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第五十三話

 王都にある、しがないパン屋。

 狂暴な魔獣のせいで物流が滞っていたが、どうやらそれを対処出来る様になったらしい。

 お陰でここしばらく不足していた小麦も、今は徐々に供給が回復。

 以前のように……とは、まだいかない。

 それでも並べるパンの彩りが鮮やかになり、客足も増えてきている。

 平穏が戻ってきたな……と、ここの看板娘であるシェリーはしみじみと感じていた。


 さて、日も高くなってきた。


──今日も開店だ。たくさん買ってもらえるように頑張ろう!


 そう意気込んで、入り口に掛けてある看板を『OPEN』にひっくり返す。


 ……とはいえ。まあすぐに皆の生活が元に戻る訳ではない。

 ここは食料品を扱う訳だから、それなりに人は来るが。結局『それなり』程度だ。

 やる事をやってしまうと、正直、暇なのだ。


 さてそれなら、と外に出て客引きを始めるも、あまり成果がでない。

 笑顔と元気が取り柄と言えど、正直心が折れそうだ。

 今は仕方ないと分かってはいるのだが。


 昼時。

 日差しが辛くなってきて、一旦店の中に戻る。

 カウンターでぼんやりとしていると、考えてしまう。『前はもっと楽しかったのにな』と。

 本来お昼となれば書き入れ時だ。

 並ぶお客さんを目まぐるしく相手して、こんな風に他所事など考える余裕もない。

 大変ではあるが、それが充実していたんだな……と今は思うのだ。


「あーあー。王子様でも来て話題にならないかなぁ」


 そんな、あり得もしない戯言がつい口から洩れてしまう。


 そんな時だ。カランカラン……と戸が開いた音がした。


 お客さんだ! シェリーはふやけた頭に喝を入れて切り替える。

「いらっしゃいませ!」

 一人のようだが、お客さんには変わりない。

 今はこの一人でも気持ちよく買っていって貰おうと気持ちを入れる。


 見れば、何やら色々と眺めて悩んでいる様子。

 選びかねているのだろうか?


