表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/118

第二十話

 夜、セインとアレーナは二人で火の番をしながら、見張りをしていた。


「今夜は冷えるな」

「そうだね。僕達は火を焚けるからまだいいけどね」


 魔獣は、その殆どが夜行性。中でも知能の高い魔獣は、火も恐れずに、むしろそこに人が居ることを察して近づいてくる。……が、そういった魔獣は魔力量の多い者には近づかない。

 見た目はともかく、悪魔であるルーアが居るため、野生の魔獣はまず襲っては来ない。

 とはいえ、全く危険が無いわけではないので、セナ以外の三人で交代をして見張りを行っていた。


「セナ、不満そうだったね」

「責任感が強いんだな。だが、せめて彼女にはしっかり休んでもらわないと。私達はセナに頼りきりだからな」

「もう少し、僕らの事頼って欲しいけど……でも、セナにとっては、僕はまだ子供なのかな」


 寂しげにセインは膝を抱える。


「確か、セナがずっと、キミの事、育ててきたんだったな」


 アレーナの一言に身を震わせたセイン。

 不思議に思いはしたものの、すぐに理由は分かった。


「私が悪いのは認めるが、君達も気にしすぎだ。あまり度が過ぎると私も怒るぞ」

「えっ……ああ、ごめん」


 初めて見た気がした、彼女の不満げな顔に戸惑っていると、企みが上手くいった様子で笑みを浮かべる。


「悪いと思うなら、教えてくれ。君達の話」

「そんなに面白い話でも、ないと思うけど」

「それは私が決めるさ。知りたいんだ、もっと、みんなの事を」


 そう言うことならと、一度深く息を吐いてセインは気持ちを切り替える。


「小さい頃、気がついたら、僕は何処とも分からない場所に一人で居たんだ。それよりも前の事は、何も覚えてなかった。それに、よく分からないけど体中が痛くって」

「怖かった、だろうな。それは」

「まあね。それから当てもなく歩いてたら、いつの間にか、里に辿り着いてた」


 セインは顔を上げて、懐かしむように遠くを見つめた。


「僕の事見つけて、みんな驚いてたなあ」

「永いこと人とは距離を置いていた訳だからな。珍しかったんだろう」


 アレーナの言葉にセインは頷く。


「今思うとね。それに、困ってたと思う。どうしたらいいんだろうって。みんな見てくるだけて、ひそひそと何か話してて僕は、それが一番怖かったと思う」


 そこまで話して、彼女が悪い事を聞いてしまったか、とそわそわしている事に気が付いたので、「気にしないで」と一言伝える。


「そんな時に、里の外から戻ってきたセナが、僕を見つけてくれて、一番最初に寄り添ってくれた。その後は、傷を治してくれたり、ご飯くれたり……」

「それが君達の出会いか」

「気が付けばずっと一緒に居るようになって、生きるために必要な事は、セナから……それだけじゃない、里のみんなから、教えてもらったんだ」

「血の繋がりなど関係なく、君達は全員で一つの家族、なんだな」

「うん。みんなのお陰で、今の僕がある。もちろんセナは、特に大切な人。あの里での暮らしは楽しかったよ……」


 そこまで語って、セインは上げていた視線を落とし、顔に影がかかる。

 パチパチと焚火の燃える音だけが辺りに響く。

 急に口を閉ざしたのが気になり、顔を覗き込むと、彼はそれに気づき、少しだけ笑みを浮かべてみせる。


 それから少しだけ間を置いて、火を見つめながらふと、口を開く。


「実を言うとね。みんなには感謝してるけど、それでも……自分は、この世界で一人なんじゃないかって、思ったりもしたんだ。多分、心のどこかで馴染めなかったんだと思う」


