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第三十二話

「兄上、生きていらっしゃったのですね。事故に巻き込まれたと聞いて、身を案じていました」

「死んでいれば良かった。の間違いではなくか?」

 睨むようにアレーナを見つめながら、ジークは問う。

「そんな……」

 不信に思われていることにショックは受けつつも、毅然と返す。

「少なくとも、私にそんな大それた事が出来るほど、人は付いてきません」

「なるほど。確かにその通りだ」

 鉄の面を被っているかのように、眉ひとつ動かさず話すジーク。


 その態度にルーアは少し苛立ちを感じながらも、アレーナの面目を保とうと堪える。


「悪いが俺は今、誰も信用できない。一度殺されかけ、そのせいで今は姿を隠す事になってしまったからな。お前達、いやアルミリア。お前が俺の命を狙わない。その確証が取れないから捕らえた」

「なるほど。その気持ち、分からなくはありません。ですが……」

「何もするつもりはないと?」

 睨むジークに、力強く頷くアレーナ。


「私達は、歩みを止めるわけにはいかないのです。ですから、余計なことをする暇など、私達にはないのです」

 前のめりに詰め寄り、顔を突き合わせる。

 暫しの睨み合い。


「この距離なら、俺の命も取れただろう」

 沈黙を破ったのは、ジークだった。

「兄上?」

「ひとまず認めよう。お前は俺を殺さないとな」

 少し追い付けていないアレーナ。

 そこへ、後ろからルーアが声をかける。


「試されていたという事だ、ワシらは」

「試す?」

 ルーアはアレーナに、部屋を見渡すように促した。

「ワシら以外、この部屋には誰も入っておらん。窓もあり外に出るのは容易。であれば、その気があれば其奴の命を奪って逃げることも出来た、ということだ」

「そうか、なるほど……」

「付き人は優秀なようだな。まあお陰で一応疑いは晴れた訳だが」

 ルーアは軽く眉をひそめる。当のアレーナは素直に頭を下げる。


「ありがとうございます、兄上」

「皮肉も通じないか……」

 何の事か分かっていないアレーナは、とりあえず兄の言葉は置いておく。


「それで、我々を解放して頂けるのですよね。早くユーミベノへ向かわなければならないのです」

 ジークはすぐには答えなかった。

 そして、椅子をクルリと回し、背を向けてきた。


「……まだ解放するわけにはいかない」

「何故です、疑いは晴れたのでは?」

「それは……お前達の周りで倒れていた者達。連中の事について、まだ聞くことがある」

 何か不自然さは感じるものの、あの時の事を思いだし、アレーナは勢いを削がれる。


 そこで、代わってルーアが話し始める。

「ワシらは直接連中とは関係ない。命を狙われはしたが、何者かまでは知らぬ」

「だとしてもだ。死人が出ている。何があったのかを、詳しく話せ」

 引き下がる気は無いらしい。仕方なく、ルーアはあの時の事をかいつまんで伝える。


「あの場に倒れていた者、初めにお前達が発見したグループも含めて皆、俺の部下だ」

「なんだと?」

 話を聞き終えて、ジークが話したのはそれだった。それにルーアは怪訝な表情を浮かべる。

「勘違いするなよ。あくまであの場に居た者は部下だという話だ。アルミリアを殺そうとした者は別だ。まず、お前達の話と、倒れていた者の人数が合わない」

「……確かに、あのどさくさに紛れて一人逃げていたな」

 セナを拘束していた仮面の者。

 それが居なくなってから、次々に仮面の者は倒れていた。


「仮面の者、その正体は一人で、他の連中は操られていた。という事か?」

 ここまでの情報を整理し、ルーアが導きだした一つの仮説。

「恐らくはな」

「ですが、少し気になることが……」

