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第五十二話①

「勝負、だと? 我と、お主がか?」

 ルーアは耳を疑った。

「そう僕が勝ったら、一つお願いを聞いて欲しい」

 聞き間違いではないかと思ったが、セインは憎たらしい程自信ありげな顔でそう言い切った。


「その勝負を受けて我に何の得があるというのだ。断る」

「じゃあ君が勝った時、言う事なんでも聞くよ。それでどう? その代わり、勝負の内容は僕が決めるけど」

「お前に叶えられる願いなどで、我が満足するとでも?」

 この妙に生意気さを覚えた小僧が何を言おうと、ルーアは追い返すつもりでいた。

 だから、少し意地の悪い対応をするのだ。

「さあ、さっさと帰れ。お前では我を満足などさせられぬわ」

「そんなぁ……困ったなあ」


 しかし、彼女は少し見積もりが甘かった。

 この半年という時間。それが、彼をどれだけ変えたのかを。


「せっかく、ルーアに譲歩した条件にしようと思ったのに」

「……は?」

 再び自分の耳を疑う。

「お前、何を言っている?」

「君の使い魔が居る手前さ、ルーアが不利なくらいじゃないと、僕に負けた時言い訳しにくいと思って」

「……負ける? 誰が、誰に?」

「ルーア、本気出して戦うのなんて長い事やってないでしょ? 本体も鈍っちゃってるんじゃないかな。だから、僕も案外あっさり勝っちゃうかも……なんてね」


 あからさまに挑発だ。

 そんな事をしてくるのは予想外だが、所詮は付け焼き刃。

 むしろ、そんな狡い事を覚えてしまったのか。とルーアは少し寂しく思い、ため息が漏れる。

「……人として規格外なかつての勇士ならともかく、お前では我をここから一歩動かすことすら出来ぬわ」

「それくらいなら、やってみせるよ!」

 気に障ったのか、セインはムッと頬を膨らませて反論する。

「いいや、出来ぬ。もしお主が我をここから動かしてみせたなら、負けを認めてやってもいいぞ?」


 それを聞いて『ニヤリ』といたずらっぽく笑うセイン。

「それ、勝負を受ける、ってことでいいね?」

「えっ……いやそうとは言ってな……」

「言いましたね。ルーア様は『自分が動かされたら負け』という勝負をセイン様に提示しました」

「違っ、そんな意味では……」

 迂闊な発言をしたと、慌てて訂正をしようとするも、セインの背後に付いていた幼女悪魔が彼を援護する。

 

 彼女に、セインについている様にと命じはしたが、まさか既に懐柔されているというのだろうか。


「ルーア様、これはセイン様との『契約』が成立したと見るべきでは」

 淡々と話を進める幼女悪魔。


 このままではマズい。

 第三者に言質を取られ『契約』として成立してしまうと、悪魔という存在の性質上それを無下には出来ない。


 せめて誰か否定してくれれば……そう期待して、自身の側近的存在である悪魔『ギオル』に目くばせする。

 あの娘には千年以上の付き合いだ。

 自分の身の回りの世話をさせたり、自分の留守を任せたりと、今なお従える悪魔では一番信頼のおける相手。

 上手い事、話をうやむやにしてくれるはず……


「あー確かに。今のは完全に『承諾』っすよねー。ワタシもそんな気がしまーす。お互いに合意って事で、契約成立ですねー」

 どうやら自分が思っていた程、信頼関係は築けていなかったらしい。


「……だ、そうだけど?」

 してやったり、といった顔が無性に腹立たしい。


 侮っていた。

 あどけない少年だと思っていたのに、どこでこんな狡さと強かさを身に着けたというのか。


「仕方あるまい、契約となった以上は受けよう……だが」

 上手くいった、とハイタッチするセインと幼女悪魔に釘を刺すように、ルーアは睨む。

「我が勝てば、お主は我の願いを聞くという事だったな?」

「う、うん……」

 張り詰めた空気に、セインは思わず生唾を飲み込む。

 いったい、どんな要求をされるというのか……


「ならば『お前の魂を貰おう』それが条件だ」

 妖しく笑みを浮かべながら、ルーアは言った。

「魂……それを取られたら、どうなるの?」

「当然、お前は我が物となる」

 緊張するセインに畳みかけるように、続ける。

「具体的には我の言う事には絶対服従。我の機嫌を取り、我の為にここの清掃から食事の用意まで、家事雑用はなんでもこなしてもらう……ああ、そうそう。服装はそいつらに倣ってな」


