表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/118

第四十七話

 ……半年の月日が流れた。


「やっっっっっっっと……着いたぁ~!」

 眼下に広がる大都市《王都》。

 肩に一本の剣を掛けた黒髪の少年は、感慨と疲労が入り交じりながら、言葉を吐く。


「広いなー、さすが王都。この国一番の大都市ってだけあるね。今まで見てきたところと、比べ物にならないや。前に来たときは"下から"だったし、街並みは見られなかったからなあ」

 ふと周りを見渡す。

 少年は一人、顔に影を落とすも、すぐに前に向き直る。


「さてと。立ち止まってもいられない、か。お城は……都市を抜けて、城下町に入って、そこから……はぁ、遠いなあ。飛んで行けたら楽なのに」

 少年は街を眺めるのをやめ、一歩、歩む。


「これが僕の大きさ、か……じゃ、もう一頑張り、しますか!」


 それから更に半日。

 そろそろ日も暮れようという頃、城門の前でちょっとした騒ぎが起こった。


「ダメなものはダメだと言っている!」

「なんでさ」

 警備兵と言い争うのは、黒髪の少年。


「どこの馬の骨ともしれん奴が、『王子の友人だから通せ』だと? 何を戯けたことを」

「君が通してくれる必要はないよ。ジークに伝えてくれれば、きっと入れてくれるから。ステンシアでもいいよ? 居るんでしょ」

「お前! さっきから聞いてれば、王子様と王女様の名前を気安く呼び捨てにしおって! 何様のつもりだ!」

「だから……友達だってば」

 どうも頑固な警備兵殿は、話を取り次ぐ事さえしてくれないらしい。


 さて困った。

 警備兵と話すのも疲れて一旦退散しようと振り返ると、野次馬が集まっていた。

 どうやら、やりとりが見世物にされていたようだ。

 流石に恥ずかしいので、人だかりから逃げようとした時だ。

 少し気になるものが目についた。



──何事かは知らないが、気を取られちまってまぁ……これじゃあ盗んでくれと言ってるようなもんだ。


 見世物に夢中な野次馬の一人から、男はするりと肩掛けの鞄を引ったくる。

 慣れた手際。自然体を装って堂々とその場を離れようとしたその時……

 一陣の風が、自分の横を通り抜けるのを感じた。


「盗みは駄目だよ、おじさん?」

「お前、いつの間に……!」

 声で気がついた時には、自分の腕は少年によってきつく握られていた。

 その男が手を振りほどこうとするも、びくともしない。


 それどころか気がつけば宙を舞っていた。まるで風に運ばれているかのように。


「この人、泥棒です! あとはよろしく」

 唖然としていた……目の前の警備兵が。

 当然、本人も何が起こったのか分からないまま、突き出されたらしい。


「これ、君の?」

「えっ? あ、はい。ありがとう……ございます……」

 少年は、いつの間にか取り返していた鞄を持ち主の女性に渡していた。

 もっとも、彼女の方は何事があったのかまだ理解が追い付いていないようで、ぼんやりとしているが。

「じゃあね。気をつけなよ?」

「はい、ありがとうございました!」

 誇らず、ただ当たり前の事をした。そんなさりげなさで、彼は去っていこうとする。

 その背中に、女性は改めて礼を言った。


「おい待て……いや、待ってくれ!」

 警備兵は泥棒を拘束しながら、少年を呼び止めた。

「何?」

「君、名前は? 名前を教えてくれないか」

 意図が分からず首を傾げるが、それでも「まあいっか」と少年は快く答える。


「セイン。僕の名前は、セインだよ」



 その夜。

 王都の外れにある小さな宿で部屋を取ったセイン。

 屋根と壁のある場所でくつろげるのは、久しぶりだった。


 そのせいか、椅子に腰をかけるやいなや、大きなあくび。

 そして、次第に視界が揺らぎ始める。


「おっと待った。せめてお風呂には入りなよ。旅の途中は仕方ないけど、基本的には清潔でいて欲しい」

 眠気が覚める。

 この憎たらしい喋り方。セインが思い当たるのは一人しかいない。

「お前……なんでここに居るの」

「君が居るところなら、どこへでも。なんてね?」

 セインは顔を背けたままだが、声の主はそんな事は意に介さず、体が密着しそうな程に距離を詰める。


「そう邪険にするなよ、傷つくだろう?」

 人差し指で彼の頬を突きながら、からかい口調で話しかける。

「別にお前が傷ついたって僕は……」

「いや、そうじゃなくて。”あの子”がさ」

 ぴくり、とセインの体が震える。

「『私』が『私』であるのは確かだけど、別に意識を全部封じ込めてる訳じゃない。って、前に言っただろう?」

「いやでも……」

 反論をしようと顔を向けると、目の前にその”顔”があり、反射的に再び顔を背けた。

「こんなんじゃない。って? そりゃまあ、『ヒトのしがらみ』みたいなのは私が大体取っ払って、むしろ前よりこの子の素直な部分が表に出てるんだから。私は君の反応で遊べるし、君も悪い気はしないだろう?」

「お前、性格悪いよ……」

「お褒めにあずかり光栄だよ」

 ”こいつ”にとっては本当に褒め言葉。

 大体何を言っても口では勝てないというのは分かってきたセイン。

 敵……ではあるはずなのだが、剣を取る訳にもいかず、それどころか邪険に扱う訳にもいかない。本当に厄介だ。とため息を吐く。


「さてと、私はこの辺りでおいとましよう。疲れていてもお風呂には入りなよ? あと、暫くまともな食事も摂れていないだろう。常在戦場は冒険者の性だろうけどね、こういう時ぐらい。しっかり食べなさい」

