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第四十八話

 半年ぶりに再会を果たしたセインとジーク。


 二人は応接間で向かい合う。

「それにしても、大変だっただろう。ここまで来るのは」

「まあね。今は馬車も全然通ってないし、遠くに飛ばされて、ずーっと歩いてきて、いつ辿り着けるんだって途方に暮れたよ」

「それもそうだけど……一人、なんだろう?」

 仲間達と共にいるならばセインが、ここに一人で来るはずはない。ジークはそう思っていた。


「うん、そうだよ。あの時離れ離れになってから、ずっとね」

「『暁の嵐』か……」

 ジークはふと窓の外に目を向けた。

 そこには、半壊した建造物……半年前の爪痕が残ったままの、城の姿があった。


「なら、アルミリア……いや、アレーナがどうしているかも、分からない……よね」

「……うん」

 喉元まで出かかった言葉を、セインは飲み込んだ。


 彼は知らない、『あの夜』何が起こったのかを。

 それを、伝えることが正しいのか分からず、黙ることしか出来なかった。


 重い沈黙の時が流れる……


 そんな雰囲気を打ち破るように、バァンっと大きな音が部屋に響く。

「ジーク! セインが戻ってきたというのは本当なの?!」

 応接室の入り口。そこに、金髪の女性が息を切らせて立っていた。


 その女性を見てジークがギョッと驚いた。

「姉上!? ……仕事中では?」

「……いいじゃないのそんな事は……あとでやるわよ。そんな事より、セインは今どこに?」

 頭を抱えながら、彼はそっと自分の前方を指し示す。

 そこには、虚を突かれたように唖然としたセインの姿が。


 そっと後退する女性。

 乱れた襟を正し、咳払い。


 そして、仕切り直しと言わんばかりに、改めて部屋に入ってくる。

「久しぶりね、セイン。まずは無事なようでなによりだわ」

「う、うん……えっと、ステンシア……だよね?」

「そうよ? 当然じゃない。……ああ、この恰好ね」

 セインは、すぐには彼女がステンシアだと気付かなかった。

 髪が短く切りそろえられ、上はブラウスにジャケット。下はタイトなスキニーパンツと以前会った時とは、少し印象が違ったのだ。


「ドレスは動きにくいから、必要な時以外はやめることにしたの。半年前に思い知らされたもの。でもこの格好、凄く楽なのよ。ある意味、怪我の功名といった所ね」

 そう言われると確かに。

 彼女がドレス姿だったのは出会った直後くらいなもので、あとは殆ど乗馬服だったのだから、こうなるのも自然な事かと腑に落ちる。


「さてと……」

 ステンシアは一息ついた後、見せつけるように胸を張る。

 そして顔を上げて、セインに視線を合わせる。

「似合っているでしょう?」

「うん。カッコいいと思う」

 持ち前の整った顔立ちと、今はショートに切り揃えられた髪型。

 自信に満ちた表情をしているのも相まって凛々しく見える。

 王女というより、王子と見間違えてもおかしくはない。

「合格。貴方もちゃんと言えるようになったじゃない」

 と、嬉しそうなステンシアに肩を叩かれ、困惑するセインだった。


 それから落ち着いた彼女は、辺りを見回してセインに問いかける。

「そういえば、あなた一人なの? アルミリアはどうしているのかしら」

「それは……」

 言葉に詰まる。言うならば、今だ……と頭では分かっていても。


「姉上、セインは今一人です。あの日以来、仲間とは離れ離れのようで」

 ジークから説明を受けて、ステンシアは気まずそうに顔をしかめた後、頭を下げてきた。

「そう……ごめんなさい。貴方の気も知らずに」

「いやそんな! いいんだ、気にしないで!」

 慌てて頭を上げさせようとするセイン。


「という事は、ここへは仲間を探しに来たのね?」

「えっと……」

 それも無い訳ではなかった。

 だが”一番の目的”を口に出せないまま、話は進んでいく。


「私達もアルミリアの行方は気になっていたの。でも、貴方が居ると思って……」

「ボクらは今、王都だけでなく、この国全体に起こっている混乱に対処をしなければいけない。……赤い目の魔獣が数を増やしているせいで、兵士を派遣した程度ではどうにもならない。誰もが助けを求めている中で、限られた対処しか出来なくて……」

