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第三話


「ねえセナ……やっぱり、里に帰った方がいいんじゃないかな。」

「ごめんよ……知らなかったんだよお……」

 セナはセインと目を合わせず、気まずそうに指をモジモジとさせる。

「別に、怒ってるわけじゃなくてさ。大丈夫なの? その体。」

 セインたちは、川の側で火をたいて野宿をしていた。彼はセナの持っていた荷物にもたれかかっている。


 結界の外へ出た途端、セナの体が半透明になり、荷物を持てなくなってしまったのだ。


「うう、結界の外に出たらこんなことになっちゃうなんて……」

「おじいはセナも旅に出るって知ってたんだよね? なんで教えとかなかったのかな。」

「多分、忘れてたんだと思う。あれで時々ボケてるから。」


 セナは、人差し指でセインの頬をつつく。

「……何してるの?」

「セインの事は触れるんだな。癒しの力も使えるみたい。戦えはしないけど、役にはたてると、思うんだけど……なんか、お腹もすかないし。眠くもならないから、見張りもできるよ?」

 自信なさげな弱弱しい言葉を聞いて、セインは「ふぅ」と一息つく。

「そういうことなら、いいか。無理はしないでよ?」

 それを聞いたセナは、表情をぱあっと明るくさせる。

「ああ、迷惑なんてかけたりしない! あたし、頑張るから!」


 その後、何故かセナはセインの頬をまたつつく。

「……何やってるの?」

「セインのほっぺた、柔らかくて気持ちいいなって。」

 セインは、無言でセナの頬をつつきかえす。

「きゃん!」

 そして、両手で頬をつまんで引っ張りだす。

「にゃにするんだよお。」

「お返しだ!」

「にゃにおう! それならこっひらって!」

 セナも負けじとセインの頬を引っ張りだし、その後セインが疲れてやめるまで続いた。


「なあセイン、気になってるんだけどさ……お前、アレーナさんの事好きなの?」

 荷物を枕に寝転んでいると、セナが突然そんな事を言いだす。

「え? ど、どうして?」

「なんとなくさ、そうなんじゃないかなあって」

 暫くセナから顔を背けていたセインが、再び彼女の方を見る。

「そんなに、分かりやすかった?」

「まあ、長い付き合いだしさ。まあ、アレーナさん凄い綺麗な人だったもんな……体も……」

 セナはチラッと自分の胸元に視線を落とす。


 セインは、ため息を吐いて空を見上げた。


「正直な事を言うとさ、僕にはよく分かんないんだ。ただ……ちょっと気になるのは間違いないんだけど」

「好きって事じゃないのか? それ」

「分かんない。違うような気もするし、好き……かもしれない」

「変なの」

「そうだね」

 セインは苦笑いを浮かべてそう答える。

「セナは人を好きになった事ってある?」

「えっ?! あ、あたしはその……」

 セナは焦って目を泳がせる。

「そんな事より明日早くから街に向かうんだから早く寝なよ。あたしが見張ってるから、ほら!」

 セインは少し納得がいかなかったが、夜も深くなってきていたので、仕方なく寝る事にした。


 セインが眠った頃。セナはセインの側に座る。

 寝ているセインの顔に、自分の顔を近づけてみるが、セナは恥ずかしくなって離す。

「やっぱ流石に恥ずかしいな。うん」


 セナは星を見ながら独り言を呟く。

「実らない恋だってのは、そんなの好きになった時から分かってた。でもしょうがないよな、好きになっちゃったんだから……だからせめて、少しでも長く一緒に居たいんだ」



「予定より少し遅くなったけど、なんとか街に着けたね。にしても、よくこの街のこと知ってたね」

「アレーナさんに聞いたの、森を抜けて川を沿って進めば街があるって」

「そうだったんだ。街かあ……人間の街は初めてだから、ワクワクするなあ」

「あんまりそわそわするなよ、目立っちゃうだろ。とりあえず、アレーナさんのこと探してみようよ」

 街の中で落ち着かないセインを、セナがなだめる。


 アレーナの事について聞き込むうち、冒険者の事ならばギルドに聞いた方がよいと知って、二人は冒険者ギルドへと足を運んだ。


「ようこそ、冒険者ギルドへ! ご用件はなんでしょうか」

「えっと、人を探してるんです。アレーナって名前の冒険者が、この街に来たか分かりますか?」

「ええ、その方が冒険者なのでしたら、緊急の呼び出し等があった時のため、滞在時はギルドに登録する仕組みになっています。滞在しているかどうか、ということであれば調べることが出来ますよ。アレーナさんですね、少々お待ちください」

