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第五十一話

 ルーアの根城で、彼女の機嫌が直るのを待つセイン。

 さて、どれほど時間が経ったのだろうか……


 すぐ傍にメイド姿の悪魔が居る。が、居るだけで全く何かをするわけでもない。

 表情も動かず何を考えているのかも分からないので、ただただ沈黙だけが流れる。少し空気が重い。


「君、ずっとそこに居るけど……見張りか何か?」

 思い切って声をかけてみると、彼女はこちらに顔を向けてきた。

「いえ、そういう訳ではないです。ただ……」

「ただ?」

「一人だと寂しいかと思いまして」

 どうやら彼女なりに気遣ってくれていたらしい。

 そうとは思っていなかったセインはかなり驚いた。


「そうだったんだ。ごめん、君のこと誤解してたみたい」

「……分かりづらい、ですか?」

 声のトーンが、先程よりも低い。


──もしかして、結構ショックだった?


「すみません。どうにも感情というものが上手く表現できないのです。みんなが出来ている中で、私一人が”形”を得るまでも相当時間がかかりましたし……形を得ても、それを上手く使えない」


 少しずつ分かってきた。

 彼女は無表情ではあるが、感情がないわけじゃない。

 きっと周りより遅れている事に焦り、追いつこうと必死にやってきて、今は自分を追い込んでしまってる。

 