 悔しそうに拳を握りしめるジーク。


 眉間に皺を寄せる彼の顔は、何かを言いたそうにしているのを、堪えているように見えた。

 だが、その抑えが効かなくなったのか、セインに向けて口を開いた時……ステンシアはそれを遮った。


「ごめんなさい。そんな訳だから私達、あなたの力にはなれないわ。何も、出来ないの」

 顔に影を落としながらも、すぐに彼女は顔を上げて、笑顔を作る。

「だから、あなたはあなたの旅をして。私達に、構わずね」

 


 固いベッドに、身を放るセイン。


 むしゃくしゃして、もがく。気分はまるで晴れないが。


 これはきっと、自分の悪い癖だ。

 強くなれたつもりでいたが、真実を伝える勇気は、今も持てていないようだ。


「だって、言えないじゃないか。二人とも、みんなの為に頑張ってるのに……」

「『上手くいかない原因は、君らの妹だ』って?」

 一人で考え込んでいる所に、横から割って入ってくる声。


「傷つけたくないから、真実を隠す……相手を思いやっているようで、君が逃げる口実を作っているだけじゃないかな? それもまた、悪意だよ。そうやって、君が逃げてどうなった?」

 耳元で、嬉しそうに囁かれる。

「私、とても嫌いだな。そういうの」

 甘く、むず痒くなるような声。


 払いのけようとすると、そこには誰も居ない。

 いつもそう。傍にいるかと思えば、姿はすぐに消えている。


 自分の考えてることを、見透かしているとでも言いたげに、こっちの心をかき乱して……

 何より、痛いところを的確に突いてくる。


──分かってるんだ、そんなこと。


 ずっと前に、思い知らされたのだから。


──だけど、どうしろっていうんだよ……


 一人で考えていても、答えは出ない。


 ぐぅぅ……


 こんな時でも、腹の虫は鳴き出した。


 もはや頭は考えるどころではなく。

 強制的に打ち切って、ベッドから立ち上がる。


「ご飯、食べよ」


 宿で出される食事は、スープが一皿。

 しかし今さら動き回るほど余裕もなく、ひとまず空腹を紛らわす。


「悪いね。うちじゃあこんなもんしか出せなくて」

 宿の主が、申し訳なさそうに言った。

「いいよ、美味しいし」

 不満な顔でもしていただろうか。だとしたら、原因は量が足りないという一点に尽きる。


「前はこんな小さな宿でも、泊まりに来てくれる人はいたんだけどね。半年前の”アレ”から他の街から来る人なんて、めっきり居なくなっちまったからね」

 そう言って彼女は大きなため息。


「稼ぎは少ないし、物も高いしでねえ。他の仕事もしてるが、家財も売りながらでなきゃ、やっていけなくて……なんて、お客さんにする話じゃあなかったね。まあ、こんな時にウチみたいな小さな宿に泊まってくれてありがとうって話さ」

