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第四十話

 辿り着いた謁見の間。

 そこに居たのは、玉座に座る何者か。そのたった一人だった。


 影に隠れ、顔は見れない。

 だが、それが自分達の父の姿でないことは、アレーナとステンシアは一目で分かった。


「貴様、ゴルドか」

 アレーナが問う。その横にステンシアも立つ。

「叔父様……本当に叔父様なの? どうして、こんなことを? お父様はどこ?」

 彼女は、まだ信じられないでいるようだった。


 城を襲った軍勢を指揮しているのは、ゴルド。

 そう伝えた時、ステンシアは「そんなはずない」と否定した。

 アレーナは叔父とは会ったこともなかったが、彼女にとっては、優しい叔父であったと言う。


 今でも納得はしていないのだろう。だからこそ彼女は、ここまで自ら赴いたのだ。

 自らの目で、真実を確かめるために。


「答えろ!」

 槍を突きつけ、アレーナは声をあげる。


「俺が、何者か……か」

 玉座に座る男はそう呟いた後、高らかに笑いだす。


「何がおかしい」

 訳が分からず困惑する二人を前に、その男は立ち上がる。

 その巨体は、重々しく足を運び、二人のもとまで歩きだす。


「今は、その答えを持ち合わせてはいない。だが、これから、俺は……私は……!」


 窓から射し込む月明かりが、その巨躯を照らし、顔を顕にする。


 金の髪に青の瞳。白い肌。

 確かに似ている。同じ血筋の者が持つ特徴に。

 だが……


「違う……! お前は、叔父様じゃない! 誰だ!」

 その顔を見てステンシアは叫んだ。


 男は不敵に笑みを浮かべる。

「お忘れか、王女殿。いや、いい。所詮は過去だ。俺はゴルド……これからは、本物の。そして……王となる男だよ」

「これから? 本物? 何を言っているの?」

 その男の顔を、改めて見るステンシア。

 記憶を探る。見覚えがあるかどうか……


「お前は覚えていないかもしれないな。会ったのはただの一度。それも十年も前だ。お前も幼かった」

 十年前。

 そう聞いて、一つ思い当たる事があった。

「……! あなた、ガルドス? 叔父様の、従者の」

 遠い記憶を呼び覚まし、その男が何者かに気づく。


「その通りだ! よく思い出した。確かに俺はガルドス……だった男だ」

 ガルドス。そう呼ばれた男は、褒めるように手を叩く。


──従者……そうか。私にアリシアが付けられていたように、叔父にも……

 アレーナはそれを聞いて納得した。どうりで王家によく似た特徴を持っているわけだと。

 だが、まだ腑に落ちない。


「どうして叔父の名を名乗る? そして、従者であるお前が、主の顔に泥を塗るような事を起こしたのは何故だ!」

「……少し考えれば分かることだろう。当に俺はガルドスではなく、ゴルド・クライスその人であり、主などいないのだ」

 口の両端が釣り上げられた、不愉快な嘲笑を浮かべるガルドス。

 その振る舞いでアレーナは理解した。この男……とうに……


「主を、殺したか……!」

 沈黙、それが彼の答えだった。


 許されざる逆賊。

 理由など知らない。だが、あれに同情の余地など微塵も感じない。


 『許すな』と心が叫ぶ。その声に従い、アレーナは槍を構える。


「どうしてなの? 叔父様が何をしたというの! 父上はどこ?! 答えて!」

 ステンシアはまだ、目の前の男に話を聞こうとしている。


 これ以上話すべきではない。今にも噴出してしまいそうな感情を、抑えられなくなりそうだと、アレーナは考えていた。


「ステンシア……お前は望んで居ただろう。あの椅子を」

 語り始めたガルドスは、まず玉座を差した。


「え……?」

「恐れていた筈だ。今の自分が居る場所が失われるのを。揺るぎないモノを求めていただろう!」

 確かにそうだ。そう、思っていた。

 だからこそ、ステンシアは困惑する。何故、ただ一度会っただけの男が、それを知っているのかと。


「俺も同じだ。確かな存在になりたかった! だから分かるのだ、強い力を求める気持ちが!」

 そう語りながら、一歩一歩、こちらへ迫ってくる。


「邪魔な王はもう居ない! ステンシア、俺と共に来い、力を与えてやる! 全て、お前の思う通りに……!」

「もういい、黙れ……」

 ステンシアに迫ろうとしたガルドスの腹部を、アレーナの槍が刺さる。


 持ち手を、液体が伝う。一撃で終わらせようと、更に深く押し込む……筈だった。


「アルミリア……か。あと少しだというのに、邪魔をする……!」

 槍の持ち手を掴み返し、引き抜こうとするガルドス。

 腹に力を込め、全力をもって足を地に踏みつけているアレーナが、その場に踏みとどまれない……!