 セインの背後に夜風が当たる。どこから出ていくつもりなのか。

 しかし、確かにあいつの言う通りなのかもしれないと、今の言葉で納得させられる。

 きっと、自分を心配してくれるその言葉は、彼女の……


「そ・れ・と。あまり他の女の子に優しくしないでくれ。妬いちゃうから……それじゃ」

 彼女の……言葉なのだろうか。

 いや、これは単に奴がからかってきているだけだ。きっとそう。

 そう自分に思いこませ、少し鼓動の早くなった心臓を落ち着けようと努めた。


「……もしそうだとしても、人助けくらいは許してよ……ていうか、閉めていってよ」


 窓を閉めるためにセインは立ち上がる。

 閉めた後、窓ガラスに映る自分の姿を見て暫く立ち止まった後……


「お風呂、行こうかな」



 翌朝。

 ノックの音で、セインは目覚めた。


 カーテンから日の光がこぼれてはいるが、さして明るくはないので、まだ早朝といった所か。

 どうやら自分の部屋に訪ねてきているようだが……寝起きの少し重たい頭では、そんな相手が思い浮かばない。


 戸を開けると、一人の男が驚いた様子で顔を青くして立っていた。

「……こんな朝早くに来て悪いとは思うが、まずは剣を納めてくれないか」


「あっ、ごめん。これはそんなつもりじゃなくて」

 一人旅の癖が出てしまった。

 早々に剣を納めて、セインはパンッパンッと、顔を叩いて眠気を飛ばす。


「えっと……あれ? 君は昨日の?」

 自分の部屋に訪ねてきたその男、制服姿でないので最初は気付かなかった。

 が、よく見れば。昨日、城の前で言い争いをした警備兵だ。

「覚えていたか。そうだ、俺はビッケイ。よろしく頼む」

「ビッケイさん……が、わざわざどうしたの。僕に何か用?」

「ここでは話し辛いんだ。まずは付いてきてくれないか?」

 少し困った様子で言葉を選ぶビッケイに、セインは「いいよ」と即答する。


「まあこんな事いきなり言われて信用も出来ないだろうが……え、いいのか?」

「着替えるから少し待って。流石に、パジャマでは出歩けないでしょ」

「ああ、それくらいは待つが……えっ、いいのか?」

 拍子抜けしたか、それとも呆気に取られているのか、目を丸くするビッケイ。

「自分で言うのもなんだが、怪しくないか? 突然来て付いてこいだなんて。よく知りもしない相手に」


 それに対して、耳だけ貸しながら、パジャマを脱いでベッドに放って、着替えるセイン。

「別に。君が悪い事しようとしてる訳じゃないって、分かるし」

「それだけか?」

 その問いかけに、上着から顔を出したセインは少しだけ考える様子をみせて、答える。


「僕も君も、昨日からの長い付き合いだから」

 それだけで充分だ、と言わんばかりに彼は爽やかに笑った。



 宿の外に出ると、一台の馬車が止まっている。

「馬車?」

 内密な用事のようだが、これでは目立ってしまわないか? と気になるセイン。

「ああ、行き先が少し遠くてな。お前がこんな王都の端に宿泊しているんでなければ、使わなくて済んだんだが」

「……だって中心街、高いし」

 理由があまりに世知辛い。


 しかし、ずっと浮世離れしている雰囲気を感じていた。

 だが、こうして地に足のついた言葉を聞けて『彼も自分達と同じ所に居る』と、そう安心できた。


「見たところ冒険者のようだが、一人なのか?」