「出来ない事は、出来るようになるまでやってみればいいんだよ。ほら、まずは……」

「な、にゃにをするんでふ?!」

 セインは彼女の顔に手を伸ばし、両手でそれぞれ頬を摘まむ。


「顔が強張っちゃってるんだよ。こうやって、まずは顔を柔らかくしよう」

 困惑するメイド悪魔の顔を、むにむにと揉みほぐす。


「それじゃあ、まずは笑顔の練習しようか。口の両端を上げて、にーって。ほら、やってみて」

「に、にー」

 彼の勢いに飲まれ、思わずつられてしまうメイド悪魔。

「うんうん、そんな感じ。その方がかわいいよ」

「そ、そうでしょうか」

 声が弾んでいる。褒められて嬉しかったのだろう。


「まだ少しぎこちないけどね。でも慣れておけば、きっと本当に笑顔になりたい時に、笑えるようになるよ」

 とセインは微笑んで見せる。

「本当に、笑顔になりたい時……」


 自分の胸を軽く叩いて、セインは続ける。

「そう、ここから湧いてくる気持ちが溢れた時、顔に出てくるんだよ。そして、笑いたいと思ったその時に、思いっきり笑えるように練習しておこう。ってこと」

「私も、出来るようになるんでしょうか」

「いつかは出来るようになるんじゃない? みんな歩幅は違うんだ。君は君のペースで、出来るようになればいいよ」

 そう言って、メイド悪魔の頭を撫でた。

「はい。頑張って、みます」

 ほんのりと頬に熱が通った彼女が、小さく頷いて返す。


「……あっ、ごめん。つい子供みたいにしちゃって」

 彼女の頭に当てていた手を引っ込めるセイン。

 よくよく考えれば、見た目は子供のようでも相手は悪魔なわけで。

「構いませんよ。私はおにいちゃん、と呼んだ方がよろしいですか?」

「結構です……君、案外冗談言うんだね」

「貴方の反応が面白いので」

 やっぱり悪魔なのだなあ、とセインは苦笑いした。


「君は、いつからルーアと一緒にいるの?」

「いつから……と言われると少し難しいですね。私が私である前からルーア様の事は観てきましたが」

「私が私である前……?」

「人間には掴み辛い感覚でしょうね。我々悪魔はただそこにあるだけの存在に、なんらかの理由で個が付与されることで独立するのです。個が生まれる理由は例えば……」

「あ、待って。多分聞いても分かんない」

「そうですか」

 メイド悪魔は考え始める。


「仕え始めたのはここ十数年のことですね。一緒に居たという点だけでいえば、遥か昔からです」

「へぇ。てことは、ルーアの事は良く知ってるんだ」

「そうですね……ああ、考えてみれば、あの頃に比べればルーア様も、今は大分大人しくなりましたね」

 メイド悪魔は過去を思い浮かべ、遠い目を向ける。

 セインの背後。その階段の先に居る本人を見ているかのように。


「えっ、昔のルーアってどんなだったの?」

「とても……なんと言えばいいでしょう。やんちゃ……な方でした」

「やんちゃ」

 かなり慎重に言葉を選んでいる様子のメイド悪魔。

 時々気難しくはなるが、大人な対応のできるのが、セインにとってのルーアの印象だ。

 昔はやんちゃだったと言われると、気になってしまう。

「人間からすれば畏怖の対象だったでしょうね。何せ、地上の覇権を得ようと天使や竜と日夜争い続けていたものですから」

 話のスケールが思っていたよりもずっと大きかった。

 驚きはしたが、その方がむしろ悪魔らしいのかもしれない。

 今のように落ち着いている方が変わっているとも言える。


「まあ、そんなんだから勇士殿と……いえある意味、出会う? きっかけになったとも言えますね」

「ねえ、その話聞かせてよ! 何があったのか知りたい!」

「すこし長くなりますよ?」

「大丈夫だよ、どうせ時間はあるって」

「それもそうですね……では」

 気持ちを入れるためか、咳払いするメイド悪魔。


 好奇心で胸が高鳴る。

 若い頃? のルーアの話に、先代の勇士まで関わってこようとは。

 気にならない訳がない。


 人の世界を戦場に、我が物顔で戦う三大種族……

 傍若無人。人からすれば災害のようなものだ。


 何より気になるのは……


──そんなルーアが、どうして人に力を貸してくれるようになったんだろう?


「では、昔々……千年より少し前の事です」



 セインを追い出した後。

 ルーアは気を取り直すべく、召使いに髪を整えさせていた。

「にしても、前々から思ってたんですけどぉ。あんなナヨっとしたオトコで勇士なんて務まんですか? 結局『アレ』は復活しちゃうし、手も足も出なかったんでしょ?」

 と、髪を梳きながら召使いが問いかけた。


「何ていうか、殺気が感じられないっていうかぁ……あー威圧感? が足りないっていうか。前の奴なんか近づいただけで体ピリピリしましたけど」

 話をしながら身を震わせた召使い。

 自分で話題にしながら思い出してしまったらしい。


「奴の話はやめておけ。魂に刻まれた恐怖というのは、そうそう癒せるものではないぞ」

 ルーアは呆れた様子で諭し、召使いは「はーい」と口を閉じた。


「それに、だ。あんな奴が二人と現れてたまるか」

「えぇ~? でもそれなら、なんでわざわざ千年もあの剣守ってたんですか? 次の奴探してたんじゃ?」

「それは……お前には関係ないだろう」

「こっちは千年もここに縛り付けられてるのに?!」

 理不尽だー! 横暴だー! と騒ぎ立てる召使いだが、どこ吹く風と知らんふりのルーア。


──探してたわけではない。ただ……ただ我は……



 ソイツは、ある日突然現れた。

 何の前触れもなく我が眼下に立ち、刃を向けてきた。


 その時は気にも留めなかった。足元の石ころになど興味なかったからだ。


 我は既に冥界では天下を取っていた。


『我は悪魔の王だ、悪魔よりも下等な位置にいる種族など、敵にもならん』


 自らの力への絶対的な自信。


 我にとって『敵』として認識していたのは、自らこそ地上を制するに相応しいと驕り昂る天使や竜共だけだった。

 しかしそれら相手であろうと、我は必ずやこの地上の覇権を得るだろうと確信していた。


 それがまさか。我が……いや、三界の覇者を打ち負かす相手が、見下してすらいなかった存在だとは考えるはずもない。


 力の差を弁えぬ愚か者。

 我が初めて傷を付けられた時、そう認識した。

 殺すような労力を掛ける事すら煩わしかった。だから、ただ払いのけてやった。

 ……あるいは、あの時点で殺してしまえば良かったのだろうか? ……いや、出来なかっただろうな。


 どれだけ払いのけようと、傷つこうと、奴は立ち上がった。

 気に食わなかった。わざわざ退かしてやったのに、無駄に抵抗を続けてくる事。奴に意識を割かねばならない事に。


 だがそうやって奴を意識していくうちに、苛立ちは恐怖へと変わっていた。


『なぜ、この男はまだ立ち上がる? あれだけ傷ついていながら……我の攻撃が通じていない?』


 揺らぐはずの無かった自信……


『我は……最強では……無かったのか?』


 それを脅威と認識を改めた頃には、我はもう自らの力に疑念を抱いていた。


 腕一本でも大剣を構える。

 出血で片目を開けずとも、もう片方の目から滲む怒りと闘志は、我を一歩後ずらせる。


「何故だ! 何故まだ立ち上がる、人間ッ!!!!!! 骨は折れている筈だ! その出血では、意識も遠のくはずだ! それで何故……まだ負けを認めぬ! 何故立ちはだかる!!!!!!」


