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第六十四話

 大波に飲まれて結界を抜ける。

 

 あまりにも大雑把……

 いや、大胆な方法を実践したセインとルーア。


 奇跡的に生き延びて、

 二人はなんとか竜の渓谷にたどり着いたのだった。


 しかし思った以上……

 いや、どう考えても当然の結果。

 セインはかなり体力を消耗しており、

 今は目覚めた岸壁の上で二人は休憩中だ。


「人間? 居る訳ないだろう、こんなところに」


 ルーアは、びしょびしょに濡れたワンピースを絞りながらそう答えた。


 セインが尋ねたのは、岬の先に佇んでいた少女のこと。

 自分が見たあの少女は、夢だったのか、現実だったのか……

 それを確かめるために。


「うーん、そうだよねぇ……」


 セインも、正直そんな気はしていた。


 周りを見渡すだけでも分かる。

 ここは、人が暮らしていけるような場所ではないと。


 ここは『竜の渓谷』。

 竜たちの聖域と呼ばれる場所。


 そこに広がる陸地は……すべてが無機質だ。


 どこを見ても灰色。

 草木の一つも見当たらない。


 特徴と言えば、この強く吹き付ける風くらいなものだろうか。


 どうして竜がここに居られるのかは分からない。

 だが、少なくとも人間が生きていけるようなところではないのは分かる。


 『なにが世界で最も美しい場所』だ。

 妄想も大概にしてほしい……と思ったことは置いておき。


 もう一つ、セインは気になっていることがあった。


「銀色の竜って、知り合い?」

「銀……?

 いいや、おらん」

「そっか、じゃあやっぱり夢か……」


 そもそも、あの少女がいたはずの岬が見当たらない。

 似たり寄ったりな景色が広がっているので、見分けがついていないだけかもしれないが。


「……どうだろうな。

 おいセイン、もう動けそうか?」

「え? うん……大丈夫だけど」


 多少疲労感は残っていたが、

 最悪の状態にくらべればまだマシだ。


「ならば行くぞ。

 いろいろと、気になることがあるからな」


 そう言って、ルーアは絞ったワンピースを肩にかけて立ち上がる。


「ついてこい。

 この島の中心へ行くぞ」

「分かった……

 でもその前に、服着たら?」

「もう少し乾いたらな」


 ワンピースの時点で緊張感など欠片もないが、

 下着とサンダルで歩き回られるのは、

 もはや海水浴だ。


 冒険の雰囲気というものが感じられない。

 ……まあ、そこに文句を言ったところで彼女は聞いてくれそうにもないが。


 セインは諦めた様子でため息をついて、彼女の背中を追いかけた。



 島の中心へと向かう道中は、

 岩と岩の隙間を縫って、

 あるいは険しい崖を上っていかねばならなかった。


 セインは万全の状態なら難なく乗り越えられた自信があるものの、

 さすがに死にかけた直後では、この道のりは少し厳しい。


──竜の住処なんだもんな。

 人間用の道なんて、あるわけないか……

 あれ……?──


 セインはふと疑問に思う。


──そういえば、竜……居なくない?──


 この島で目覚めてからというもの、

 あの夢か現かわからない銀の竜を除けば、

 まだ一匹も竜の姿を見てはいない。


 歩いていれば何匹も見かけるもの。

 と、セインは思っていたが……


「そもそも、竜というのは図体がデカくて寿命が長い。

 だから数が少ないんじゃよ。

 そして、百年単位で寝て過ごしているようなぐうたらな連中だ」


 ルーアに尋ねると、彼女はそう答えた。


「そうなの?」

「ああ。体がデカいということは、その分食う量も多いということだ。

 だが、連中が好き勝手に食い荒らしたらすぐにこの世界は滅ぶだろう?

 人間が居なくなるのは困るからな。

 奴らも不用意に数は増やさん。

 そして霊脈から得る源素の力だけで体を維持するため、

 長い間眠りにつくのだ」

「ふーん……ん?

