表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/118

第三十三話

「アリシア……?」

 目の前に現れた、自分に背格好のよく似た少女。

 アレーナは彼女を見るなり、ぽつりとその名を呟いた。


「覚えていてくださいましたか、アルミリア様! ええ、そうですアリシアです!」

 嬉しそうに声を弾ませ、柔和な笑みを作るアリシア。

「何の音沙汰もなく、ずっとあなた様の身を案じていたのですよ? ですが、こうして再び会えて安堵いたしました」

「ああ、それは……すまない」

 気づけば距離を詰めている彼女に、アレーナは思わずたじろぐ。


「お主らは……知り合い、か?」

 アリシアとアレーナの二人に目を行き来させながら、問いかける。

 ルーアも驚きで状況が飲み込めないらしい。


「彼女、アリシアは、私の侍女だ」

「ええその通り。私は御身に仕える者。近頃は、その役目を果たさせて頂けませんでしたが」

 アリシアはアレーナから目を逸らさない。まるで他のモノには興味が無いように。


「侍女? お主ら年は同じように見えるが」

「王族は、生まれながらに従者が与えられるんだ。同じ年月に生まれた同姓の子供をね」

 ルーアの疑問に、ジャックが即答する。


 それは耳に入ったようで、アリシアの耳が微かに動く。


「あら……お詳しいのですね」

 この場で初めて、彼女が他の者に興味を示した。

 と言っても、動いたのは瞳だけだが。


「少し聞きかじっただけだよ。偶々ね」

「そうですか。まあ、わたくしにはどうでも良い事ですが」

 彼に興味を失ったのか、その視線はすぐにアレーナに戻った。


「さあ、アルミリア様。まずは湯浴みと致しましょう。お背中を流させて頂きます」

「いや、私は一人で……それより、他のみんなを、ここから出さなければ」

 彼女の押しに戸惑いながらも、ようやく押し返したアレーナ。


「ああ……そうでしたね、失礼。再会が喜ばしいあまり、つい」

 まだ何か言い足りなそうではあったが、仕方ないとばかりに話題を移す。


「皆様には個室を用意しております。一流の物とまでは言えませんが、充分な設備はあります。ご案内致しますので、まずはそちらでお召し替えを」

 そう言って、彼女を先導に歩きだす。

 が、ただ一人、セインだけは立ち止まったままだった。


「どうした?」

 それに気がついたセナが声をかける。

「なんだか、あの人……どこかで会ったかな」

「いや、初めてだと思うけど……まあアレーナに似てるもんな。そんな気は、しちゃうよ」

 そうじゃない。そんな気がしながら、今自分の中で芽生える違和感の正体を、彼は言い表す事が出来なかった。



 アレーナは入浴後、与えられた個室でドレスに着替えていた。着付けをアリシアにされながら。


「いやその……自分でもこれくらいは……」

「貴方はすぐそうやって一人になろうとする。わたくしは寂しく思います。せっかく一年ぶりに会えて、何もして差し上げられないのは」

