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第六十二話

 分厚い雲が空を覆い、

 暗く、重苦しい空気がこの平原を包む。


 そんな中で対峙する、『勇士』セインと、

 その宿敵『邪悪なる者』。


「ようやく、私を見てくれる気になったんだ」

「もう、目を逸らすのはやめたんだ。

 覚悟だって、決めてきた」


 言葉を裏付けるように、

 セインは強く、真っ直ぐにその瞳で邪悪なる者を見つめる。


 背後で傍観するゲレルが、息を呑んだのが分かる。


 今の一言で、

 邪悪なる者の雰囲気が変わったからだ。


 空気の緊張を、肌で感じる。

 

「それは……

 私と戦う、という事かな?」


 小首を傾げながら問いかけてくる。


 弾んだ声音で分かる。

 どうも戦う事に乗り気なようだ。


 しかし、対するセインは剣を構えるどころか……

 鞘に、しまった。


 邪悪なる者も、

 さすがにそれは予想できなかったようだ。

 先程までの圧が一瞬で失せた。


「なんのつもり?」

「お前とは戦わない。

 ただ、それだけの事だよ」

「覚悟を決めたんじゃなかったのかい?」


 静かに頷くセイン。


「決めたよ。

 決めたのは、お前とは戦わない覚悟だ」

「なんだいそれ」

 唸るような低い声。

 それだけで、不満なのだと分かる。


「それは逃げるのと何が違う?

