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第四十六話

 その異変は、すぐに伝わった。


「……はぁっ! ようやく、出られた!」

 地中から顔を出し抜け出したのは、水色の髪をした少女……セナだ。

 その体は薄く、半透明。


「霊体化しているのだから浮けると言っておるのに」

 顔を出した先に立っていたのはルーア。

「そう言われたって、浮くって感覚がイマイチ分かんなくて……」

「まったく、これだから空人というのは……住む場所を与えられてしまったばかりに、自分の本質を忘れていて困る」

「ルーアだって実体化しっぱなしで霊体化忘れてたじゃん」

 しん、と静まり返る。

「ま、そういうこともある」

 適当に誤魔化しながら、ちゃっかりと体を再構成させていく。


 二人は魂だけでも存在が出来る。それが霊体化だ。

 危うく仮面の者によって地中に埋められる所だったが、霊体化をした事により難を逃れた……までは良かったものの、そこから脱出するのに時間がかかった。

 足場のない所を進むという感覚が、セナには慣れていなかった事が原因の一つ。

 だが……


「それに勇士の剣ぽろぽろ落としちゃうし」

「……仕方あるまい。霊体で実体に干渉するのはかなりの技量を要する……いや、待て」


 城の方角から感じた異様な気配。

 そびえ立つ巨大な建造物に目を向けると、そこには……


「なんだよ、あれ……影?」

 つられて城に目を向けたセナが唖然としている。


 城を包まんと、影が渦巻いていた。それは、ある一点に集まっていくように……

「馬鹿な……あれは……」


 ルーアは、”それ”を見て顔から血の気を引かせていく。

「ルーア、アレは何? 体が、ぞわぞわする……なんか、怖い」

「急ぐぞ、セナ……セインの元へ」

「え?」

「セイン一人では無理だ。あれは……我らが倒すべき、敵だ」



 剣を交えていたジークとアギル。

 その戦いの最中、突如城が震え出す。

 激しい揺れによって、立っていることもままならない。


「いったい、何が起きている?」

 窓からの明かりが遮られ、外に目を向けるアギル。

「なんだ、これは……」


 そこには何本もの太く、黒い『蔦』が伸びていた。


 それは、やがて互いに巻き付いて……一つの大きな束となっていく。

 そして……


 天井に突然ヒビが入り、直後黒く太い蔦の束がアギルを頭上から襲う。


 それがおもむろに上空へ姿を消していく。アギルの姿は、もう見えない。


 ジークが見上げると、束となった黒い蔦が、まるで口から舌を伸ばす蛇のような姿となってそこにあった。

 再び城が揺れる……

 すると別の方向からこの城を囲うように、三方から。

 吹き抜けとなった城の上部から、こちらを見下ろしているのだ。


──何故だろう。

 ジークは、それに不思議と恐怖を感じなかった……

 だが、このおぞましい大蛇のような存在は、城を容易く破壊出来るだけの力があるのは事実だ。


 ここには、自分が連れてきた反乱を納めるための同志がまだ残っている。

──彼らを死なせるわけにはいかない!


 ジークは、どこか後ろ髪を引かれる感覚がありながらも、同志の元へ駆けだした。


──セイン、そっちは任せるぞ……!



「気が付いた? ……ステンシア」

「セイン、ここは……? いえ、それより貴方どうしたの? とても辛そう……怪我してるじゃない! 手当は? ……あっ……アルミリア! アルミリアは生きてるの? 私、なんて言ったら……」

 ステンシアは大分混乱しているらしい。

 ……体の自由が利かなくなり、彼女の意思ではないとはいえ、自分で妹を刺してしまった事。それに、気が付いて最初に見た人間が大怪我してるとなれば、頭が追いつかなくなるのも無理はない。