 そう言われてしまうと強く抵抗できないアレーナは、渋々「じゃあ、任せる」と返した。

 すると彼女は、弾むように歩きながらクローゼットのドレスを見繕い始める。


「そういえば、何故君がここに? 城に居たのでは」

 自身は何もすることがなく、黙ったままなのも気まずくて、話しかけてみた。

「こちらに仕事が有りまして。途中賊に襲われてしまった所を、ジーク様に助けて頂き、今は保護されているのです」

「なるほど。私達と同じような経緯だな。しかしこの辺りは治安もいい筈だが何故……ん?」


 少し考え事をする内に、アリシアの姿を見失った。と同時に、背後から何かを感じ、微かな寒気が走る。


「失礼致します」

「ええっ?!」

 急にアリシアが背後から腹部に手を回してきたのに驚いて、声が裏返る。

「アリシア、何を?!」

「腹囲を測らせて頂きたくてですね……おや、少し太くなられました?」

「えっ! そんな、確かに食べてはいるが、それ以上に動いている筈だ! 鍛えるのも怠ってはいないのに!」

「それが原因でございましょう……ふむ、こちらも大きく……」

「やり方はこれで分かるのか?! もっとあるだろう、他に!」

 回されていた手が少し上にスライドし、恥ずかしさが頂点にくるアレーナ。

 しかし、それでもまだ離す気はないらしい。それどころか、彼女は背中に顔を埋めてきて、アレーナは戸惑う。


「本当に良かった、ご無事で。ずっと、心配していたのですよ?」

「えっ……?」

「とても危険な旅。それをお一人で、なんて……わたくしが何の役に立てるわけでもありませんが、それでも、お側に居させて欲しかったです」

 意外だった。


 アレーナは、アリシアが苦手だった。

 そもそも、城に味方など居ないと当時は思っていた。


 その中でも、彼女は……自分に容姿が似ている。

 なのに、自分以上にあの世界に、ふさわしいと思わせる出で立ち。

 ずっと、自分の姿は、どこに行っても『異物』であったのに、彼女はそこにあるべき可憐さを持っていた。

 だから、一際苦手だったのだ。


「すまない、アリシア。私は……」

「存じています。貴方様が、わたくしを遠ざけていた事」

「そうか。いや、そうだろうな」

「知っていたからこそ、わたくしは敢えて自ら距離をとりました。それが最良であるのなら、と」

 一呼吸置いて、「ですが」とアリシアは続ける。


「それが却って、貴方を孤立させてしまい、その結果一人で城を出る事になったのだと考えておりました。もしそうであったのなら……旅の先で、貴方様の身に何かあったら……それを思い、ずっと心に引っかかっておりました」

 そんな風にまで、思わせてしまっていたのかと、アレーナは過去の行いを恥じた。

 もっと、自分から心を開けていたら、違っていたのかもしれないと。


「アリシア、すまなかった。だが、気に病まないで欲しい。確かに城を出た頃の私は、王族としての暮らしも、自分自身も、好きではなかった。だが、今は違う。かけがえのない仲間が出来て、彼らと共に過ごして、私は変われた……と、思う。少しは。そう、今だからこそ、ちゃんと君と向き合える」

