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第五十七話

 アリマに付き添われること半日。

 ようやく体幹の感覚が戻ってきて、歩く分には問題なくなった。


 激しく動き回らなければ、好きにしていいとお墨付きを貰い、セインは辺りを歩き回ることにした。

 とはいえ、傷口を塞いでいる包帯が全身に巻き付けられているので、自由に動けるとは言い難いが。

 しかも右手はやけに厳重だ。


──勇士の紋様、見えなくなってるな。まあ、いいけど。


 ここは『アスカの一族』という者達の里らしい。


 家畜を飼いながら、狩り場である山の周りを一年の間、季節ごとに移動しながら暮らすのだとか。


 せっかく外を歩けているのに、思ったより開放的な気分には慣れなかった。

 というのも。皆、自分のことを物珍しい目で見てくるのだ。

 セインは少し居心地が悪い。理由はなんとなく分かるが……


 『一族』というだけあって、大半の住人がどこかしら同じ特徴がある。


 まず赤い髪、そして小麦色の肌。

 男女共に背が高く、筋肉質な体つき。

 アリマもそうだった。つまりこれは生まれつきなんだろう、と見れば分かる。


「……僕って、いつもこうだな」


 モヤモヤとした感情が、思わず零れてしまう。


 周りと違う、自分だけが。

 どこに居ても異質な、余所者だ。

 みんな珍しがる。悪意はないと分かるけど……


 どこに帰ればいいのかも分からないのに、馴染めない。


──アレーナも、こうだったのかな。

 生まれ育った場所が、自分の居場所じゃない。

 それは、どれだけ辛かったのだろうと、思ってしまう。


 誰かが居ると落ち着かない。どこかで一人になろう……

 そう思った時だ。


「おい」

 後ろから声をかけられた。

 反射的に振り向いてしまったが、誰もいない。


 よく考えたら、ここで自分に声をかけてくるものなど、居るはずがない。

 勘違いだったのだろうと考えていた時に、また一声。


「下だ、下」

 先程と比べて怒りを帯びた声。

 言われた通りに目線を少し下げると、そこにはこの里の住人らしい少年が一人。

 背中には弓を背負い、中身の見えない篭を脇に抱えている。


 髪も肌も、それらしい特徴はあるのだが、妙な違和感があった。

 そもそも、なんで彼を見つけられなかったかと言えば、ここの住人に声をかけられたと思ったらまず視線を上に向けるからだ。

 自分よりも背が高いと思ってだ。


「……おまえ、おれをチビだって思ったろ」

 セインは、答えずに目を逸らした。

 言えば怒る。と分かりきってるのだから、わざわざそんな事する必要もない。


「黙ってたって目で分かるっつーの! バカ!」

 凄い勢いで頬をひっ叩かれそうになるも、彼は寸での所で手を止めた。

「……おまえが怪我人だって知らなきゃ、思いっきりやってやったのに……!」


 かなり堪えた様子で、彼は腕を引っ込める。

「えっと……ごめん」

「次はねぇからな」

 殺気を帯びた視線に気圧され、セインは思わず後ずさる。


 とはいえ、区切りは着いたのか、彼は一度大きめのため息を吐くと、改めてこちらを見上げてきた。

「おまえ、姉ちゃんの所で休ませてた奴だろ。今から向かうところだったから、歩けるようなら荷物を持ってくれよ」

「姉ちゃん……? アリマのこと?」

「ああ、そういやちゃんと会ったのは初めてか。おれはゲレルだ。おまえは?」

「僕は、セインだよ」


 言われてみると、なんとなく顔立ちが似ている……ような気がする。

 目尻が釣り上がってて気が強そうなので、柔和なアリマとは真逆だが。


「おまえ、木に引っ掛かってたんだぞ。風に飛ばされた洗濯物みたいに。それを姉ちゃん所に連れていってやったのが、おれ。だから命の恩人だ」

「そうなんだ、ありがと……」

 礼を言い切る前に、ゲレルは手に持っていた篭をセインに押し付ける。


「言葉はいらない。恩に感じてるなら手伝え」

 勢いに流されて受け取ってしまう。

 ぶっきらぼうな態度ではあるが、不思議と嫌には感じない。

 だから、この荷物を運ぶのだって、拒む理由は……


「えっ、重……」

 彼が手を離した途端に、ずっしりときた。

 これでも怪我人なのだと抗議したかったが……気がつけば彼は一人で先に行ってしまっていた。


