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第三十五話

 日没前。

 アリシアが先導に立ち、セイン達三人、そして四名の兵士を連れて、ある場所へと向かっていた。


「アルミリア様、こちらです」

 アリシアが示したのは、建造物らしきもの。

 かなり古びていて、植物の蔦が壁面に這い、苔むしている。


「これ何? 建物?」

 セインが首を傾げる。

「この国にいくつかある、現存する遺跡の一つだ。これがどういったモノなのか、詳しくは分かっていない。だが、一つだけ確かなのは……」

 アレーナは遺跡のある一点に指差して、見るように促す。


「あれ、もしかして」

 見てすぐに気がついた。

 セインはそこに描かれている紋様と、自分の右手の甲に刻まれた紋様を見比べる。


 翼を象ったように見えるその紋様、掠れてはいるが、間違いなく一致している。


「勇士の関係である遺跡、らしい」

 と、アレーナは説明する。


「えっと、あんたがここに連れてきた、って事はここにあるのか? その、城までの抜け道ってやつ」

「ええそうです。この遺跡は城の地下道まで繋がっています」

 セナが気になって尋ねると、アリシアは即答した。


「不思議だね、勇士の遺跡と、お城が繋がってるなんて。アレーナ、知ってた?」

「いや私は、そもそも地下道なんて……」

「あっ。うん、そうだね」

 言いきられる前に、セインは気がついた。

 地下道とアレーナ。全く結びつかない場所だろうということは。


「その辺りでよろしいですか? 我々に時間の余裕はありませんので」

「ああ、すまない。行こう、みんな」

 アリシアに催促され、アレーナは会話を打ちきり遺跡の中へ、皆と進み始めた。



 時は少し前。


「現在、ゴルドが城を制圧。城に残っていた王族、大臣は捕虜として捕らえられているとの事だ」

 偵察からの報告を元に、ジークが王都の現状を伝える。 

「城の外から指揮を執っていた大臣が奪還に向けての交戦中。だが、王都の外壁、その四方に設けられた門の防衛に人員が割かれ、城の奪還には人手が足りない。加えて、敵の増援を防ぐために門も閉じられてしまっている」

 王都の地図を広げる。

 集まっていたのはアレーナ、セイン、セナ。そしてアリシアと、兵士の隊長と思われる人物が数名。


「それでは、こちらからの兵を送り込むことも出来ませんね」

 と、アレーナが事実を確認すると、「その通り」とジークは頷く。


「そこで、だ。お前達はこちらと違い、比較的自由に動ける。潜入して門を開ける役目を任せる」

「潜入って、どうやって? 門は閉じられてるんでしょ?」

 疑問に思ってセインが問うと、それは想定済みと言わんばかりに、彼はもう一巻の地図を持ち出し、王都の地図の上に広げる。


「これ、なに? ぐちゃぐちゃしてるけど」

「セイン、これは王都の地下に引かれている水路の図だ」

「水路?」

 イマイチピンと来ていないセイン。

 アレーナは、その複雑に入り組んだ水路の図を睨みながら、考えている。


「入り組んではいますが、これは……城の地下に集中していますね」

「そうだ。そしてこの水路は王都の外まで通じている」

「まさかこれは、王室用の地下通路ですか?」

 気が付いたアレーナに対して、ジークは静かに頷く。


「正確には古くに使われていた通路、だ。百年ほど前に脱出路は新造され、今我々に伝わっている方は当然ゴルドも知っているだろう。だからそこを使うのは無意味だ。こちらの通路は複雑な分、兵も配置しにくい。ここへと通じる場所はアリシアが知っている。お前達はそこへ向かえ」