 『私』から目を背けるな!」


 空気を震わせるほどの叫び。

 表される激しい怒りに、

 後ずさってしまいそうになる。


 しかし、それでもセインは退かず、

 剣を抜きもしない。


 邪悪なる者の苛立ちが膨らんでいるのが分かる。


 だが、それが急に落ち着いたように静まる。


「そう……

 君がそのつもりなら、

 やり方を変えよう」


 邪悪なる者はおもむろに右手を上げて、

 掃うように横に振る。


 すると、セインの左半身を殴りつけるように、

 空気の圧が襲い掛かってきた。


 強く叩きつけられた体は、空宙で弧を描いて遠くへ飛ばされた。

 そして、セインはまともに受け身も取れずに地面を転がる。


「セイン!」


 彼のもとへ駆け寄ろうとしたゲレル。

 しかし、その体は凍りついたように動かなくなる。


 振り向けば、邪悪なる者の指先が自分に向けられていた。


 芯から凍えてしまうほどに、冷たい視線を感じた。

 それは人に向けられるものではない。

 気に入らない『モノ』に対する視線だ。


「セイン……

 キミが戦いたくなるようにしてあげる」


 全身を打ち付けた痛みで、

 体は悲鳴を上げていた。


 それでも、セインは考えるよりも先に、体が動いた。


 鞘から『エスプレンダー』を引き抜いて投擲する。

 ゲレルの手前を目掛けて。


 それとほぼ同時、邪悪なる者の指先から放たれる雷撃。

 宙をうねりながら、音も追いつかない速さで走っていく。


 ゲレルは、自らに迫る閃光の眩さに目を伏せて、

 全身が震えるほどの衝撃に腰がくだけた。


 鼓膜が破れそうな轟音に耳を塞ぐ。


 徐々に視界と聴覚が戻ってきて、

 自分の身はなんともないことに驚く。


 おもむろに上半身を起こす。


 そこには、自分を護るように佇む、

 一本の剣の姿があった。


 雷撃をその一身に受け止めたのか、

 ゆらめく陽炎を纏う『白金』の刀身。


 その煌めきが放つ神々しさに、

 ゲレルは目を奪われた。


 先程の恐怖もどこかに消えて、

 安心している様子だった。


 だが、それで終わりではない。


 ゲレルの周囲を囲むように、

 迫りくる『影』。


 ここに来る前に、セインは同じものを見た。

 その時はただどこかに向かって進むだけだった。


 しかし、これは違う。

 明確にゲレルを襲おうとしているように見える。


 セインは駆けだす。

 重たい足を無理矢理上げて、前へ、前へ……


 体は痛む。


 だが全力を出すことに、

 迷いも、躊躇いもなかった。

 ただ一心に、想いが体を突き動かす。


 するとその時、不思議なことが起こる。


 追い風が背中を押してくれたのだ。

 一歩、また一歩と進むたび、

 地面を蹴る脚が軽く、速くなっていく。


 地面に突き刺さる『エスプレンダー』を引き抜いて、

 そのまま『影』に向けて踏み込む。


 雷撃によって熱を帯びた持ち手を、

 ためらうことなく握りしめる。


 セインは、自分の背丈の倍以上……

 『影』の頭部に剣を突き立てるため、

 高く飛び上がる。


 この時もまた、風が抱き上げるようにセインを高く飛ばす。


 どうしてこんなことが起きたのか、

 そんなことは分からない。


 だがそんなことは関係ない。

 今は『やるべきこと』があり、

 そのために『自分の力を使いたい』。

 ただ、それだけなのだから。


 白金の一閃が、影を断ち斬る。


 消えかかる影を蹴って、方向転換。

 残る二体の影を次々と斬り倒す。


 ゲレルを囲んでいた影を倒し、

 ふわりと地上に降り立つセイン。


「怪我はない?」

 尻餅をついたままのゲレルに、

 セインは手を差し伸べる。


 だが、彼はぽっかりと口を開けたまま、

 こちらを見上げて動かない。


「……ゲレル?」

「……あっ。いや……

 大丈夫……だ、ぞ」

 セインの手を取ったゲレルは、

 心なしか頬が赤い。


「……ありがとう」

 立ち上がったゲレルは顔を逸らしながら、

 聞こえるか聞こえないかギリギリの声でそう言った。

「どういたしまして」

 そんな彼に、あまり押しつけがましくならないよう、

 セインは控えめに返した。


 その直後、セインの目つきは鋭いものに変わり、

 背後へ振り向いた。


「これで戦う気になってくれたかな?」

 挑発するように問いかけてくる、邪悪なる者。


 腹の底から、頭まで熱がこみ上げてくる。


 何故こんなことをするのか。

 いたずらに人を傷つけようとするのが許せない。


 やけどで痛む、剣を握る手に力が籠る。

 皮膚が剥がれる痛みも関係なく。


 今にも一歩踏み出して、

 斬りかかりそうだった……


 だが、そこでセインは踏みとどまり、

 深く息を吸った。


 そして、体に籠った熱と共に息を吐き出した。


 頭が冷えていく。

 落ち着きを取り戻せているのが分かる。


 一度目蓋を下ろし、

 曇りなき眼で再び邪悪なる者を見据える。



「どうして……」


 兜に覆われて、その表情は見えない。

 だが、邪悪なる者が戸惑っているのは伝わってくる。


「どうして戦おうとしない!

 私に怒りを感じないのか?

 私が憎くないのか?!」

「怒らないわけない。

 僕はそんなに優しい人じゃない。

 許せることなんてしてないだろ、おまえ」

「だったら何故ェ!!」


 激しい感情の波。

 『戦う』ということに、どうしてここまでこだわるのか。

 その意味は、セインにはまだ分からない。


 ただ、言えることがあるとすれば……


「『おまえ』のことは許せなくても、

 それは、アレーナの体だ。

 傷つけるようなこと、するわけない…… だけど、おまえが『戦うこと』にこだわるなら。

 付き合ってやる」



 セインはエスプレンダーを突き出す。

 邪悪なる者に見せつけるように。


「これはアレーナが、

 祈りを籠めてくれた剣……

 今度は僕が、この剣に約束する」


 ゆっくりと、剣を鞘に納めながら、

 誓いを告げる。


「僕は、おまえに誰も傷つけさせないし、

 誰にもおまえを傷つけさせない。

 おまえからアレーナを救いだすこと。

 それが、僕の戦いだ」


 想いと決意を籠めて、エスプレンダーを鞘に納めた。


 邪悪なる者は動揺する。


「そんなの……

 そんなの認められない!

