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第二十五話

 それは日暮れと共に起こった。

 賑わい、活気に溢れていた街は今、閑散としていた。


 響くのは、何かがぶつかり合う音。

 それは冒険者達と、街を襲う魔獣の群れとの戦いの音。


 その中を脇目もふらず、セイン達四人は街を駆け上がっていく。


「ワシが丁度結界を解いた頃に帰ってくるなり、いきなり「戦いの用意をしろ」とは驚きもしたが、いやいや中々いい勘を持っているではないか」


 先頭を走るセインに目を向けルーアはニヤリと笑いながら語る。


「でもいいのか? 魔獣無視して」

「セナ、周りに居る魔獣を見てみるんだ」


 アレーナの言葉通り、周囲を見渡す。

 手足が長く、建物の間を器用に駆け回る獣、大きな牙や、角の生えている獣……ざっと見るだけでも様々な種の魔獣が冒険者と戦っているのが分かる。


「あれだけ多様な魔獣がいながら、一匹として『魔獣同士で争っていない』んだ。普通ならテリトリーの中に別種が入り込めば縄張り争いが起きるはずだ」

「てことは、つまり?」

「裏で奴らを統率している者が居る、ということだ。そして恐らくそれは私達にしか倒せない……だろう? セイン」

「そっか、赤い目の魔獣!」


 セインは振り向く事なく無言で頷いた。


「街を襲っているのは普通の魔獣なようだし、街の冒険者達で対処できるはずだ。むしろ、奴らを対処してもらっている間に私達は一気に本命まで辿り着かなければいけない」

「ずっと前、アレーナと初めて一緒に戦った時も今と似たような事があった。その時は赤い目の魔獣を倒したら他の魔獣は離れていったし、多分、今度も」

「そっか、分かった。あたしらにしか出来ないことをやるって訳だな」


 アレーナとセインの言葉で納得したセナは、迷いのない足取りで進み始めた……しかし、ふと、目に入ってしまった光景に、足を止めた。


「セナ、どうしたの?」


 それに気がついて、セインが振り返ると、彼女の視線の先には傷ついた人々の姿があった。


「誰か、治癒魔法を使える奴は居ないか! こっちに怪我人が居るんだ!」


 声を上げる冒険者。その後ろには避難してきたらしい民間人の姿もある。


「セナ、行って」


 長い付き合いなのだから、何も聞かなくても分かる。放っておけないんだろう。今、傷ついている人達を。


「行ってって……でも、それじゃ……」


 しかし、治癒や浄化を行えるのはこのパーティーでセナだけ。その間で、迷っているのだという事も。

 心配をさせてしまうのは、自分のせいだろうというのも分かる。


 だからこそ、背中を押すのは自分の役目。


 セインは、下げていた勇士の剣を引き抜いて……それを、背後に勢いをつけて投げる。


 一同は目を見張った。それは、背後に居た魔獣の脳天に的確に刺さり、一撃で息絶えさせたのだから。


「今度は大怪我はしないようにするからさ。セナは、今セナにしか出来ない事をやってよ」

「……あっ、うん。分かった。絶対、怪我すんなよ!」


 状況を飲み込むのに一瞬時間がかかった。それだけ、鮮やかだった。見とれていた。

 知らぬ間にまた、彼は強くなった。寂しさはある。だが、彼は迷いを晴らそうとしてくれたのだから、いつまでも悩んでいる訳にはいかない。

 そうして、セナは怪我人の元へ向かう。


 セインは剣を回収して、アレーナの元まで下る。


「アレーナも、行きたいって顔してるね」

「っ……それは……」


 驚く彼女に、優しく笑みを浮かべ、


「分かってる。ああいう人達を助けるのだって、アレーナの役目でしょ。僕はあの魔獣を倒すから、こっちお願い」


 と、背中を押す。

 しかしそれでも、見知らぬ人に受け入れられる自信がないのか、足踏みしている。


「大活躍してきなよ。領主さんに恩を売れるくらいにさ。そうしたら、会わないわけには、いかなくなるでしょ?」


 などと、悪戯っぽく笑みを浮かべながらウインクするセイン。

 それを聞いたアレーナは目を大きく見開いて、そのすぐあとに思わず吹き出してしまう。


「まさか君からそんな小狡い言葉を聞くとは思わなかった。……分かった、こっちは任せてくれ」

「頼んだよ」


 お互いの目を見つめ、頷く二人。


「じゃ、ルーア行こうか」


 そして、どちらも見送る事なく背を向けてそれぞれの向かうべき先に走りだす。


「まったく、随分とハッタリを効かせるようになったではないか。どこで覚えた?」


 先を行くセインの背に向けて、ルーアが可笑しそうに告げた。

 そんな彼女に、一瞬だけ視線を向けるセイン。


「さあ? 誰のせいだろうね」



 それから間もなく街の入り口まで辿り着いたセインとルーア。


「ふむ、まあ予想はしていたが、外には魔獣がひしめいているなあ」


 街を守る防壁。その上に立ち様子を観察する。


「あれだけ居るのに、街の中に入った魔獣は結構少ないね」

「そらまあ、伊達に流通を担う港町ではないという事だろう。住人の避難も早かったようだしな……とまあ、それはさておき。ここからどうする? 居るとすればあの先だろうが」

