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第五十話

 そこは、深い洞窟の中。

 その奥底には、とても山奥にある洞窟の中とは思えぬ絢爛な部屋が形作られていた。


 紅を基調とした石造りのテーブルや棚といった家具の数々……一見すると職人が作った高級品を取り揃えてあるように見える。

 だがそれらは全て、この部屋の床や壁から”生えている”。


 洞窟を削って作り出した? いや違う。

 ここを人の手で作ることは不可能だ。


 何故ならこの部屋には扉が無く、どこからも出入りする事が出来ないからだ。


 驚くべきことに、そんな部屋の一角に備えられた長椅子……

 そこに女性が一人、横たわっていた。


 まるで芸術品の様に均整の取れた妖艶なその姿。

 だが、目を引くのは真紅の艶肌と、胸元を覆うほど伸びた紫の艶やかな髪。

 そして何より、頭部に左右にそれぞれ生えたの黒光りする立派な角。


 彼女はこの地の主である『悪魔』。

 その名を、ルーアという。 


 彼女は重々しく瞼を開く。

「ほう……来るのか、我のもとへ」

 一糸纏わぬ姿の彼女は、徐に立ち上がり部屋を見渡す。

 離れた所に生えたクローゼットを見つけると、そこに向かって手をかざす。

 ……すると、そのタンスは女性の元へ向かって、引き寄せられるように動き出す。


 一枚の布を取り出して身を覆うった後、パンッパンッと手を叩く。


「お呼びでしょうか」

 間を置かず、使用人の恰好をした少女が地面から現れる。


「湯浴みをする、用意せい」

「まだ朝ですよ。どなたか客人でも?」

「……まあ、そんなところだ」

 事情が複雑で、なんと言うべきか迷うルーア。

 そんな彼女の様子を見て、使用人の少女は不思議そうに首を捻る。


「いいからいいから、早うせい」

 主に急かされながらも、嫌な顔一つせず使用人は頭を下げて、部屋から立ち去る。


 そうして一人となった彼女は、ふと顔をしかめる。

「今更、どの面を下げて……」

 そう言って、奥歯を噛みしめた。



「よーし。着いたぞ……」

 濃度の濃い魔力が、瘴気となって溢れだす洞窟の入り口。

 そこを前にしたセインは、少し緊張気味だ。

 この場所が醸し出すおどろおどろしい雰囲気に……ではなく、この先に居るであろう相手との、邂逅に。


 強張る肩をほぐし、大きく息を吐く。

「……うん。ここで立ち止まってもしょうがないよね」

 覚悟を決めて、いざ中へ……入ろうとした時だ。


「痛っ!」

 全身に電流が駆け巡る感覚。

 大した痛みではないものの、突然の事にセインは衝撃を受けた。


「前はこんな事、なかったのに」

 ここは、以前は勇士の剣を祀っていた場所。

 新たな持ち主たる、今世の勇士が現れるその時まで邪な者が荒らさぬように。

 或いは、何の力も持たぬ者が、迷い込んでしまわぬように。

 そういった理由で、ここの主である悪魔『ルーア』が結界を張り巡らせていた。


「僕と会う気はない……ってことかな」

 それがきっと、この結界の意味なのだろうとセインは考えた。

 しかしそれでも、彼は不敵に笑む。

「でもそれって、”ここに居る”って事だよね」



 たとえ彼女がそれを望まないのだとしても、引き下がる気は一切ない。

 結果、分かり合えないのだとしても、自分の想いを伝えるまでは。


 セインは腰に携えている愛刀『エスプレンダー』を抜刀。

 力を籠めて白金に輝かせると、その刀身は結界を突き抜けた。


 遮られていたような感覚は消え、洞窟の奥から吹く風が、肌を撫でる。


「よし!」

 セインは弾むような足取りで、洞窟の中へと駆け出した。



 以前来た時、中は真っ暗だったと記憶している。


 だが今は、探索するには充分な程度には明るい。

 理屈は分からないが、壁全体がほのかに光を帯びているのだ。


 お陰で迷わず進めてはいるが……


──わざわざこんなことを、ルーアはどうして?


