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第四十九話

 王都から旅立つ日となった。


 今は城から出発する馬車の準備中。

 『準備が終わるまでゆっくりしていけばいい』と客間で待つセイン。

 何もしていないというのも、気持ちとしては居心地が悪い。


「このソファ……ふかふかだな……」


 が、それはそれとして。

 さすがは王族である。家具などはどれも一級品なのだろう。

 上質な空間でくつろぐのは初めて。

 加えて、特に最近はまともにすら劣る環境で過ごしていた反動なのか、ふと腰掛けたソファに体が沈み、くっついて動かなくなっていた。


「セイン、待たせてごめんなさいね。まだ時間がかかりそうなの。武器や救援物資の積み込みが思ったより……あら」

 申し訳なさそうに声をかけに来たステンシアが、ソファの上で溶けているセインの姿に言葉を失った。

「姉上、どうやら心配は要らなかったようですね」

「そのようね」

 彼女の後ろに居たジークが一言。それにステンシアが頷く。


「……あの、違うんだよ。待ってるだけじゃ悪いなーとは思ってたんだけど、こんな柔らかいソファとか初めてだったし、ずっと気を張ってたから落ち着いたら少し眠くなったというか……」

 セインは顔を真っ赤に染めながら、慌てて二人に釈明し始める。


「いいのよ別に。怒ったりなんかするものですか」

 その様子にくすりと笑いながら、ステンシア。


「君を送るのは兵士の派遣のついでさ。それに、対抗手段が確立されたからと言って、あの魔獣との戦闘には、まだ慣れていないんだ」

「そう、だから貴方の仕事は出発してからよ。だからむしろ今はゆっくり休んでもらった方がいいわ」

 ジークの言葉を継いで、ステンシアが補足した。


「とはいえ、腑抜けてしまって戦えない。なんてことになったら、困るけれど?」

 と最後に彼女が窘め、セインは背筋を伸ばした。


 そんな彼の様子を見て楽しそうにステンシアは笑いだす。

「ふふ、冗談よ。貴方なら大丈夫って信じているもの」

 そう言われたものの、少し気を付けよう。とセインは気を引き締めた。


 ステンシアとジークは、少しだけ時間が取れたようで、出発前に話をしに来たらしい。

「行き先はフラマ、だったわね。ここからだと少し長旅になるとは思うけど、一人旅よりはゆっくり出来るとは思うわ……仲間に会えるといいわね」

 そう優しく微笑みかけるステンシアに、セインは頷いて返す。

「うん。会えたらまた来るよ」

「その顔、自信があるみたいだね」

 とジークが聞く。

「多分、待ってると思うから」

「へえ、信頼されてるのね」

 と、言われるとセインは困った顔をし始める。

「いやあ……それはどうかなあ」


 予想外の反応に、ステンシアだけでなくジークも少し驚き、不思議そうに首をかしげる。


 話をしてるうち、セインの視界が揺らぎ始める。

「ねえ悪いんだけど、少し眠ってもいいかな」

「構わないよ、そろそろボクらも仕事に戻るから。準備が終わったら呼びにこさせるから、それまで休んでいてくれ」

 ジークにそう言われ「ありがとう」と一声かけて、セインはおもむろに瞼を閉じた。


 その時、脳裏に浮かんだ。

 一人の、仲間の顔が。


──怒ってるよね、きっと。


 その姿に想いを馳せながら、意識は暗闇の中へと沈んでいった……



 忘れもしない。半年前の、あの出来事は。


 夜が明けようとする白みだした空が黒く塗りつぶされた。


 そんな中で、強烈な存在感を放つ一つの人影。

 身に纏った黒の鎧は、禍々しく煙のように揺らめく。

 しかし、妖艶な笑みを浮かべるその顔は、透き通るような白。

 こちらを見下ろす碧の双眸、絹糸のような美しい金色の髪。


 その顔が誰なのか……対峙する三人の少年少女に、分からぬ者はいない。


「アレーナ……? なんなんだよ、その姿……それに……」

 理解が追い付かない。といった様子で、ただただ困惑する少女……セナの姿があった。


 彼女は自らを『邪悪なる者』と、そう名乗った。


 それが意味するのは、”彼女が敵である”という事実。