 彼女が視線を向けた先に居るのは、二人の召使い。

 セインは深く深呼吸をして、ルーアを見据える。


「……絶対負けない」


「おい、どういうつもりだ。その剣は」

 セインが構える剣は、鞘に納められたままだ。

「これでいいんだよ。傷つけに来たんじゃないからね」

「嘗められたものだな」


──甘い。その程度の覚悟で、戦いを挑むというのは……あの男はそんな事はしない。


「僕は『参った』って言ったら負けだ。それじゃ、行くよ!」

 ルーアの思いなど知らず、セインは果敢に挑んでいく。


 仁王立ちするルーアに、何度も何度も打ち込むセイン。

 しかしそれは彼女を動かすどころか、肌に触れることすら出来ずにいた。


 セインは上がってきた息を整え、視界を覆うように額から滴る汗を拭う。

 そして一旦頭を冷やし、思考を纏め始める。


──まずは近づかないと……がむしゃらに突き進んでもダメだ。僕が今立っているのは、ルーアの体の一部みたいなものなんだ。地形も距離も、目に見えているものはアテにならない。全部ルーアの意のまま……


 詳しい原理はセインには分からない。

 それでも、見えている情報が正しいものではないということは、感覚的に分かった。


 明らかにルーアと自分の距離は、数歩走れば縮まるはず。なのに、どれだけ走ってもそれが変わらない。

 試しに石を投げてみるも、彼女には当たらない。

 自分の目測や投擲のコントロールが誤っている訳ではない筈なのだ。


 地形が変わっている?

 いや、というよりは空間そのものがねじ曲げられているのかも。

 あの悪魔の少女、ジアから聞いた。


『ここは冥界と現世が交わる場所、そしてルーア様の固有空間。三つの要素が絡み合っているので、通常の理屈は通用しません』


 その意味がようやく分かった。


 ならばどうすればいいか……


──通常の理屈が通用しない……なら、普通じゃない事をしなきゃいけない?


 セインは瞼を閉じる。

 目に見えている情報が当てにならないのであれば、今は必要ない。

 その代わり、今使える他の感覚で感じ取るのだ。


──音……匂い、肌で感じるもの、なんでもいい。あるはずなんだ、ルーアを感じ取れるものが……きっと!


 全身に神経を集中させる……だが、分からない。気配らしきものさえ、掴む事ができずに、セインは焦る。


「……セイン様、違います! 体から力を抜いて! 外ではなく、もっと内なる感覚に意識を向けてください!」

「おいっ! お主、誰の味方だ」

 ジアの声が響く。セインは過剰に集中していた意識が引き戻される。


──内なる、感覚……?

 何の事かは分からなかったが、出来る限り言われた通りにやってみる。


 自分の内側……感じるのは、心臓の鼓動。そして、そこから全身に流れていく血流。


 そして気付く。”この空間も同じだ”と。


 体に血が巡っていくように、この場所にも力の流れがある。

 そしてその力の元を辿れば……そこに”心臓”がある!


「そこだッ!」


 感知したこの空間の心臓部……すなわち、ルーアの居所。

 そこへ向けて、セインは剣を振るう。


 先程までとは違う、確かな感触が手に伝わってきた。


 閉じた瞼を開き、見えたのは……指一本で剣を受け止めるルーアの姿だった。

 涼しい顔だ、自分の術が打ち破られたというのに。


 してやったと思った。だが、この程度では彼女に届かないということなのか?


 指先一つで、剣ごと体が押し返される。

 この半年で、以前よりも背は伸びた。当然、鍛えもした。体が大きくなった分、単純な膂力も強くなっている筈なのだ。

 だがその単純な力勝負ですら、同じ土俵には立っていない。

 これが、悪魔を統べる者の力……格の違いを、思い知らされる。


──違う。ここで終わりじゃない! 僕はッッッ!


 突き進む。

 先程まで、触れる事すら出来なかったのだ。たとえ指一本であろうと、前進したことに変わりはない。

 ならば、止まる必要はない!

 加減出来るほど自分は強くない。一手一手に全身全霊をかけるしかないのだ。

 技量で力で、彼女を退かせられないならば、気迫で。負けないという強い思いをぶつける!

 せめて心は負けてはならない。今の自分には、誰にも負けない決意があるのだから!


 それを見せなければ、動かす事など出来ないのだ! 彼女の、心を!

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