第五十五話
半年……よりも少しぶり。
ギル一家の住む場所に近くなってきた。
近づくにつれて、セインの心に不安が募る。
「無事……かな。みんな」
あの嵐で損害を被ったのは王都だけではない。
この国中に嵐の余波は広がり、赤目の魔獣が各地で数を増した。
こことて例外ではないはず……あの一家に何かがあったら……そんな風に考えずにはいられない。
「案ずるなセイン。連中、ちょっとやそっとで挫けるような者達ではないぞ。お前よりずっとアイツらを知っておるワシが言うのだ。安心せい」
「実際に行ってみなければ分からないし、気休めは言えないけど。そんな暗い顔してると、再会した時に相手を逆に心配させるよ」
ルーアと、ジークが続けて励ました。
その言葉のお陰でセインも気を取り直す。
「うん、そうだね」
陰気な気分をはたき落とすように、顔の頬を両手で軽く叩く。
その時ちょうど馬車も止まり、ここから先は歩きとなる。
「よし、行こうか!」
先陣切って馬車を降りるセインに、ルーアとジークも続く。
人里から少し離れ、入り組んだ森の中をかき分けて進む。
その先で、人の手が入っている開かれた場所に出た時……
ヒュン……と風を切る音とともに何かが飛んでくる。
幸いにもセイン達に当たる位置ではなかった。
だが、すぐ近くの木に幹を抉る勢いで当たったそれは、跳ね返って再びセイン達の横を駆け抜けていく。
何事かと驚いて弾道を目で追うセインとジーク……その先に、子供らしき人影を見つけて血の気が引いていく。
「あぶな……」
助けようと体を動かすより先、その子供は平然とその高速の物体を受け止めてみせた。
「おにいちゃん! ひさしぶり!」
「久しぶり! 元気してた?」
「うん! あ、妹もでっかくなったよ。見る?」
「アンタたち! 無事だったんだね。心配してたんだよ」
「それはこっちが言いたいよ。でも、良かった……大丈夫だった? 赤い目の魔獣は」
「まあ、確かに倒せねえのは厄介だがな。倒せないだけであって、追い払うくらいはできらぁ」
「そ、そう……」
だから言っただろう? と、こちらを見るルーアの得意げな目。
彼らの豪快さに若干引きつつ、無事を確かめられてセインは安堵した。
「ところで前に来たときより人がいねえみてえだが」
「色々と、あったんだ。少し長いけど……」
ギル達にこの半年の経緯を説明するセイン。
「そうか、大変だったな」
「よく頑張ったね。アタシらに出来ることがあったら、言っておくれ」
「ありがとう……さっそくなんだけど、エスプレンダーの手入れをして欲しいんだ」
「ふ、ちゃんと銘を付けてやったか。任せろ、すぐに終わらせらぁ」
ギルは少し嬉しそうに、セインの剣『エスプレンダー』を受け取り、工房へ向かおうとする。
「待ってギル。頼みたいこと、まだ有るんだ。エスプレンダーと同じように、勇士の力に耐えられる武器、作れないかな」
「ん? 出来なくはねえが。なんでまた」
「今この国に必要なんです。セインの剣ほどでは無くてもいい、出来るだけ多く!」
「なんだ急に! ……あんた、どっかで見たことあるような気もするが……誰だ?」
「この人はジーク。アレーナのお兄さんで、この国の王子だよ」
「ほう、兄貴で王子、ねぇ……王子?」
目を丸くするギル夫妻。
「申し訳ない、名乗るのが遅れました。私はジーク・スティル・クライス。クライス家の長男です」
「「お、王子様ァ?!」」
二人は目が飛び出すかのような勢いで驚く。
「……そういうわけで、ギルさん。お願いできますでしょうか?」
ジークが事情を説明した。
最初こそ畏まっていたが、話を聞く内にリエナの方はかなり食いついていた。
だが一方、ギルの方は少し難しい顔をしている。
「お願い……っつわれてもなぁ。流石にこればっかりは俺一人で出来る仕事じゃねぇが……」
「難しい、でしょうか?」
「あんた! やんなよ、お国の偉い人に恩を売るチャンスだよ!」
うつむくジークの姿を見て、これはマズイとギルの巨体を揺さぶるリエナ。
「いや、そう言うけどよ……いいか? この剣、エスプレンダーはそもそも数が作れるもんじゃねぇんだ。こいつを一本鍛え上げるのに、様々な金属を合わせて加工しなきゃならねぇんだが、そいつァ並みの職人が一朝一夕で出来ることじゃねェ。そもそも、素材の金属だって希少なモンを使ったわけだしなぁ」
