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第二十六話

「もぬけの殻……か」

 金髪の少女がここに居る。その情報を頼りにやってきた宿屋の部屋。

 人の姿はない。あるのは乱雑に撒けられた荷物と、『宿代』とのメモ書きと共に、テーブルに置かれた金のみ。

 金髪で、無精髭を蓄えた長身の男は、怒りに任せてテーブルをひっくり返した。


「まだそう遠くには行っていない筈だ。探せ!」

 その男が引き連れた兵士達は、指示を受けるとすぐさま外へと出ていった。


「小娘が……手間をかけさせてくれる……!」

 兵士が居なくなった後、また力任せに壁を殴り付ける。

 その直後だ、背中に"風"を感じたのは。


「逃げられたのか、ゴルド」

 低く、落ち着いた声が聞こえた。

 全身に悪寒が走る。凍るかのように、体が強張る。

「聞けば彼女の側から接触があったそうだが。何故わざわざ見逃した?」

 何が分かるという……とゴルドと呼ばれた男は奥歯を噛み締める。


「こ、この様子だと、ろくに準備する時間もなかったらしい。だとすれば、ここを出てもそう長くは持つまい」

「……まあいい。そちらは私が対処しよう。貴様は計画を実行しろ」

 震えながらも頷くゴルド。

「せっかくの機会を逃してまで準備を進めたのだ。抜かることのないようにな」

「ああ、分かっているとも」

 それを最後に背後から気配は消えた。

 ゴルドは「魔族風情が……」と呟く。


 宿の外に出て従者を呼びつける。

「支度は済んでいるか」

「ええ、いつでもいけます」

「ならば行くぞ。王都へ進軍する」



 時を少し遡る。

 赤い目の魔獣との戦いから一夜明け、セイン達の元に、ジャックと名乗る人物が訪問してきた。


「セナさん、これはお礼のお菓子。この辺で買えるものだけど」

「気にしないでもよかったのに。ありがと、みんなで食べるよ」

「せっかくだ、お茶を淹れよう。貴方もどうだ?」

「ならご厚意に甘えさせてもらおうかな」

「分かった。少し待っていてくれ」

 アレーナが紅茶の用意をしている間に、セナが受け取ったばかりの菓子折の包みを開ける。

 中身は個包装のされた焼き菓子の詰め合わせだ。

「あ、こらルーア! 勝手に取ってくな!」

 するとすかさずルーアが横から手を伸ばし適当に鷲掴みしていく。

 振り返った彼女は既に食べ始めてしまっていたので取り返すのは諦め、セナは深くため息。


「みんな何がいい? ちょっと少なくなっちゃったけど」

 言葉尻の語気を強めながらとある人物を睨むが、当の本人は気にも止めずに目を細めて頬張っている。

「ボクの事は気にしないでくれたまえ。持ってきたのに戴くというのも様にならないだろう」

 ジャックに促されると、アレーナはちらりと一点に目を向けるも、すぐに逸らした。

「私は……いや、セイン、先に選んでくれ」

「え、僕が? うーん……」

 ゆるりとベッドから起き上がり、覗き込むセイン。


 そして、それをジーっと見つめる。

「えっと、クッキー……あ、でも普通のとチョコかかってるのあるんだ……ケーキ、は数が少ないし」

 単に選びかねているどころか、なんだかハラハラとした様子でチラチラアレーナが見てくるものだから、余計に困る。


「じれったいなぁもう……はい、これセインの分」

 見ていられなくなったらしい。

 セナが見繕ってセインに突き出した。

「えっ。うーん……まあいっか。あ、おいしい」


「アレーナの分はこれ。いいでしょ?」

「……! ああ、充分だ。ありがとう、セナ」

 それには、アレーナが先程からチラチラと取られないか気にしていたバームクーヘンが。

 平静を装って振る舞ってはいるが、なんとなく嬉しそうなのは見て分かる。


「どうぞ。口に合うといいのだが」

 それから、アレーナが淹れた紅茶をジャックの前に置く。

「ありがとう、いただきます」

 と、差し出された紅茶に手をかけたジャックは、そこで手を止めた。


「あの……飲みづらいんだけど」

 四方向から一点に集められる視線に自然と動きが止まる。

「飲んだり食べたりする時、どうするのかなって」

 口元を指差しながらそう聞いてきたのはセインだ。

 ジャックは暫く黙ったまま、動きを止める。


「そうだね……じゃあ、これで。あまり行儀はよくないけど」

 腰のポーチから折り畳まれた新聞を取り出し、それを広げてセイン達からは見えないように左手で抑える。

 その奥で、空いた右手でこそこそとマスクを下ろして紅茶に手を伸ばす。

 すると、なんとなく残念そうにする一同。


