表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/118

第四十四話

「ジーク、だと……?! お前は、死んだ筈ではなかったのか!」

 驚くアギル。

「ジーク……? 貴方は本物、なの?」

 疑うステンシア。

「ええまあ、恐らく。自分はそうだと信じていますよ。姉上」

「分かったわ、貴方は本物よ」

 この妙な所でズレているのは間違いなく自分の弟だ。と確信し、残念に思う長女であった。


「貴方が兄上だったなんて。私、気付かずに……」

 あくまでアギルを見据えつつ、ジークは妹に声をかける。

「アルミリア……いや、アレーナ。つもる話は後にしよう。きっと、長くなるからね」

「……はい」

 そうして、ジークは改めてアギルに意識を集中させる。


「生きていたことには驚かされたが、のこのこ現れずに隠居でもしていれば良かったのではないか? 先程は不意を突かれたが、正面から戦えば、俺が勝つぞ」

 当然とばかりに、アギルは言いきってくる。

「後ろの二人はもはや戦力にはなるまい。庇いながらで戦えるのか?」

「確かに、ボク一人なら、少し厳しいかもね」

 含みを持った言い方。ただ思わせぶりなだけか、それとも……


 金属同士がぶつかり合う音が響く。

 背後に感じた気配に、アギルが反応し、振るわれた剣を受け止め、弾き返したのだ。


 黒の瞳が、アギルを睨み付ける。

 この少年には、覚えがある。

「確かお前は……セイン、と言ったか。随分と雰囲気が変わったな」

 視線から滲み出る殺気。本当に同一人物なのかと目を疑ってしまう。


 何度も斬りかかってくる。

 対処できないような剣擊ではない。

 怪我でもしているらしい、体の動きに制約があるようだ。その程度では、自分が傷の一つも負うことはないだろう。

 だが、必死に食らいつこうとするその勢いは、無視できなかった。


 しかし所詮は勢いだけ。後先考えない攻撃をしたからか、すぐに息切れしたようだ。

「これがお前の切り札か? ジーク。こんな手負いの少年一人が……」

  勝ち誇ったように振り返る。

 だが、そこでアギルは言葉を失った。

「ああ、充分だとも」

 そこに"ただ一人"立っていたジークは、不敵に笑みを浮かべた。


「貴様……! ステンシアとアルミリアはどうしたッ!」

 そう、二人の姿はそこには無かった。セインに気をとられている間に、ジークが逃がしたらしい。


「さあね。探してみるかい? まあ、こっちに気をとられている余裕があるなら、だけど」

 気がついた時には遅かった。

 振り向けば、セインが避けきれぬほど近くで剣を振るおうとしていた。


 突発的に風を巻き起こし、彼を後ろへ飛ばす。

 だがそれでも、僅かに肩口に傷を負ってしまった。


「まずは……一回」

 立ち上がる時、セインが呟いた。

「言っておくけど、僕らは死ぬ気じゃない。お前を倒すから」

 先程までとは打って変わって、彼は冷静に見えた。


 まさか、とアギルは思わされた。

「あの殺気は、芝居。俺の目を欺くための……? いや、あれはそんなモノではなかった筈だ」

「考え事? 余裕だね。セインの言うとおり、ボクらは囮や時間稼ぎでここに居るんじゃない」

 アギルの疑問など知らず、ジークが啖呵を切る。


 剣を構えられ、アギルも仕方ないとばかりに思考を打ち切る。


「俺は、魔王軍四天王だ。ただの一太刀を浴びせた程度で、頭に乗るなよ人間共……」


 疾風、その二つ名に違わず、風を身に纏うアギル。

 踏ん張らなければ、吹き飛ばされそうな圧を前にして並び立つジークと、セイン。


「いくよ、ジャック」

 ジークは僅かに目を見開いた。


 彼の存在に気が付いたのは、ギリギリの所でだった。

 元々、治療を受けさせていた為、この部屋まで来ることはないと思っていたからだ。


 当然、まともに話さえしていないというのに……


「……分かるんだね」

「当然でしょ」


 彼は皆までは言わなかった。だが、それでも伝わった。


 それから無言で、アギルを見据え直す。



 激しい攻防。セインとジークは息の合った連携で攻める。

 しかしアギル、さすがは四天王と言うところか。

 言葉通り二人を相手しても尚、互角以上に戦う。


 それでも、不思議と不安はなかった。

 セインもジークも、互いが次に何をするのか、自分が何をすればいいのかが分かるから。


──何故だ……! 何故、俺が……!


