第二十三話
賑やかな商店街から、少し外れた所にある、静かな喫茶店に来たセイン達四人。
テーブル席を囲うようにして座り、セインとルーアがそれぞれメニューに目を通して注文を決めている中で、セナとアレーナは、唖然とした様子でルーアに視線を集中していた。
すろと、それに気がついた彼女は、からかうように笑みを作る。
「どうした? みとれてしまうのも無理はないが、あまり見つめられると、ワシも照れるぞ」
「いや、そういうのではなく……」
「まだ頭が追いついてないっていうか」
二人の言葉に、ルーアは楽し気に笑う。
それは突然のことであった。
街に入る時、何か用があると一度別れたルーア。その時はもちろん、見知った幼女の姿だったのだ。
だがそれから半日程度、再び会った彼女の姿は大きく変わり、歳にして十四くらいの少女になっていたのだ。
その結果セイン以外、彼女がルーアだと気づかずに、弄ばれる事となった。
「で、どうしたのそれ」
と一人冷静なセインが、ルーアを指して問いかけると、少し不満げな様子で彼女は視線を返す。
「お主に見破られていたのだけは残念だ。もう少し遊べるかと思ったのに」
「そういうの、一回痛い目に遭ってるからね。すいませーん、アイスコーヒーください」
彼はそう言って、苦い顔をする。
その発言に思う所があったのか、ばつが悪そうに顔をそむけた。
「……あれ、か。そればっかりは仕方がないな。あ、ワシはパフェを一つ頼む。あとぶどうジュース」
「ルーアが気にする事じゃないけどね。……それで?」
「ん? ああ、この姿になった理由だったな。まあ近頃、何かと思う所があってな。幼女の体は、維持魔力こそ少なく済むが、魔力の出力となると制限を受ける。あまり度を超した魔法を使えばすぐに耐えきれなくなるからなあ」
持ってこられたぶどうジュースに口を付け、酸味に少し口をすぼめた後、満足そうな甘い吐息。
「うむ、味覚の調整も上手くいった。……でだ。セインに稽古、あれは魔法を使う事で魔力精製のリハビリも兼ねていたのだ。お陰である程度回路も回復したのでな、今までより強い魔法にも耐える体を作ったというわけだ」
「なるほど。話を聞いてようやく頭がまとまったよ。要はこれからの戦いに備えて、という事だな?」
アレーナの問いかけに、軽く頷いて返すルーア。
「まあ、それが理由の一割といった所だ」
「「えっ?」」
何の気なしにそう言ってくるルーアに、セナとアレーナは口が揃う。
「他に理由があるっての?」
「ああ、あるぞ。むしろこっちとしては残りの九割が大事だ」
真剣で憂いを帯びた表情の彼女に、二人は思わず息を飲む。
「それは、いったい……?」
「うむ。思う所がある、と言っただろう? もちろんさっきのもその一つだが、もう一つ……最近、からかってもスルーされるようになったからな」
「は?」
何を言っているんだコイツ。言葉にはしなかったが、セナの顔は全力でそれを訴えかけている。
「それはまあ、旅をしていく中で、距離が近くなったというのはあるだろう。いやしかしお主ら妙に擦れてきてしまったというか、からかいを受け流されるようになり……ワシはそれが悲しい」
頬杖をついて、流し目で下を見つめながら、ため息。
「きっと、馴れてしまったが故に、ワシが元々悪魔であるという事を忘れてしまったか……幼女の姿を取るが故に、嘗められているのか。そう考えたのだ」
「ああ、そう……店員さん、あたし炭酸水ください」
「えっ、あの……セナ? いいのか?」
「アレーナ、あいつの話を真面目に聞いてると身が持たない」
すっかり話から興味の失せたセナ。それに対してどうすべきかと両者の間に視線を行き来させてあたふたするアレーナ。
「とまあ、そういう訳で少しだけ大人の姿になって、お主らをからかってやろうかと思った訳だ。セインはともかく、久しぶりに戸惑うお主らを見てワシも満足だ」
「あーそーそりゃよかったねー」
気のない返事をして、ストローから炭酸水を吸い上げる。
しかし当のルーアはそんな反応も織り込み済み、と言わんばかりに余裕の笑み。
テーブルに置かれたパフェから、上の部分をスプーンで掬い取り、コーヒーを飲んで顔をしかめていたセインのコップに置いてやる。
「ところで、だ。セイン、どう思う? ワシのこの姿」
「どうって?」
素で首を傾げるセインに、やれやれ、とわざとらしく肩をすくめてみせる。そして、体を少し彼の方に寄せ、まじまじと見つめながら自分の顔を指差す。