「……ごちそうさま」

 皿を下げるついでに、店主にお金を払う。


「こっちこそ、ありがとう。話してくれて」

「ええ?」

 不思議そうに首を傾げる彼女に、セインは微笑む。


「今やらなきゃいけない事は、分かったから」




 セインは進む。

 道中の店で、出来る限り値切ったパンを頬張りながら。


 向かう先は、城。

 目的はジークとステンシアに面会する事。しかし、正攻法で向かうのではきっとまた正門で止められる。時間が惜しい。


「いつから君は盗賊になったのかな、セイン」

 執務室で仕事をしていた最中、窓の外に現れたその姿に、驚きと呆れの入り混じった顔で返すジーク。

「ジークには言われたくないかな」

「それはそうだ」

 思わず苦笑いする。


「まあ上がりなよ。と、いうのも何か変だけど」

 窓を開けてセインを中に通す。

「それで、どうしたんだい? わざわざ三階まで上ってきて」

「まずは見て欲しいものがあるんだ。それから、話がしたい」


 それからステンシアも招き、城の中庭へ。

「これがちょうど良さそうかな」

 とセインは、王家の紋章を象ったモニュメントを前にする。


「何をするつもりなの? 忙しい私を呼びつけたのだから、大道芸を見せに来たわけではないのでしょう」

「まあまあ、観ててよ。多分、出来ると思う」

 それだけステンシアに言って、携えた剣『エスプレンダー』を引き抜いた。


 眼前に剣を構えると、集中するように目を瞑る。

 すると、淡く刀身は光を帯びて……その姿が、白金のものへと変わった。


「あれは、勇士の力? 話には聞いていたけど、本当に武器の姿を変えるのか。だけど、前に聞いた時は銀に変えるモノだと」

「邪気を祓う……赤目の魔獣に対抗しうる唯一の手段というやつね。でも、それがたかだか一本あった所で……」

 ジークは驚くが、ステンシアの方はまだ冷静だ。


 そんな二人を余所に、セインは静かに剣に念を込める。


 そして、その目を開いた時……彼は手にした白金の剣をモニュメントへと真っ直ぐ突き出した!


 すると、モニュメントに一筋の閃光が走る。

 直後に眩い光が放たれ、姉弟は直視できずに目を伏せる。


 再び瞼を開いた時、モニュメントは全体が銀に輝く姿へと変わっていた。


「これは、どういうこと?」

「ステンシア、ちょっと来て」

 セインに招かれて、モニュメントの前に立つステンシア。


「自分でやったのは初めてだけど、多分大丈夫だと思うんだ。剣を当ててみてよ」

 言われるがまま、携えた剣をそこに当てる。

 ……するとどういうわけか、剣は目の前のモニュメントと同様に銀色に姿を変える。


「赤目の魔獣を倒せる銀の剣、これに武器を当てればもっと作れる。僕が使うのと同じだけの力はあるはずだよ」

「それは本当?! だとしたら、これを使えば……」

「倒すのには実力の有るものでなければいけないでしょうが、それでも今よりずっと状況は良くなりますよ、姉上!」

 後ろからの弾んだジークの声に振り向いて、頷いて返すステンシア。


「なんとお礼を言ったらいいか……」

「ああ、お礼なら言葉よりも……さあ……」

 馴れていないのか、良い淀むセイン。

 それをステンシアはクスリと笑う。

「あら、強かになったものね。いいわ。実際に試してからの話だけど、報酬を出さない訳にはいかないものね。何が欲しいのかしら」

「うん、それじゃあ……協力してほしい」

「協力? 勿論、出来る限りの事はしよう……だが、何にだい?」

 ジークが聞き返す。


 すると、彼は照れくさそうに頬を掻きながら答える。

「世界を救う事、かな」

「もう、そういう事は照れずにもっと堂々といいなさい」

「ああ。それなら喜んで協力するさ」

 ステンシア、ジークの二人は乗り気なようで、安堵するセイン。


「それにしても、君がそんな事を言い出すなんてね。随分変わったね」

 ジークにそう言われると、セインは銀のモニュメントを見つめながら返す。


「まあ色々と、あったから……ね」

「そうみたいだね。知りたいな、この半年にどんなことがあったのか、君の冒険を」

「教えるのはいいんだけど……うーん、ごめん。今は駄目なんだ」

 と頭を下げるセイン。


「それは残念。でも、訳があるんだろう?」

「……うん」

 顔を上げた彼は、どことも知れぬ遠くへ視線を向けた。

「先に話したい人達が、居るからね」

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