 その男はそれまで口を開く事は無かった。

 だが、問いかけたその時だけは違った。


「この程度の痛み、今まで人間たちが受けてきた苦痛からすれば、大した事はない。たとえ両腕を捥がれ足を潰されようとも、心は折れない。死ぬまでお前達に抗う。たとえ勝てはしなくとも……俺はお前達に、人という命の在り方を刻み付けてやる!」

 その鬼気迫る彼の在り様に圧倒された。


「なんだ、お前は本当に人間か? お前は、何者なのだ!」

「俺は、貴様らに虐げられてきた者達の……怒りだ!」


 放たれた渾身の一撃は、我が魂にまで届いた。


 その男こそ、後に『勇士』と呼ばれる者。

 名を、『イサム』という。


 肉体も、誇りも全て打ち砕かれた。完膚なきまでの敗北だった。


 その事実を受け入れる頃には、三界の大戦は終結していた。


 だが、そんな事もう我にはどうでも良かった。

 もう一度、あの男に挑みたかった。


 完璧であった筈の自分に付けられた、唯一の汚点を払拭したかった。


 そう思い立った我は何度も奴に挑んでは……無視された。


『腹立たしい。もはや敵とすら思っていないとでも?』


 ならばまずは奴の気を引こう。


 もはや竜を相手にする必要はない。あの男の目にさえ映ればいい。

 どうせならヒトの女の姿になってやろう。美しい方が我に相応しい。それに、あの男が敗北した時に味わう屈辱が増す筈だ。

 そうして、我の今の姿が出来上がった。

 ……今にして思えば努力の方向を完全に間違えた。


 それであの男の気を引けたかというと、そんな事は無かった。

 が、嫌でも人間と同じ目線でものを見る事になって、触れていく内……いつの間にか人間と打ち解けてしまっていた。

 こいつらの作ったものも、悪くない。そんな風に思うようになった頃だ。


 ”奴”が現れたのは。


 邪悪なる者。

 ただそこに在るだけで、触れるものを壊し、命を”奪う”。

 どこで生まれ、何が目的なのか、全てが不明。

 得体の知れぬ、形なき化け物。


 しかし、だ。

 相手がなんであれ、あの男が負けるはずがない。

 三界の王を一人で倒したあの勇猛な戦士ならば。


 と、誰もがそう思っていた。

 我も、その一人。認めるのは悔しいが、それだけの力があの男にはある。


 ……だが、結果は違った。

 負けはしない。だが、勝てもしなかったのだ。

 どれだけ研鑽を重ねても、両者の力量は常に拮抗していた。

 いや、それどころか少しずつ、イサムの方が押されるようになりつつあった。


 その驚異は全界共通の認識となり、結束として、それが三大種族と人間が結束するきっかけとなった。

 ……などと言えば聞こえはいいが、結局のところ敵の敵は味方、というだけかもしれんな。


 その戦いで三大種族は力を削がれ、人間は最強の存在を失った。

 それほどの犠牲を払った戦いの結末は邪悪なる者の『封印』。


 いずれ決壊する事が目に見えた、頼りない成果だ。


 そして、その時にはアイツが居ない……



「ルーア様ぁ~?」

 気が付くと、不思議そうに顔を覗き込んでくる召使いの姿があった。

「む、どうした」

「いや、髪整え終わったんですけど。なんかボーっとしてるんで」

 どうやら思い耽っていたせいで、周りが見えていなかったようだ。

「そんで、どうします? あの坊や、まだ下に居るみたいですけど」

 恐らく、セインの事を言っているのだろう。


「分かった、連れてこい」

「はーい」

 と召使いは広間から階段を下っていく。


 今更、何をしに来たというのか。

 顔を見る事さえ避けようと思っていたのに、まさか向こうから出向いてくるとは。


 覚悟を決めた、という事だろうか。


 だが、辿る道は二つに一つだ。

 セインがどのように覚悟を決めたにせよ、答えは決まっている。


「お前と我では、道は交われぬさ……」


 そして再びこの広間に現れるセイン。

 彼は堂々と胸を張って、ルーアの前に立つ。


「ようやくまともに会えたね」

「何、すぐに別れるさ」

「そう? 僕はそうは思わないけど」

 自分を前にして、物怖じする事のないその態度。

 何か、以前とは違うような雰囲気を感じるが……?


「色々、話したい事があったんだ。でも、その前に一つ、やらなきゃいけない事が出来た」

「ほう、なんだ?」

 半年前からは、想像もつかない程に自信たっぷりの笑みを、彼は浮かべる。


「勝負しよう、ルーア!」

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