「かわいいかどうか聞いているのだ。それくらいは分かれ」
「んっ!!!!」
「セナ! 大丈夫か?!」
彼女の投下したふいうちの発言に、炭酸水を気管につまらせセナは咽かえる。
「おやおや、気を付けろよ。セナちゃん」
ギリっと睨まれながらも、意に介さず、心配そうにセナに目を向けるセインの顔に指をそっと当て、自分の方へ視線を向けさせる。
「あっちは大したことは無いだろう。それよりどうだ?」
「えっ……うーん、可愛いんじゃない?」
と、セインは戸惑いながら答える。
「イマイチな反応だな? こういうのは好みに合わないか。それとも……」
そう言いながら、一瞬、アレーナの方に視線を向けて続ける。
「もう少し、年上の方が好みかな?」
思わず顔を上げてしまうアレーナと、彼女の方に視線を向けたセイン。
結果的にお互いの視線が合う形となり、すぐさま二人は視線を逸らした。
それを見たルーアは、楽し気にパフェを口の中へと運び、とろけるように口元をほころばせる。
「ああ、満足した……」
*
「それで、この後は何か予定はあるのか?」
喫茶店を後にして、ぶらぶらと街を散策する四人。
「私は一度宿に戻る。叔父上に面会を取り付けるための、書状を書かねばならないからな」
「自分の叔父に会うにも許可が要るとは。難儀なものだな」
「叔父である前に相手は領主。多忙な身だ。予定を取り付けない事には、会う事も難しい」
「じゃあ、僕達も宿に戻ろうか」
と、引き返そうとするセインをアレーナは止める。
「いや、せっかく来たんだ。私の都合で籠らせるのは申し訳ない」
「だけど、アレーナ一人きりにするなんて……」
「いいんだセナ。せっかく外の世界に来たんだ。部屋に籠るなんて勿体ないことせずに、街を楽しんできて欲しいんだ。二人には」
当の二人はどうしたものかと顔を見合せ、悩んでいた。
「二人とも、どうせすぐには用は終わらないんだ。明日は私も一緒に街を回る。先に見てきて、良いところがあったら教えて欲しい」
「そう言われたら、断る訳にはいかないよね」
「わかった。あたしらに任せて」
アレーナの願いに、セインとセナは納得してそれを受け入れる。
それから、宿の前でアレーナと別れると、二人の間に立って肩を寄せるルーア。
「さて二人とも、どこか行きたい所はあるのかな?」
そう言われて、考えはするものの、特別思い付かない。
「だろうな。セインもセナも、今まで碌に娯楽に触れる暇もなかったからな。と、いう訳でだ。ここはワシが、お主らに遊びを教えてやろう」
自信ありげな彼女に、他に思いつきもしないから仕方ないものの、不安を感じる二人だった。
*
「やった! セイン見てくれよ、また当たったよ!」
「さっすが、昔から勘はいいからね!」
一瞬首を傾げはしたものの、まあ誉めてくれてるんだろうと素直に喜ぶセナ。
「思った通り、セナは運がいい。連れてきて正解だった」
そう彼女らの背後でほくそ笑むルーア。
あの後彼女がセナとセインを何処に連れてきたのかというと……カジノである。
そしてセナは言われるがままにルーレットに挑戦し、始めてからここまで五連勝。ポーカーフェイスのディーラーもうっすらと汗を額に浮かべている。
「そろそろ僕も何かやってみようかな」
「お、それじゃあ折角だし勝負しようよ。得点が多い方が勝ち! あたしの半分やるから、こっからな」
得点というのは賭け金の事だ。二人は、ルーアに遊技場とだけ言われて連れてこられたので、そもそも賭け事という認識がなく、そもそも知識もない。
そんな彼らに不都合な事は上手く誤魔化しながら説明するにあたって、ゲームに勝った得点とした。
「分かった。じゃあ一時間したら結果を見せあうのでどう?」
「いいぞ、それでいこう」
セインはセナからカジノのコインを半分渡され、その場を離れる。
「ところでセナよ。色だけでなく数字も合わせると得点が高いようだぞ?」
「そうなの? それじゃあ……」
その言葉でセナが選び始めると、サーっとディーラーの血の気が引くのが分かり、ルーアは愉悦に浸って笑う。
それから、セインは何をやろうかと辺りを見回っていると、気になるもの……いや、人を見つける。
「ここで何してるの?」
「ん? ……ああ君、昼間の!」
見つけたその人物は、昼間見つけた怪しい風貌の男。
「ボクはまあ、色々とね。そういう君は? 何をしてたんだい?」
「何かで遊ぼうかなって探してたんだけど。君はここ詳しい? よかったら教えて欲しいんだけど」
「まあ、詳しいといえば、詳しいかな」