 キミ一人が傷つくことになるんだぞ!」


 セインは、そんな言葉に気持ちが揺らぐことはなかった。

 迷いのない足取りで、邪悪なる者に迫る。


 後ずさる邪悪なる者を逃がさぬように、

 セインはその手を伸ばして顔に触れる。


 ただ触れただけで皮膚が裂け、痛みが走る。

 だが、その手を離すことだけは決してしない。


「僕はアレーナを助けるために、

 どんなに傷ついたって構わない。

 その時まで、おまえのことを見てやる。

 だから、おまえも僕だけを見ていろ」


 強い意志を宿した眼で、

 兜の奥にある『彼女』の瞳を見つめる。


 うろたえる邪悪なる者は、

 自分に触れる手と、セインの顔の間で視線を行き来させる。


 そして、まるで脱皮するかのように兜を脱ぎ取り、

 顔を見られまいとすぐに身を翻して、

 どこかへと飛び去っていった。


 手元に残っていた邪悪なる者の兜は、

 霞のように消え去った。

 それと同時に、空は青く晴れ渡り、

 辺りには日差しが降り注いだ。


「勝った……のか?」

 困惑したゲレルが問いかけてくる。


 セインは首を横に振って、

 邪悪なる者が去っていった方を見上げる。


「まだ始まったばっかりだよ。

 あんなこと言ったけど、正直……」


 セインは目の前の景色がふらふらと揺れ始める。

 そして、ぷつりと糸が切れたように体から力が抜けて、倒れた。


「おおっ?! セイン、大丈夫か!」


 そんなセインを、ゲレルが抱える。


「あはは……もう、限界……」


 なんとかここまで持たせてきたが、

 本当に出せるものは出しきってしまったらしい。

 もはや指先一つ動かす気力さえ、セインには残っていなかった。


──あーあ。こんなんじゃ、ダメだよね。

 もっと強くなんなきゃ……

 それに、僕一人じゃ……──



 次に意識が戻ったとき、

 自分の周りを人が囲んでいた。

 皆、なんだかやけにピリピリとした空気で、

 正直セインはすこし怖かった。


 体中が痛いが、ゆっくりと上半身を起こした。

 周囲を見た限り、

 ここはアリマの病室だ。


 そこにゲレルがいるのは良いとして。


 ナランツェと、その取り巻き二人がいるのはどういうわけか。


「あの……

 これは、どういう……」


 見知った顔がなければ、言葉も出なかったかもしれない。

 助けを求めるように、近くにいたゲレルに声をかける。


「そんなに怯えるなよ……

 みんな、おまえを心配して見舞いに来てくれたんだ」

「その通り。

 別に取って食おうだなんて、思ってはいない」


 そう答えたのは、ナランツェだ。


 しかし『お見舞い』というには、

 なんとなく圧力が強い気がして、

 つい身構えてしまう。


 それを察したのか、

 ナランツェはため息をついて、

 

「ニル、ドルマー。

 お前たちが威圧するから、

 セインも警戒するだろう」

「うっ……さーせん」

「そんなつもりは無いんですが、

 こう、緊張して……」


 と、取り巻きの二人を窘めてくれた。


──まあ、ナランツェもちょっと怖いけど──


 そんな風に思いはしたが、

 セインは胸の内に納めておいた。


「……よし」


 二人のうち、

 ひときわ体の大きい……

 前に軽々と自分を持ち上げた方。

 彼女が、なにか覚悟を決めた様子でこちらを睨む。


 それが、大きく息を吸い込んだかと思えば、

 次の瞬間、勢いよく頭を下げる。


「すまなかった!

 おまえに……いや。

 勇士殿に、無礼な事をしてしまい」

「アタシもごめん!