 だが、彼女の姿は間違いなく自分達の知る仲間……アレーナのものだ。


「セイン……やれ。奴を、斬れ……!」

 そう告げたのは、小柄な褐色の少女『ルーア』。


「待てよ! どう見たって、あれはアレーナだぞ? 分かんないのかよ!」

 セナが詰め寄るも、顔を俯かせたまま、振り向く様子すらない。

「なあ、ちゃんと見ろよ! ルーア!」

「分かっている! そんな事は一目見れば、充分になッ!」

 体を震わせながら、怒りと悲しみの入り混じった顔で、彼女は叫ぶ。


「奴は、邪悪なる者……我らの、倒すべき敵だ! その依り代が誰であろうと、今! 倒すべきなのだ!」

 その悲壮な叫びに、セナは黙らされる。

 そしてルーアの想いの矛先は、セインに向けられる。


「何を突っ立っている……届かないというのなら連れていく。お前の使命を果たせ!」


 しかし、彼は呆然と立ち尽くしたまま「無理だよ」と呟くだけだった。

「無理……? 何を言っている。お前はなんだ、何のためにここに居る! 何のためにその剣を取った! お前は『勇士』だろうがッ!」

 セインの胸ぐらに掴みかかったルーア。

 さすがに止めねばと、セナが間に入ろうとした時だ。


「僕は……僕はセインだよ!! ここに居るのも、戦うのもアレーナの為だ! 勇士だからとか、そんなの知らないよっ!」

 慟哭し、ルーアを突き飛ばしたセインは、勇士の剣を床に投げ捨てる。

 唖然とする二人の姿を見て、彼は息を切らし、戸惑いながら「ごめん」と目を逸らす。


 セナでさえ、初めてだった。こんなにも、激しく感情を顕わにした彼を見るのは。

 まるで、ずっと……ずっと抑えつけてきたものが、一気に溢れだしてしまったかのよう。


 一気に静まった中で、響き渡る手を叩く音。


「素晴らしい……君達のその情動。とても望ましいよ」

 皆の視線は空に集まる。


 恍惚と悦に入る表情でセイン達を見下ろす邪悪なる者。

「人という器を手に入れた甲斐があった。もっと見せておくれ、君達の……『悪意』を」

「黙れ……人の体を利用して、人を理解したつもりか? 分かったような口を利くな! 貴様の言葉など、聞きたくない!」

「まあそう言わないで。千年ぶりだろう? こういう時は……そうだ! 昔話に花を咲かせようじゃないか。私達、似た者同士だろう。ルーア?」

 対するルーアの返答は、巨大な岩石を作り出して投げつける事だった。


 セインとセナが止める間もなく、投げられた岩石は邪悪なる者に当たり、空中で砕け散る。

 飛び散る粉塵が納まり、再び空を見上げると……そこには、無傷の邪悪なる者の姿。


 煙たそうに口元を手で押さえながら、巨大な羽根を羽ばたかせ、残った粉塵を振り払う。

「私の知る限り……」

 彼女はわざとらしく、不思議そうに首を傾げてみせる。

「君達は言葉を交わして、理解を深めるんじゃなかったのかな?」

「ワシは黙れと言ったぞ。お前を理解する気など無い」

 ルーアは動じている様子はない。この結果は分かった上でやっていたことのようだ。


 そんな彼女の返答が気に入らなかったらしい。

 邪悪なる者は、この場で初めて不満げな表情を見せた。

「よく分からないからって理解を拒むんじゃなくて、もうちょっと人の話を聞こうよ。自分の都合ばかりじゃなくて、もっと周りを見なよ」

 それからわざとらしく大きなため息を吐いてみせる。


「そんなんだから、セインだって打ち明けられないんじゃないか」

 零すように、一言。

 それを聞いたセナとルーアは、同時に彼の方へと振り向いて、セインは体を震わせる。


「セイン、どういう事だよ……打ち明けられないって、何を……?」

「知っていたんだな」

 戸惑うセナ。対して、今ので察したらしいルーア。


「知ってたって、何を?」

 セナが問う。

「決まっている、アレーナに奴が憑りついていた事を、こいつはずっと前から知っていたのだ!」

 ルーアは声を荒げて答えた。

「そうだ。考えてみればずっと、アレーナにも、セインにもおかしなところはあった。アレーナに自覚は無かったとしても、お前はそうではないだろう! お前は、その力を分けて繋がっていたのだから!」