 そうして、セイン達はアリシアに連れられ、この地下道までやって来た。


「アルミリア様、足元にはお気をつけください」

「心配するな。私はそこまでヤワではないぞ。それに、気を付けるなら足元だけでなく、頭もだろうな」

「頭も、ですか」

「所々、老朽化が激しい部分があるようだ。すぐにとはならないだろうが、天井が崩れてくることもあり得る」

 そんなアリシアとアレーナのやり取りを、セインは後ろから眺めてた。


「どうした」

 そんな彼の背中をポン、と叩いて、セナが声をかける。

「え、なに?」

「なにって、お前ずっと二人の事見てボーッとしてるからさ」

「ボーッとなんて……してた?」

「してた」

 そんなつもりは無かったが、どうやら周囲に気が回ってなかったのは確かだ。


「アレーナと仲良さそうで嫉妬か?」

「いや、そういう訳じゃなくて」

 すっぱり言いきるセインに、からかい半分だったセナは虚をつかれた思いだ。


「それじゃあなんだっての?」

「ちょっと、気になることがあって」

 それを最後に、セインは答えなくなった。

 しかし、様子を見るにきっと大事な事なのだろうとセナは思う。

 時が来れば、話してくれるだろうと。


 ……


『君が信じていいのは仲間だけだ』

 ジャックが最後に残した言葉。セインはそれが気になっていた。


──アレーナは、アリシアを信用してるみたいだけど。


 セインは気になっていた。

 アリシアをずっと見ていたが、彼女は『心が見えない』。

 表情、仕草、言葉でさえも。そのどれもが『仮面』を被っているように思えてしまう。

 それは何か訳あっての事、それは分かってもその理由までは分からない。


──アリシアは、信じていいのかな。



 それからしばらく進んだ頃。

 王都の真下に来たからか、分かれ道が増えてきた。

 アリシアが地図を見ながら進んでいたが、だんだんと入り組み方が複雑化し、進むにも時間がかかるようになっていた。


 そんな中、アレーナは一人通路を見回して首を傾げていた。

「どうしたの?」

 それが気になったセインが尋ねる。

「いや、自分でもよく分からないんだが……」

 と、困惑した様子だった。


 それから何を思ったのか、アレーナはふらっとどこかへ歩き出す。


「えっ、アレーナ?! どこ行くんだ!」

 セナが真っ先に気づいて声を上げた。

 止まる様子のない彼女を皆は慌てて追いかけ始める。


 迷い無く進んで行くアレーナ。


「ねえ、ねえってば!」

 追い付いたセインが肩を掴んで、ようやく彼女の足を止めた。

「アレーナ。どうしたの、急に。どこへ向かってるの?」

「えっ? ああ、すまない。この辺り、なんだか見覚えがあってな。確か、この方向へ行くと城の方へ……」

「見覚え? 来たことある、ってこと?」

 そう言われると、彼女自身でも不思議になったらしい。


「そうだな。確かに、それはおかしいな。私はこんなところ、歩き回れるとは思わない」

 そう、アレーナは暗所が極度にダメだ。


 光の届かない真っ暗闇。

 最も彼女が苦手とする状況。過去に通ったことがあるとはとても思えない。


「だが、こっちの筈なんだ」

 言ってる本人が困惑しつつも、何故か確信を持った様子であった。

 そして、一度任せてみよう。ということになった。


 と、それから暫くして。


「えっ、行き止まり?」

 たどり着いた先で、セナは目を疑った。

 だがどう見ても、ここから先は無さそう。


「いや、待ってくれ。ここで間違いないんだ。ここはだな……」

「どこかで間違えたようですね。引き返しましょうか。来た道は覚えていますので」

 何かを言いかけていたアレーナよりも、サラッと凄いことを言われたので、「アリシアすごっ」と思わずセナが反応した。


 アレーナは少しいじけたのか、行き止まりの壁をペタペタと触りだす。


 すると、突然何かが地面を擦る大きな音がした。

「開いた! やはりそうだ、ここで間違いなかったんだ!」

 それは、アレーナが触っていた壁が動いた音。彼女の声は、弾んでいる。

 行き止まりだと思われていたそこは、まだどこかへ通じていたらしい。


「ここから城へ入れるはずだ」

「凄いですねアルミリア様、城までの道をよく覚えていらっしゃいましたね」

「ああ本当に、自分でも驚いている」

 アリシアの賞賛で、完全に気を持ち直したアレーナ。


 と、そんな二人の話を聞いて、何かおかしいと気づいたセナ。

 そして暫く考えて思い出す。

「……あたしらが行かなきゃいけないのって、確か北門なわけで。お城って街の真ん中だし、そもそも入ったら戦場の真っただ中なんじゃ」

 凍り付いたようにアレーナは固まった。

 道は間違えてはいなかったのだろう。だが、今向かうべき所ではない。という事に、今気が付いたらしい。


「行ってください。アルミリア様」

 そこへ、アリシアが声をかける。

「門の方は、わたくしと、彼らとで請け負います」

「……いいのか?」

「行きたいのでしょう、貴方は。国王様や、お姉さまの元へ。わたくし、これでも貴方の事はよく知っているのですよ?」

 彼女の言う事に、間違いはなかった。確かにアレーナの中には、その思いがあった。