 すぐには声を掛けなかったが、少し時間がかかっている様子。

 フードを被っていて顔が見えないが、背格好からすると年が十六か七くらいの男の子。

 それぐらいだと食べ盛りと小遣いのせめぎ合いで悩むのも無理ないだろう。


 小麦の高騰が以前に比べれば落ち着いたとはいえ、それでも成長期の少年が満足に腹を満たそうとする量を買おうとすれば、懐が痛くなる値段ではある。

 心は痛むが仕方のない事なのだ。


 それなら、せめておすすめを教えてあげようかと、カウンターを発つ。


「お悩みですか? もしよろしければ、選ぶのをお手伝いしますが」

 そう声をかけると、少年がこちらに気が付いて振り返る。

「ほんと? 助かるよ、実はこれから友達の所に持って行くお土産を選んでて。でも何選んだらいいか分かんなくてさ」

 この年頃で殊勝な事だ。と少し感心する。と同時に自分の浅はかさが恥ずかしい。


 そういう事ならばと気合が入る。

「任せてください! 私、そういうの得意なので! 何人分ですか?」

「僕を入れて四人と……それとは別にお昼を二人分。よろしくね」

 それにしても、とシェリーは気になった。

 風貌と、爽やかな印象の声……覚えがある気がするのだが。

「お客さん、前に来た事あります?」

「えっ? ……まあ、うん」

 なんとも歯切れの悪い受け答え。

 それに、どことなく気まずそうで、フードを深くかぶり直す。


 ……見覚えがある。確実に。

 おぼろげだったその印象が、徐々に輪郭をはっきりとしだしている。


 よく考えれば、彼の深緑の服は冒険者が着ているものだ。

 少年の……冒険者……


「あ、思い出した! 一月前に来ましたよね! お腹空かせてたのに、お金が足りなくて、オマケしてあげた子!」

 ギクリ、と彼は肩を震わせた。

 少し固まったあと、観念したようにため息をついて、彼はフードを外した。


「どうも……」

 苦笑いで会釈する少年。

 浅黒く焼けて所々傷のある顔は、多少は大人びてきているようだが、まだあどけなさが抜けきらない。

 無造作に伸びた黒い髪と、綺麗な黒の瞳。

 かなり珍しい組み合わせなので、見間違えようもない。


 間違いない、あの時の少年だ。とシェリーは確信した。

 以前来た時は帯刀していたが、今回は身に着けていないようなので、気がつかなかった。

「もう、どうしてわざわざ顔隠してたんですか?」

「嫌がられないかな、と思って……でも、前に食べたパンが美味しかったから、また来たくて」

 と、目を逸らしながら言う少年。

「そんなの気にしなくていいのに! それとも、今回も値切られます?」

「それは大丈夫! 今回はちゃんとお金あるよ」

 と、自信ありげに彼は言った。

「そうですか! じゃあお土産用だそうなので、いいの選んじゃいましたけど……大丈夫そうですか? 今日はマケられないですよ?」

「えっと……どのくらい?」

 少年はひきつった顔で財布の中身を確かめ始めた。

「ごめんなさい、冗談です」

 困り顔をする少年がちょっと可愛くて、ついからかってしまった。


「安心してください、なるべくお手頃なの選んでおきましたから」

「……どうも」

 それを聞いて安堵した様子。

 近頃は冒険者もあまり実入りが良くないと聞く。

 ああは言っていたが、あまり余裕はないのだろう。


 それから会計を終えて、彼は店を出ようとする。

 その時、少しそわそわしている様子で……

「お客さん、ちょっと待っててください」

「え?」

 思わず、呼び止めてしまった。


 その訳が分からずに呆然とする少年を後目に、シェリーは店の奥へ。


 そして、そこに置いてあった紙袋を手に取って彼の元へと戻り、

「良かったら、これどうぞ」

 そのまま、少年に手渡した。


 少年は渡された紙袋に視線を落とした後、きょとんとした様子でシェリーと再び目を合わせる。

「これは?」

「試作のパンです。まかないなので、お代は要らないですよ」

「え、でも……」

 突然の事で驚いたのと、申し訳ないという気持ちが混ざっているのが見て取れる。

 貰う事に気が引けいている様子だ。


「また来た時に、感想くださいね。参考にしますので!」

「……うん。分かった! また来るね!」


 そう言って、彼は嬉しそうに店を出ていった。


 まあ、ほんとを言えばアレは自分のお昼だったのだが……


 彼はとても『いい子』なのだろう。

 お腹を空かせているのに、誰かの為に我慢してしまうような。


 ちょっと損な性格をしているあの子に、つい、せめてものご褒美を上げたくなってしまったのだ。


 まあ、ちょっと可愛い少年に優しくしたくなったという下心も少し……いや、大いにあるのだが。


 ただ、それはそれとして。

「私、お昼どうしよう」

 昨日の売れ残りでもいいか、少し硬くなってるけど。などと考えていたところ……


 カランカラン、と来客を伝える鐘の音。

「あ、いらっしゃいませ!」

 いかんいかん、お客さんがくるのならお昼どころではない。と切り替えた。

 稼げる所ではしっかりと稼がなくては。自分の明日が掛かっているのだから。



 両手で袋を抱えて、セインは心を弾ませ ていた。

 ここ最近は狩り取った肉や植物を火に通しただけ、といった味気のない食事が続いていた。

 こうして文化的な食事を摂れるのは久しぶり。その上、おまけまでしてもらったので量も申し分ない。

 これは嫌でも気分が上がるというものだ。


 そして、上機嫌なまま店を出てすぐのところで待っていたルーアに駆け寄った。

「お待たせ、お昼買ってきたよ」

 と、声をかけたのだが。

 返ってきたのは冷たい視線。


 ジトっと細めた目で睨まれ、浮き上がっていた気分を落とされる。

「ルーア、どうしたの? ……怒ってる?」

「いや別に。いきなり荷物番をさせられて外で放置された挙げ句に、年上の女とと仲良くおしゃべりしている所を見せつけられて、『ワシ何をやらされてるんだ』と不愉快なだけであって、怒ってなどおらぬ」


──めっちゃ怒ってるじゃん。

 という思いは心の中に留めておく。下手な発言をしてもこちらが不幸を被るだけだ。

 どうも扱いに納得がいっていないらしい。

 とりあえず平謝りして機嫌を取る。


 ようやく落ち着いた所で、預けていた剣『エスプレンダー』を受け取り、広場の方へと場所を移す。


「……美味いな」

 ルーアは渡されたパンを口にして、気持ちが緩みそうになる。

 しかし、パン一つで懐柔されるようではいけない。威厳が損なわれる……と顔に力を入れる。


 ……と、そんな彼女を見てくすくすとセインは笑い出す。

「ルーア、変な顔になってるよ」

「うるさい」

 どうやらまだ触るのは危ないらしい。

 笑うのを堪えながら、黙って食べ進める事にした。


「……お前、なんで一つ多いのだ?」

「オマケして貰ったんだ。また来てくださいねって」

 それを聞いたルーアは、何やら黙り込んでこちらを見つめていた。

 不思議に思って首を傾げたが、すぐに危険を感じてスッとパンを彼女の視界から離す。

「あ、これ僕のだから、あげないよ」

「いや、別にいいが……」

 何やら渋い顔をしているルーアを後目に、あの女性から貰ったパンを頬張るセイン。

「うん、美味しい。また行かないとね」


「たらしなのか、それとも上手い事ノセられたのか……」

 どちらにせよ、なんとなく先が思いやられ、ルーアはため息を漏らすのだった。

次回の投稿は11/12です。

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