 ギルドの受付の女性が、登録された冒険者の名前が載っているらしい本をめくり確認を始める。


「アレーナという名前の冒険者は、この街には今は居ないようですね。もう既に別の街に行っているのかもしれません」

「そっかあ、入れ違いになっちゃったのかなあ……あの、その人がどこに行ったかとか分かりませんか?」

「私共もそこまでは……お力になれず申し訳ありません」

「いえ、ありがとうございました」

 受付の女性に頭を下げ、セインはギルドをうろついているセナの元へ向かった。


「セイン、どうだった?」

「もうこの街には居ないみたい。いきなりアテがなくなっちゃった」

「そっかあ、どこ行っちゃったんだろうねえ」

 と言いながら、セナは通りがかった人の前に立って手を振る。

 だが、そんなセナの事など気づいていないかのように、通行人は彼女をすり抜け通り過ぎていく。

「やっぱダメかあ……」

「何やってるのセナ」

「誰かあたしに気付いてくれる人居ないかなって……セイン以外には誰にも触れないし、見えもしないみたいだし……ちょっと寂しい」

 しょんぼりと肩をすくめるセナに、セインは元気づけようと声をかける。

「ねえ、せっかくだから一緒に街を見て回らない? 見たことない物いっぱいあるし、きっと楽しいよ」

「……うん。」

 あまり効果はなかったか。とセインは頭を抱えつつ、二人で街の散策へ……


 向かおうとした、その時だった。


『緊急警報! 魔獣の大群が正門へ押し寄せています! 街の住民は速やかに安全な場所へ避難してください! 冒険者の皆様は正門前へ集合願います!』


 魔法によって拡大された音声が、街中に鳴り響く。


 駆けだすセインの手をセナが掴む。

「何するんだセナ!」

「待てよ、行くのを止める気じゃないんだ。ちょっとだけ……」

 セナは静かに目を閉じ、もう片方の手を自分の胸に当てる。

 すると、セナの全身が輝き、その光は握った手を通じてセインに伝わっていく。

「……何をしたの?」

「よく分かんない。体がこうなってから、色々今までとは違うことが出来るようになったの。多分、セインの事守ってくれるよ」

「ありがとう、セナ」

「行ってこいセイン!」

 セナの言葉に頷いて返し、セインは他の冒険者を追って走り出す。



 魔獣……名の通り、魔力を持った獣。

 この獣たちの持つ強力な力は、人々の生活を、命を脅かす。


 そんな魔獣たちの脅威から人々を守るのが冒険者。

 ある者は強力な武器で……またある者は鍛え上げた自らの肉体で……そして或いは魔法で、それぞれが持てる力や才能を使って魔獣たちと戦う。

 命の危険は伴うが、強敵を打ち倒すことでその分多額の報酬を得られる。一攫千金を夢見る者たち……それが冒険者。

 目的はどうあれ、力なき者たちを守っていることには変わりない。故に彼らは冒険者たちを支援し、冒険者たちも彼らを守る。そんな関係が成り立っている。



 昆虫型の魔獣たちが押し寄せて来ているが、個々の力はそれほど強い個体ばかりではない。弱い個体は一人で数体を相手にし、強い個体に冒険者の数を集中させる。


(すごいや、これが冒険者)


 感心しながらも、セインは軽快な動きで魔獣たちを翻弄し、メイスで叩きつけて倒していく。

「体が軽いし、いつもより力が出る。これ、セナのお蔭かな」

 後でもっとちゃんとお礼を言っておこう……そんな事を考えていた時だった。


 先陣を切っていた冒険者たちが、悲鳴を上げ、次々と倒れていったのだ。


「なんなんだあの魔獣! 攻撃がまるで効かねえ!」

「魔法も全然効かない……あれが噂に聞く闇の加護を受けた魔獣だっていうの?!」

「なんでそんな奴がこの街に!」


 異変を察知したセインは、群がる魔獣を薙ぎ払って先頭の方へ向かう。


 遠目に見えたその光景……倒れた冒険者と、その前に君臨する黒く禍々しいオーラを纏う、真っ赤な目をしたクワガタのような魔獣。


「なんだあれ……凄く、嫌な感じだ……」


 背筋を走る悪寒に震える。

 見るだけでアイツは危険だと本能で理解できる。


「私が奴を引き寄せる、その間に傷ついた者たちを下がらせてくれ!」

 誰かがそんな言葉を放ち、赤目の魔獣の前に立ちふさがる。

 それは、槍を構えた金髪の少女……セインは、その姿を見て目を見開く。


(アレーナ……!)