その男は考え事をするように腕を組む。
「……試してみるか」
「何を?」
「こっちの話だよ。それより、君剣士だったよね。目に自信はあるかい?」
そう言われてセインが連れてこられたのは、スロットマシーンだった。
「メダルを入れるとこのスロットが回る。それを止めて、横か斜めのどっちかで同じ絵柄を揃えるんだ」
「へえ、そんな簡単な事でいいんだ」
「自信ありそうだね。じゃ、試しにやってみなよ。最初の一回はボクが奢るよ」
メダルを投入し回り出すスロット。
それを真剣に見つめるセインはスロットを止めるスイッチに手を伸ばす……
「これは、面白い事になりそうだね」
その結果に、男は思わず口の両端を釣りあげた。
*
これは笑いが止まらない。
セナは次々とルーレットを当て、どうやらその横でセインもスロットを大当てしているらしい。
既に二人の周りには多くの客が観戦の人だかりを作っている。そして彼らから人伝に互いの状況が分かって対抗意識を燃やして更に……という循環を作っている。
正直ルーアとしては金には興味がないが、カジノ側が悲鳴を上げているのが感じられてなんとも心地よい。
彼女の悪魔としての性、人の羞恥や嫌と思う感情を摂取したくなってしまうもの。
「不正をしている訳でもナシ。人を傷つけている訳でもナシ。ワシはただ二人を遊ばせているだけでこれが得られるのだ。なんとも楽な話ではないか。……まあこれがバレると困るし、そろそろやめさせるか」
「誰にバレると困るんだ?」
「それはもう、アレーナしかいまい。お堅いあの娘に純真な二人を賭け事の世界に連れてくるとか、まあまず間違いなく怒るだろうよ……ん?」
ついうっかり答えてしまったが、今のはいったい誰だ。
なんとなく、聞き覚えのある声だったような気がする。それも、今は聞きたくなかったような……背後へ振り返ると、そこには張り付けたような笑みを浮かべるアレーナの姿。
「随分と楽しそうじゃないか。私抜きで」
「おお、奇遇だな。こんな所で会うとは。じゃ、失礼……」
「まあ待て」
首根っこを力強く掴まれ、抜け出せなくなったルーア。
表情こそ笑顔なものの、声音は冷たく、低い。
「丁度書状を出してきた帰りなんだ。一緒に帰ろうじゃないか、戻る宿は同じなんだから」
「もしかしなくても怒っているな? 確かに未成年のセインを連れてきたのは悪いかもしれんが、二人は碌に娯楽も知らんからな。教えてやりたかったのだよ。悪気とかはなくてだな」
「いや、それはいい。ああ、遊びを覚えるくらいはいいさ。私が怒ってるのはそこじゃない」
「ん、まさか最初に言ったのが本気なのか? なんだ、寂しいなら強がらずに言えば……ゴフッ!」
もはや絞めていると言っていい程に首を握られ、引きずられるルーア。
「セナ! セイン! そろそろ終わりにしてくれ、戻るぞ!」
その声が聞こえて、先に来たのはセナだった。
「アレーナも来てたんだ。もう用事はいいの?」
「ああ、もう暫くはすることもないだろう。それより、楽しめたか?」
「それなんだけど聞いてくれよ、今日全勝だったんだ! 凄いだろ?」
「知っているよ。外にまで二人の噂が流れてきていたぞ」
楽し気に話していると、遅れてセインもやってくる。
「セインも来たか。どうだったんだ、君の方は」
「うん、まあ。楽しかったよ。ただね……」
何やら彼は少し困った様子で後ろ頭を掻いている。
「あのさ、セナ。勝負の事なんだけど……」
「ん? ああそれ、なぁ。あたしも一つ言いたい事あって」
暫し二人は互いの目を見つめ、「やっぱり?」と何か通じ合ったようだった。
「「数えるの面倒だからやめにしようか」」
と、二人の間で納得したらしい。それからアレーナに向き直り、
「「じゃあ、帰ろうか」」
「なんの話をしているのかは分からないが、それは夕飯を食べながらでも聞かせてもらおうか。ルーアにも、色々と聞きたい話はあるからな」
息の合った二人の会話に、微笑ましさを感じながらも、ほんの少し、やきもきする。
そんな雑念を払うように首を振って、ルーアを引きずりらがら帰路へとつくアレーナ。
二人もそれに付いていくが、ふと、セインは足を止める。
「どうしたんだよセイン」
「いや……あの人、いつの間にか居なくなってたけど、何処に行ったんだろ」
あれだけ目立つ姿をしていたのに、居なくなっても暫く気づかなかった程に気配を殺していた。
それが気になりはしたものの、一度頭の隅に追いやって、セインは振り返ってアレーナ達を追いかけた。