「そこまでするか。何ゆえ頑なに顔を隠そうとするのじゃ。よっぽど自信がないのか」

 というルーアの問いかけに、彼は新聞から顔の上半分だけを出して答える。

「秘密があった方が、かっこいいでしょ?」

 そう言って彼は音を立てることなく紅茶を口に含んだ。

「あ、おいしい」

 ぽかんと、呆気に取られるセイン達。


「さてと、そろそろお暇するよ」

 紅茶を飲み終えたジャックが席を立つ。

「ろくにもてなしも出来ずにすまないな」

「いいや、この一杯で充分さ。とても美味しかった。なんだか懐かしくなるよ」

「懐かしい?」

 首を傾げるアレーナに、「こっちの話だよ」とだけ彼は返す。

「そんな風に言ってもらえたのは初めてだ。これぐらいで良ければいつでも来てくれ」

 その時自分の背後で、ぴくりとセインの肩が震えた事をアレーナは知らない。


「嬉しい話だけど、ボクはもうこの街を出るから。もう会えるかどうか……」

 それを聞いて、アレーナは少し寂しそうだったが、すぐにまた微笑む。

「なら、いつかどこかで会えたなら。その時振る舞おう」

「……不思議だね、そう言われたら、なんだかまた会えそうな気がする」

「私もだ」


 ジャックが退室し、アレーナが振り替えると何故か皆が戸惑っているようだった。

「みんな? どうしたんだ、そんな目をして」

「なんていうか、珍しいなと思って、今みたいに話してるの」

「え、何かおかしかっただろうか……」

 セナは首を横に振り、「むしろ……」と続ける。

「楽しそうだったよ。ほとんど初対面相手に、あんなに喋るのがちょっと驚いたっていうかさ」

「そうだろうか。……いや、そうだな。私はどちらかというと、人見知りする方だからな。だが、なんだか彼は話しやすくてな」

 微笑みを浮かべながら、どこか遠くを見つめている碧の瞳。


 しんと静まったその中で、おずおずとセインが空になったカップを挙げる。

「アレーナ。おかわり、貰っていい? ……砂糖、なしで」

「それは構わないが、いいのか? 苦いのは苦手だったろう」

「えっと、お菓子もあるし、いいかなって」

「ああ、そうだな。その方がお互いの味を邪魔しないし。少し待ってくれ、すぐに淹れよう」

 嬉しそうに紅茶を淹れ直してセインに差し出すアレーナ。


 そしてセインは……とても我慢しながら、それが出ないように顔に力を入れて飲んでいた。

 それから「どうだ?」とニコニコ尋ねてくるアレーナに、「おいしいよ」と口の両端をひきつらせた、笑顔のような何かで答えていた。


 そんな様子を何やってんだとセナは呆れ、ルーアは声を殺して笑っていた。


 それから少しして、片付けていた所。

「あっ、ジャックの奴、新聞置いてってる」

 彼の座っていた席に置いてあるのをセナが見つけた。

「これは……わざわざ返すべきか判断に困るな」

 それを見たアレーナは苦笑いで話す。

 彼は街を出ると聞いていた事もあって、捨ててもいいかとそれを受け取った時だ。

「この新聞、日付が一月ほど前だな。どうしてこんなものを?」

「何か、大事な事が書いてあったんじゃない?」

「そうだとすると、捨てるわけにもいかなくなるが……」


 セインに言われ、少し気になったアレーナは、新聞の内容を確認する。

 最初は何気なく目を通していたが、次第に文章を追うその目付きは深刻なモノへと変わっていく。

「アレーナ、どうしたの?」

 その様子が気になったセインが心配して尋ねる。

「調べる事がある」

 そういって、アレーナは早々に部屋を後にした。



「この記事を見てくれ」

 部屋に戻るなり、テーブルに新聞を広げるアレーナ。

「これ、ジャックが置いていった新聞?」

「そうだ。セイン、これにはこの近くで落盤事故が発生し、査察中だった王子が巻き込まれ怪我をしたとある。そして、療養のため暫く公の場には出られない。と」

「王子? それってもしかして……」

「クライス王国の王位継承権第二位、ジーク・クライス。私の兄に当たる」

「アレーナのお兄さん?! 大変じゃないか。お見舞いにいかなきゃ……」

 慌てるセナを宥め、一度席に座らせる。

「いやセナ、その必要はない……かもしれない」

「なんでだよ!」


「確かに王子はここ暫く、姿を見せていないようだ。一切な」

「まさか、療養というのは建前で、実際は違うかも。とお主はそう言いたいのだな?」

 ルーアの問いかけに、ただ頷いて返す。


「ああ。まず落盤事故とあるが、調べた限りではここ半年程、地盤が緩むような豪雨に見舞われた記録はない。そして、何よりこの査察が、『何を目的としていたか』だ」

「ほう?」