「うーん、あれを力押しで突き抜けるのは厳しいよねえ」


 困った様子でセインは両手を上げる。


「どうした、カッコつけて来た癖にもうお手上げか」

「そうだね。地上から突破するのは、諦めた方がいいかも」

「ほう……」


 後ろ向きな言葉とは裏腹に、彼の目はじっと先を見つめていた。



 先も見えないほどの真っ暗な闇の中、ルーアは何不自由なさそうにすいすいと進む。


「しかしまあ……妙な気分だな。体の中にこう、何かが入ってるというのは」

「そう? 僕ルーアやセナが入っても気にしたことないけど」

「お主とでは状況が違うだろう。こっちは物理的に入られてきておるのだぞ。なんというか、異物感というか、違和感というか……こんなこと、初めてじゃから」


 と、恥じらうように頬を赤らめて手を当てる。


「なにやってんの?」


 思いっきり意図が通じていないので、よく考えたらセインからは自分が見えてないことに気付き一気に頭が冷えた。


「で、どの辺だ。もう大分進んだと思うが?」


 色々鬱憤が貯まってきたのか、不満げに声をかける。


「もうちょっと右かなあ……あ、少しズレた……うん、そこ。ここが真下だよ、一気に上に上がっちゃって!」


 よしきた、と嬉しそうにルーアは飛び上がる。

 矢の如く真っ直ぐと飛び上がっていくと、やがて、天井のようなものを突き抜ける。


 水面を飛び上がる魚のように地面の中から飛び出たルーア。その勢いで、そこに居た何かに突撃し、着地する。


「ふふ、手応えはあった。倒せんまでも、手傷ぐらいは負わせてやったか」


 体を慣らすように動かしながら、敵の方を見る。


「おっと……」


 月明かりに照らされ露になるその姿。それは、いつぞや現れた影のような魔獣。

 以前と少し違う姿をしているのは、恐らくは人型になるのは攻撃の時だけなのだろう。

 モヤモヤとして、はっきりとした形を持たないその魔獣は、恐らくは傷だったであろう裂け目も、一瞬で元に戻してしまった。


「魔法抜きでは傷一つつかぬか。全く面倒な」


 などと口では言いつつ、口元は不敵に釣り上げられている。


「今日のワシは体力も鬱憤も持て余しているからな、まとめて発散させてもらおう」


 新しい体にしてからの戦いは初めて。どれだけやれるかと内心ウズウズしていた。


 そんな時。


「……ん。体が崩れてきたな」


 はぁ……と大きくため息をつく。


「まったく、これからがいい所だというのに。……セイン準備は出来ているか?」


 どこへ向けるでもなく、魔獣を視界に収めたままそう告げると、


「ごめん、ちょっと目が回ってる」


 またため息。

 そんな事を言われたところで、向こうは待つ気などないというのに。


 現に今この瞬間を好機とみたか、鎌のような腕を伸ばし大きく振りかざしてきている。


「提案してきたのはお主だろうに。少しは備えをしておけ」


 降ろされた攻撃を片腕で受け止めながらルーアは言う。


「ごめん。もう大丈夫だから」


 受け止めた部分から徐々に全身へと亀裂が走っていく。

 それから魔獣の腕を払いのけ、後ろへ飛び退く。


「よし、なら初撃の勢いだけ付けてやる。上手くやれよ」

「了解」


 そのやり取りの後すぐに、ルーアは姿勢を低くし魔獣へと全速力で迫る。

 その突進を二本の腕を伸ばして防ごうとする魔獣に、ルーアは頭からぶつかる。


 突進そのものは防がれた。だがそれでも尚、力強く押し続ける。

 そんな無茶が祟ったか、全身に亀裂が走り、直後その体は砕け散る……が、その時中から人が出て来て、瞬時にガードの甘くなった懐へと潜り込み腰から剣を引き抜き一閃──それは、魔獣の体を斬り裂いた。