 技量も、経験も、力も、人間に劣るはずがないのに。

 相手はただの二人。

 それも、まだ成熟しきらない歳。片方は手負いだ。


──何故そんな奴らに、俺が追い詰められている!


 次第に後退させられていることに、アギルは困惑する。

 何故、自分が人間を恐れなければいけないのか──と。


 アギルから、風の魔法が放たれる。


 ……まずい。


 頭で考えるより先に体が動いていた。

 


「あいつ、まだこんなのが……!」

 風によって切りつけられ、額から流れる血を拭うセイン。

「ああ……つまりそれだけ、ボク達が追い詰めたって事だね」

「どういう事?」

「彼は魔族。人間よりも格上だってプライドがあるんだよ。だからこそ、本気の実力を出さない。それが……全力かは分からないけど、魔法を使わせたんだ。それってつまり……」

 ジークの言葉を理解し、セインは笑みを浮かべる。

「使わないとまずいって思わせたんだね」

「そう。でも、正直全力出されたらボクらも不味いかも」

「なら、勝つためには……」

 二人は、互いに目を見合わせる。


「「今、ここでケリをつけるしかない!」」


 二人は走り出す。

 対して、アギルが再び魔法を発動しようと構える。

 そこで、セインが前を走った。

 彼が自ら壁となり、風の魔法を受け止め、それを飛び越え、ジークは上からアギルに斬りかかる。


 ジークを討たんと、アギルの意識は上に向き……自ずと、隙が生じる。

 そこでセインは踏み込んだ。


 二人の斬撃が、時間差でアギルを襲う。

 まともに攻撃を受けた彼は、遂に膝を地に着けた。


 あと少し……だがセインは、そこまで来て剣を振り上げることに、躊躇いがでてきた。


 息も絶え絶えに、傷口に手を当て、止まらない出血を抑えようとするその姿。

 それを見た時、心が咎めたのだ。


 肩に手が置かれる……ジークだ。


 甘さ。この場において、それは命取りになりかねない。

 そうと分かっていても、少し安心している自分がいた。


──君はそれでいい。これは、ボクの役目だ……


 ジークが、とどめを刺そうと覚悟を決めた時。


 悲鳴が、通路から響いてきた。


 二人は、思わずそちらに気を取られた。

──向こうは、姉上とアルミリアを逃がした方向……!


 その隙をつかれ、アギルが逃走を謀る。


「セイン、行ってくれ。二人は任せる!」

「……うん。分かった!」


 セインは駆ける、アレーナの元へ。

 胸がざわつく。何か……そう、最も恐れるものが、近づいているような。そんな感覚。


 暗闇の中を突き進む。


 その先で、人の姿らしきものを見つけ、痛みを訴える体に無理をさせて足を速める。


 ……そこにあったのは、立ち竦むステンシアの姿だった。


「ステンシア、何してるの? アレーナは?」


 その声に反応して、ステンシアが振り向いた。

 怯えた様子で涙を流しながら……

「違う……私じゃ、ないの……私じゃ……」

 雫の滴る、ナイフを手にして。


 それが何を意味するのか、セインは理解を拒んだ。

 だが、嫌でも目に入ってくる。

 ステンシアの目の前に、倒れた人影が。


「アレーナ……? ステンシア、それ、どういう……」


 次の瞬間、ステンシアが襲いかかってくる。

「ステンシア、どうしたの?! なんでこんなこと!」

「違う、違う! 私、こんなことしたくない!」

「ならなんで!」

「分からない! 分からないの! 助け……んん……!」

 ステンシアは急に口を閉じた。まるで、縫い合わされてしまったかのように。


 様子がおかしいのは分かる。

 彼女はかなり混乱している。演技とはとても思えない。


 ……だというのに、彼女のナイフを振るう動きが、あまりに鋭い。

 的確に、こちらの急所を狙ってきている。


 実戦に慣れておらず、少し剣を振るえば立てなくなるような者の動きではない。


 何かがある。そう直感して、ステンシアを注視する。


 そして、見つけた。

 彼女の背後に繋がる、糸のようなもの。


 それがどうやって彼女を操っているのかは分からないが、絶ち切れば解放できるはず……

 そう考えて、セインは即座にステンシアの背後へ回り、剣を振るった。


 ……だが、その刃はただ虚空を裂いただけ。何の手応えもない。


──そんな! 確かに見えたはずなのに!