「アルミリア様……お気遣い、ありがとうございます」

「だから、そう。そうだな。ドレス、まずは君に選んで貰おう。私に、合いそうな物を」

「ええ、ええ! お任せください。サイズは大体把握しました。すぐにご用意いたします」

 喜ぶアリシアは、クローゼットに駆け込んでいった。

 その姿を見てアレーナは、気持ちを伝えられて安堵の息を吐く。



「……なんというか。これは少し露出が多くないだろうか。背中が、スースーする……」

 用意された物の中で、アリシアが特に推してきたのを試着したアレーナ。

 しかし慣れないものを着たためか、心許なさを感じていた。


「いえ、よくお似合いです」

 と、言いながらアリシアはアレーナの正面から背後へ回る。

「しかしよく鍛えられていますね。見ただけでもそれがよくわかります」

「やはり他のに……」

「そんな勿体ない! 素晴らしい体をしているのですから! ……あら」

 それまで背中を観察していたアリシアが、急に黙りこんだ。


「どうした?」

「……いいえ、なんでも。アルミリア様、やはり他のドレスにしましょうか」

「ん? ああ、そうしてくれると助かるが……」

 急に対応が変わったアリシアに首を傾げつつ、ふと一つだけ、思い出したことがあった。


──そう言えば、少し前……セナが何か言っていた……ような……


 しかし、それだけ。

 それ以上は考えようとすると、靄がかかっているようにボヤけて、ハッキリしない。


──おかしい。忘れるほど前の事では……ないはず……


 ぼうっとして、意識が遠のきそうになる。


「アルミリア様、こちらはいかがですか?」

 そんな時、アリシアに呼びかけられて、目の前に意識が引き戻される。

「ああ、分かった。着替えてみよう」


──私は、今何を考えていたのだったか。……いや、まあいいか。



 ジークが用意した夕食の席。

 そこには既に皆が集まっていて、アレーナは最後のようだった。


──着替えたのは、私だけなんだな。


 仲間達はいつもの服装なので、一人だけ雰囲気を間違えたようで少し恥ずかしくなる。


「アレーナも来たね。じゃ、ひとまず席につこうか」

 ジャックはそう言って、テーブルのへ座ろうとする。


「随分といい身分だな、盗賊」

 と、すぐ横のジークに睨まれた。

 その直後は何も気づいていない様子のジャックの肩をアレーナが掴む。


「ジャック。そこには私が」

「え? ……あ、そういうこと」

 上手に座ろうとしていたことに気がついて、ジャックは身を引いた。

 ただでさえ、相性が良くないらしい二人だ。近づけておくのも危ない。


「セイン、どうした?」

 ジークを見据えたまま、座りもしないセイン。

 それが気になって、セナが声をかける。

「僕はいい」

「いい……ってお前……」

「それより、話すことがあるんじゃないの?」

 セナの横を素通りし、ジークに迫るセイン。

「全く、わざわざ時間を割いているというのに、落ち着きのない奴だ。まあいい」

 やれやれと口をつけていたグラスを降ろす。

「まず結論から言おう。お前達、俺に協力してもらう」

「協力? いったい、何を?」

 アレーナが問う。

「叔父、ゴルドの征伐だ」

「叔父上の、征伐?!」

「そう、奴は先日、王宮に反旗を翻し、城への攻撃を始めた。奴の企みを察知していた俺は、予てより準備をしてきていたが、それが、補給も人員も打撃を受けた」

 それは、仮面の者に操られていた人達と、襲撃を受けたらしい冒険者のグループの事だろう。


「元々表だって動けなかったからな。ギリギリの人員と物資だった。そして今はそれを補填する時間もない」

「だから私達に協力しろと?」

「悪いが拒否はさせん。今出ていかれて、敵に捕まっても困るからな」



「何様のつもりだ奴は。選択の権利がないとは」

 ルーアはご立腹だった。

 部屋に戻って今後の話をし始めて、彼女はずっとこの調子だ。


「従う道理は無かろう。今は世界の危機なのだ。王族のいざこざになど、付き合ってられん」

「おい、ルーア……言い方」

 憤る彼女を宥めるように、セナが声をかける。

 そして、それとなく横目でアレーナの方を見るように促した。


「……すまん。どうも、あの男の言動が気にくわなくてな」

「いや、ルーアの言いたいことは分かる……ただ」

 躊躇いを感じさせる、僅かな間。

「私は、行こうと思う。叔父との戦いに」

 軽い決断で無いことは、見れば分かる。


「だが、みんなの歩みを止めたくはない。ルーアの言うとおり。これは私と、私の家族の問題だ。私がなんとかしてみせる。だから、みんなは先に行ってほしい」

 寂しさと、前向きさ。二つが入り交じった表情で、アレーナは言った。


「……僕は、アレーナと行くよ」

「えっ?」

 思いがけない言葉に、アレーナは目を丸くした。


「セイン、今話しただろう? 君には関係ないことなんだ。君には使命が……」

「僕は、『セイン』だから」

 慌てて止めようとする彼女の言葉を、遮る。