「無茶だお嬢ちゃん! そいつにはどんな攻撃も通らねえ! 逃げるんだ!」

「皆が下がる時間くらいは、稼いで見せる!」


 無茶なことは、彼女がよく分かっている。あの魔獣によって何人もの冒険者が倒れていく様を幾度となく見てきたのだから。


(それでも……私はやらなければならない!)


 アレーナは魔獣の背後へ回り込み、槍を突き刺す。

 いや、突き刺そうとしたが、何かに弾かれ攻撃が通らない。まるで、壁があるかのように、魔獣に当たる前に弾かれる。

 だが、魔獣の気はアレーナに向いた。

 アレーナは後退して距離を取り、それを魔獣が追う。


(そうだ、私の所へ来い。冒険者たちから離れるんだ)


 攻撃を仕掛けてくる魔獣に、アレーナは槍で応戦するが、彼女の槍は魔獣の大顎に掴まれる。そして、そのまま槍ごとアレーナを持ち上げ投げ飛ばす。

 倒れたアレーナに迫る魔獣。全身を打ち付けた痛みで動けぬ彼女の前に、何者かが現れる。

 そして、その者は手にしたメイスを振りかざし、魔獣を叩きつける。


「アレーナさん、大丈夫?」

「セイン? セインなのか!? なぜあなたが……」

「話は後だよ。すぐに終わらせるから待ってて」

 セインは、武器を構え直し、もう一度赤目の魔獣に攻撃を仕掛ける。


 攻撃は確かに効いていたようだが、それでも怯んだ程度で決定打にはなっていないようだった。

「やっぱりあの黒いモヤモヤが邪魔だな。こっちじゃ無理だったけど、これならどうだろう」

 メイスを投げ捨て、腰に携えた剣を引き抜く。


(何をしているんだ? 剣が……光っている?)


 セインの手にした剣だけでなく、剣を握る手も光を放っている。

 その剣で魔獣を斬りつけると、一瞬魔獣の周りにあった何かが消えていくのが見えた。

 セインはそのままもう一度斬りつけるが、魔獣の甲殻に弾かれ刃が通らない。

「あれ……なにこれ、使いづら……」


 とはいうものの、先ほどまではそもそも魔獣に触れる事さえ出来ていなかった。それが今は攻撃を当てる事は出来ている。


 剣の攻撃が通らないと分かったからか、セインは剣を鞘に納め、先ほど投げ捨てたメイスを拾って魔獣を叩きつける。

 今度は手ごたえがあったようで、魔獣の方も弱っている。

 そして、セインはメイスを振り上げ、トドメの一撃を叩き込む。



 戦いの後、セインとアレーナは二人で共に街へ帰っていた。

「あなたには、また命を救われてしまったな。」

「気にしないで。それより怪我はない? 街に戻ればセナも居るよ。」

「セナ殿も来ているのか。お蔭様で、大した怪我はない。それにしても、何故あなたたちはここへ?」

「ああそうだ、アレーナさんに伝えなきゃいけないことがあるんだ。そのために、追いかけてきたんだ」

「私に?」


 セインは、アレーナが里を出た後に、魔族が現れた事。そしてその魔族が恐らくアレーナの命を狙っているということを伝える。


「そうかそれを伝えるために、わざわざありがとう、気を付けておく。それで、その……あなたたちは、これからどうする? 里に戻るのか?」

「全然考えてなかった。とにかくアレーナさんに伝えなきゃって、それだけで……ああ、でも……」

 セインは立ち止まり、じっと街を見つめる。

「人間の世界を、見てみたいかな。」

「そうか……そうだな、いいことだと思う」

 それから、二人はしばらく無言になり、それからアレーナがセインに声をかける。


「セイン殿、私と共に旅をしてもらえないだろうか。必要なんだ、あなたの力が。」


 それはアレーナからの旅の誘い。


 セインは迷うことなく頷いた。


「行くよ。僕が力になれるなら」

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