 何故だ?

 セインはステンシアの攻撃を避けながら考える。


 見えたはずなのに触れない、人を操るモノの正体を。


──もしかして……!


 見えたのは多分『見えないはずのモノ』だ。

 ならば、とセインは剣に『力』を籠める。


 通じるかは分からないが、可能性があるとすれば光の力のみだ。

 一か八か、セインは自らの力に賭けて剣を振るう。


 確かな手応えを感じた。

 ふらりと、倒れそうになるステンシアを抱き止める。

 どうやら意識を失ったらしい。

 触れた時、彼女はもう操られてはいないと感じた。


 怪我は無いようだと分かり、一度彼女を床に寝かせると、アレーナの元へ向かう。


 酷い出血だ。まだ息はあるようだが……とにかく、止血しなければ。

 やり方は曖昧だったが、セインは必死だった。


──こんな時、セナが居てくれれば……!


 そう思わずにはいられなかった。自分のやっている事が正しいか不安で仕方ない。

 もし、アレーナが死んでしまったら……


 ……許せない。こんな事をした奴が。


 沸々と、胸の内に湧き上がる感情。


 その時だ。

 何かが風を切り、迫ってくるのを感じたのは。

 寸での所で、セインはそれを剣で弾いた。


「誰だ!」

 思わず叫んだが、肌で分かる。

 それが誰であっても、ただ一つ、はっきりしていることがある。

 それは……ステンシアを操り、アレーナを襲わせた犯人が、ソイツであるということだ。


「どうも私の腕は鈍ったらしい。こうも繰り返し気づかれるとは」

 その無機質な声。間違いない、奴だ。

 暗闇の中から姿こそ現さないものの、そこに仮面の者が居ることは分かる。


「お前か……お前がアレーナを……!」

「さて、なんの事か……お前が拙い手当をしている女をやったのは、姉の方だが」

「黙れ!」

 挑発してくるような戯言に、セインの怒りは頂点に達した。


「なんでだよ……!」

 聞肺から僅かな空気を絞り出したかのように、掠れた声。

「なんで、アレーナが死ななきゃいけない! アレーナが何をしたんだよ! 何にも、悪い事なんてしてないだろ!」

 荒げた声で叫ぶ。

 セインが、今まで見た事もない形相で、相手を睨みつけていたからだ。


「その女の罪か。あるぞ、一つだけ」

 声音を揺るがすことなく、淡々と仮面の者は返す。


「単純で、大きな。そう……そこに存在している、生きている。産まれてきたこと。それこそが、その女の罪だ」


 頭の中がまっさらに。怒りも恐れも躊躇いも。全てが首を伝い腹の底へと消えていく。

 見る見るうちにセインの顔から表情が消え去っていく。

 俯き、目元は前髪に隠れた。


 透明な水の中に一滴、黒い雫が落ちてくる。

 それはどんな見る見るうちに浸食し、透き通っていた水を黒く、濁らせていく。




 一本のナイフが、空を裂く。

 それは、避けるまでもない程に勢いがなかった。当然、届く前に地に落ちた。

 

 落ちたナイフは、月明かりが反射し、金の装飾が施された柄が輝いた。

 そんなもので目を眩ませる事が出来るとでもいうのか。バカバカしい……と気にも止めなかった。


 ……だが、違った。


「そこッ……かァッ!」

 セインの姿が、眼前に迫っていた。

 そこで初めて気が付いた。あれは、こちらの位置を探っていたのだと。


 油断していた。こんな少年に、上手を取られることなどないと。


 避けきれず、その刃は『顔』を掠めた。


 地に落ちた白い仮面に、赤い雫が垂れ落ちる。


 仮面を失ったその人は、両手で顔を覆いながら悲痛な叫びを上げた。


「私のッ……顔……顔に、傷がァアアアアアアアアア!」


 それは明確に、女の声だった。


 セインは驚いた。何も感じず、動じない。そう思っていたのに、これほどまでに動揺をしているこの女の姿に。


 女は項垂れて、それまで顔を隠していたフードを上げ……金色の髪を、露わにした。


「……お前っ!」


 知っている。セインはその顔を。

 今、こちらを睨む、青の瞳を。


「アリシア……!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