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第六十五話

 クウザに挑発を繰り返され、臨戦態勢に入りかけたルーアを、セインが宥めた。

 ようやく落ち着いたタイミングで、クウザにこの島へ来た目的を伝える。


「邪悪なる者が目覚めたのは、

 我々も気づいていたが……

 そうか、勇士の剣が力を失っていたか」

「いや、失っているというよりも……

 『こいつが使うことを考えていない剣』だったことの方が大きいのだろうよ」


 ギルの元へ向かったときのことだ。

 勇士の剣について見て貰い、彼からはこう聞かされた。


『この剣は、《本来の使い手》に合わせて造られたもんだ。

 こうして見ただけでも分かる。

 前の勇士がどんだけすげえ奴だったのかがな。

 こいつが力を発揮できる魔力を注いだ上で振り回してたとなりゃ……

 バケモノじみた力の持ち主だぜ、そいつは』


 勇士の剣は、使い手から魔力を注いで力を解放する剣。

 先代の勇士がかなりの実力者であったことは聞いている。


 悪魔と、天使と、竜を纏めて相手にしてしまうような剣士。

 そんな彼が使うことを想定されていた剣……


 セインでは力不足なはずだ。

 仮にどんなに鍛えたとしても、そんな域に辿り着くなど無理だ。

 それは自分が一番よく分かっている。


 そして、それはルーアも分かっていて……

 彼女からは『考えがある』と教えられていた。


 ルーアの説明を聞いて、クウザは何か合点がいったらしい。


「なるほど、あの化け物じみた魔力の代わりに、

 霊脈から源素を注ごう。というわけだ」

「その通りだ。

 まずはここ、風の霊脈。

 そのあと残り三つを回ることになる」

「四つすべての霊脈を回るつもりかい……?

 ああ、それで……竜を足に使いたいって?」

「ああ。飛べる奴が居た方が便利だろう」


 ルーアの言葉に、クウザは困った様子で笑う。

 だが、『まあ仕方ないね』と納得したらしい。


「うーんと、どういうこと?」


 話が理解できていなかったセインに、ルーアが説明を始めた。


「『源素』は魔法を具現化するために使う、

 大地を流れる力の源。

 この世界の血液のようなもの……それは話したな?」


 その話は確かに、少し前に聞いていた。


「その種類は火、水、風、土の四つ。

 それぞれ場所によって流れる濃さが違うんだ。

 たとえば、火山なら火の源素が強く流れてる。

 そして、海なら水の源素……みたいな感じでね」

「もしかして、ここの風がやたら強いのは、風の源素が流れてるから?」

「まあ、大体そんな感じ」


 セインの問いかけに、クウザがうなずいて答えた。


「その源素がこの世界の内側から湧き上がる場所がある。

 それを『霊脈』という。

 そのうち一つ、

 『風の霊脈』がこの竜の渓谷にあるのだ」

「ちなみに、この島の結界も霊脈を利用しているんだよ。

 大規模な結界の維持さえもできる大きな力ってこと」


 と、クウザが付け加える。


「こういった場所が、世界にはあと四つある。

 だが、まあどこも遠くてな」


 と、彼女は困った様に肩をすくめてみせる。

 セインも徐々に話がみえてきた。


「じゃあ、世界中を回るために、

 竜の力も借りたいってことだね?」


 『そのとおり』と、ルーアは頷く。


「ルーアはともかく、勇士殿に力を貸すのはやぶさかではない。

 ではないんどけれども……」

「なんだ、何か不都合でもあるのか?」


 急に歯切れが悪くなったクウザを、ルーアが問い詰める。

 彼は左の首筋から胸元にかけて、体をさすりながら、仕方なしとばかりに答える。


「いやぁ、私ちょっと深傷を負っていてねぇ。

 長距離の移動は出来ないし、戦うのも厳しいんだよね」

「ほーう。

 何があったかは知らんが、大変だな。

 ま、貴様でなくとも良い。

 他にもおるだろう、飛べるやつくらい」

「……いません」


 クウザがボソっと、呟いた。

 聞こえるか聞こえないか、ギリギリの声量で。

 聞き捨てならない言葉が聞こえた気がした。


「んー?

