第三十五話
日没前。
アリシアが先導に立ち、セイン達三人、そして四名の兵士を連れて、ある場所へと向かっていた。
「アルミリア様、こちらです」
アリシアが示したのは、建造物らしきもの。
かなり古びていて、植物の蔦が壁面に這い、苔むしている。
「これ何? 建物?」
セインが首を傾げる。
「この国にいくつかある、現存する遺跡の一つだ。これがどういったモノなのか、詳しくは分かっていない。だが、一つだけ確かなのは……」
アレーナは遺跡のある一点に指差して、見るように促す。
「あれ、もしかして」
見てすぐに気がついた。
セインはそこに描かれている紋様と、自分の右手の甲に刻まれた紋様を見比べる。
翼を象ったように見えるその紋様、掠れてはいるが、間違いなく一致している。
「勇士の関係である遺跡、らしい」
と、アレーナは説明する。
「えっと、あんたがここに連れてきた、って事はここにあるのか? その、城までの抜け道ってやつ」
「ええそうです。この遺跡は城の地下道まで繋がっています」
セナが気になって尋ねると、アリシアは即答した。
「不思議だね、勇士の遺跡と、お城が繋がってるなんて。アレーナ、知ってた?」
「いや私は、そもそも地下道なんて……」
「あっ。うん、そうだね」
言いきられる前に、セインは気がついた。
地下道とアレーナ。全く結びつかない場所だろうということは。
「その辺りでよろしいですか? 我々に時間の余裕はありませんので」
「ああ、すまない。行こう、みんな」
アリシアに催促され、アレーナは会話を打ちきり遺跡の中へ、皆と進み始めた。
*
時は少し前。
「現在、ゴルドが城を制圧。城に残っていた王族、大臣は捕虜として捕らえられているとの事だ」
偵察からの報告を元に、ジークが王都の現状を伝える。
「城の外から指揮を執っていた大臣が奪還に向けての交戦中。だが、王都の外壁、その四方に設けられた門の防衛に人員が割かれ、城の奪還には人手が足りない。加えて、敵の増援を防ぐために門も閉じられてしまっている」
王都の地図を広げる。
集まっていたのはアレーナ、セイン、セナ。そしてアリシアと、兵士の隊長と思われる人物が数名。
「それでは、こちらからの兵を送り込むことも出来ませんね」
と、アレーナが事実を確認すると、「その通り」とジークは頷く。
「そこで、だ。お前達はこちらと違い、比較的自由に動ける。潜入して門を開ける役目を任せる」
「潜入って、どうやって? 門は閉じられてるんでしょ?」
疑問に思ってセインが問うと、それは想定済みと言わんばかりに、彼はもう一巻の地図を持ち出し、王都の地図の上に広げる。
「これ、なに? ぐちゃぐちゃしてるけど」
「セイン、これは王都の地下に引かれている水路の図だ」
「水路?」
イマイチピンと来ていないセイン。
アレーナは、その複雑に入り組んだ水路の図を睨みながら、考えている。
「入り組んではいますが、これは……城の地下に集中していますね」
「そうだ。そしてこの水路は王都の外まで通じている」
「まさかこれは、王室用の地下通路ですか?」
気が付いたアレーナに対して、ジークは静かに頷く。
「正確には古くに使われていた通路、だ。百年ほど前に脱出路は新造され、今我々に伝わっている方は当然ゴルドも知っているだろう。だからそこを使うのは無意味だ。こちらの通路は複雑な分、兵も配置しにくい。ここへと通じる場所はアリシアが知っている。お前達はそこへ向かえ」
*
そうして、セイン達はアリシアに連れられ、この地下道までやって来た。
「アルミリア様、足元にはお気をつけください」
「心配するな。私はそこまでヤワではないぞ。それに、気を付けるなら足元だけでなく、頭もだろうな」
「頭も、ですか」
「所々、老朽化が激しい部分があるようだ。すぐにとはならないだろうが、天井が崩れてくることもあり得る」
そんなアリシアとアレーナのやり取りを、セインは後ろから眺めてた。
「どうした」
そんな彼の背中をポン、と叩いて、セナが声をかける。
「え、なに?」
「なにって、お前ずっと二人の事見てボーッとしてるからさ」
「ボーッとなんて……してた?」
「してた」
そんなつもりは無かったが、どうやら周囲に気が回ってなかったのは確かだ。
「アレーナと仲良さそうで嫉妬か?」
「いや、そういう訳じゃなくて」
すっぱり言いきるセインに、からかい半分だったセナは虚をつかれた思いだ。
「それじゃあなんだっての?」