「落ち着いて。お願い……僕も、あんまり人に気を使える感じじゃないから」

 それが、今のセインがかけられる精一杯の言葉だった。


 ……彼はとても追い詰められているように見えた。自分よりも、ずっと。

 体はぼろぼろで、埃にまみれて……でもそれだけじゃない。

 表面よりも、内側が。見えない、もっと奥のところで苦しんでいるようだった。


 ステンシアが落ち着いてきたのを見届けた。

 その後、彼は脇腹を押さえながらも立ち上がる。

「どこへ行くの?」


 言葉は無かった。ただ、彼は上を向くだけ。


 そういえば、今は周りが明るい。でも、昼間のようではない……

 彼につられて、ステンシアが顔をあげる。

 吹き抜けとなった天井。

 そこから、こちらを覗きこむ三つの首。


 それはセインを見つめるように睨んで、呼びかけるように、雄叫びをあげる。

 その雄叫びは、なんだか悲鳴のようにも聞こえた。


 彼の表情からは、煮え切らないものを感じる。

 だが、それでも……セインはあの化け物の元へ向かおうと瓦礫を登り出す。


「待って、まさかあれと戦うつもりなの?」

 セインは、一度だけ足を止め彼女に顔を向けると、おもむろに頷いた。

 そしてすぐに向き直り、また歩み出す。


「ここに居て。多分あれは……君の事、狙わないから」

 止めたかった。それは、多分自分の為だった。


 でもそれは出来なかった。だって、なんだか入り込めるようには思えなかったから。

 何故かあの間には、深い繋がりを感じてしまって……



 一人で立ち向かうには、あまりにも大きすぎた。

 自分を囲うように聳え立つ三本の首は、どこへ退避しようと必ずそこで待ち構えていて、決して逃そうとはしない。

 その上、如何に剣を振るおうと、大岩を切りつけるようなもので……まるで意味をなしていない。


 ただでさえ、度重なる戦いで満身創痍のセインには、厳しい戦いだ。


 打ちのめされる。どれだけ抗おうとも、容易く。


 それでも彼は立ち上がる。


──僕しかいない……僕が、やらなきゃ……!


 自分を奮い立たせる為か、戒めか。心の中で繰り返し、震える膝に渇を入れる。

 ……だが、そんな彼の想いを、無情にもこの大蛇は容易く薙ぎ払うのだ。


 圧倒的。歴然とした力の差に、為す術もなく……

 大蛇の一匹が、その大口を開けてセインに迫る……!


 ……その時。


 大蛇の頭が弾き飛ばされた。

 もの凄いで投げられてきた何かがぶつかったからだ。


 それは空中で勢いを失うと、ちょうどセインの眼前に落ちてきた。

 ……そこにあったのは、一本の剣。

 一目見れば分かる。それがいったいなんなのか。

 ……誰が、自分を助けたのか。


 月明かりが陰る。

 もはや夜更けも迫ろうというこの時に、辺りは闇に染まるのだ。


 あれは夜空の星が迫ってきたのか?

 見上げた空には、そう思ってしまう程に大きな、大きな球体がそこにはあった。


 それは瓦礫が寄り集まって作られたものだと分かった。

 それを作り上げたのは、ルーアだ。


 空中に佇む彼女は、高く掲げていた左腕を前に振り下ろす。

 すると、浮いていた球体……彼女が作り出した岩石が、ゆっくりと降下を始める。


 速度はない。だが、圧倒的な質量。


 避けようとしたところで、人の足で動ける距離では、逃れる事はまず出来ないだろう。


 勿論、これは人に向けられているのではなく、狙いはこの大蛇だ。


 体が大きく、城に絡み付くこの三つ首は退避など出来るはずもない。

 ……問題は、セインも巻き込まれかねないことだろうか。


 大蛇の一頭に激突する大岩。

 その首を反らせ地に伏せさせると、岩はその場で砕けて大蛇の一体を埋め尽くす。


 流石に何も考えずに使ったわけではないらしい。


 膝を突いていたセインが顔を上げると、そこにはルーアが降り立っていた。少し怒った目つきで、こちらを見下ろしながら。


 そんな彼女を、背後に居た大蛇が攻撃する……が、ルーアはセインから一切目を逸らす事はなく。半身になって背後に手をかざして、岩の柱で大蛇の口を串刺しにして動きを止める。