 雲の切れ間に、月が垣間見える。それは、魔獣を切り裂いて高く掲げられた剣を照らす。

 ……銀に輝きを放つ、退魔の力を帯し剣。『エスプレンダー』。


「初めて使ったけど、力がよく通るのが分かる。いい剣だね」


 降ろした剣を眺め、頼もしそうにそれを見つめている。

 それを霊体となったルーアは彼の背後から眺めていた。


「油断するなよ、まだ奴は生きてる」


 致命打……とまではいかないが、確実に魔獣へとダメージを与えられた。

 それでも、まだよろよろとセインから距離を取るだけの判断力はあるらしい。


「次は仕留めるよ」


 魔獣を目の前に据え、剣を構える。

 彼の目からはいつもの快活さは消え、鋭く、獲物を捉える。


 互いが互いを見据えて暫く動かなかった。

 そして、雲の切れ間から覗いていた光が途絶えた瞬間……動いた。


 魔獣は闇に紛れて姿を消す。

 思わぬ行動にセインは隙だらけ。そこを突かれて死角から魔獣の一撃。


 ルーアが口にして伝わる頃にはもう遅い。魔獣の刃が彼の背に触れ、衣を裂く音が鳴る。


 直感か、紙一重で回避するセイン。

 うっすらと服が赤く滲んでいるが、服の切れ目から覗く傷口は、それほど大きくは無いようだ。


 奇襲が失敗し、魔獣は再び闇に紛れる。対して、セインはそっと、まぶたを下ろす。

 恐らくは、あの魔獣の居所を突き止めた時のように、感覚だけで位置を探っているのだろう。


 空を裂く音が響く。

 一度だけでなく、二度、三度……執拗に、繰り返し行われる斬撃。

 しかしそれらを、セインは悉くかわしていく。


 それも、最初こそ体に掠めていたが、徐々に髪の先さえ切らせない程に巧みにかわし、そして……


「そこだ!」


 腕の鎌を振り上げる隙を見いだし、振り向き様に一閃。魔獣を斜めに斬り上げ、その体を二つに裂いた。


 ──みとれていたのか。あやつの剣に。


 塵のように消えゆく魔獣を背に、剣を納めるセインの姿。それ以外がその目に何も映らない。


 ──まったく、驚かされる。教えた以上に、奴は強くなっている。これならば……


 きっと、いずれ訪れる決戦の時であっても、と期待せずにはいられない。


 その時のルーアの目には、再び垣間見えた月明かりに照らされた彼の立ち姿に、かつての勇士のそれが重なってみえた。


 しかしそのすぐ後、こちらを向いたときに優しく笑みを浮かべるその顔は、間違いなくセインだ。


「戻ろっか、二人のところに」


 街へと足を向けるセインを追いかけるように、ルーアも進み出す。


「はぁ、まったく。作りたてだったのに、また新しく体を作らねばならん」

「ごめんって。でも、ルーアって地面の中自由に動けるし、アレを抜けるならこれしかないと思って」

「まあ、手としては悪くはないがな。我一人損をした気分なのは、どうにも……あっ」


 ふと、何か気がついた様子で、少し口の両端がつり上がる。

 それに気づくと、セインは何をされるかと身構えた。


「お主、右肩の辺り怪我しておるな」

「えっ? ああ、さっき斬りつけられたとこ……でもこれぐらい大した傷じゃないよ」