「ちょっと、気になることがあって」
それを最後に、セインは答えなくなった。
しかし、様子を見るにきっと大事な事なのだろうとセナは思う。
時が来れば、話してくれるだろうと。
……
『君が信じていいのは仲間だけだ』
ジャックが最後に残した言葉。セインはそれが気になっていた。
──アレーナは、アリシアを信用してるみたいだけど。
セインは気になっていた。
アリシアをずっと見ていたが、彼女は『心が見えない』。
表情、仕草、言葉でさえも。そのどれもが『仮面』を被っているように思えてしまう。
それは何か訳あっての事、それは分かってもその理由までは分からない。
──アリシアは、信じていいのかな。
*
それからしばらく進んだ頃。
王都の真下に来たからか、分かれ道が増えてきた。
アリシアが地図を見ながら進んでいたが、だんだんと入り組み方が複雑化し、進むにも時間がかかるようになっていた。
そんな中、アレーナは一人通路を見回して首を傾げていた。
「どうしたの?」
それが気になったセインが尋ねる。
「いや、自分でもよく分からないんだが……」
と、困惑した様子だった。
それから何を思ったのか、アレーナはふらっとどこかへ歩き出す。
「えっ、アレーナ?! どこ行くんだ!」
セナが真っ先に気づいて声を上げた。
止まる様子のない彼女を皆は慌てて追いかけ始める。
迷い無く進んで行くアレーナ。
「ねえ、ねえってば!」
追い付いたセインが肩を掴んで、ようやく彼女の足を止めた。
「アレーナ。どうしたの、急に。どこへ向かってるの?」
「えっ? ああ、すまない。この辺り、なんだか見覚えがあってな。確か、この方向へ行くと城の方へ……」
「見覚え? 来たことある、ってこと?」
そう言われると、彼女自身でも不思議になったらしい。
「そうだな。確かに、それはおかしいな。私はこんなところ、歩き回れるとは思わない」
そう、アレーナは暗所が極度にダメだ。
光の届かない真っ暗闇。
最も彼女が苦手とする状況。過去に通ったことがあるとはとても思えない。
「だが、こっちの筈なんだ」
言ってる本人が困惑しつつも、何故か確信を持った様子であった。
そして、一度任せてみよう。ということになった。
と、それから暫くして。
「えっ、行き止まり?」
たどり着いた先で、セナは目を疑った。
だがどう見ても、ここから先は無さそう。
「いや、待ってくれ。ここで間違いないんだ。ここはだな……」
「どこかで間違えたようですね。引き返しましょうか。来た道は覚えていますので」
何かを言いかけていたアレーナよりも、サラッと凄いことを言われたので、「アリシアすごっ」と思わずセナが反応した。
アレーナは少しいじけたのか、行き止まりの壁をペタペタと触りだす。
すると、突然何かが地面を擦る大きな音がした。
「開いた! やはりそうだ、ここで間違いなかったんだ!」
それは、アレーナが触っていた壁が動いた音。彼女の声は、弾んでいる。
行き止まりだと思われていたそこは、まだどこかへ通じていたらしい。
「ここから城へ入れるはずだ」
「凄いですねアルミリア様、城までの道をよく覚えていらっしゃいましたね」
「ああ本当に、自分でも驚いている」
アリシアの賞賛で、完全に気を持ち直したアレーナ。
と、そんな二人の話を聞いて、何かおかしいと気づいたセナ。
そして暫く考えて思い出す。
「……あたしらが行かなきゃいけないのって、確か北門なわけで。お城って街の真ん中だし、そもそも入ったら戦場の真っただ中なんじゃ」
凍り付いたようにアレーナは固まった。
道は間違えてはいなかったのだろう。だが、今向かうべき所ではない。という事に、今気が付いたらしい。
「行ってください。アルミリア様」
そこへ、アリシアが声をかける。
「門の方は、わたくしと、彼らとで請け負います」
「……いいのか?」
「行きたいのでしょう、貴方は。国王様や、お姉さまの元へ。わたくし、これでも貴方の事はよく知っているのですよ?」
彼女の言う事に、間違いはなかった。確かにアレーナの中には、その思いがあった。
「ありがとう、アリシア……この戦いの後、ゆっくりと話をさせて欲しい」
「ええ、喜んで」
そうして、アリシアは兵と共に来た道を戻ろうとし、アレーナはセインとセナを連れて城へと向かう……筈だった。
辺りを照らしていた松明の火が、突如として消える。
「貴方達?! 何をするのです!」
響いたアリシアの声。