 なんか……いろいろごめん!」


 大きい方に続いて、

 (比較的)細身な方の女性も頭を下げる。


 セインはいきなりの出来事に理解が追いつかない。


「えっと……

 どうしたの? 突然」

「ゲレルから聞いた。

 邪悪なる者を、あなたが退けたのだと」

「アタシら、黒い化け物と戦うのが精一杯だった。

 あのまま続いてたら、

 里を守りきれたかどうかって、思ったらさ……」


 ばつが悪そうに、大きい方と細い方がそれぞれ説明した。


 そんな二人を見守っていたナランツェが、

 見かねた様子で口を出す。


「私達は君に感謝している、

 里を守ってくれたことをな。

 ただ、感謝を伝える前に謝っておかないと、

 気が済まなかったんだよ」


 ナランツェの言葉に、こくこくと頷く二人。


「なるほどね。

 別に気にしなくてよかったのに」


 とっくにナランツェから謝罪は受けていたので、

 セインとしてはそれで終わっていたことだ。


「いや、そんなわけには……」

「くどいぞ、ドルマー。

 ずっと謝り続ける気か?」


 どうやら大きい方がドルマーというらしい。

 彼女がまた頭を下げそうだったところを、

 ナランツェが止めた。


「アンタ、凄いね。

 アタシなんか邪悪なる者の居た方へ近づこうとすると、

 意識保つだけでもきつかったつーか……

 それを追い払っちゃうとか、

 どうやったの? やっぱ凄い武器とか、技とかあるわけ?」


 細身の方……ニルが興味津々に顔を近づけてくる。

 セインは少し気まずい。

 期待しているような答えは、何も持ち合わせていないからだ。


 早めに誤解を解いておかねば。

 と、セインは思った。


「あの、別に大したことは……」

「違う、武器でも技でもない!

 そんなものに頼らなくても、セインは凄いんだぞ!

 黒い化け物をバッタバッタと倒して、

 邪悪なる者の攻撃も軽くいなした。

 そしてひと睨みで奴をビビらせて追い払ったんだからな!」


 ゲレルはニルとセインの間に割って入り、

 妙にムキになった様子で語る。


 間違っているわけではない……

 が、かなり話が大きくなっている気がする。


 そもそも。

『邪悪なる者を追い払った』

 というと自分の力で撃退したみたいで、

 あまり正しい言い方じゃない。


 なぜだかニルに警戒心むき出しのゲレルを、

 セインはそっと横に避ける。


「違うよ。

 あれはなんでか向こうが逃げ出しただけ。

 僕は何もしてない」

「えっ、そーなん?」

「違う! セインは……」


 なおも否定しようとするゲレルを止めるセイン。

 それから、自分の体がみんなによく見えるように、

 両手を広げる。


 やけどで皮膚が剥がれた右手は、薬を塗った布で巻かれていた。

 体中打ち身だらけで、足には多分ひびが入っているのだろう。

 ずきずきとした痛みを、ずっと感じている。


 見るからに重傷だ。


「見てよこの体。

 怪我だらけでしょ?

 強かったら、こんな風にはなってないって」

「それはっ……おれが……おれが弱かったから……」


 申し訳なさそうに、ゲレルが唇をかむ。

 ……きっと、彼も何もできなかったことが悔しいんだろう。


 そんな彼の手を、セインは右手で掴む。

 不意のことに驚いたのか、ゲレルは体を少し震わせる。


「その悔しさは、ゲレルだけのものじゃないよ。

 僕だってまだまだ強くならなくちゃいけないから」


 セインは一度まぶたを下ろした。

 そして、決意を新たにナランツェ、ニル、ドルマーの三人を見る。


「みんな、お願い。

 僕を鍛えてほしい。

 助けたいと思った人を、助けられる力が欲しいんだ。

 一人じゃ出来ないことが、たくさんあるから、みんなの力を貸して」


 ゲレルは、セインに握られた手を優しく、

 それでいて決して離さぬように握り返す。


「おれも……

 おれも、もっと強くなりたい!

 守られて、誰かが傷つくのは、もう嫌だ!

