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第三十一話

 何も出来なかった。

 セインは、悔しさで拳を握りしめた。

 強くなりたいと願うのに、未だ何もなせて居ないと。


──自分の力で何も守れない……何のための勇士だよ……!


 自分の弱さへの、怒り。今まで感じたことの無い感情が、セインの中へ、這い寄り始めていた。



 『顔無き者』の襲撃から、一夜が明けた。

 セイン達は捕らわれていた。あのジーク・クライスを名乗る男に。

 どこかの建物、らしい。人里に作られたモノではなく、むしろ離れた所にある。


 個室を用意してくれる、などということもなく五人まとめてあまり広くはない牢の中。ルーアは辟易としていた。


 表情の分からないジャックを除いて、セインもアレーナも、セナまでもが沈んだ表情。

 ただでさえ居心地の悪い所に、辛気臭い顔が並んでいては気も滅入る。


「まったく、どうしてこうなった」

 とぼやきたくもなる。


「おいお主、盗賊だろう。牢ぐらい開けられんのか」

 退屈も限界。他はともかくこいつならいいかと、ルーアはしかたなくジャックにちょっかいをかける。

「無茶言わないでよ。道具も何も全部取られたんだから」

「その珍妙な格好は死守しておいて何をやっとるんじゃお主?! 盗賊の自覚がないのか」


 連行される際、ジャックは顔を暴かれそうになったが必死に抵抗し、最終的にその身を隠すもの以外はすべて差し出していた。


「というかそもそも、こうなったのも半分お主のせいだろう。あの男がなんともいけ好かないのは分かるが、反抗的な態度をとりおって」

「え、ボクのせい?! ……いや、そう言われるとそんな気も……」

「だろう。故に責任を取るくらいはしてみせよ」

「う……とは言え、鉄格子を何の道具もナシに開けるのは……」

 勝ち誇ったようにルーアは言う。

 それに調子を良くしたのか、ついでに落ち込み組にも発破をかけることにした。


「お主らもお主らだ、いつまでも辛気臭い顔をしおって。勿論偶然なんとかなったお陰ではあるが、それでも終わった事だ。後悔ばかりしても意味がないだろう。そろそろ顔を上げんか」