 彼のこぼした意外な言葉に、アレーナは息を飲んだ。

 そんな悩みを漏らすなんて、思いもしなかったから、少しショックを受けた。

 目に見えて分かるほど、顔に出ていたのだろう。彼もマズい事を言ったというのが顔に出ていた。


「あ、ごめん。こんなの、人に話すような事じゃ無かったよね」

「待って……」


 と話を切り上げようとしたのを、アレーナは思わず止めた。


 ……きっと、ずっと押し込めてきた思いなんだ。


 悩みなんて、彼には無いのだと思っていた。いや、そう思うことで彼を遠ざけていたのかもしれない。

 少なくとも、前の自分はそうだった。いずれくる別れが怖くて、深く関わろうとしなかったから。


 でも自分に、その内に秘めていた想いを伝えようとしてくれた。

 それを、ここで聞かなかったら、彼の心が離れてしまいそうな気がした。

 今は何よりもそれが、怖くなっていた。


「アレーナ?」

「聞かせて欲しい。セインの、本当の想いを」


 彼女の目は真剣だった。

 言うべきなのか悩んだ。でも、彼女の目を見て、打ち明けると決めた。


「ずっと一人だと思ってた。みんな、初めて会ったその日から、何も変わらなくて……でも、その中で、僕だけが変わっていた。いつの間にかセナの背丈も追い越してて。なんだか、自分の中で何かがズレていくような気がしたんだ」


 それは、人が人であるために、人為らざる者達と共に生きると生まれる隔たり。

 生まれながらの感覚の違いは、必ずある。

 寿命が違い、成長の速度が違う。


 彼らにとっては、セインはどう映ったのだろうか?

 拾ったばかりの子供のままか、それとも、急激に大人になろうとしている彼に、戸惑う事しか出来なかっただろうか。


 多分、どちらも。

 長い年月を生きる彼らには、あまりに一瞬の出来事だっただろう。


 だからこそ、セインは成長する自分と、周りから見る自分に隔たりを感じ、それが、孤独を生み出した。


「それは、誰かに話したことは?」

「……ないよ。話せるような事じゃなかった。それに多分、分かってもらえない」

「そうか。そう、だな」


 だからこそ彼は、きっとより孤独を深めてしまったんだ。


「……だからさ、アレーナ。君と出会えた時思った。僕は一人じゃなかったんだって」


 そう告げられて、アレーナは心臓が跳ね上がった。

 そんな場合でないのは分かっているが、それでも何故かどうしても気持ちが昂ってしまう。


「君のお陰で外の世界に出る決心がついた。まあ、あまりいい始まりじゃなかったけど……でも、旅そのものは楽しかったよ」

「そうか、それなら、よかった」


 友情。そうだ友情だ。そう自分に言い聞かせて気を落ち着かせる。お互い、まだ深くは知りあってもいないのだから。


「どうしたの?」


 無言で何か考え始めたアレーナに問いかけるセイン。


「ああ、いや……私も、同じではないが、似たような経験がある。この髪や、瞳の色。周りと違うせいで、誰からも受け入れられなくて、そんな風に……でも、その話を聞いた後だと、自分の悩みなんて、小さいものだなって」

「そうかな」


 自嘲気味の彼女に対して、そんなことは無いと、真剣な表情で首を横に振る。


「同じ人間に受け入れてもらえないって、僕じゃ、分かってあげられないけど。でもきっと、辛かったよね」


 同情などではなく、真剣に理解しようとしている。それは、見れば分かった。

 頬を、雫が流れ落ちていくのが分かった。


「あっ、すまない。あれ……なんだろうな。はは、そんな事言われたの、初めてだから:


 拭っても、また流れていく。それでも、悲しい訳じゃない。それが余計に自分を戸惑わせる。


「ありがとう。私も君に会えて、良かったと思う」


 精いっぱい笑顔を浮かべて、ありのまま気持ちを伝える。

 セインも、それに優しく笑みを浮かべて返した。そして、少し照れくさそうに頬を掻きながら、


「こんな事いうのも、あれだけど。僕は、その碧い瞳も、金色の髪も、すごく、綺麗だと思うよ」

「えっ! あ、そう……か? あの。どうも……」


 今度は頬がじんわりと熱を帯びていく。顔の筋肉だけでは緩んでいく口を止められず、両手で押さえて顔を逸らす。


「どうかした?」

「いやっ、なんでも、なんでもないから!」


 戸惑うセインに、近づかないように手で遮り、もう片方の手で、気になり出した髪を整えようとする。


 ……と、なんとも背中がむずがゆくなりそうなその空間の横で。


「あー、出にくい。いっそこのまま寝てしまおうか」


 交代の時間で待機していたルーアは、気まずそうに息を潜ませるのだった。



 それから少し経って、アレーナはルーアと交代した。

 ビュン……ビュン……と空を裂く音。セインが剣を振るう音。


「なんだ、今夜はやけに気合が入っているな。何かいいことでもあったか?」


 全部分かってると言わんばかりに、からかう口調でルーアが話かける。

 しかし、セインの動きは正確さを失わない。至って冷静に、剣を振るっていた。

 それはそれで面白くなかったが、しかし、彼の成長とも取れるので、諦めた。


「しかしまあ、よくこの短い間に上達したものだな」

「毎日……しごかれたから……ねっ!」


 素振りを終え、一息つくセインに、ルーアはタオルと水を渡す。

 熱した体を冷やそうと、上着を脱いで肌を風に晒す。


「ふむ、体つきも随分とよくなった。本当、見違えるよ」


 体を眺めて感心している彼女に、セインは真剣な眼差しを向ける。


「ねえ、ルーアは、邪悪なる者と戦ったんだよね。……僕は、勝てるかな」


 ルーアは目を閉じて黙り込む。そして少しの間考えていたようで、彼女の至った結論は。


「今のままでは、無理だろうな」


 不思議と落ち込みはしなかった。なんとなく、その答えが分かっていた気がするからだ。

 むしろ、誤魔化さずに答えてくれたことに安堵している。


「かつての勇士は、ワシが出会った時点で既に戦いにおいて無類の強さがあった。元々の才能もあるだろうが、それ以前に、長い年月鍛えたからこその強さだ。仕方がないとはいえ、積み重ねの差は、間違いなく影響する」

「でも、僕がそれに迫るためには、時間が、ないんでしょ?」

「恐らくはな」


 困り果てた様子で、ただ、ため息を吐く。


「ああ、まったく、せめてセインが成人するくらいまで待ってくれればいいものを……と嘆いても仕方がないな。そうだな、必要なのは、今のセインでどうやったら勝てるか、だな」

「やっぱり、アレ?」


 二人の視線は、土小屋に立てかけてある勇士の剣に向けられた。


「だろうな。本来内包していた魔力は、時の経過ですっかりなくなっている。アレになんとか魔力を注げればな」


 足りない魔力の代わりに、セインの体力を変換して力を発揮することは出来る。だが、それでは短時間しか持たない。

 今の実力で、短期決戦を挑めるかといえば、無理だろう。

 だが、逆にいえばそれさえなんとかなれば、恐らくは、セインの持つ憑依の力と合わせて、邪悪なる者と戦う事は可能かもしれない。とルーアは考えている。

 アレは限界状態から更に活動が出来るようになる切札。セインが、自分が、体力の限界状態まで陥ろうとも、憑依を用いれば恐らく更に戦う事が出来るようになる代物。


「まあ、考えておこう」


 しかしそれは、自分は勿論、彼自身に大きな負担を強いる。せめて剣が十全な力を発揮し、邪悪なる者を追い詰められなければ意味がない。

 伝えるには、今はまだ早い……


「ねえルーア。もう一つだけ、聞きたいんだけど」

「なんだ?」

「赤い目の魔獣って、どうやって生まれるの」

「魔獣はそもそも、大地から魔力を補充する生き物だ。だが知っているだろう? 邪悪なる者の魔力が、地脈に流れ出しているのを。つまり、魔力を補給する段階で、体内に取り込んでしまうんだよ、奴をな。奴の力によって狂暴性が増幅し、更には力も増す。ある意味では、奴の分身と化してしまうのだ」


 そこまで聞いてセインは、ルーアから視線を外し、俯く。


「ねえ、赤い目の魔獣になったら、もう、元には戻らないの?」

「そんな事を聞いてどうする。今更同情するつもりか? いや、そのつもりならむしろ殺してやれ。意思もなく、理性も失い、ただ暴れるだけのケダモノに成り下がるくらいなら、その方が奴らにとっても救いだろう」

「……そう」


 それだけ聞いて、セインは再び剣を振り出す。

 その質問に、何の意図があったのかは分からない。ただ気の迷いがあったのかもしれない。

 そうだとしたなら、やはり、躊躇いは無くすべきだろう。アレは救えない。それが紛れもない事実なのだから。


 だが、そうじゃないとしたら?


「セイン、お主は……」


 何を知っている? その一言が言いだせなかった。

 聞いてしまったら、戻れない……そんな気がしたから。


 ただ、空を裂く音だけが、辺りに響く……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