

「そうか。これが『人間のやり方』か。

 覚えておく」


 そういって、キュッと握り返すクロム。


 自分の手を包む、セインの手はごつごつとしていた。

 大きくて、暖かい。

 頼もしくて、触れていると安心する。


 『触れ合って信頼を伝える』。

 クロムは、その意味が少し、分かった気がした。



 そんな少年と少女の触れ合いを、遠く離れた所から見つめる二つの影があった。


 一つは、赤い肌と紫の髪、頭の両側から生えた二本の角が特徴的な少女。

 ルーア、悪魔であり、セインの仲間。


「異層同期体……まさか実在するとはな。

 ワシらとしては好都合。

 じゃが、いいのか……クウザ?」


 ルーアは横目で、隣に立つ緑の法衣を着た青年に視線を向ける。

 クウザと呼ばれた青年は、からかうような、挑発的な視線に少しイラっとする。


 ……が、それを無視する。

 セインとクロム。二人の姿を金色の眼で見つめ、諦めの混じったため息を吐いた。


「正直、今からでも彼を八つ裂きにしたいところだけど……

 そんなことしたら、これから一生クロムに嫌われるのは分かってるからね。

 諦めるしかないだろう」

「竜の悪い所だな。

 宝を独占したがるのは」


 と、呆れた様子で鼻を鳴らすルーア。

 その指摘に、目を泳がせるクウザ。


「そんなことは……あるけど。

 でも、まあ……あの子が選んだことだから、ね」

「やけに諦めがいいじゃないか。お前にしては」


 セインの手を取り、少女が『ゆりかご』とも言える地を離れていく。

 その姿を見ながら。


「約束、だからね」


 クウザは、金色の眼に名残惜しそうに少女の姿を納める。

 そして、後ろ髪を引かれるようにその場を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