 痛みは感じているらしい。

 深くはないが、間違いなく切っ先は内臓まで届いている。

 ギリギリ……と音が聞こえてくるほどに奥歯を噛みしめているらしい。苦悶を感じさせこそすれ、それでも尚、この男は強烈な力で押し返してくる。


 如何に屈強な体躯を持っていると言えど、内臓を貫かれたまま、一人の人間を槍ごと押し返す力など出せるものなのか。


 しかし、アレーナも抵抗を緩めない。


 ガルドスはこのまま押し返そうとしても無理だと判断したのだろう。

 信じられない事に彼は驚くべき行為をやってのける。


 槍を握る手はそのまま、体を仰け反るように槍ごとアレーナを持ち上げてみせたのだ。


「嘘……」

 真後ろでその光景を目の当たりにしたステンシアは、驚きのあまり絶句した。


 予想外の反撃に虚を衝かれるアレーナは、それまでの抵抗が嘘の様に体が容易く重力に逆らってしまい、視界の景色が上下反転する。

 入れていた力が行き場を失い、一瞬全身から力が空へ抜けていった。


──ダメだ……槍を放すな! これはむしろ好機だ! 体勢を立て直せ! このまま、貫いてやる!


 だが、アレーナは即座に持ち手を握り直し、腹筋に力を籠めて重心を前へと移し、後ろへ反っていた体を折り返した。

 このまま押し倒してやる……! と、下へ……下へと体重を掛けようとする。


 しかし目論見通りにはいかなかった。

 ガルドスは恐るべき膂力で刺さった槍を引き抜いて、アレーナごと振り回したのだ。


 そして、身動きが自由に取れなくなった彼女は、そのまま投げ放たれた。

 宙を舞わされた体は、受け身も取れぬままに背を壁に強く打ち付けられる……


 何かがぼきりと折れた、耳を塞ぎたくなるような痛々しい音……

「うぇっ……がっ……ぁっ!」

 肺から押し出されたような呻き声が、直後に吐かれる。


「アルミリア!」

 ステンシアの悲痛な叫び。

 顔面から地に打ち付けられた妹の姿に、思わず目を覆いそうになる。


 力なく倒れ伏した彼女は、微動だにしない。


「ようやく、邪魔者が消えた」

 ガルドスが、片手で腹部を押さえながら、もう片方の手をステンシアに伸べて近づいてくる。


「なんでも与えてやろう。お前の望むもの、全て……邪魔な者は消してやろう……だから来い、俺の……元へ……!」


 それに対して、ステンシアは答える。


 彼の手を、振り払うことで。




 困惑するガルドスを、ステンシアは睨む。


「私を誰だと思っているの。私はステンシア・クライス……クライス王家第一王女、ステンシア・クライスよ!」

「分かっている! だから……!」


 尚も口答えする喉元に、ステンシアは剣を突きつける。


「貴方は"私"を見ていない。それで知った気になっているのなら、思い上がりも大概になさい! 私は巣で餌が運ばれるのを待つ雛鳥ではない!」

 可憐で、華奢な姿から想像もつかない気迫……ガルドスはたじろぐ。


「確かに、私は怖かった。自分の居場所をなくなるかもしれないと。だからこそ、私は"自らの力で"みんなに認められようと努力してきたの! 与えられる椅子なんて、欲しくない!」