 彼女は暗闇も問題なく見られたはずなので、少し違和感があった。


 そんな風に考え事をしていて、足元はおろそかになっていたのだろうか。

 セインは不意に何かに躓いて転んだ。


 辛うじて受け身は取ったが、それでも顔面をぶつけてしまう。

「痛ぁ……あれ?」

 ここは洞窟の中。気を付けなければ転ぶのも仕方ない……のだが。

 足元を見ても、特別躓くようなものも見当たらない。

 自分は何に躓いたのだろうか? と、不思議でならなかった。

 が、この程度で立ち止まる訳にもいかない。とセインは擦りむいた鼻先をさすりながらまた進み始める。


 ……それから進んでいく内、一つ分かったことがある。

 さっき転んだのは単に始まりに過ぎなかったのだ。

 不意に頭をぶつけたり、肩を打ち付けたり脇腹を突かれたり……と流石に偶然や不注意で片付けられない程度には連続で起こった。

 間違いなく、これは何らかの意思を持ってセインを対象に攻撃してきている。


──こんなことが出来るの、ルーアしか居ないよねぇ。


 嫌がらせの域は抜けないが、それでもやんわりと『出ていけ』と促されている気がする。


「でも、僕だって引き下がる気はないから」

 身を低く屈めて、目を閉じる。

 こんな洞窟の奥でも、僅かに感じる風。

 セインは意識を集中する……自分もこの風と一体となるのだと。


 そして駆け抜ける。

 ルーアがどんな妨害を仕掛けて来るのだろうと、それよりも早く。速く。


 そんな調子でひた走っていると、真正面に小柄な人の影……

 ルーアでないのはなんとなく分かったのだが、それが誰かまで考えるような余裕はなかった。

 今のままでは横を通り過ぎるだけでも危ない。と急制動をかける。


 眼前、鼻先に触れるかどうか……といった所でなんとか踏みとどまる事が出来た。もっとも、その反動は自身に跳ね返って尻餅を突く事になったが。


「いってぇ……あ、君! 大丈夫?」

 自分の事は軽く済ませ、目の前の人物を案ずるセイン。

 しかし、当の少女は全く動じている様子がなく、毅然としている。


 使用人……だろうか。セインとしては、なんとなく苦々しい記憶が蘇る服装をしている。

 見た目だけならば年端の行かない子供だが……恐らく違う。

 頭に小さいながら角がある。きっと彼女はルーアの仲間、悪魔なのだろう。

 その佇まい。顔立ちは整いながらも、生気を感じられない青白い顔色はまるで人形を前にしているかのようだ。


 と、思わずまじまじと観察していた所……彼女の目がギロリとセインを見下ろし、ちょこちょこと早歩きで迫ってくる。

「ごめんなさい!」

 見つめていた事に怒ったのだろうか、と反射的に謝罪する。


 が、当の本人は不思議そうに小首を傾げていた。

「……何を謝る事があるのです? さあ、立って」

 そう言って彼女はただ手を差し伸べた。

「あ、はい」

 呆気にとられながらも、手を借りて立ち上がるセイン。


「えっと、君は?」

「ここで『メイド』という仕事をしている使い魔です」

 何者かを尋ねると、そう言って少女は恭しくお辞儀をしてみせた。


「只今、主は不在です。帰ってください」

 頭を上げるなり彼女はぶっきらぼうな態度で言ってくる。

「……と伝えるように仰せつかってきました」

「それ、居るって事じゃん」

「あっ」

 どうやらうっかり口走ってしまったようだ。

 しかし、少なくともルーアから歓迎されてないのは確か。


「ルーアはこの先?」

「はい。……あっ、違います」

 追い返すために寄越したようだが、人選を間違えたのではないだろうか。


「分かった。君は怒られそうだから、ここで待ってた方いいよ」

「お待ちください。どうかお待ちを……まって」

 声に抑揚がないから分かりづらいが、なんとなく焦っているのは伝わってくる。

 心苦しいが、あまり彼女を責めないよう伝えるしかないだろうと、セインは進む。

「お願いです。今は駄目です。出直して」

 と、腰に組みついてでも止めようとしてくる悪魔少女を引きずり、なにやら仰々しい雰囲気を感じる階段の前へ。

 以前来た時と内装が変わってはいるが、ここは恐らく『勇士の剣』を引き抜いた場所だろう。


 先を見上げて、一呼吸。覚悟を決める。

「せめてここまでで……」

「行くよ」

「駄目ですか」

 悪魔少女もさすがに諦めたようで、手を放す。


「付き添ってくれてありがと。またね」

 少女に向けて手を振って、セインは一歩踏み出した。


「付き添った覚えはありませんが、お気をつけて」

 少女は手を振り返す。


「まあすぐに戻られるでしょうが」