「でもこんなチャンス、二度と無いかもしれないよ! ウチはみんなよく食べるんだから、稼げるところで稼がないと!」
そんな事を言われても……と困った顔をして少し考え込む。
そして、何か思い付いた様子で頭を上げるギル。
「いや、そうだな。数を作るってんなら、大分強度は劣るがあれでも……あぁ、試してみねえと分からねえがやりようはあるぜ」
「本当ですか!」
その言葉に、ジークの顔が上がる。
「おう、この剣の手入れついでにやってやらぁ。後はどうやって量を用意するかだが……製造法を売るってのはどうだ? 俺が一人でやっても作れる本数はたかが知れてるからな」
「なるほど、一ヶ所で作るより、各地でそれぞれ作らせた方が行き渡るのも早い……それでいきましょう!」
ギルの提案を、ジークは快く受け入れた。
「話は纏まったな……じゃあリエナ、後の事は頼むぜ」
「任せときな」
工房へ引っ込んでいくギルを見送り、妻のリエナはギラついた目でジークを見据える。
「じゃあ、値段交渉といきますか。王子様」
「は、はい……」
彼女の眼光に、背筋に震えが走る。
「リリー。僕らとエリーのところで遊ぼうか」
「ふふ、どれぐらい大きくなったのか楽しみじゃな」
なんとなく、子供に見せるべきではないだろう、という雰囲気を感じたセインは、ルーアと共にリリーを退避させる。
というか、それを口実に逃げたのだ。なんだか怖いので。
*
それから暫く時間が経って……
「おなか空いたなー」
地べたに吸い寄せられるようにへたり込むリリー。
「そっか、もうお昼かぁ。向こうの方は終わったのかな」
とセインがジークの方を気にする。
「いや、そんな事よりこっちを気にしてくれ! エリーのやつ手が付けられん!」
悲鳴一歩手前の声で助けを求めるルーア。
振り向くと彼女は、昼寝から目が覚めて元気が有り余っているらしい生後半年の赤ん坊の、遊び相手……どころか、蹴られたり、頬やら髪を引っ張られたりと、完全におもちゃにされていた。
「すごいねー。半年ちょっとぐらいであんなに元気に動き回るんだ。ルーアよりも強いなんてね」
「こやつはドワーフの血が混じっているから特殊だ! というか赤ん坊に抵抗できる訳ないだろうが!」
そういえば先程もリリーが蹴った玉は物凄い勢いだったなと思い出す。
「エリーもおなか空いたら動かなくなるよ」
「だって。頑張ってねルーア」
「薄情者ッ!」
などと、騒がしくも楽しいひとときを過ごしていた。
「お待たせみんな! お昼にするよ!」
そんな所に、話が終わったらしいリエナがやってきた。
元気そうな彼女の後ろには、反対になんだか疲れた様子のジークがいて、セインが迎え入れる。
「こういう時、母親というのは強いものだね……最後は押しきられてしまったよ」
彼は深くため息を漏らした。
「お疲れ様」
そんなジークに、セインは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「さてと、リリー手を洗っておいで」
リエナはそう言いながら、押し倒されたルーアにマウントを取るエリーをヒョイッと抱き上げて、振り向く。
「あんた達も食べていくだろう?」
「うん、そうする。お腹も減ってたしね」
セインはすぐさま頷いた。
反対にジークは、申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「せっかくですが、ボクは帰ります。城での仕事もあるので」
「おや。王子様ってのは忙しいんだねぇ」
「また来ますよ、近い内に。今度はもう少し時間を取りますので」
それから、ジークは改めてセインと向かい合う。
「それじゃあセイン、気をつけて」
「うん。君もね、ジーク」
言葉の数は少なかったが、それでも伝えたいことは顔を見れば分かる。
二人の別れは、それで充分だった。
互いに、それぞれの戦う場所がある。
居る場所は違っても、自分の為すべきことを為す。
それが、何より背中を押すのだから。
次回は12月31日予定