 そして、ついでの様に近くの瓦礫から、先程に比べれば小さいが岩の球を作り出し残りの一体にぶつける。


 それはまるで憂さ晴らし。

 ……思わず、目を逸らした。彼女の追及するような目に、セインは耐えきれなかった。


 そんな彼を見つめ、ルーアは大きく口を開きかけて、奥歯を噛みしめる。

「……色々と、言いたいことも聞きたいこともある。だが……」


 彼が手に取らない勇士の剣を拾い上げ、セインの眼前に突き出す。

「今は戦え。『勇士』であるお前が、今やるべき事だ」

 そして有無を言わさず、彼の胸に剣を押し付ける。

「取れ! セイン!」

 手に力が籠る。彼への思いが、自然と出てしまう。

 彼はきっと、分かっている。知っている。でも、彼女の目から逃げようとする。ルーアはそれが許せないんだろう。


「待てって! もう!」

 そんな二人の間に割って入ったのはセナだ。


「セイン、怪我してる! 治すのが先!」

 彼を守ろうと睨みを利かせる彼女の目。触れようとすれば噛みつかれてしまいそうだ。

 それにルーアはたじろいで、否が応でも怒りを削がれてしまう。


「ごめん、遅くなって……こんなにあちこち怪我して、骨も折れてるじゃんか。辛かったろ? 今、治すから」

 セナはただ、本気で心配している様子で、傷を治し始める。

 今のセインには、それがなんだか嬉しくて……少し、辛かった。


「さ、もう大丈夫。ほんとは、休んでて欲しいけど……」

「……分かってる」

 セインはスッと立ち上がり、ルーアの方を向いた。

「僕が、やらなきゃ。でしょ?」

「……ああ」

 そんな事は、分かっている。分かりきっていたんだ。

 彼女の抱える勇士の剣を手にして、瓦礫を払いながら起き上がる大蛇を見据える。


「三体……か、どうする? こんな大きい奴……そうだ、アレーナは? どこに居るんだよ。一緒に居た筈だろ?」

「それは……」


 セナの問いに答えられないでいると、大蛇が襲い掛かってきて、三人は散開させられる。


 セナは結界で弾き、ルーアが瓦礫や、岩の柱で各自対処している。

 セインは、光の剣となったエスプレンダーを片手に、勇士の剣を鞘から取り出した。


 その瞬間、剣に力を吸い取られるような感覚……今の体力ではいつも以上に長持ちはしそうにない。

 それでも、体はかなり軽い。ジャックの部下に傷の手当を受けた時とは段違いだ。


 迫りくる大蛇の巨頭を、両手に持った剣で受け止める。

 踏ん張れる……体の痛みが無くなって、力が入る……!


 脚から背へ、そして腕へと力が伝わっていく。押し返せはせずとも、今なら……!


 刃を食い込ませる。

 もっとだ……もっと深くッ!