 恐る恐る。アレーナが声を上げる。

「なんだ、言ってみろ」

「はい、兄上。今の所、直接の襲撃を受けたと思われるのは私と兄上の二人ですが、王位継承に関しては長女のステンシア姉様が何の被害も受けていないとは、思えないのです」

「ふむ、なるほど。それは確かにその通りだが……いや、あるいは……」

 何やら神妙な面持ちで考えだすジーク。


「兄上?」

「今は気にするな……そうだな、少し時間が要る。お前達にはまだ暫くここに居てもらう。何、心配はいらない。牢屋よりは良い部屋を用意させる」



 それから、アレーナとルーアは執務室から退室。一応は解放された事を、皆に伝えに戻る道中。


「まあ、牢ではなくなったというだけで、軟禁は続いているとも言えるがな」

「それはそうだが、見方を変えてみれば、暫くは身の安全を保証された場所にいられると、言えなくも……」

「本当にそうかあ?」

 ルーアは胡散臭そうに周りを眺める。

 至る所に配置されている兵士。見渡す限り誰も彼もがピリピリとしている上、一々睨むようにこちらに視線を向けてくる。

 恐らくは、監視されているのだろう。


「寧ろ野宿より気が休まらないと思うがな。ワシは」

「それは……」

 否定しようにも、正直フォローし辛いアレーナ。


「それにな。ワシも気になる事がある」

 周りを気にしながら、アレーナにだけ聞こえるように気を付けて話かける。

「気になる事?」

「しかしここで話すには……おい、そこの」

 最初に目についた兵士に声をかけ、「手洗い場はどこだ」と尋ねるルーア。

 そして、場所を聞くだけ聞いて無言で方向転換。


「おい待て、何を勝手に……」

 その奔放な態度が看過出来なかったか、尋ねられた兵士が呼び止める。すると、ルーアは怪訝な表情で振り返る。


「急ぎだ。こちらのお嬢様がな」

「ちょっと待てルーア」

「それとも付いてくるつもりか? 全く、淑女の秘め事を覗こうとは、躾けもなっていないのかここの兵士は」

 眉がぷるぷると震えながらも、流石に引き下がらざるをえないのか、それ以上は干渉してこなかった。

「少しばかり時間がかかるからな」

 勝ち誇ったように笑いながら、顔を真っ赤にするアレーナの手を無理やり引いて行く。

「待て、ちょっと待てルーア! 変な誤解を生むような言い方をするな! ルーア!!!!!!」


 それから手洗い場に籠った二人。


「それでだ。さっきセナと話をしていて話して居たことなのじゃが……おい、いつまでむくれている。機嫌を直せ」

「話は聞いている。続ければいい。セナはなんと言っていた?」

 ルーアの正面に立つアレーナは、そっぽを向いたまま彼女と目を合わせようともしない。


「はぁ、まあいいか。それでだな……」



 捕まった後、黙ったままのセナだったが、どうやら落ち込んでいた訳ではなく、ずっと考え事をしていたらしい。


「あの仮面の奴ら、後になって考えてみると、なんか変だと思ったんだ」

「変、見た目がか」

「いやそうだけど、そうじゃなくて。なんであたしらを、すぐに殺そうとしなかったのかなって」

 それは確かにその通り。とルーアも頷く。

 連中、建前上はアレーナさえ殺せればいいというような旨だったが。


「あたしを捕まえてた奴、『潮時』って言っててさ。それがずっと引っ掛かって。だから、何でだろうって考えててさ」

「驚いたな。随分と冷静じゃないか。落ち込んでいるものと思っていたが」

「……責任は感じてる。あたしが迂闊だったって。でも、だからこそだ。あたしは、うじうじしてちゃいけない。少しでも役に立てるように、考えなきゃ。って思ってさ」



 話を聞き終えて、僅かに顔が綻ぶアレーナ。

「そうか。セナは強いな……私も、見習わなくては」

 同意するようにルーアも頷く。

「ああ。……と、感慨に浸っている場合ではない。怪しまれぬよう、手早く済ませなくては」

