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第三十六話

「「ルーア?!」」

 セインとセナは声を揃えた。


 彼女とは一昨日別れたばかり。

 人同士の戦いには関わらないと言っていたばかりなので、こんな所で遭遇するとは思わなかったからだ。


 何故? と問いたい所だったが、今まだ目覚めていないアレーナが気になって、それどころではない。


 どうやら、それにルーアも気づいたようで。

「ふむ、まずはアレーナだな。セナが診るまでは動かさんようにと思って、寝かせておいたのだ」

「あ、うん。分かった」

 戸惑いながらも、セナはアレーナの体に触れ怪我が無いかを診る。


「いてっ……」

 彼女の体に触れた途端に手を離したセナ。

「セナ、どうしたの?」

「いや、なんかピリッときて」

 セインに声をかけられるが、彼女自身よく分かっていないようだ。

 再び触れると何事もなく、彼女の体には傷一つ無いと分かった。


 これで一安心と、ルーアがアレーナを起こすと、彼女も驚いた。


「色々聞きたいことはあるが、ルーア。ひとまず力を貸してくれないか。あそこに、アリシアが埋まってしまっているかもしれない」

 と、天井が崩れて出来てしまった、土砂の壁を指差すアレーナ。

「この件に関わりたくないのは分かっている。だが、これは単なる人命救助だ。どうか……」

「いいぞ」

「頼む……え、いいのか?」

「うむ。まあ行き掛けの駄賃という奴だ。そのくらいは手を貸そう」

 想像よりも随分あっさりと承諾されて調子が狂う。

 だが、当のルーアはなんら気にしていない様子だ。


 彼女は背負っていた勇士の剣を置いて、壁の中へと潜っていく。


 それから暫くして、ルーアは壁からひょこりと顔を出す。

「誰もおらんかったぞ」

 適当を言っている訳ではないらしい、とは流石に分かる。


 自分達は思ったより後方に飛ばされていたようだ。

 おそらく彼女らは崩落に巻き込まれない範囲に居たのだろう。


「まさかあの仮面の奴が潜んでいたとはな。あの娘は奴に連れていかれたか」

「そのようだ。奴の話が嘘でないのであれば、ひとまず殺されはしないだろうが」

 アレの言葉がどこまで信用できるものか、とアレーナは考えるが、今はどうしようもない。

 嘘でない事を祈るしかないと、ひとまず切り替える。


「奴が西門を開けさせれば、ゴルドの増援が侵入してしまい王都側が危ない。今、私達は城へ繋がる通路に居る……となれば、我々でゴルドを討ち取る。それが、この状況を打破する方法だと思う」

「増援が来ない内に、全部終わらせちゃおうって事だね。そうすれば、アリシアも助けられる。のかな?」

 セインはそこについて疑問があるようだが、それはアレーナ自身、感じていた。

「用済みとして殺されなければいいが。彼女だって、奴らに素直に従うことは無いはずだ。この複雑な通路だ。時間稼ぎも出来るだろうし、外の状況を知るのも難しい」

 希望的な観測とは理解している。だが、今優先すべきは何か。それを見誤る訳にもいかない。


「必ず、助けてみせる。私達なら、きっと出来るはずだ」

 と、セイン、セナと目を合わせる。


 それを横から見るルーアは、自分の信条の事もあるとはいえ、この輪に混ざれないのが少し寂しかった。



「ところで、ルーアは何故ここに?」

 城へ進む道すがら、アレーナが問う。


 当人は待ってました、と内心思っている所だが、それが出ないようにと抑える。

「偶々ここに用事があってだな。この通路、ワシが作ったものだし」

 ルーアの期待通りの反応で驚く三人。


「ルーアがここを?」

 セインが尋ねる。

「そうそう」

 凄いだろ、と発達途上の胸を張る。


「もっと分かりやすい道にしてくれれば良かったのに。なんであんなに複雑にしたの? 不便でしょ」

 忌憚の無い辛辣な意見を打ち付けられ、軽く落ち込むルーア。


「不便とか、そもそもここは通路ではなく元より迷宮なのだから、これでいいのであって」

 少しいじけているようである。

「では、何故王都の地下に迷宮を?」

 今度はアレーナが聞く。


 ルーアは答えるか少し悩んだようだが、「まあこれくらい話しても良いか」と、決めたらしい。


「王都の下に迷宮があるのではない。迷宮の上に王都が出来たのじゃ……実を言えば、ここには邪悪なる者を封じ込めた柩がある」


 予想もしなかった言葉にセイン達は驚く。


「かつてワシらが奴と戦った時、封じ込める事でしか終わらせる事が出来なかった。いずれ封印が解けるのは分かりきった事。そこでワシらは、アレを『意思』と『力』に分けて封印することにした」