 じゃあ今から会いに行っても寝てるんじゃ……?」


 そんなことになったら、

 自分が死にかけてまでここに来た意味がなくなるので勘弁してほしい。


「安心せい。

 恐らく目覚めているはずだ。

 それに……」

「それに?」

「寝てたとしても起こす」


 ……と、いうことで。

 セインが連れてこられたのは大きな大きな岩の前。

 四十メートルくらいの高さだろうか。


 思わず見惚れてしまうような、綺麗な姿形をしている。

 この島に来てようやく良いものが見れた……


 まあ、良いものだとはセインも思うのだが。


「……竜に会いに来たんじゃなかった?」

「そう。これだよ、これ」


 と、ルーアはこの綺麗な翡翠色の岩を指し示す。


「この期に及んで寝ておるか。

 老いぼれたな、まったく……

 セイン、これを持ってろ」


 ルーアはそう言って、まだ袖を通さず脇に抱えていたワンピースをセインに投げ渡す。


「起きろ、客が来てやったのだぞ!」


 ゲシゲシと乱暴に岩を蹴りつけ始めるルーア。


《あのねぇ……

 来るべき時に備えてるんだよ。

 浮かれた格好をしている君に、

 とやかく言われるのは心外だな》


 セインは、あまりの衝撃的な出来事に戸惑った。


 その声は、耳から聞こえてくるのではない。

 頭の中に響いてくるのだ。


《おっと、驚かせてしまったかな。

 キミは……もしかして……》

「まずは姿を現してやれ。

 セインが困っているだろう」

《そうだね。

 まずはこちらから……

 それが人の礼儀、という奴だった》


 それから突然、地面が揺れ出した。

 目の前の大岩が、浮き上がり始めたからだ。


 浮き上がった大岩は、空中で輝き始めた。

 そして、その姿を変えていく。

 太く、長く首が伸びて、頭の形が出来上がり、

 下には尻尾が伸びていく。

 ……そして真ん中の辺りが膨らみ、手足のようなものが生えてきた。

 最後に、大きく翼を広げ……輝きが納まると、その姿を現す。


 雄々しく、そして翡翠色に艶めく美しい姿。

 一目見ただけで、これが『竜』だと分かった。


 実物を見るのは、当然初めてだ。

 だが、ジークたちの城でその姿が描かれた絵画を見せて貰ったことがある。


 まさしくこれは、そこに描かれていたモノに違わず……

 いや、それ以上に神秘的に感じられた。


《我が名はクウザ。

 ここの竜たちの長、ということになっている。

 驚かせてしまってすまないね。

 竜は人間の言葉を話す発声器官を持たない。

 だからこうして、念によって直接理解させるしかないのさ》

「驚いたけど、謝られるようなことじゃないよ。

 僕はセイン。

 よろしく、クウザ」

《ああ、よろしく。

 今度の勇士は温厚そうで良かったよ。

 君とはうまくやれそうだ》

「えっ、どうして分かったの?

 僕が勇士だって」

「こやつらは肉体ではなく、

 『魂』を見るからな」

《要するに、見るだけでわかるってこと》

「へぇ! すごいね!」


 目をキラキラと輝かせてクウザを見つめるセイン。

 ルーアは、なんとなくそれが面白くない。


「お主、ワシに対してそんな風にみたことないじゃろ。

 なんだ、その差は。気に入らんな」

「え、だって……かっこいいじゃん!」

《……ふっ》

「腹立つ!」


 ルーアは悔しそうに地団駄を踏んだ。


《まあ、ずっと見上げているのも疲れるだろう

 少し待ちなさい》


 そういって、クウザは再び身を輝かせた。

 今度は、その巨体を小さく……

 セインとほとんど変わらない大きさまで変えていく。


 その光が収まったとき、

 そこに居たのは緑の法衣を着た人間の男性だった。


 彼はこちらへ近づいて、

 調子を確かめるように喉を押さえる。


「あ……あー……うん。

 どう? ちゃんと話せてるかな?」

「大丈夫だけど……

 えっと、クウザなの?」

「そう。

 色々な魔法を重ね掛けして、

 人間そっくりの姿になったんだ。

 しかも、見せかけじゃないよ。

 こうして口から言葉を話せているだろう?」

「すごい! 竜ってなんでも出来るんだ!」

「万能とは言わないが、この程度は易いものだよ」


 クウザはセインに対して謙遜した態度を取りつつ……

 その横では、ルーアに対して勝ち誇ったような目線を向ける。


「超、ムカつく!」


 と、ルーアが悔しがる。

 その横で、セインは改めてクウザの姿を眺めて、違和感を抱く。


「なんか、少し違うね」


 たしかに、クウザの姿はほとんど人間だ。

 だが、耳の先、爪、そして歯。

 所々が尖っていて鋭い。


「まあ、あくまで私は竜だからね。

 元の姿を人間の形に落とし込んでいるだけだから、差異は出るさ。

 特に『人間にはない部分』はどうしても変化させられなかったりね」


 クウザがそう話した直後、ビタンッ! と大きな音が彼の背後から鳴る。

 セインはなんの音かと気になり、彼の背後へ回ると、その答えはすぐにわかった。


 尻尾だ。


 なるほど、とセインは納得する。

 手足や胴体、顔を人間同様の姿に変化させられても、『元から人間にはない部分』である尻尾はそのまま残ってしまうのか……と。


「とはいえ、人を脅かさないくらいにはなっているだろう?」

「そうだね。

 竜そのまんまよりは、その方が話しやすいし」

「だろう。

 これでも充分に人に馴染める。

 体の大きさの違いは、それだけで小さきものに威圧してしまうからね」


 そんな風に、柔らかな物腰でセインに接していたクウザ。

 だが、そのすぐ後に、鋭い視線を彼の背後に向ける。


「さてと、君ともそれなりに交友を深めたところで。

 彼女をなんとかしてくれるかい?

 私が話しかけても争いにならない自信がないからね」

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