 そして、セインは沈黙。

 それでセナは全てを察して、彼の元に近寄る。


 セインは身を縮ませ、瞼を固く閉じている。

「お前……ずっと知ってて、黙ってたのか?」

「……知ってたからって、どうしたら良かったんだよ……」

 弱々しく零れた言葉。

 どうにかする方法も分からず、誰にも助けを求められず。

 そうして、今はどうしようもなくなって、立ちすくむしかない所まで、追い詰められた。


「そうやって誰も彼も黙りこくって……そうじゃなくて、私を見なよ! せっかく! こうして! みんなの前に現れたんじゃないか!」

 ヒリヒリとした空気の中、邪悪なる者が上空から飛び降りてきた。それも、城全体を揺らす勢いで。

 そして、明らかな不満顔でずかずかと足音を立てて詰め寄ってくる。


「私を嫌悪するのは構わない。だが無視するのは気に入らない! ルーア……はさっき言ったからいいや。さっき言った。セナ!」

「え、あたし?」

 名指しされ、流石に反応せずにはいられなかった。

「そう君! 君はいつもセイン、セイン。過保護だ! その癖まるで彼を見ていない! 押しつけがましいんだよ」

「えっ……」

 身構える間もなくそんな事を言われ、戸惑いを通り越して頭が真っ白になるセナ。


 言いたいことは言ったとばかりに、邪悪なる者は続けてセインを睨みながら、更に距離を詰める。、

「セイン! もっと! 私に! 反応しなよ! そういう所だ。周りに流されてばっかりで、そんなんだから追い詰められるんだろう? もっと自分を出しなって!」

 ズバズバと、彼女の言葉が胸を刺す。


「ああもうっ! もっと劇的になるはずだろう? 宿敵の復活! 囚われのお姫様! なんでこう、君達は内輪でギクシャクしてしまうんだ!」

 そう言って、邪悪なる者はわざとらしく頭を抱える。

 眉間を押さえながら、二度目のため息。


「もういい、今日は解散だ。”みんな”次会う時までに悪い所を治してね」

 スッ……と人差し指を天に向ける。

 そしてクルクルと、虚空で弧を描きだす。


「貴様ッ! 何をやっている!」

 呆気に取られていたルーアが異変に気が付いた時には、もう既に遅かった。


 セインとセナが大気の震えを肌で感じる程になり、何かがのしかかってくるように、立っているのも辛くなっていく。

 何が起こっているのか知ろうと天を仰ぎ、愕然とする。

「空が……」

「落ちてきてる?」


 邪悪なる者が作り出し、空を覆っていた暗闇。

 それが渦を巻き、縮まって、迫ってきている。


 セイン達の直上にまで近づいてきた、その時。

 邪悪なる者は弧を描く手を止めた。

 代わりに、指をこすり合わせ……パチン、と音を立てた。


 その音に合わせるように、闇は弾け……嵐が巻き起こる。


 爆心地に居たセイン、セナ、ルーアは、その場に留まる事が出来ず、舞い上げられる。まるで紙切れのように。


 それぞれ散り散りに飛ばされ、互いの姿も見えなくなった。


 ……ただ、セインだけ。

 彼だけは、その最中で邪悪なる者と目が合った。


『またね』


 口の動きだけだが、そう言っている様に見えた。

 ……それが、彼が意識を失う前、最後に見たものとなった。



 出発の準備が整い、セインは馬車に乗り込む。

 そしてステンシアとジークが見送りに。


「貴方の仲間、私達の方でも出来る限り探してみるわ」

「ありがとう、助かるよ……あっ。でも先にやって欲しい事あるかも」

 といって、セインはジークに視線を向けた。

「ボク?」

 思い当たる事もなく首を傾げている彼に、窓から身を乗り出して耳打ちすると、すぐに合点がいったらしい。

「ああ、それか! でも、そっちが先でいいのかい?」

「うん。多分ね」

 セインの顔は、言葉よりもずっと確かな思いを感じた。

 理由は分からないが、その方がいいのだろうとジークも確信する。

「分かった、手配しておくよ。少し時間がかかるだろうけど、君が戻ってくるまでには、なんとかね」

「よろしく!」

「ねえ、何の話をしているの?!」

 二人だけで何か納得しあって居て、輪に入れないステンシアは少し不満げだ。

「後で話しますよ、姉上」

 そんな彼女の様子を見て、苦笑いする男二人。


「……ねえ、二人とも」

 別れ際、セインはステンシアとジーク、二人に真剣な表情で目を向ける。

「次に来た時、話したい事があるんだ」

 先程までの雰囲気とは違う彼の様子に、自然と二人は身を正す。


「分かった。大切な事なんだね?」

 ジークが聞くと、彼は静かに頷く。

「心の準備はしておいてあげる。だから、必ず無事に戻ってきなさい」

 ステンシアには、笑みを浮かべた。


 少し緊張を感じる表情になってしまった二人に、セインは自分のせいとはいえ少し困った。

 なんとか安心して欲しくて、もう一声を掛けようと考えを巡らせる。


 馬車が出発する直前に、ようやく一つだけ思い浮かぶ。


「ステンシア! ジーク! 大丈夫、アレーナは元気だから!」


 何を根拠に? とは思うだろうが、二人に言葉はしっかり届いたようだ。

 表情が緩み、二人は遠のいていく馬車に向けて手を振っている。


 これでいい、とセインは自分を納得させる。

 これから向き合うために、今の自分が伝えられることを、伝えたかったから。


 すべてを話さなかったのは、誰よりも先に、自分の思いを伝えなければいけない相手がいるから。


──大丈夫、もう決めたから。逃げないって。


 セインは覚悟を胸に、次の街へと向かう……



 あの嵐の、すぐ後の事。

 不気味な程に青く晴れ渡る空を見上げる、一人の少女が居た。


「あれだ……あの力だ……」

 両手を空に伸ばし、

「あの力が、欲しい……!」

 掴み取ろうとするように拳を握る。


「ワタシが、ワタシとなるために……!」


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