 居ないとは、何がだ?」

「私以外の竜、みんな『竜の層』に退去させちゃったから。

 今は、他の竜はいないよ」

「はぁ?!」


 クウザに対して、なにやらルーアが問い詰め始める。


 セインには挟まれる話ではないので、手持ち無沙汰になってしまった。


 セインはその時、一つだけ思い浮かぶことがあった。


 『あの子はどうなんだろう』と。


 脳裏に焼き付いた、美しき銀色の竜。

 そして、岬の先から遠くを見つめていたあの少女……


 『他に竜はいない』クウザはそういった。

 ならば、あの竜は本当に夢の中だけの存在だったのか。

 それが気になった。


 そんなとき、優しい風が頬を撫でた。


 『こっちだよ』と、そう言ってくるかのように。


 セインが風に導かれるままに向かった先……


 そこは多分、あの夢で見た岬だ。


 そして、その先を見て確信する。


 あれは夢ではなかったのだと。


 彼女は今も、遠く、遠いその先を見ている。

 この場所に、たった一人で。


「ねえ、なにを見てるの?」


 彼女のことが気になって、思わず声をかける。

 すると、少女は驚きで体を震わせて、振り返る。


「あっ、おまえ……」


 セインの姿を目にした途端、少女は辺りを見回して、隠れられそうな岩場に駆け込んだ。

 そして、警戒心の強い視線でこちらを睨んでくる。


「驚かせてごめん! 襲ったりしないから、少し話をしない?」


 と、言っても警戒は解けそうにない。

 少し考えて、セインは腰に携えた二本の剣、『勇士の剣』と『エスプレンダー』を外し、地面に置く。


「これ、僕の大切なものなんだ! 僕を信用できるまで、キミが持っててくれないかな!」


 そう言って、後ずさりながら剣と距離を取った後、両手を広げて「なにも無いよ」とアピールする。


 少女は訝し気に、じぃ~っとこちらを見つめ続け……しばらくして、岩陰から出てきて少しずつ近寄ってくる。


 セインは嬉しくなって、つい一歩踏み出してしまい、少女はビクッと体を震わせて一目散に岩陰に戻っていく。


「しまった~~~~~!」


 と自分の失敗に頭を抱えるが、すぐに気を取り直し、もう一度距離を取る。


 そんな事を何度か繰り返し、真上にあった太陽が海に隠れ始めた頃。


──よし、きた……!──


 少女から視線を外し、剣から離れて待つ。

 向こうが近づいてきても、こちらから近づいてはいけない。

 驚かせてしまうから声は上げない。

 そもそも微動だにしてはいけない。


 以上のことを徹底して、ただ待つ。

 セインの辛抱強い努力が実り、ようやく少女は二本の剣の前に立つ。


 恐る恐る、といった様子でそれぞれの剣を指で突いたりした。

 その後、大丈夫だと判断したのか、少女は両手で剣を持ち上げて胸の前に抱える。


 これで少しは慣れてくれただろう。とセインは一安心。

 だが、気を抜いてはいけない。


 ここで驚かせて逃げられては台無しだ。

 そろそろ戻っただろうか。と振り向く。


 すると左右の目に映り込んだのは、透き通るほど綺麗な赤と金。

 宝石と見まがうほどに煌めくそれは、少女の瞳。

 左右の彩が異なる『異色の虹彩オッドアイ

 いつの間にか、彼女は鼻先が触れ合うほど傍に近づいてきていた。


 こんなに間近で彼女の姿を見ることになるとは思わなかったセインは、自分の方が驚いて後ろに仰け反ってしまう。


「ど、どうしたの?」


 声が震える。

 遠目にも綺麗な女の子だとは思っていたが、近づくと想像以上だった。

 この世界で彼女だけが浮いているような、現実離れしているというか……

 美しい、というだけでは違う。単に見た目が整っている、というだけじゃない。


 ジークたちの城で見た、絵画や彫刻。

 或いは、ギルの鍛えた剣たち。


 理想を追い求めて、妥協なく創り上げられたもの。


 そういったものに疎いセインでさえ、一目見た瞬間にその凄さを感じることが出来る『逸品』。


 この少女を見て胸に抱いた感情は、それに近いものだった。


「痛く、ないか?」


 落ち着きのある声音だ。

 小柄でまだ幼さのある容姿。岩陰で警戒していたあの姿。

 どう考えても自分よりも年は下のはずだが、この声を聞いていると彼女が自分よりも大人のように錯覚する。


「大丈夫、だよ? どうして?」

「……大丈夫なら、いい」


 振り返って、遠ざかっていく少女の背中。


「待って!」


 セインの声に、少女は足を止めて振り返ってくれた。


「なんだ?」

「名前、教えてくれないかな」

「……クロム」

「クロム……クロムっていうんだね。僕は、セインだ」

「そうか。わかった」


 それだけ言い残して、再び歩き出す。

 風に揺らめく、腰まで伸びた銀の髪は、黒く染まった空の下で、星のように輝く。


 その姿が見えなくなるまで、セインは視線を釘付けにされていた。

 ただ、それは見惚れていたというのではない。


 美しいのは確かだが、その後ろ姿は寂しげだった。

 そんな彼女の姿に見覚えがあった……ような。

 それが気になったからだ。


「……また、来るよ。クロム」


 そう小さく呟いて、セインはその場を後にした。

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