 より力を籠めて……刺さっていく刃と刃……


 すると、二振りの剣が一層、強い輝きを放った。


 大蛇は、苦しみもがく。悲痛な雄叫びを上げる。

 それはセインの前に居た一体だけではない、セナとルーアが対処していた他の二体もだ。


「なんだ?!」

「セイン、何したんだ?」


 セナに聞かれても、正直セイン自身も理由は分からない。


 が、一つだけ。この三体の大蛇を倒す方法が浮かんだ。


 自分の両の手に握られた剣に、それぞれ目を向ける。


 ……一つ、足りない。何か、自分の力に耐えられる武器が必要だ。とセインが思った時だった。


 最も苦しんでいるセインが相手していた大蛇の頭が解け、中から何かが落ちてきた。


「……ッ! あれはッ!」


 セインは駆けだした。それを手に取るために。


 手にしたのは、アレーナの使う槍だ。


──これがあれば。


 一度勇士の剣を鞘に納める。

 左手にエスプレンダー。そして右手にアレーナの槍を手にし、セインは駆けだした。


「おい、何をするつもりだ!」

 ルーアが声を上げていたが、言葉を発する時間も惜しかった。とにかく、早く……! 彼の気は急いていた。


「セイン、多分何か思いついたんだ。手伝ってやろう?」

 とセナが言うと、ルーアは軽く舌打ち。

「それが何かを教えろと言うのだ。まあいい。セナ、我らでセインへの攻撃を防ぐぞ。それで多分、なんとかなる」

 彼女が頷いて、二人は、セインの動きに意識を集中させる。


 セインは駆けた。速く……とにかく速く……と。そして飛ぶ、高く、届くようにと。


 空中で人は無防備だ。多少、弱りはしているようだが、それでも大蛇は隙を逃すようなことはしない。

 すかさずセインを攻撃する……が、


「まったく、手間を掛けさせる!」

 その攻撃の全てはルーアの飛ばす礫によって弾かれる。


 手助けのお陰もあって、セインは大蛇の頭に乗る事が出来た。

 そして、左手のエスプレンダーを高く掲げて……思い切り、突き刺した。


 苦しみ、大きく揺れた頭の上でバランスを崩し、セインは振り落とされてしまう。だが、間一髪、セナが宙に敷いた魔法陣で受け止めた。

 その上で、セインはひらめく。

「……セナ!」

「えっ、どうした?! 大丈夫か?」

「あれの所まで、これと同じの作れる?!」

 まだ無傷の大蛇をセインは指で示す。

「たっ、多分! いや、ちょっと分かんないけど!」

「いいからやって!」


 勢いで頷いてしまうセナ。

 どうにでもなれと出来る限りに魔法陣を敷き、その上をセインは駆けていく。

 もちろん、大蛇も迎え撃とうと口を開く。


「あっ、ヤバいっ!」

 セインがこれから走るべき道が途切れた。

 セナが魔法陣を展開しきれなかったのだ。


「食らうなら、これを食らえぇッ!」

 勢いを付けて、一か八か……セインは輝く槍を思い切り投擲する。


 明らかに、人の力で届く距離ではなかった。だが、何が起こったのか、槍は錐揉みしながら空を裂いて、真っ直ぐ、大蛇の頭を貫いていく。


 片足で制動を掛け、ギリギリの所で足を止める。

 かなり無茶な動きをしたせいで、もはや体力も限界だ。


「あと少し、なのに……!」

「奴の元まで行ければ良いのか?」

 耳元から囁かれる声。それは、いつの間にか横に居たルーアによるものだった。

 首が再生しつつある大蛇を見据え、セインは頷いた。


「分かった、歯を食いしばっていろ」

「え、何を……」


 首根っこを掴まれ、そのまま大蛇の方へ思い切り投げ飛ばされる。


 やり方は滅茶苦茶だが、それでも……これなら届く。

 勇士の剣を引き抜いて、最後の大蛇へ切っ先を向ける。

 自分の出せる全てを籠めて。


 突き刺さった勇士の剣は、セインから力を吸い上げて強く、光輝く。


 それに呼応するように、他の二体の元にあるエスプレンダー、そしてアレーナの槍が輝きを放つ。

 稲妻のような閃光が、大蛇達の体を巡っていく。


 そして、大蛇は灰のように色を失い、その巨体は崩れ去っていった。


 支えを失ったセインは、力なく落ちていく。

 受け身を取る体力すらなかったが、崩れ落ちて積もった灰に包まれて、奇跡的に無傷であった。


「セイン! 大丈夫か?!」

 すぐにセナが駆けつけた。

 セインは、微かに頷いて答える。


 灰に沈んだ体を引っ張り上げられ、彼女の肩を借りて立ち上がる。


 その先には、仁王立ちで構えるルーア。


「なあ、何の用があるのかは分かんないけど、後にしないか? セイン、相当疲れてるみたいだし……それに、アレーナを探さなきゃだろ?」

「ああ、そうだな。あの化け物が何故アレーナの槍を持っていたのか。確認せねばならん」


 セナもルーアも、譲ろうとはしない。

 一触即発の空気が流れていた……


「その訳が知りたければ、教えてあげよう」

 どこからか声が聞こえた。

 しかし、辺りを見回しても、自分達以外の人の姿はなかった。


「もうすぐ月も沈む。その前に、一度見ておいたらどうだい?」


 再び、声。


 その主は、空に居た。


 それはまるで、植物の種子。外界から触れる事を許さぬとでも言うように、刺々しい。


「これがきっと、君達が見る最後の月……かもしれないよ」

「貴様、何者だ!」

 ルーアが叫ぶ。

「何者か、それは君達がよく知っている筈だよ」


 嘲笑うような声。

 セナは、そのやり取りを聞いて、妙な感覚がしていた。

 あの影の声は、知らないはずなのに……何故か、知っている。


 種子が割れ、翼の様に大きく広げる。

 注ぐ光を遮るように。


 不揃いな両羽根を持ち、まるで鎧のように五体を包む茨の蔓。

 月の明かりを背に受けたその姿は、物語られる悪魔のよう。


 しかし、月明りに馴染む金糸の髪と、白い肌は天使と見まがってしまうかもしれない。


「そんな……どうして……」

 セナは受け入れることが出来ずにいた。目の前の現実を。

 ルーアは拳を握りしめた。目の前の存在への怒りで。


「そう、よく知っているだろう。何故なら、私は君達の仲間で……君達の宿敵だから」

 本能が告げていた。あれを倒せと。

 だが、セインにそんな事は、出来なかった……


「私は君達が”邪悪なる者”と呼ぶ存在。そして……」

「……アレーナっ……」

 絞り出すようなセインの声を聴き、『邪悪なる者』である少女は、妖艶に笑みを浮かべた。

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