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第五十四話②

 セインは、ジークとステンシアの元へ来ていた。

 次の行き先『竜の渓谷』へと向かうため、船の手配を頼んでいたからだ。


 ただ、その前に話しておくべき事があった。

 二人に時間を作ってもらい、ルーアと共に彼らと向かい合う。


「それでどうしたのかしら、畏まっちゃって。そういえば、この間も話があるって言っていたわね」


 なんの気なしに尋ねてくるステンシア。

 その隣に座るジークも、特別身構えている様子はなく、呑気に紅茶を飲んでいる。


 対するセインは、いつになく緊張していた。

 気持ちは固めてきたつもりだった。

 だがいざ二人を前にすると、喉がカラカラと乾いて言葉が出てこない。


 そんなセインの緊張が伝わったのか、二人も只事ではないのだと察して居住まいを正す。


「言い出せぬようなら、ワシが代わるか?」

 それでも躊躇っていたセインに、ルーアが声をかける。

「……いや、僕が自分で伝えなきゃ駄目だ。言うよ」

「そうか。お前がそうと決めたならば、自分でやるといい」

 激しく脈打つ心臓を落ち着けるために、深呼吸するセイン。

 そして、改めて二人の姿を見据える。


「ステンシア、ジーク。聞いて欲しい事は、二つ。『邪悪なる者』の事と、これから僕がどうするのかって事……これから話す事は、二人にとって辛い事かもしれない。でも、聞いて欲しいんだ」

 セインは真剣な眼差しと共に言葉を伝えた。


 ジークは、それを自分の中に落とし込むように一度、目蓋を閉じた。

 そして再び彼を見据えた時、静かに頷いた。

「……分かった。邪悪なる者については、ボクらだって無視はできない。それがどんなものであれ、聞かせてもらうよ」

 ステンシアも、弟の言葉に同意して頷く。


 セインはそれを確かめて、気持ちを入れる為にもう一度、深呼吸する。

「半年前に現れた邪悪なる者、その依り代はアレーナなんだ。今も、その体を使って……どこかに潜んでる」


 二人は息を飲む。

 相応の覚悟はして話を聞いたつもりだった。

 だが、半年前の災害……その原因に、自分達の妹が関わっていたという衝撃は、簡単に受け入れられることではなかった。


 セインはあの時起こった出来事を一通り語る。


 取り乱しはしなかったものの、ステンシアは酷く落ち込み、ジークも黙り込んでしまう。

 アレーナが、邪悪なる者という事実。

 それが、これから先どんな結末を導くのか。想像がつかない訳もなく……


 そんな彼らの姿をみて、セインは頭を下げた。

「みんな、ごめん……本当は、なんとなく分かってたんだ。ずっと前から……アレーナとは、勇士の力で繋がってたから。でも、どうしたらいいのか分からなかったし、もしどうにも出来なかったらって思うと怖くて、誰にも何も言えなかった」

「顔を上げて、セイン。私達だって、貴方を責められるような立場じゃないわ」

「そうだ。ボク達姉弟は、お互いがお互いを恐れて、関わる事を避けていたから……」

 ステンシアとジーク、二人の顔を見ればわかる。

 自分を責めている。

 もっと何か出来る事があったんじゃないか、と後悔しているのが伝わってくる。


「何もしなければ、ずっとこのままなんじゃないかって思ってた。でもそれは、単に逃げていただけだった」

 俯く二人に、セインは語りかける。


「あの時、アレーナを悪く言われて、胸の中から気持ちが溢れて止められなくなった。多分、邪悪なる者が復活したのは、僕のその気持ちをアレーナを通じて取り込んだからだと思う」

 顔を上げた二人は、ようやく気が付いた。

 彼は、諦めてなんかいない。

 その言葉は口にする事で向き合っているんだ。


「だから分かった。目を背けたって悪い結果は変わらない。誰かがなんとかしてくれることなんて、ない。悔やんでも、起こったことは変わらない。でも……これからの事は、きっと変えられる」