「……すまない」

 ルーアの声に答えたのは、アレーナただ一人だ。それも、余計に暗い顔をさせてしまったようで。

 流石に大雑把にやりすぎたかと反省し、一人一人に声をかけていこうと方針を変える。

 そんな時だ、つんつんとジャックにつつかれたのは。

「なんだ馴れ馴れしい」

「酷いな。それなりに一緒に過ごした仲じゃないか……まあいいや。扉を開けるのは無理だけど、アレーナとセインの事はボクに任せてくれないか」

 狭い所であまり意味はなさそうだが、なるべく他の者達に聞かれないようにか、小さな声で話しかけてくるジャック。

「うん? お主がセインと最近コソコソ何かをしているのは知っているし、それなりに親しいのだとは思うが、アレーナまでか?」

 二人の間にそこまで強い接点があるとは思えないので、ルーアは訝しむ。

「まあ、単に話したい事があるだけさ。このまま口を閉ざして、溜め込まれるよりは、マシだろう?」

 ジャックの言う事も分からないではない。特にアレーナは溜め込んでしまうタイプだ。それはセインもそうなのだが。


 正直、励ますとか、得意でない事はルーアも自覚している。それならば、こっちのとぼけた男の方が、まだ話し相手としてマシかもしれない……と思った。

「はぁ、まあいいだろう。任せておいてやろう」

「色々含みは感じるけど、ありがとうと言っておこうか。ところで、セナさんだけどね」

「なんじゃ。セナがどうしたという」

「君が思ってるほど、彼女落ち込んではないかもよ。話、聞いてみておいてくれる?」


 それだけ言い残して、ジャックはまずアレーナの元に向かった。

 見透かしているような口ぶり。その上いつの間にかあちらに仕切られている。なんだか納得はいかなかったが、渋々、言われた通りにする事にした。



「アレーナ、少し話そう」

 ジャックが声をかけると、アレーナは一瞬顔を上げるが、すぐ気まずそうに目を逸らしてしまった。

 隅の方で膝を抱えているセインをちらりと見遣り、少し悪い気がしながらも、ジャックは構わず彼女の隣に座った。

「アルミリア、そう呼んだ方がいいかな?」

 アレーナが驚いた様子で体を震わせた。


「まさか王女様だったとはね。いやいや、驚いたよ」

「……すまない」

 先程ルーアに返したのと同じ言葉を繰り返す。

 ただそれは、許されようというのではなく、これから責められるのではないかと、恐れているように感じる。


「どうして謝るの?」

「だって……! 私が、私が居たせいで……!」

 彼女は肩を縮めて、膝の上で拳を強く握る。

「君がボクらを、殺そうとしたっていうのかい?」

「そんな事、するわけない! でも、大切な人を、危険な目に遭わせたのは、私のせいだから、私が居なければ……いたっ」

 ジャックはアレーナの頭を小突いた。

 彼女は予想外の事で驚き、少し痛む頭を押さえながら目を丸くする。

「あのねぇ、冒険者やっててそれを言いだしたらキリがないだろう。大なり小なり、危険は常に付きまとうんだから。しかも君達が日夜戦うのは、その中でもとりわけ危険な部類だ。そんな生き方をしていて、生き残れたのにくよくよし続けるのは、ルーアも言ってたけど、良くないと思うよ」