 だから頼む、おれも一緒に鍛えてくれ!」


 セインに続いて、ゲレルも頭を下げる。


 頭を下げられた三人は一度顔を見合わせて、

 改めてセインとゲレルの二人に向き直る。


「構わないぞ、アスカの戦士は来るものを拒まない。

 だが、覚悟しておけ。

 我々のしごきは厳しいぞ」


 と、堂々とした姿でナランツェは言った。


「姐さんはこう言ってるけど、安心しなよ。

 アタシら、これで結構優しいから」

「ああ、音を上げる体力すら残らないほど、

 かわいがってやるとも」


 からかい半分で、そして試すようにニルとドルマ―が続く。

 それに対してセインが恐れる様子は微塵もない。


「望むところだよ。

 ね、ゲレル」


 そう自信満々に言い返して、ゲレルに視線を送る。

 彼も、応えるように頷いて返す。


「もちろんだ。

 勇士じゃなくても、

 おれは、おれとして強くなる!」


 ナランツェ達は、そんな二人を頼もしそうに見つめた。


「よし、それじゃあ早速……」


 と、セインは勢いづいて今にも病床から動き出しそうになるが……


「セインはまず怪我を治しなよ?

 これ以上はさすがにウチも怒っちゃうぞぉ~?」


 固まったように体が動かなくなった。


 病室に現れたアリマは、その声は物腰こそ柔らかかった。

 だが本能で感じ取れた……

 『逆らってはいけない』と。


「キミらだってねえ、

 しばらくは安静にしててもらわないと困るんだよ?」


 勇敢な戦士であるはずのナランツェ、ニル、ドルマーの三人が、

 背後からの声に怯えるように青ざめる。


「いや、私は大丈夫だ。

 何の問題もないぞ」

「そそっ! あんくらい怪我とかアリエナイし!」


 先程までの覇気はどこへいったのやら……

 ナランツェもニルも誤魔化そうと必死で、

 体格だけならアリマを上回るはずのドルマーが、

 もはや声すら出せていない。


「大丈夫かどうかはウチが確かめることだから。

 ……文句があるなら相手するけど?」

「「「ないです」」」


 少し前なら考えられなかったが、

 彼女の実力を知った今なら分かる。

 ここで反論しようものなら、

 それこそしばらく床から起き上がれないだろう、と。


 そして最後、

 ゲレルにその眼光が向けられる。


 彼はビクッと大きく体を振るわせて、

 見る見る顔から血の気が引いていく。


「ゲレル、アンタはお説教ね?」


 ぶるぶると体を震わせる彼の姿が、

 少し可哀想に思えた……


 が、セインはとりあえず……

 大人しく寝ることにした。



 それから四か月ほど月日が流れた。


 セインは旅立つための荷物を背負い、

 腰に『エスプレンダー』を携える。


「もう、行くんだな」


 準備を終えたところに、

 ゲレルが声をかけてくる。


「うん。

 本当はもう少し居たいけど、

 セナとルーアを探さなきゃ」


 ナランツェ達に鍛えられる傍らで、

 仲間達の行方を探していた。


 それなりに目立つ二人だ、

 居ればすぐに分かるはずだが……

 だが、今までに何の手掛かりもないとなると、

 どうやら彼女らはこの辺りに流れついたようではないらしい。


 まだ自分の力に自信はない。

 もっと確かな実力をつけたかったが、

 アレーナのことを考えると、あまり時間をかけてもいられない。


 なんとなく、そう感じていた。

「じゃあゲレル。

 また会おうね」


 この四か月を、ずっと共に過ごした相手だ。

 別れに長い言葉は必要ない。

 セインはそう思っていた。


 だが、ゲレルは一度なにかを言おうとして……

 押しとどめるように、両手で胸を押さえる。


「ゲレル?」


 そんな彼の様子が気になって声をかける。

 だが、ゲレルは『なにか』を振り払うように、

 首をぶんぶんと大きく揺さぶった。


「おい、セイン!」

「え、はい!」


 大きな声で名前を呼ばれ、

 思わず背筋が伸びる。


 ゲレルは懐からなにかを取り出して、

 掴んだ拳をセインの胸に押し当てる。


「……これ、おまえのだろ。

