第二十二話
「暇だなあ」
昼食と風呂を済ませて、仕立屋に来たはいいものの、来たのは女性専用の店であり、セインは外で待ちぼうけを食らってしまった。
見知らぬ街に好奇心は湧くものの、知らぬが故に身動きの取りようもなく、ただ暇を持て余すのみだ。
やる事と言えば、せいぜい道行く人を眺めるのみ……そんな時、妙な人物を見つける。
異種族や人種が珍しいとか、そういうのではない。挙動が不審なわけでもない。ただ、とにかく目立つのだ。
頭にはターバンを巻き、サングラスをかけ、マントの襟が口元を覆う。顔がほぼほぼ隠れている。そんな、言ってしまえば、明らかに周りから浮いた、怪しい風貌。気にならない訳がない。
「ねえ、どうしてそんな恰好してるの?」
気づけばその人物の正面に立って声を掛けていた。
その人物だけでなく、近くに居た人までもが数人足を止める。きっと誰もが気になりはしたが普通は触れないものだ。気になる半分、それに声を掛ける彼の行動力に肝を冷やした半分といった所だろうか。
シン……と静まり返ったあと、その人物はふと背後へ振り返ってセインに向き直って自分を指差した。
「あっ、もしかしてボクの事かい?」
「聞き方、分かりにくかったかな」
と、頷いて答えるセイン。
そのやりとりを聞いていた者は誰もが思わずスルッと転びそうになったのは、言うまでもない。
「ていうか、その声聞いたことある……あ、さっきぶつかった人?」
「ん? ああ! さっきの少年か。いや、サングラスをかけているものだから、人の顔とか、よく覚えて無くてね」
と、そんな人々の心など知らず、我が道を行く二人の会話は続く。
「外さないの?」
「不便はしないからね、人や物の輪郭は分かるよ」
「夜は? そんな真っ黒いのじゃ、見えなくない?」
「そう思うだろう? 普通の人ならそうさ。だけど、ボクはシーフだからね。たとえどんなに暗かろうと問題なく見る事が出来るんだよコレが」
と、得意げに胸を張る男と、感心するセイン。
そうじゃないだろうと、ズレた会話にやきもきさせられる周囲の人々。
「シーフって事は、冒険者だよね。仲間の人は? 変な恰好って、言われたりしない?」
「その腰に下げている剣……そういう君は、剣士だね? もしかして、新人かな。ボクはフリーなんだよ。特定の仲間を持たないで、探索系の職業が居ないパーティが、ダンジョンとかを探索する時に僕みたいな人を雇うんだ」
「へー、そういうのもあるんだ」
「探索職って言うのは、必要な場面は限られる代わり、そう言った場面では不可欠と言えるからね。そういう人は多いんだよ。……というか、ボクの恰好そんなに変かな」
「うん、大分ね。凄い目立ってるよ」
「今までそんな事言われた事もなかったよ……ショックだ」
それは多分、誰もそんな風貌の人と深く関わり合いになりたくないからだろう、と心の中で会話を聞く人々は思う。
「かっこいいと思ってたんだけどなあ」
これほど声を上げたくなる事もない。誰もが喉まで出かかったツッコミの声を歯を食いしばって押しとどめる。
「かっこいいと思っててその恰好してたんだ?」
「まあ他にも色々理由はあるけど、大きいのはそれかな」
「なるほどね、ありがと、すっきりしたよ」
「ボクの方は色々と傷ついたけど。ま、君の疑問が解消されたならいいさ。どういたしまて」
と、何故か仲良さげに手を振って別れる二人。しかし、周囲の人々は釈然としない気持ちを抱えさせられたまま、元通りに歩き出すのを余儀なくされる。
その後も度々この事を思いだして夜眠れなくなる人も居たとか居ないとか。
胸のつかえが取れたのと、思わぬ時間潰しを出来たお陰で晴れやかな気持ちで仕立屋の前まで戻るセイン。
すると、そこには今度はつばの大きい帽子を目深に被る、ノースリーブのワンピースから褐色の腕を露わにした少女の姿があった。
背恰好を見た所、歳はセインよりも少し下、十四やそこらな辺りであろうか。
その少女は、自分の方に近づいてくるセインの姿に気づいたらしい。
「あら、ここは女性専門店だったと聞き及んでいましたが」
「別にお客さんじゃないよ。中で仕立て中の仲間を待ってるだけ」
「なるほど、そういう訳ですか。ちょうどよかったですわ、わたくしも、先客が終わるのを待っている所でしたの。退屈しのぎに、お話し相手になっていただけませんか?」
「別にいいけど?」
淑やかで、繊細な声。上品で丁寧な言葉遣いと、気品の高さを感じさせる仕草。そんな彼女の提案に、小首を傾げつつも、暇な事に変わりはないので二つ返事のセイン。
「その恰好どうしたの?」
頭の後ろで手を組んで、店の壁にもたれかかりながら、気安く質問する。
「随分と不躾ですわね。レディの扱いがなっていないのではありませんか?」