 人に剣を突きつける。

 彼女にとってそれはあまりにも、恐ろしい事だ。手も震えそうになるのを抑えている。


 それでも、やらねばならない。


「民の安寧を脅かし、父を殺し……そして私の妹を傷つけた逆賊。我が名において、断罪します!」


 王の血を引く者としての使命と誇り、そして……


──アルミリア、まだ生きている……守らなければ。だって私は、あの子の……


 一人の、『姉』としての自覚。それが彼女を奮い立たせる。



 並び立つ柱の影に、セインは身を潜めていた。


 この戦い、あまりにも不利。

 連戦。それだけでも人の身には辛い。休息もろくにはとれなず、疲弊していくばかりだ。


 傷を負えばすぐには治らない。

 覚悟が出来ていたつもりでも、いざその時になってみれば、心の弱さを自覚させられる。

 痛みを恐れるあまり、体は縮こまり大胆には攻められない。

 攻め入られれば距離を取る。動きが大きくなって余計に体力は奪われる。


 動きは鈍るばかり。

 こうして身を隠しでもしなければ、息を整える余裕さえない。


 しかしグレイガは違う。

 太刀を浴びせられ、傷を負おうと、たちまちそれは塞がってしまう。

 それも、笑みを浮かべてだ。

 あれの動きに、躊躇も加減も一切ない。

 壁すら砕く怪力を振るいながら、今尚息切れ一つ見せはしない。


 あれはもはや人と魔族の差などではない。

 あのケダモノは、根本から何かが、自分達とはまるで違う。


 長く続けるほどに、こちらが追い詰められていく。


「おい……俺はお前と遊びたいが、別にかくれんぼしたい訳じゃないんだぜ?」


 真横。

 見たくもない顔が、そこにあった。


 慌てて身を翻し、迫る拳を回避する。


 力いっぱいに振るわれた拳は、柱にめり込み、抜けなくなったようだ。

 その間に……セインは、距離を取った。


──違う……ッ! 今のはチャンスだった。斬れた筈だ! なのに……どうして!


 頭の表面ではそう考えても、深層の心理で抱く恐れに、体を動かされてしまう。


「……ああぁっ! さっきから逃げ回りやがって! 最初の威勢はどうしたァ! 全ッ然……面白くねえ」


 お前が楽しむ為に戦ってるんじゃない。と文句の一つも言いたいが、それどころではない。


──どうしろっていうんだ、あんな奴……僕、一人で。


 如何に自分がセナの治癒、そしてルーアの力に依存していたかを思い知る。

 二人が居れば……とつい考えてしまう。


 そんな思考が過った刹那、その隙にグレイガは腕を引き抜いていた。

 そして、瞬く間に眼前へと迫ってきていた。


 咄嗟に回避を出来る余裕もなく、セインは剣でそれを受け止める。


 特殊な能力によってだろうか、その拳の硬さはまるで鋼。

 鉛を叩きつけられたかのような重い一撃。受け止めた瞬間、全身に稲妻が走るように振動を伝えた。


 歯を食いしばり、感覚が麻痺する中で踏ん張り、必死に剣を握る。


「本気を出せよ。温いんだよ、今のお前は」

 顔を迫らせて睨みつけてくるグレイガ。


 押し返……せない。完全に力負けしている。

 ならばとセインは地面を蹴った。後ろへ退くために。


 するとグレイガの拳は力の行き場を失い、体ごと前のめりに倒れていく。

「……また逃げんのかよォ! いい加減にしろ!」

 顔面を思いきり打ち付けても、何事もなかったように即座に起き上がる。


 セインの方は、全身が悲鳴を上げているかのように呼吸が早まっている。

 握る手に力が上手く入れられない。思わず右手を顔の前に持ってくれば、小刻みに震えている。

 しかも、どうも小指が思うように動かない……骨が折れてしまっているらしい。


 指の一本。ただそれが機能しなくなるだけで剣を握る事もままならない。

 だというのに……


「足りねえんだよォ! もっと、俺にッ! 痛みを……生きてると味わわせろよ!」


 なぜああも、あの者は痛みを求めるのか……


 抑え込んでいた恐怖が、蝕んでくる。

 セインの中で燃えていた戦意は火種を失い、燃え尽きつつあった……


 その時だ。

「それともあの女がいないとダメか? だったら今から首をもいで持ってきてやろうかァ?!」

 聞こえてきた一声。

 ふっ……と一息に、セインの頭の中から何もかもが吹き飛んで、まっさらになる。


 雑念が消え、ただ目の前にある<それ>だけに、ある一点の感情が向く。


 そう、もはや足止めなどと言うつもりはない。


──殺す。こいつは、ここで……!

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