「ありがとう、アリシア……この戦いの後、ゆっくりと話をさせて欲しい」

「ええ、喜んで」

 そうして、アリシアは兵と共に来た道を戻ろうとし、アレーナはセインとセナを連れて城へと向かう……筈だった。


 辺りを照らしていた松明の火が、突如として消える。

「貴方達?! 何をするのです!」

 響いたアリシアの声。

 それとほぼ同時、セインは震えるほどに冷たい感覚を背筋に感じ、振り向き様に剣を抜く。

 それは金属の胸当てを僅かに擦る音を響かせた。

「妙だな。この間よりも動きがいい」

 聞き覚えはない声。


「悪いがそれ以上先には行かないで貰おう」

 だが何者かは分かる。


 『顔なき者』。

 以前アレーナを襲った、謎の人物。


 セインが自らの剣、エスプレンダーに対魔の力を宿して輝かせ、辺りを照らす。


「面白い手品ができるじゃないか」

 そこには、こちらに刃を向ける三人の兵士と、アリシアを捕らえた兵士が一人。


「入れ替わっていたのか?」

「さあな。元からやもしれんぞ。我らは顔なき者だ。どこにも居ないが、どこにでも居る」

 アレーナの問いに、はぐらかして答える。

 我ら。彼の者はそう言うが、それは偽りであるとセイン達は分かっている。


 誰か一人が本物で、それ以外は皆操られているはず。


 セインとアレーナが武器を構え、セナがアレーナの背後に回る。


「我らに必要なのは、この女だけだ。お前達は大人しく我らに従え。であれば命は取らない」

「どういうつもりだ。アリシアが何を……」

「この女は水路の案内が出来る。利用価値がある、ということだ」

 ずいぶんあっさりと明かしてきた。

 いや、恐らくは敢えてなのだろう。

 言い換えればそれは、「お前達に価値はない」と言っているに等しい。


「お前達……いや、お前はゴルドの遣いか?」

「違う」

「何?」

 アレーナにとって、思いがけない答えだった。

「依頼主はその先に居る、とだけ言っておこう」

 その言葉で、奥底で渦巻いていた疑念が一つ、大きくなっていく。


「さて、もういいだろう。答えて貰おうか」

「……それは、後ろに居るヤツに聞いたらどうだ」

 動揺しているかと思いきや、アレーナは冷静な様子だった。

 そして、その時に気づく。彼女の後ろに居たはずのセナが居ないことに。


「あの娘、どこに?」

「ここに居るよ!」

 アリシアを拘束していた兵士の背後に、突如現れたセナ。

 手にした杖を、足を踏み込んでスイングし、兵士の頭に叩きつける。


 兜をしてなお強い衝撃が体を揺らす。

 よろけた兵士からアリシアを奪い去り、アレーナとセインの元へ駆け出すセナ。


「大丈夫か? 悪いけど走るぞ!」

「え、ええ……」

 困惑しているアリシアを引っ張っていく。


 追ってこようとする兵士をセインとアレーナが、押し返しつつ後退し対処する。


──あれ? 動きが鈍い?

 セインは兵士達を容易に対処できていた。それが、違和感を生んでいた。

 しかし今は一刻も早く逃げきろうと、多少の疑念は思考の外に置いておく。


 その時だ。鼻に、焼けつく臭いが入ってきた。

 薄暗かった辺りが赤く照らされ始め、微かに温度が上がっているのが分かる。


 先ほどまでアリシアを掴んでいた兵士が、手元に赤く揺らめく球体を発生させていた。

 魔法で作られし炎の球。それが、アレーナを狙って膨れ上がっている。


「いけない!」

 アリシアがセナを突き飛ばし、炎を放とうとする兵士の元へ駆け出し、飛び込んでいく。


 放たれた炎の球は狙いが逸れ、彼らの頭上で爆ぜる。

 衝撃でセイン、セナ、アレーナは後方へ吹き飛ばされた。


 それが引き金になったか。

 大きな揺れが起こると、瞬く間に天井が崩れ落ちる。

 気づいた頃にはもう、成す術は……無かった。



「いって……」


 生きていた。

 頭を打ったのか、後頭部が痛く、少しくらくらするが、むしろそれが生きていると自覚させた。

 セインは驚いていた。

 こんな地下で、天井が崩落に巻き込まれれば、さすがに生き残りようもないと思ったが。


「セイン、目ぇ覚めたんだな。痛いところないか?」

 目の前からの声。セインは手に刻まれた紋様に力を籠め、微かに光らせて照らす。

 そこに居たのは、セナだった。

「大丈夫。そっちは……大丈夫そうだね。アレーナは?」

 

 お互いの無事を確かめると、今のところ声も聞こえてこないアレーナの様子が気になった。


「アレーナならば無事だ。まだ眠っているがな」

 一瞬、幻聴かとも思った。

 この場に、居る筈の無い声が聞こえてきたから。

 それは、セナも同じようだった。


 二人揃って辺りを見回すと、「こっちじゃこっち」との声。


 二度目。間違いないと二人は確信して、声のする方へ向かう。


 横たわるアレーナの側に、寄り添うように座っている褐色の肌をした少女。


「偶然だな、二人とも」


 当たり前のようにそこにいた少女……ルーアが、呑気にこちらに手を振っていた。

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