「封印が解けても、分けておく事ですぐには十全な力を発揮できない。ということか」


 アレーナの言葉に、静かに頷く。


「その通り。そしてワシらは『力』を決戦の地に、『意思』はある人間が管理する。そう言うことになった」


 そこで、三人の真ん中に座るアレーナを見つめる。


「その人は私の、王族の祖先という事か?」

「恐らく、だがな。勇士の仲間であった其奴に頼まれ、この地下迷宮を作った。墓守をするために村を興した所までは知っておる。それが国になるとは思わなかったが」

「その話って要するにあたしら邪悪なる者の片割れの傍に居るってこと?!」


 とても驚いているセナに「ま、その通りだ」と涼しげに答えるルーア。


「今、赤い目の魔獣を産み出しているのは力の方。恐らくは半身を求めているのだろう。気休めだが、少し封印の強度を上げようかとここまで来た。時間稼ぎぐらいにはなるだろうからな。と、そういうことだ」

「じゃあ、ここで僕らと鉢合ったのは、ほんとに偶然なんだ?」

 セインを始め、ほんのり残念そうな三人。


「いや、まあ……そこはなんというか……」

 流石に良心が咎め始めた。


 上半身ごと顔を逸らすルーア。

 照れた様子で目も合わせない彼女は、何か悩んだ様子で頬を掻いている。


「ついでに、お主らの手助けくらい、してやるかな……と」


 耳を凝らしてないと聞こえないようなか細い声で、躊躇いがちに語られた言葉。しかしそれはしっかりと、みんなに届いていた。

 茶化される訳でもなく、ただただ優しく微笑まれて余計に恥ずかしいらしい。

 一瞬だけセイン達に視線を戻したかと思えば、それを見てすぐにまた目を逸らした。


「ありがとう。ルーア」


 一言、アレーナが伝えると、ルーアは全身茹でられたように赤くしながら少しだけ振り向いた。


「どう……いたしまして」



「とは言ったモノの、やはりワシは人同士の戦いに手を貸したくはない。だからワシが手助けできるのはここまでだ」

 城へ繋がる上り道の前。ルーアはそう告げた。


「ここまで案内して貰っただけでも充分だ」

 とアレーナが言う。


「じゃあ、剣はまだ預けておくね」

 ルーアの背負った剣に視線を向けた後、セインは言った。

 その言葉の意味を、彼女はしっかり受け取り、頷いて返す。


 それからルーアと別れ、城へ向かおうとしたところ……


「あー、その、だなあ……」

 とても気まずそうに、ルーアが呼び止める。


「どうしたんだよ、寂しいのか?」

「いや、そうでは、無い事もないが。そうではない」

「どっちだよ」

 飽きれているセナを、ジーっと見つめる。


「実はな。封印を強化しようとは思ったものの、ワシそっち得意じゃないのね? だから、な? そのー」

「あたしに手を貸せって?」

 うんうん、と彼女は頷いた。


 困った顔で、セインとアレーナの方へ振り向くセナ。


 ルーアの手伝いをする事はやぶさかではない。

 だが、問題は彼女に付いていくことで、城へ向かった二人が万一にでも怪我をすれば、治せる者が居なくなってしまう事だ。


 この場の誰もが、それは分かっていることだ。


「セナ」

 暫しの沈黙。それを破ったのは、セインの声。

「行ってきなよ。今ルーアにはセナが必要なんだから」

 そう話しても、踏み切れてはいなさそうだ。

「戦えば怪我はすると思うよ。でも、セナが居ない間は気をつけるからさ」

「……ホントに?」

 セナはその言葉を信じていいのかと半目で睨む。

 セインは自分の今までの行いを思い返し、苦笑い。

「大丈夫。うん、無茶しないって約束する。ね、アレーナ」

「え、私?!」

 いきなり話を振られ目を丸くする。が、セナに睨まれ思わず背筋が伸びる。

 自分にはやましい所がないとは、彼女にはとても言えないと思い知らされるからだ。


「うん。私も約束する、すぐにセナが必要になるような無茶はしない」

「……はぁ。まあ、信じるしかない、か」

 と、観念したように深くため息。

「後で追い付くようにする。怪我するなとは言わない。でも本当に、ヤバい無茶だけはすんなよ? いいな? い・い・な?」

「「はい!」」

 強く念を押すセナに勢いのよい返事をする二人。


 ひとまず納得した様子のセナはルーアの元へ。

「じゃ、行くか」

「すまんな。なるべく早く済ませよう」


 去っていく二人の背を眺め、アレーナとセインは目を合わせる。

「私達も行こう。君のせいで、少し大変になりそうだが」

「ごめん」

「いいさ。ま、努力はしよう。お互いにな」

「僕は大丈夫だよ。これが有るしね」

 と、腰に差した剣『エスプレンダー』を見せるセイン。


「そうか。うん、そうだな。ならば、私はこうだ」

 そう言って、アレーナは左の拳を突き出す。

 セインはすぐに意図を理解し、頷く。そして、自分の右拳をそれに当てることで返す。

「よし、行こう!」



 二人が出てきたのは、どこかの部屋の、暖炉の真横。


「アレーナ、ここは何処?」

「ここは、私の寝室……だった部屋だ」


 使わなくなって、既に一年以上は経っている。

 手入れは定期的にされていたのだろう。使用感もなく、物は整頓され、埃一つない綺麗な部屋だ。

 一見すると客人を泊める為の寝室にも見えるが、本棚を見て分かった。


 そこに並んでいたのは、アレーナが幼い頃、心の依り代にしていた物語。英雄譚の数々だ。


 懐かしい気持ちも多少は湧いたが、今はそんな場合ではないと、頭を切り替える。


「ゴルドが居るのは、城の本殿のはず。ここは王族の居住区画だから、離れているな」

「そうなの?」

「ああ、こういった反乱があった場合に備えて、ここは避難出来るようにもなっているからな。最悪の場合、ここで籠城も出来るように他の区画を遮断できるようにもなっていて……いや、もしかすると」