 走り出した馬車の中でビッケイは尋ねる。

「うん。今はね」

「なるほど、そりゃあ寝起きで剣を抜いちまうわけだ」

「それはごめん」

 外では野生の獣、そして魔獣の脅威に常に曝されることになる。

 となれば、本当の意味で休息を取ることも出来ない。

 眠るというのは、一番隙の出来る行為だから、神経を張り詰めなければいけない。

 少しでも物音がすれば目覚めてしまうだろう。起きてすぐに戦えなければ、死んでしまう。

 目の下に浮かぶ隈は、そんな過酷な環境を生き抜いてきたことの証左なのだろう。


「悪かったな、起こしちまって」

「いいよ、もう慣れたから」

 本人は気にしていないようでも、ビッケイにとってセインは、自分よりも一回り幼い、少年だ。

 そんな彼が何故そんな過酷な旅をしているのか、気になった。


「今は、って言ったな。仲間はいたのか?」

「うん。でも"色々"あって、今は離れ離れになっちゃって……」

「それはもしかして、半年前の……『暁の嵐』か?」

 その言葉に彼は僅かに反応を示した。

 なるほど、とビッケイは一人納得する。

 彼が危険を承知で、『今の世界』を一人で歩む理由が。

「そうか……よっぽど、大切な仲間なんだな」

 彼は静かに頷いた。


「だが、それならどうして誘いに乗ってくれたんだ? 時間も惜しいだろうに」

「こんな今だから……"友達"の助けになりたかったから。かな……なんて、かっこつけちゃったけど、僕も力を借りたいなーって、それだけだよ」

 窓に顔を近づけた彼の視線は、馬車の進む先を見据えている。


 気づいているのだろうか。と、ビッケイは思った。

 セインを呼んだ人物が、何者なのかを。


「あの方を相手にそんな事を言えるなんてな」

 おそれ多い話だが、彼には"あの方"も快く応じそうである。という根拠のない確信があった。


 何故か?

 彼の綻んだ顔を見れば分かる。

 利害など関係なく、セインはただ、友人との再会を心待ちにしているのだと。



 "目的地"に着くと、手厚い歓迎が待ち構えていた。

 道の両脇に兵士が整列し、敬意を払うように構えている。

 寸分の狂いなく立ち並び、構えるその様は壮観で、見るものを圧倒させる。


 統率の取れた兵士達の先に、一人の人物が待ち構えていた。


 その男の手前で馬車は止まり、中の二人が下りる。


 待っていた男の前に立つと、ビッケイはすぐ様片膝を地に付けうやうやしく頭を下げる。


「ただいま戻りました。セインなる人物、確かにお連れいたしました」

「ああ、ご苦労様。ビッケイ、頼みを聞いてくれて、ありがとう」

「そんな、勿体なきお言葉! 私は命を果たしたまで」

名前を覚えられていたことに驚く。


「まさか、あなた様がお出迎えにいらっしゃるとは思わず」

「私が命じたのだから、迎えるのは当然だ。それに大切な友人が来るとなれば、尚のこと」

 そう言って、ビッケイの横に立つ"友人"に視線を向ける。


「久しぶりだね、セイン。無事でよかった……本当に」

「うん、久しぶり。そっちも元気そうだね……えっと……」

 何と呼んだらいいか、セインが良い淀んでいると。彼は苦笑して、こう告げる。

「ジーク……ジーク・スティル・クライス、それがボクの名前だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