「だとしても怪我は怪我だ。帰ったらセナが何と言うかな」


 セインの顔が少し青ざめる。どうやら理解したらしい。


「……何をしたらいい?」


 さっきの凛々しさはどこへやら。困った様子で、すがるように視線を向けてくる。


「そういうのであれば手伝って貰おうか。我の体を作れるほどの土をかき集めてくれ。何、終わる頃には傷も塞がっておるだろうよ」


 しかし今はまだ、そんな少年らしい姿を見せてくれることがなんとなく安心する。



 それから一夜が明けた。

 あの後、目論見通り、街に襲いかかってきた魔獣の群れは正気に戻って霧散し、残っていた魔獣も冒険者達によって退治された。


 今はもう日も高く昇り、昼に差し掛かろうとする頃。

 アレーナとルーアが、セイン達の部屋に集まって休息を取っていると、誰かが戸を叩く音。


「すみません、セナって人の部屋、ここで合ってます?」

「そうだけどー」

「そうですか、入っても大丈夫ですか?」

「別にいいよー」

「えっ!」


 トランプで遊びながら、ほとんど反射的に返事をするセナ。それを聞いて、正面で相手をしていたアレーナが慌てて身なりを正し始める。


「お邪魔しまー……出直すよ」

「あっ、いや……すぐ終わるので……」


 男が部屋に入ってくるなり、寝ぐせで跳ねた髪を手ぐしで整えるアレーナを見てスッと扉の外へ出た。


 それから少しして、部屋の外で待つ男を招く。


「あの、どうぞ……」

「どうも……それでいいのかい? 君」


 タオルを頭に巻いて誤魔化したアレーナの姿に、思わず困惑しているのが声で分かる。


「いやその……誰とも会うつもりじゃなくて部屋からなんの用意も持ってきていなくて……」

「なんか、ごめんね。急に来ちゃって」


 その会話を聞いて、何やら聞き覚えのある声に、もしやと思って、一人離れてベッドに寝そべっていたセインは起き上がる。


「あっ、やっぱり」

「ん? おやおや。このやりとりは何度目だろうね」


 そこに居たのは、ここ数日で何度も目にした、怪しい風貌の男だ。


「どうしてここに?」

「ああ、そこのセナさんに昨日怪我を治して貰ったからね、そのお礼をと思ってね。そうか、君の仲間だったんだね」

「そんなの気にしなくていいのに。てか、今思い出した。昨日展望台で見かけた人だったんだ」

「ほう、偶然もあるものだな。で、セインこの妙な格好をした男は何者だ?」


 ルーアが問いかけるとセナとアレーナは苦笑いし、当のセインはジッと男を見つめてから、困った様子で、


「そういえば、聞いてなかったよね、名前」


 と問いかける。

 驚くルーアをよそに、男は何の気なしに答えてくる。


「そうだったね。君は、セインか。ボクの名前はジー……」


 言いかけて、男は言葉を引っ込め何か探すように辺りを見回して、最後にテーブルに広げられたトランプに目をつける。


「ジャック……ボクの事はジャックと呼んでくれ」


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