 彼の背中を見上げながらポツリと呟いた。


 それから、階段を転がり落ちてくる彼の姿を見るまで、そう時間は掛からなかった。


「追い出された」

「でしょうね」



 階段を駆け上がって、祭壇の間へと辿り着いたセイン。

 そこにはルーアが居た。いつぞや見た彼女本来の姿……『大人の姿』で。悪魔に対してこの言い方が正しいかは分からないが。

 そして、その姿を目の当たりにして、すぐに逸らした。


 固く瞼を閉じる。


 今の彼女は、身に纏っているのはタオル一枚。

 湯上りらしい。艶やかな姿だった。


「ルーア」

「なんだ? 聞くだけ聞いてやる。答えは決まっているがな」

 刺すような視線が痛い。セインは背筋に悪寒が走った。

「えっと、まずはごめん。知らなくてさ、わざとじゃなくて……」

 濡れた髪を使い魔らしい者達に拭かせながら、当人は腕を組みながら仁王立ち。

 覚悟は持ってここまで来たつもりだったが。この威圧感には流石に肩が竦む。


「ふむ、まあ仕方なかろう。遣わせた使い魔が口下手だったようだな。それは気にせんでいい我の落ち度だ。それより、だ。まずはこっちを向け」

 服を着たのだろうかと恐る恐る顔を向けると、セインはすぐに回れ右。

 驚くべきことに、むしろ彼女は纏っていた一枚のタオルすら外していたのだ。


「いいからこっちを向け。我が肉体は完璧、見せて恥ずべき部分などありはしない」

「そういう問題じゃなくない?!」

 悪魔と人間の感性の違いだろうか。本当に彼女は自分の裸体を見られることに抵抗はなさそうな口ぶりだ。

 まあ、向こうが良くともセインが困るのだが。


「少し予想外の反応だな。おいセイン、我の左脇腹だ。そこだけでいい」

 いったい何を見せようというのかは分からないが、セインは渋々と言われた場所を見る。

「……傷?」

 かなり大きめだ。薄目でも分かるほどの。

「どうしたの、それ? ……もしかして」

 頭を過ったのは、あの暁の嵐。


 あの時に出来たのだろうか、と考えたセインに意外な答えが返ってくる。

「これはなあ、ついさっきできた」

「え?」

「この程度の傷、すぐに治りはするのだ。我、悪魔ゆえ。しかし、せっかくなのでお主に聞いて貰おうと思ってな」

「はあ……」

 なんでそんな事を聞かされるのだろう、とセインは思った。

 だが、傷の程度を考えると只事ではない。もしかすると何か大事な事かもしれないと耳を貸す。


「少し前の事だ。我は湯浴みを終えて気分を良くしていたところにな、急に強い力でここの結界を破った者がいるようなのだ」

「ん?」

 急に心当たりのある話で、心臓が跳ねる。

「ここは我が魔力が編み出した、いわば一部とも言える地だ。あまり強引なやり方をされると我にも影響が及ぶ……事もある」

「へ、へぇ~」

 冷汗が滲み出す。


 ルーアの口ぶり……誰の仕業かは既に承知の様子。

 明言はされないものの、詰め寄られて睨みを利かされるセイン。


「髪も乱れてしまって整え直さねばならなくなってなぁ。まったく良い気分が台無しというものだよ。さて、いったいどこの誰がこのようなことを……んん、どうした? 汗などかいて」

「いや。その……」

 なるべくその姿を視界に納めないようにと努めたが、それでも圧し潰されてしまいそうな視線。

 冷汗は脂汗に変わっていた。

「さて、ここまで話して何が言いたいかというとだ」

「はい……」

 額に何かを当てられ、セインは歯を食いしばった。

「今、我は機嫌が悪い……帰れ、スケベ小僧」

 弾かれた指が額をかすめる。

 すると、凄い勢いで階段の方へ引き寄せられ、セインは逆らえず転がり落ちていった……



「と、言うことがありまして」

「ですから止めましたのに」

「言ってよ……」

 口下手にも程がある。

 もはやこの人選すらルーアの嫌がらせではないだろうか。


「時間を置けば、ルーア様のご機嫌もマシになるかとは思いますよ?」

「そう……じゃ、ここで待とうかな」

 少し発言の内容が頼りないが、今はそれに期待するしかない。

 セインは階段に腰を下ろし、横たわる。


 落ち着いたところで一つ、疑問が頭を過る。

「……ルーアの機嫌、どのくらいで直りそう?」

「十年ほどあれば」

「そんなに待てないよ?!」

「悪魔ジョークです」

「笑えないよ!」

 彼女は表情が微動だにしないうえに、あり得そうと思えてしまう範囲。

 真偽を測りかねる彼女と暫く過ごさなければいけないようで、セインは少し憂鬱になった。

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