「お前達も行っただろう、カジノに。あれはこの街の産業の中でも一、二を争う程の収益を上げているものだ。そしてそれを管理するのはここの領主。私の叔父ゴルド」

 それから、アレーナは肩にかけていた鞄から、一つ資料を取り出した。


「この査察は兄が国内を周り慰問するという建前で、ここのカジノから出ている不明瞭な支出、それに対する監査を行うつもりでいたらしい」

「お主の叔父には、何やら後ろめたいことがある。そこに原因不明の落盤事故が、偶々王子がこの地を訪れようとした時に起きた、と。なるほど、どうにもキナ臭いな」


「それで、王子様……アレーナのお兄さんは、どうなったの?」

「私には兄が一人、そしてその上に姉が一人居る。一応私を含め、次の王位を継ぐ事の出来る権利を持っているんだ。その順位は姉のステンシア、兄ジークそして、私。だが、この他にもう一人、継げる可能性を持つ者が居る、それが……」


「お主の叔父、ゴルドとやらか」

「そう。ここからは推測だが、査察の件は時期を早める切っ掛けに過ぎず、元より企まれていたのではないか。と思う。私の命でさえ、狙われた事もあるのだから」

「じゃあ、もしかして……」

 あまりそういう事は得意ではないセインも、察しがついたらしい。


「もし継承権を持つ者が亡くなったとすれば大事だ。混乱をもたらすのは想像に難くない。だから敢えて、今は公に出られないこととしているのではないか……と。実際、出所は分からないが王子は亡くなったという噂も出回っている」

「ちょっと待って、色々な事一気に聞きすぎてまだ整理つかないけどさ、一つだけいい?」

「どうした、セナ」

「もしかして、あたしらがここに居るのって、すっごくヤバいんじゃないか?」


 しん……と静まり返った室内。それは嵐の前の静けさ。


「ああああああああマズい! 確かにその通りだ。私、丁寧に書状まで出してここに居ますと教えてしまったぞ!」

「まず落ち着こうアレーナ?!」

「お主、意外とすぐテンパる方なのじゃな」

「そ、そうだな。落ち着こう。少し……そう、まずは必要最低限なものだけ纏めよう。そして……そして……」

「「「そして?」」」

「窓……窓から出よう」



「ねえ、何してるの? キミ達」

「えっ?! あ、ジャック! これはえっと……ああっ!」

 窓から出ようとした所を見られ、焦ったアレーナ思わず手を緩めて落ちる。


「アレーナ、大丈夫?!」

 身軽に壁を蹴りながらするりと降りて、アレーナに駆け寄るセイン。

 アレーナは顔を両手で覆ってうずくまっている。


「セナ、アレーナ頭打っちゃったかも! 早く降りてきて!」

「あ、バカバカバカ!!!! 上見るな! 今行くから、あっち向いてろバカ!」

 顔を真っ赤にしてスカートを押さえながらセナは紐を伝って降りていく。

 とそんな彼女を横目に、ルーアは窓を飛び出し、ふわりと地面に着地する。と、無神経にセナを呼び掛けるセインの頭を掴んで無理くり逸らさせた。


「アレーナ大丈夫か? 今、今行くから!」

「……しにたい」

 アレーナは全く動かぬままだが、耳が茹で上がったように真っ赤になっている。


「キミら、盗賊にでもなるつもり? 随分賑やかだけど」

 困惑しているような、少し笑っているような、そんな声音のジャック。


「ワシらも色々あってな。早急に街を出る事になった」

「……窓から出ていかなきゃいけないくらい? 正門に行くなら、大通り行った方が早いんじゃない?」

「お主の方は何故こんな裏路地に居る。街を出るのだろう?」

「それはまあ……近道……みたいな?」

「正門に行くなら大通りからの方が早いと思うが」

「お互い様、って事かな。キミ達、何をやらかしたのかは知らないけど、良かったら付いてくる? ボク、この街の事はちょっと詳しいんだ。目立たずに街の外へ出る道も知ってるよ」

 今の問答で、彼にもある程度状況が伝わったらしい。


「いや、それはありがたいが、貴方に迷惑がかかってしまわないか?」

 ようやく立ち直ったらしいアレーナが、咳ばらいをしつつ声をかける。

「気にしないでよ。ボクも、訳アリなんだよ。それにキミには、借りがあるしね」

「私が?」

「おいしい紅茶、淹れて貰ったから。そのお礼。まあ、ボクを信じられるなら、だけどね?」

 アレーナは横目でセインを見る。すると彼は「大丈夫」と笑顔で返す。

「ジャックは、信じていいと思う。悪い人って、感じしないから」

「分かった。セインが言うなら、信じよう。……ジャック、頼む」

「よし、じゃあ行こうか」



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