 返すよ」


 そう言って渡されたのは……

 以前、リリーから渡された『お守り』だった。


「これ……どうして、ゲレルが?」

「おまえを見つけた日……

 山から帰ったとき、

 『これ』が風に流されてきたんだ。

 それで、どこから飛ばされて来たんだろうって、

 風上に向かったんだ

 そしたら、そこに……」


 そこに、自分が居たのだろう。

 このお守りのお陰で、自分は助けられた……


 だが、セインはそれに少し違和感があった。


 なぜなら、セインのお守りは『今までずっと』、

 『左腕に巻いたまま』なのだから。


 ならば、これはいったい誰のものか……

 少し考えて、一人だけ思い当たった。


 そして、それに気づいた瞬間、

 それまで根拠のなかった自信が、確信へ変わる。


「ありがとう、ゲレル。

 君のお陰で、一歩前進……かも!」

「えっ?」


 予想もしなかった言葉に驚いたらしい。

 彼は困惑して首を傾げていた。


「ごめん、急ぐからもう行くね!

 必ずまた来るから!」

「あっ、ああ……」


 ついていけないゲレルは呆けながら、

 家を飛び出そうとするセインの背中を見つめていた。


「……あっ、おい待てセイン!」


 声をかけられて、セインは急停止。

 後ろ髪を引かれながら、ゲレルの方へ振り向いた。


「いいか、おれはもっと強くなるぞ!

 おまえより強く……次会う時は、おまえを守れるようになってるからな!

 だから、また……必ず来るんだぞ!」


 ゲレルの大きな声が、心に響いた。

 セインは、「必ず」……そう応えるように、親指を立てて返す。


 それからは振り返ることなく、

 ただ前へと突き進んだ。


 大地を駆ける、一陣の風の如く……



 ──そして、今。


「とまあ、色々とあってね」


 アスカの一族と共に過ごした日々の事を一通り話し終えたセインは、

 すっきりした様子で息を吐く。


「ふむ、アスカの一族……か。

 まったく、墓守の王家に、ワシに、自らの子孫……

 いくつもいくつも、抜け目のない奴だ。まったく」


 呆れたようで、それでいて懐かしそうに誰かを思い出したルーア。


 それから、改めてセインの手にある『お守り』に視線を戻す。


「して。

 そのお守り、まさか……」

「多分、だけど……アレーナのものだと思う」


 『多分』そう言う割には確信めいた表情で、セインは言い切った。


「これを見て思ったんだ。

 邪悪なる者は、完全にアレーナを取り込んだんじゃない。

 まだきっと、あいつの中にアレーナは居る。って」

「だから、助け出せる……と?」


 セインは頷いた。


「まだ方法は分からない。

 でも、必ずあるはずなんだ。その方法が」

「なるほど、それで『勝手に諦めるな』か」


 ルーアは、セインと戦った時に言われたことを思い出す。


 永い時を生きて、すべてを分かったような気になって、

 単に弱腰になっていただけなのかもしれない。


 だって、諦める方が楽だから。

 最初から諦めてしまえば、それ以上『最悪』になることはない。


 だが、彼はきっとそんな『最悪』に立ち向かうのだろう。


 まだまだ力量は足りなくても、

 今の彼には、困難に立ち向かう『勇気』がある。


 足りないのならば、補ってやればいい。

 その為に、きっと自分がいるのだと。ルーアは思う。


「……いいだろう。

 付き合うとするか」


 どうせ長い時の……ただ一瞬の出来事だ。

 諦めて後悔するよりも、諦めず彩ったほうがいいだろう。


 ルーアは、セインの瞳を真っ直ぐに見つめた。


「見つけるぞ。

 おまえの望む、答えを」

「……うん。必ず」


 二人は、心がより強く繋がった気がした。


 自分達の見たい、明日のために……


 まずは今やるべきことを。


 二人は馬車の窓から顔を出す。


 眼前に広がる街『ユーミベノ』。

 その先にある、『竜の渓谷』を見据えて……

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