「えぇー?」
何を言うんだと顔で訴えるも、それについては彼女は気にも留めないらしい。
「まあ、敢えて言うなら暑いからですね。長袖など着られる気候でもないでしょう」
「ん? そういう意味で聞いたんじゃないんだけど……まいっか」
「答えて差し上げたので、こちらからも不躾な質問で返させていただきます。今中にいらっしゃるあなたのお連れの女性。どういったご関係で?」
「え、仲間でしょ?」
なんでそんな事をわざわざ聞く。と不思議そうに即答。
「本当にそれだけですか?」
「他にある?」
「ええ、野暮なことを聞くようですが、好意を持たれている。とか」
「そりゃまあ好きだけど」
「それ、友情的な『好き』でしょう。わたくしが聞いているのは、一人の女性として愛してるとか、添い遂げたいみたいな、そういう好意です。どうですか?」
「えっ……」
考えた事が無かった。いや、考えないようにしていたのか……彼女の問いかけに、自分の胸に手をあてて考えてみる。
……どうなんだろ。
そもそも、そう人間の異性に会うなんていうのが彼女が初めてで、そういった感情自体、イマイチよく分からなかった。
「で、今どちらの方を思い浮かべました?」
「え?」
どこか愉しそうに、ニッと口元を吊り上げる少女。
「二人、いらっしゃいますよね。中に」
「あっ……」
そう、確かに彼女は『中に居るお連れの女性』と言ったので、アレーナ一人を指していない。
今や憎たらしさすら感じる彼女の笑み……すっかり術中にハマっていたらしい。
「まあ、それでどちらか一人を思い浮かべたのであれば、それなりに意識していらっしゃるということでしょうねぇ。まあ、どちらの方と答えを聞くほど、無粋なことはしませんが」
怒ってるような、困ったような、戸惑っているような、色んな感情がセインの中でない交ぜになった。
……これからどんな顔してアレーナに会えばいいんだよ。
そんな悩みが芽生えながらも、これ以上話すとどんなボロを吐き出さねばならなくなるか分からない。
胸の前で腕を組んだセインは、少女から顔を逸らす。
「あらあら、すみません。怒らせてしまいましたか?」
言葉に反して、あまり反省の感じられない口調だった。
「ごめんなさいね。せめてものお詫びにお茶でもどうです? ちょうど喉も渇いてきた所ですし」
「……そんなの、一人で行けよ」
「まあまあそう言わず。ね?」
脇に凄い力で腕をねじ込まれ、強制的に腕を組まされ、引っ張られるセイン。
「ちょっと!」
思わぬ実力行使に驚き、抵抗する間もなく連れ去られそうになる。
「セイン、おまた……せ……何やってんだよ」
その時、丁度店内から出てきたセナとアレーナに、この玄蕃を目撃されてしまう。
「セイン、そちらの人は、いったい……」
「アレーナ、えっと……」
困惑した様子尋ねて来ている。
しかし、今までそんな事などなかったのに、セインは、彼女の顔を直視出来ない。思わず、逸らしてしまう。
そんな対応を彼にされた事が、少しショックでたじろぐアレーナ。
「わたくし、先ほどこちらの男性とお会いして、少しお話をしていたんです。それで、ちょっとお茶にでもとお誘いしていた所ですわ。という訳で、少しお借りしますね?」
「いやいや、待て待て。なんで貸さなきゃなんないんだよ。見ず知らずの人に」
「いや、待ってセナ」
バチバチと視線に火花を感じるセナに、セインが止めに入る。
「なんだよセイン。……まさか行くのか?」
「待つのは終わったし、ここの用は済んだでしょ?」
「そう……だな、私達も待たせてしまったし。遊びに行くくらい、いいんじゃないか、な? セナ」
「えっ」
何故か諦めを感じさせるアレーナ。それにセナは困惑する。
「いや、ていうかさ」
混沌とし始めたこの状況で、セインが口を開く。
「終わったんだからみんなで行けばよくない? ねえ……ルーア」
「「ルーア?」」
セインが少女に向けて呼びかけたその名に、二人は声を揃えて驚いた。
二人の視線を浴びて、一度セインに視線を向けると、ふぅ……と深くため息。
「なんじゃ、分かっておったのか」
途端に聞き覚えのある口調へ変わる少女。
「それならそうと言ってくれ。わざわざ慣れない喋り方をして疲れた」
帽子を下ろすと露になる、長くしなやかな紫の髪と、燃え盛る炎のような真紅の瞳。
そして、頭部の両サイドからそれまでなかった艶やかな黒の立派な角が現れる。それは、彼女が悪魔たる象徴。
一見愛らしい思春期の少女の顔つきをしているが、よく見れば、確かにそれはルーアの顔だと分かる。
唖然とするアレーナとセナに対し、彼女はイタズラっぽく笑みを浮かべてみせる。
「どうだ、見違えただろう?」