「勇士である前に、僕は僕なんだ。僕は、アレーナの力になりたくて、外の世界に出たから。だから、君が居ないところに行ったって意味がないんだ」

「だったら、あたしもだな。二人とも、怪我するだろ。あたしが居なきゃな」

 と、セナもセインに追従する。


「セイン、セナ……君達は……」

 怒りたい。自分の立場を考えてほしいと。

 だが、そうできない自分がいた。その言葉を、望んでいた自分。

 自分の中で二つがぶつかってしまって、アレーナは、言葉が続かなかった。


「そうか……いや、こうなる気はしていた。『お主ら』はそうするだろうというのは、見ていれば分かる」

 淡々とルーアが告げる。

 それを聞いた三人は、何を言わんとしているのかを察する。


「ここでお別れ、じゃな。ワシは行かぬ」

 どうして、とは聞かない。彼女が自分達の進む道を理解していたように、彼らもまた、彼女の選択を理解しているから。


「ルーア、これ持ってて」

 そう言って、セインは腰に提げていた剣を一本、ルーアに差し出した。

「セイン、これは……」

 渡したのは、『勇士の剣』。

 彼が、勇士である証の一つ。

 彼らの旅の、要だ。


「今から僕は勇士じゃいられない。だから、それはルーアが持ってて」

「……ああ。分かった。お前が取りに来るその時まで、ワシはこれを護ろう」

「よろしく」

 そうして、剣を受け取ったルーアは、セイン、セナ、そしてアレーナと目を合わせ、頷きあった。



 それから、セインはジャックに連れられ、二人で外に出た。


 もはや日課とも呼べる特訓……というていの、セインが一方的に突き飛ばされるだけの組み手を行った。その後。


「動きは良くなってる。急所を避けられるようになったのは前進だね」

「散々、そこを突かれてきたからね……」

 と言いながら、肩を上下させるセイン。


「なんか、いつもより激しくない?」

 疑問、というよりも抗議に近い声を上げるセイン。

 対して、ジャックも珍しく軽く肩を上下させながら、それに答える。


「時間が、ないからね」

「え?」

「これから君が戦う相手。それは『人』だ。君はその経験が、あまりにも足りない」

 いつになく真剣で、厳しい声音。

「ここから先は、君が経験したことのない、人が人を殺す争いだ。君は、それが出来るか? ……アレーナを、守るために」

 逆に問いかけられ、言葉を詰まらせるセイン。

 「出来る」だなんて、簡単には言えなかった。

 そうであったならば、きっと今、ここでこうして尻餅を突いてはいないのだから。


 ……それでも、セインの中には一つだけ、答えがあった。


「僕は……アレーナを守る。他の何も出来なくても、それだけは、やり抜くよ」

「……そっか。いや、君には、そうであって欲しい。そう思うよ。だから、アレーナを任せたい」

 少し、要領を得ないジャックの言葉に、首を傾げる。


「なあセイン。一つだけ聞きいてもいいかな?」

「何を?」

「君は、人の心が見えるの? 僕にも言ってたよね『悪い人じゃない』って、こう、確信を持ってさ」

「それは……なんていうのかな……」

 セインは、少し考えた。


「ジャックが、いつも本当の事を言ってるのか、嘘をついてるのか、それは分からない。けど、君が僕達に何か悪いことをしようとしているなら、それは分かる。でも、ジャックからはそれを感じなかった……って、感じ」

「ふーん。つまり、悪意を感じ取れるって感じなのかな」

「……多分」

「ある意味、人を見る目はあるのかな」

 自信無さげに、彼は頷いた。


 何故か。

 それは、分からない人もいるからだ。

 抱いている感情を、全く別の表情で誤魔化してしまえるような人。

 気持ちを内側に閉じ込め、仮面で心を遮るような人も、居ると知ったから。


「それじゃあ、今のボク。何しようとしてると思う?」

「え、そんなの分かんないよ。今言った……」

 その瞬間。ジャックは有無を言わさず、ナイフを取り出し襲いかかってきた。

 咄嗟に避けられたが、何がなんだか。セインは状況に頭が追い付かない。


 直後、今度はワイヤーのロープが飛んできて、巻き付いてくる。

 身動きが取れなくなりその場に倒れる。


「ジャック! どうし……て」

 倒れたセインに馬乗りになったジャックは、右手のナイフを逆手に持ち変え……サングラスを、外した。

 そしてまっすぐ、その目を合わせる。その瞳に、思わず息を飲んだ。


 目を合わせて分かった、彼は……


「セイン、ここまでだ。君達との旅は」

 そう言って、胴体にナイフを突きつける。

「君が信じていいのは、仲間だけだ。他の誰も信じるな。そうしないとこうなる」

 冷たく、鋭く、言い放つジャック。

「君が出来るのは、それだけだ」

 そう言って、突き立てたナイフが押し込まれる。

 セインの苦痛の叫びが、辺りに響いた……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