それとほぼ同時、セインは震えるほどに冷たい感覚を背筋に感じ、振り向き様に剣を抜く。
それは金属の胸当てを僅かに擦る音を響かせた。
「妙だな。この間よりも動きがいい」
聞き覚えはない声。
「悪いがそれ以上先には行かないで貰おう」
だが何者かは分かる。
『顔なき者』。
以前アレーナを襲った、謎の人物。
セインが自らの剣、エスプレンダーに対魔の力を宿して輝かせ、辺りを照らす。
「面白い手品ができるじゃないか」
そこには、こちらに刃を向ける三人の兵士と、アリシアを捕らえた兵士が一人。
「入れ替わっていたのか?」
「さあな。元からやもしれんぞ。我らは顔なき者だ。どこにも居ないが、どこにでも居る」
アレーナの問いに、はぐらかして答える。
我ら。彼の者はそう言うが、それは偽りであるとセイン達は分かっている。
誰か一人が本物で、それ以外は皆操られているはず。
セインとアレーナが武器を構え、セナがアレーナの背後に回る。
「我らに必要なのは、この女だけだ。お前達は大人しく我らに従え。であれば命は取らない」
「どういうつもりだ。アリシアが何を……」
「この女は水路の案内が出来る。利用価値がある、ということだ」
ずいぶんあっさりと明かしてきた。
いや、恐らくは敢えてなのだろう。
言い換えればそれは、「お前達に価値はない」と言っているに等しい。
「お前達……いや、お前はゴルドの遣いか?」
「違う」
「何?」
アレーナにとって、思いがけない答えだった。
「依頼主はその先に居る、とだけ言っておこう」
その言葉で、奥底で渦巻いていた疑念が一つ、大きくなっていく。
「さて、もういいだろう。答えて貰おうか」
「……それは、後ろに居るヤツに聞いたらどうだ」
動揺しているかと思いきや、アレーナは冷静な様子だった。
そして、その時に気づく。彼女の後ろに居たはずのセナが居ないことに。
「あの娘、どこに?」
「ここに居るよ!」
アリシアを拘束していた兵士の背後に、突如現れたセナ。
手にした杖を、足を踏み込んでスイングし、兵士の頭に叩きつける。
兜をしてなお強い衝撃が体を揺らす。
よろけた兵士からアリシアを奪い去り、アレーナとセインの元へ駆け出すセナ。
「大丈夫か? 悪いけど走るぞ!」
「え、ええ……」
困惑しているアリシアを引っ張っていく。
追ってこようとする兵士をセインとアレーナが、押し返しつつ後退し対処する。
──あれ? 動きが鈍い?
セインは兵士達を容易に対処できていた。それが、違和感を生んでいた。
しかし今は一刻も早く逃げきろうと、多少の疑念は思考の外に置いておく。
その時だ。鼻に、焼けつく臭いが入ってきた。
薄暗かった辺りが赤く照らされ始め、微かに温度が上がっているのが分かる。
先ほどまでアリシアを掴んでいた兵士が、手元に赤く揺らめく球体を発生させていた。
魔法で作られし炎の球。それが、アレーナを狙って膨れ上がっている。
「いけない!」
アリシアがセナを突き飛ばし、炎を放とうとする兵士の元へ駆け出し、飛び込んでいく。
放たれた炎の球は狙いが逸れ、彼らの頭上で爆ぜる。
衝撃でセイン、セナ、アレーナは後方へ吹き飛ばされた。
それが引き金になったか。
大きな揺れが起こると、瞬く間に天井が崩れ落ちる。
気づいた頃にはもう、成す術は……無かった。
*
「いって……」
生きていた。
頭を打ったのか、後頭部が痛く、少しくらくらするが、むしろそれが生きていると自覚させた。
セインは驚いていた。
こんな地下で、天井が崩落に巻き込まれれば、さすがに生き残りようもないと思ったが。
「セイン、目ぇ覚めたんだな。痛いところないか?」
目の前からの声。セインは手に刻まれた紋様に力を籠め、微かに光らせて照らす。
そこに居たのは、セナだった。
「大丈夫。そっちは……大丈夫そうだね。アレーナは?」
お互いの無事を確かめると、今のところ声も聞こえてこないアレーナの様子が気になった。
「アレーナならば無事だ。まだ眠っているがな」
一瞬、幻聴かとも思った。
この場に、居る筈の無い声が聞こえてきたから。
それは、セナも同じようだった。
二人揃って辺りを見回すと、「こっちじゃこっち」との声。
二度目。間違いないと二人は確信して、声のする方へ向かう。
横たわるアレーナの側に、寄り添うように座っている褐色の肌をした少女。
「偶然だな、二人とも」
当たり前のようにそこにいた少女……ルーアが、呑気にこちらに手を振っていた。