「ちょっと! 待ってよ、ゲレル!」

「遅い。置いてくぞ」

「僕、怪我人なんだけど! せめてそっちの弓矢と交換して欲しいんだけど!」

「おまえは男だろうが、ちょっとの怪我で泣き言を言うんじゃない」

 前言撤回、あいつはイヤな奴だ。と追いかけながら心の中で決める。



「こらっ!」

「いってぇ!?!」

 帰った直後、ゲレルにはアリマからの鉄拳がお見舞いされた。


 それを見たセインは、溜飲が下がるというよりも、あのアリマがこんなにも厳しい対応をするのが意外で、少し震えた。


「勝手に一人で狩りにいくのは、まあ良しとしよう。うちくらいには一声かけて欲しいけど。でもセインは、まだ起き上がれるようになったばかりなんだよ? それなのに何てことさせるんだい!」

「ごめんなさい」

 ただでさえちっこいゲレルが、姉を前に更に縮こまっている。

 ……と思ったことは、気づかれないようにしよう。


 それからアリマが顔を上げると、一瞬だけ鬼の形相が見えたが、すぐに自分の知る彼女の表情に戻った。

「ごめんねセインくん。うちのゲレルが。大変だったろう? 夕飯が出来るまで休んでていいよ」


「……夕飯の仕度、僕にやらせてくれないかな」

 驚いた様子ではあったが、セインの思いが伝わったか、アリマは快くそれを許した。


『言葉はいらない。恩に感じてるなら手伝え』

 セインには、なんとなくその言葉が刺さっていた。



 セインが持たされた篭の中に入っていたのは、ゲレルが狩ってきた猪だった。

 この日はそれを使って鍋にした。


「ごちそうさま、美味しかったよセイン」

 見た目通りというか、一番よく食べたのはアリマだった。

「ああ、結構旨かった」

「口に合ったみたいで良かったよ」

 ゲレルは意外にも、ご飯を食べる時はとても綺麗な仕草でセインは少し驚いていた。


「片付けはうちがやるから、セインは今度こそ休んでてねー。大分無理させちゃったしね」

「うん、お願いするよ。ちょっと疲れてた」

「歯は磨けよ」

「分かったよ」

 なんだかゲレルがセナに思えてくる。

 似ては……いや、男であるということ以外は、わりと似ているかもしれない。

 セナの方が、もう少し思いやりがあったと思うが。


 それから言いつけ通り歯を磨き、床につくと、すぐに眠ってしまった。


 ……それから目が覚めるまで、あまり時間は経っていなかった。


 大きな音で目を覚ます。

 落雷のように響くその音は、繰り返し繰り返し、鳴らされていた。

 

「赤い目の魔獣だ! 戦えるものはいけ! 戦えぬ者達は里の中央に集まれ!」


 直後に聞こえてきた声で、セインは完全に意識がはっきりとした。


 反射的に剣を取ろうとするも、当然手元には何もない。


 そこに、ゲレルが現れた。

「起きてたか。聞いたろ、おまえは姉ちゃんと一緒に逃げろ」

「僕も……うっ……!」

 勢いよく立ち上がろうとして、体に痛みが走る。

 そんなセインを宥めるように、ゲレルが肩に手を置いた。


「おまえは怪我人だろ。おれが守ってやるよ。なんせ、おれは勇士になるんだからな」

 そう言って飛び出していくゲレル。


『勇士に……なる?』


 そんなこと出来るのだろうか。

 いや、それ以前にどうして『勇士』を知っているのか……色々な疑問が頭を巡るが、今はそれらを全て振り払う。


 何か武器は……辺りを見回して、槍を見つける。


「セイン! きみ、まさか……! 待って、きみは行っちゃ……」


 アリマの制止も、痛みも無視して駆け出した。


 自分がやらなきゃ、自分しか出来ないから。

 その思いに突き動かされる。


 暗く、視界も悪かったが、分かる。

 倒すべき相手がこちらにいると、肌で感じる。


 その先に、ゲレルは居た。

 一人、小型の魔獣の群れに囲まれて。


「ゲレル!」


 セインは飛び上がる。ゲレルの背後に迫る魔獣を目掛けて。


 きつく縛られた右手に力が籠る。

 ギリギリと、包帯が千切れる音がする。


 助けなきゃ、その思いが昂りと共に右手と槍が強く光を放つ……


 魔獣を穿つ一突き。


 呆気に取られたゲレルが、こちらを見つめる。


「それは……その力は……おまえが……勇士……?」

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