「どうしたの?」

 急に何か考え始めたアレーナ。少しして考えを纏めて、セインに話し始める。


「王族や大臣は捕らえられているかも、という話だった。だが、もしかすると第一王女である姉上は、こちらの方へ逃がされているかもしれない」

「じゃあ、先に助ける?」

「ああ。姉上一人で逃がされているとも考えにくい。ここは、姉上と合流し、共にいるであろう騎士と協力したほうが良いと思う」

「うん、分かった」


 それから寝室を出て、城の廊下を進み始めた二人。

 窓を見れば、既に日は落ち、月明かりだけが頼りとなっている。


「大分夜も更けているな。どうやら、私達は長い事気絶していたらしい」


 静かな夜だ。聞こえるのは、二人の歩く足音だけ。


「セイン。どう思う?」

「なんか不気味、だよね」

「ああ。これは何かおかしい」


 戦いが起こっているはずなのに。


 いや仮に、そうでないのだとしてもだ。

 城に住まい、働く人々が居るのであれば、もっと何か聞こえてくるはずだ。


 物音一つしない。

 それが、何より違和感を生む。


「アレーナ、待って」

 セインが、何かを感じとり立ち止まる。

「どうした?」

「今、誰かに見られてた……気がする」

 小さな声でアレーナに伝える。

 静かに、警戒しながら辺りを見回す。



 誰も居ない。

 この廊下には。


 だが僅かに、本当に僅かに、隙間の開いている扉があった。


 静かに近づく。

 何が出て来てもいいようにと、セインは剣の持ち手に手をかける。

 軽装ながら、鎧を着ているアレーナが先に立ち、そっと扉を開ける。


 中は、綺麗に清掃の行き届いた寝室。

 ベッドはシワ一つ無くシーツが引かれ、まだ誰も訪れていない。


 ように見えた。


 しかしセインはアレーナの肩を叩き、彼女が応じると、無言である場所を指で示す。


 それは、特に何の変哲もない大きめのクローゼット。

 だが、セインは更に下の方を示すと、アレーナも気づく。


 衣服らしき物がはみ出ている。

 清掃、整頓の行き届いたこの寝室で、それはあまりにも目立った。


 一歩一歩、音を立てぬよう気を付けながら近づいていく。


 そしてクローゼットの扉にアレーナが手をかけ、おもむろに開く。


 ……そこには、顔面から血の気が引いた女性が一人。


「わああああああああああああ!!!!!!!!!」

 アレーナと目があった途端、女性は大きな悲鳴を上げ、それに一瞬気圧されてしまう。

 クローゼットの中にあった衣服が次々投げつけられ、視界を塞がれる。


 女性はその合間から、手にしたナイフをアレーナに向けて、がむしゃらに振り回してくる。

「来ないで! 私に近づかないで!」


 近づかぬようにと振り回されるナイフ。

 それはアレーナにのみ向けられていた。


 彼女の視界に入っていなかったセインは、すかさず背後に回った。

 ナイフを持つ右腕を押さえ、そのまま組み付いて地に伏せさせる。


「う、あああああああ!」

 苦しそうに呻く女性。

 その手は握る力を失い、ナイフが地に落ちる。


「セイン、やめてやれ、苦しそうだ。もう充分だ!」

 アレーナが見た彼の目は、あまりにも冷たかった。

 それに危うさを感じた彼女は、とにかく止まるように叫ぶ。


 その声を聞いて、我に返ったように瞳に光が戻るセイン。

 まず組み伏せていた女性を離し、足元のナイフを蹴る。

 その後、震えながら、自分の手を呆然と眺めていた。


 肩を押さえ、息を荒げながら嗚咽する女性。


 セインが踏み留まってくれたことで、少し力の抜けたアレーナは、地に膝をついた。

 その時、足元に届いたナイフが目に入り、手に取った。


 アレーナは背中に手を回し、腰に着けていた自分のナイフを取り出す。


 装飾に違いはある、だが持ち手に刻まれた家紋は、間違いなく同じもの。

 王族に与えられる護り刀。それは、王家直系の血筋であることを表す。


 頭を上げ、女性の顔を覗いた。

 肩の辺りで切り揃えられた金糸の髪は、乱れてはいるが、部屋に射し込んだ僅かな月の光でさえ、美しく輝く。

 そして夜の碧を取り込んだかのような瞳。

 涙に顔を腫らしていても分かる、見目麗しい顔立ちと、華奢な体つき。

 見ただけで分かる高貴さ、そう、その人は……


「ステンシア、姉様?」

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