 何かアレーナが言おうとしたが、見るからにまた自責の言葉しか出てこなさそうだったので制止した。


「多分だけど、知っているんだろう? みんな、君が王女だっていうのは。いつも、ボク抜きで何か話してたみたいだしね」

 おどおどとはしながらも、彼女は頷く。


「みんな危険だって承知なんだろう? それを知ってて、君と共に旅をしている。立場のことなど関係なく、受け入れている。いい仲間じゃないか。羨ましいくらいだ」

 話をするうちに、少しずつ、彼女の目に光が戻ってきている。

「だから、君が謝ることがあるとすれば、一つだけ。自分で命を絶とうとした事」

「あっ、それは……みんなが、助かればと……」

 アレーナの返答にジャックは無言だった。

 サングラスを掛けられていても分かる。刺すような視線が向けられているのが。痛い程。


「もう、しません」

「よし」

 耐えられなかった。


「ボクだけじゃなくて、みんなにも言いなよ?」

「……はい」

「じゃあ反省したね。なら、ボクの方からも。ごめんね。守ってあげられなくて」

「え……? いや、そんな、気にしないで……ください」

 何故か畏まってしまう。「私のせいだから」と言いかけたが、怒られたばかりなのを思い出し、口に出来なかった。


「君に怒った手前、ボクも自分を責められないな……これは少しマズったな」

「意外と、真面目なんだな。あなたは」

「え、意外……だった?」

 暫し沈黙。

 多分、本気で言っていたような気がする。そんな風にアレーナは思った。


「それはそれとして。ありがとう。まだ、吹っ切れたとは言わないが、少し気持ちは楽になった」

「まあ、前進させられただけでも良かったよ。あと、忘れないでよ?」

「分かっている。この後ちゃんとみんなには謝る」

 頼れる相手、とは言わないが。この人と話をしていると、気を楽に出来る気がした。

 家族と話す時というのは、こんな感じなのだろうかと。


「ところで、聞いておきたい事があるんだけど、いい?」

「ん、どうした?」

「あのジーク・クライスってやつ。君のお兄さんって事になるんだろうけど。少し態度が悪くないかな。いつからあんなのだったのか、分かる?」

 何故そんな事が気になるのだろうか。アレーナは不思議だった。

 そういえば、先程もやけに王子に反抗的だったが、何が気にくわないのだろう。


 しかし考えてみると……先ほど会ったあの人は……

「……正直、あまり話したこともないので、よく分からない」

「あっ! そう、だよね。ごめん、ほんと……最後に会ったのは、いつ?」

 何故か自分の事のように謝るジャック。

 首を傾げながらも、ひとまず置いておき、思い出せる限りで最近の兄の記憶を辿る。


「私がこの任に就いて大体一年。出る前には、軽く顔を合わせたな。あとは、セイン達と会う少し前……半年ぐらいだったか。城に戻った時に一度。ほとんど入れ違いだったが」

「なるほど……となると、最近って事か」

「なんの事だ?」

「あっ、こっちの話」

 何か考え事をしていたらしい。この状況でもマイペースを貫くのは、良い悪いは置いて少し感心する。


「さてと。君の方はもう、大丈夫そうだね……なんて、呼んだらいい?」

「アレーナで頼む。私は、そう呼ばれる方が好きだ」

「分かった、アレーナ。だね」


 そう言ったジャックの声音は、少し寂しそうだった。

「クライスの王女ではなく、彼らの仲間、なんだね。そりゃそうか。その方がいいよね」

 自分へ言い聞かせるように、彼はそう呟いた。


 話したいことは話したし、聞きたいことも聞けた。

 次はセインの方だと思ったその時だ。


「アルミリア・クライス。出ろ、ジーク様が話があるとの事だ」

 看守らしき男が、話しかけてきた。

「話……とは?」

 少し調子を取り戻したからか、毅然とした態度で応じるアレーナ。

「そこまでは知らん。用件は直接話すとの事だ」

「……分かった。行こう」

「大丈夫かい?」

 心配してジャックが声をかける。

「ああ、いくらかは。いい機会だ、皆を解放してもらえるよう、掛け合うつもりだ」

 意外としたたかな発想をしていた。思ったより立ち直っているらしい。

 しかし、それでも一人でいかせるのは不安が残る。せめてもう一人誰か……


「僕も行く」

 今日、これまで一人黙っていたセインが、突然口を開いた。


「一人で行かせるわけにはいかない。僕も行く」

 おもむろに立ち上がり、目元が薄黒くなった顔を覗かせる。


「ダメだ、お呼びなのは……」

 言い切る前に、鋭い目で、看守を睨む。

「ダメだって言うなら、アレーナは行かせない」

 まるで獣に睨まれているかのような眼光。思わず看守は気圧される。

 仕方なくというように、別の者を呼びつけ、確認を指示して走らせる。


「……許可が出た。一人までなら同行を許すとの事だ」

 それを聞いて有無を言わさぬ様子で歩き出すセイン。

 しかしそれをルーアが阻んだ。


「悪いがセイン。わしが行く」

「どうして?」

 バチバチと、火花が散りそうなほどぶつかる二人の視線。

「適材はワシの方だからだ。お前は譲歩させただけでも充分じゃ」

 そう言われても、まだ納得はいかないらしい。


「セイン。君の力が必要なのは、ここじゃない」

 そこでアレーナが、二人の間に割って入る。

 そして、セインの顔に手を当て、目元の隈を親指でなぞる。


「眠れていないんだろう? もしもの時、君が万全でないと困るんだ。だから、今は休んで欲しい。その時がくれば、必ず君の力が必要なんだ」

「………………分かった」

 それでもまだ納得しきれてはいないようだが、今この場は引き下がる事にしたらしい。


 アレーナは、牢を出る間際に、ジャックに声をかける。

「セインの事、頼む」

 ジャックは頷く。それを見て、少し安心した様子で、アレーナはルーアと共に牢を後にした。


 執務室。そう思わしき部屋へ案内された二人。

 そこで待ち受けていた、ジーク・クライスを名乗る男。


「さて、改めて久しぶりだな。まあ、感動の再会とはほど遠いがな。我が妹」

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