「そうだな。落ち着いて考えてみると、確かに奴は、こちらが何かをする事に横槍を入れてきたな」

「そう。もしかすれば、最初から殺す気など、なかったのかもしれん。目的はそれではなく、何か別に……」

 互いに情報を整理しあいながら、そこで一つの共通の答えに辿り着く。


「「時間稼ぎ」」

 さらに二人は考える。何故、それが必要だったのか。


「殺されていたのも、操られていたのも兄上の部下、短期に多くの部下を攻撃されたなら、兄上自身も動かざるを得なかった?」

「本当の狙いはあのジークという男……いや或いは、お主ら二人が合流すること」

「合流して、どうすると?」

「さあな。一網打尽……なんて事もあるやもしれんぞ」

 軽い口ぶりでルーアは言うが、アレーナは重く受け止め、暫し黙りこむ。


「無い話ではないな。だが、それなら兄上が現れた段階でも良かったとは思うが」

「それもそうだ。ふむ、まあ考慮に入れておく程度にしておこう。あまり長引かせると、アレーナの腹の具合を心配される」

 忘れかけていたのを蒸し返されたアレーナは、ルーアの襟首を掴み、入り口の戸を力強く開ける。


「ワシが悪かった。服を離してくれ! 一張羅なのだ、襟が延びる!」

 顔を真っ赤に染めながら、アレーナは廊下を力強く突き進んでセイン達の元へ戻っていった。



「おい、いったい何があったんだ!」

 驚くべき光景が広がっていて、アレーナは叫んだ。

 二人が牢へ戻ると、セインが、ジャックによって殴り飛ばされていた。


「おいジャック貴様! セインを任せろと言っておきながらこれはどういう事だ!」

 ルーアが問い詰める。

「待ってくれ。確かに今この場面だけを切り取ると明らかに不味い。でも過程を、過程を一から聞いて欲しい!」

 胸ぐらを捕まれたジャックは、大慌てで対応している。


 その横でアレーナはセインに寄り添いながら、セナに声をかける。

「セナ、君も見ていたならどうして……」

「いや、それがその……」

「僕が、望んだから」

 咳をしながら、掠れた声でセインが言った。


「望んだ? いや、今は待て。セナまずは治療してあげてくれ」

 大急ぎでセナが傷の治癒を始める。

 見る見るうちに傷は消え、体は綺麗に修復される。


「人との戦い方、教えて貰ってたんだ。これからは、ちゃんと……」

「殺さなくても済むように、無力化できる倒し方をね」

「なるほど。それは分かった。それで何故セインを殴る?」

 ルーアが睨みながら問いかける。


「自分の体で実際に受ければ、覚えやすいかと思って」

「セイン、いくらなんでもそれは無茶だ! もし何かあったら……」

「死ぬわけじゃ無いし……セナも、居るから」

 そう言ってアレーナの腕を離れ、口元の血を拭うセイン。

 残されたセナの顔は、今まで見てきた中で、一番辛そうだった。


「セイン! 君は……君はどうしてそこまで……」

 問い詰めようとした。しかしアレーナは言葉が出なかった。

 肩を掴んで振り向かせた彼の顔は、凄く、追い詰められているように見えたから。


「あらあら、お取り込み中でしたか?」

 重苦しい空気の中で、軽い声が響き渡る。

 その場に居た者は思わず反応し、顔を向けてしまう。

「ご夕食に案内しようと思いましたら、まだお部屋に行かれてないようでしたから、こちらに来てみれば」

 セイン達は目を疑った。

 金色の髪、青の瞳、人形のように均整のとれた顔立ち。スラリと伸びた長い手足。

 多少の違いはあれど、その少女の顔や背丈は……見覚えがあった。

「まずは、お召し物を取り替えた方が良さそうですね」

 その少女はアレーナに、よく似ていた。

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