 そして、二人に告げることで決意を改める。


「僕のやりたいことを出来るのは、僕だけ。でも、僕一人じゃ出来ない事だって分かってる。だから……」

 セインは、隣に座るルーアと目を合わせる。

 彼女は、その瞳に応えるように頷く。


「同じ先を目指す仲間と一緒に。僕達がアレーナを救うよ、必ず」



 なんだか彼が眩しく見えた。

 自分に無いものを見せられている。

 そんな風に思わせるからだろうか。


 羨ましい。


 誰かを信じることが出来て、広い世界を目の当たりにして……

 挫折をしても、自分の非を認めて立ち上がる。


 それは言葉で飾る虚勢ではなくて。

 傷を負っても、乗り越えてきた証なんだ。

 彼はきっと本当に強くなったんだ。


 そして、それを支えてきたものは、その強く輝く瞳の先にあるのだろう。


 ……それは私ではない。


 本気ではないと思っていた。

 だが意外と、彼の存在は自分の中で大きかったらしい。


 自覚した時に、心に埋められないほどの穴が空いてしまう程に。


 彼を見ていることが、締め付けられるように切なく、苦しい。

 それでも、旅立とうとする彼の姿を、目で追わずにはいられない。


「ステンシア?」

 そんな気持ちなど知らない、憎たらしいほどに無垢な瞳を、彼はこちらに向ける。


「どうしたの、ぼーっとしてるけど」

「なんでもないわ。少し、疲れていただけよ」

「大丈夫ですか、姉上。やはりボクは残った方がいいのでは……」

 どうも弟は、頭が回る割りに勘は鈍いらしい。


「いいえ、行ってきなさい。これも大事な仕事なんだから」

 ジークには、セイン達の知り合いの鍛冶師に会って、武器の作成を依頼してくるように頼んだ。

 セインのお陰で赤目の魔獣に対抗出来るようになったものの、普通の武器は変化に耐えきれず、すぐに壊れてしまう。


 その問題を解決するために、王子自ら出向いて交渉させる。大事な公務。


 ……などというのは建前で。

 本当は、一人になる時間が欲しかったというだけだ。


「何をぐずぐずしておる。さっさと行くぞ」

「えっ。ちょっと! 裾を引っ張らないでくれ、伸びるから! 姉上、なるべく早く戻りますから!」

 ルーアと言うセインの仲間が、弟を引っ張っていく。

 去り際、ちらりとこちらに視線を向けて。


 誰より自分に気遣ってくれるのが、まさか悪魔だとは。世の中わからない。

 怖かったのであまり話さなかったが、次はもう少し話しかけてみようかと思った。


「じゃあ、そろそろ僕も行くね。また来るよ」

「……待って」

 去りゆく彼を、思わず引き留めてしまう。

 まだ淡い期待を捨てきれない。

 もしかしたら、今なら……と。


「これ、大事なものでしょ?」

「……勇士の剣! ここにあったんだ!」

「まったく。こんな貴重なもの置いてくなんてね。しっかりしなさいよ?」

「あはは……気を付けるよ」


 彼が渡した剣を受け取ろうとした時、ちょっとだけ力を籠めて強く握った。

 最後に少しだけワガママをしたっていいだろう。

「ねえ、貴方。戦いが終わったら私の騎士にならない?」

 僅かな期待を込めて尋ねるも、彼は予想通り困った顔をする。

「ごめん、約束があるから」

 誰と……とは、聞かなくても分かる。


「そう、仕方ないわね」

 

 困った様子の彼を振り返らせて、背中を押してあげる。

「頼んだわよ。あの子……アレーナの事」

「……うん。ありがとう」


 走り出し、ボヤけて霞んでいく馬車を見送る。


「さようなら」

 ずっと、誰かに用意されてきた道を歩く人生だった。

 そんな中で初めての、自分の自由な想いにステンシアは別れを告げた。

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