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第十六話

「無事に戻ってきてくれてよかった……心配、してたんだからな?」


 優しく、包まれるようにセナの胸に抱き留められたアレーナ。


 なんと温かいのだろう。求めていたものは本当に、こんなに近くに有った……胸の奥がじわりと熱くなる。


「すまなかった……」


 気づけなかった自分を、逃げてしまった自分を、受け入れてくれる。

 だからこそ、自分の間違いを改めなければならないと、自然と出てきた言葉。


「いいさ。ちゃんと戻ってきた。それだけで、充分だ」


 見上げた先に見える彼女の顔は、どこか、『母』を思わせる慈しみを感じ、安心感に心が安らいだ……


「ただ、それはそれとして」


 ……のも束の間。

 心なしか背中に回された腕の締め付けが強くなってきたように感じたアレーナ。

 恐る恐る見上げた先には、微笑んでいるセナの顔……だが、何故かその笑顔は、先程の優しさを感じられず、見ているだけで体が震えた。


「あ、あの……セナ?」

「一人で飛び出しちゃったことは許そう。でも、なーんで何も言ってくれなかったのかなあ? 相談の一つも出来ないほどの関係だったかなあたしたち!」

「だからそれはすまないと……あ、セナ! 傷が、傷が開くので!」


 笑顔で締め付けてくるセナに身が震え、セインに助けを求めて視線を送るも、そっと目を逸らされた。



 ……ほんの少し、心動かされたあの人は、思っていたほど、頼りにならなかった。


「言っとくけどセイン、お前は後回しにしただけだからな」

「えっ」



 後ろから何やらバカ騒ぎが聞こえるが、まあ、なんにせよ元気があるのはいい事だ。まだ余裕があるという事だからな。


 構ってやりたいのはやまやまだが、生憎と今はそれどころではない。


 このワイバーンの亡骸……最初は邪悪なる者の作った影の模造かと思っていたが……こうして間近で見ればはっきり分かる。

 これは、本物。滅多なことが無い限り、決して人間界に姿を現さぬ気高き獣、竜種に間違いない。


 竜たちは独自の住処を持ち、外界とは交流を断っているために、邪気に晒されることはないと高を括っていた。

 が、どうやら本当に事情は変わってきたらしい。


 竜は、他の生物のようにモノを食って生きる事も出来るが、一体一体の必要とする量があまりにも多い。全てに対処するとなれば、他の生物にとって必要な資源が枯渇しかねん程に。


 だからこそ、その点において竜が他と異なる部分がある。

 それは、この世界の内側から産み出され大地に流れる『源素エレス』を糧と出来ることだ。そのお陰で他の生物と切り離し、竜独自の生態系で生きていける。

 ただ、今回はそれが仇になったのやもしれぬ。


 シエラが言っていた通り、もし本当に地脈を伝って奴の力が流れているのだとすれば、もはや悠長にはしていられぬ。


 出来ることならば、切り離した『力』と『意志』が再び交わる前にケリを着けたい所だが……


 しかしだ、この流れる邪気の中で戦うのは、奴に地の理があろう。

 倒すことは可能でも、この邪気から復活しかねん。

 何か策を打たねばならぬな。


 ……仕方あるまい。あまり頼りたくはないが、アイツの知恵を借りるか。



「ひ、貧血?! 最近急に倒れたりしたのは、それが理由だったというのか?」

「うん、まあ色々と必要な事があって……ごめんね」


 困惑した顔をして数秒。顔がみるみるうちに赤く変わっていって、それを両手で覆い隠してしゃがみ込んだ。


 そりゃそうだ。自分のせいだと思って飛び出していったのが、ただの貧血だと分かったら……多分、さっきよりも死にたいんじゃないか。


 ま、ただの貧血って訳じゃないんだけどな……このままじゃ可哀そうだ。


「聞いてくれアレーナ。そいつな、あたしらに黙って憑依を使う方法、考えてたみたい」

「憑依を使う方法……?」


 顔を上げたアレーナは、何のことか分からないって感じできょとんとしてる。

 ただ、逃げようとしたセインはがっちりと掴んだ。意外と器用なことするな。


「そ、憑依。あたしやルーアの事を取り込んで使う力の事。……それに、セインが死にかけてないと使えないやつ」


 掴んだセインの首根っこを力任せにグイっと引っ張って近づけて、セインの体を上から下までじっくりと眺めた。


「……セイン、この腹の傷はなんだ」


 お、気付いた。


「あの、さっきドラゴンと戦った時に……」


 思いっきり目を泳がせながらセインは言い訳しようとしてる。……こいつの嘘は、いっつも下手だ。


「刺し傷の様に見えるが、ドラゴンの牙に刺されたようには見えないな……まるで刃物に刺されたように見えるぞ? ああ、ちょうどこの剣と同じくらいの幅だな」

「えっと……ごめん、セナの言った通り……です」


 申し訳なさそうに縮こまったセインを、呆れるでもなく、怒るでもなく、アレーナはただ心配そうに見つめた。


「どうしてだ、そんな危険な事」

「あいつと……グレイガと戦った時に、自分の弱さを思い知った。だから、そう、せめて僕がまともに戦えるあの力をって……ごめん、アレーナは何も悪くなかったのに、いいだせなくて……」

「何を言っているんだ。そんな事はいい……言ったじゃないか、仲間をもっと頼ってくれ。一人で、戦っているんじゃないんだ……あっ、私が言えたことではないな」

「お互い様、かな」

「そう……だな」


 なんてやり取りしながら、二人は笑ってる。

 あの時何があったかは分かんないけど、妙に距離が近い。まあ別にそれはいいけど……あいつ、まだ隠し事してる。


 分かるんだ。長い付き合いだから。あいつが、下手な嘘を吐くときは、それよりもっと大事な隠し事がある時だ……って。

 関係のない嘘で隠して、何も知らない子供のフリして誤魔化して……ほんとの心を、誰にも、見せたがらない。

 分かってる。あいつとあたし達は、違うから。あいつの悩みを本当の意味で、分かってあげる事が出来なかった。

 だからあいつは、いつも一人だった。誰と、何人に囲まれたって、あいつの心は一人きり。

 初めて出会った、自分以外の人間……アレーナと出会って、セインは変わり始めてるんだと思う。

 でもそれは、子供にもなりきれない内に、無理矢理大人になっちゃうような、辛い変わり方。


 セインにとってアレーナは、守ってあげたい大切な人。

 だから、セインが頼れる……心を開ける相手と、出会えたら……



「みんな、無事だったのかい?!」


 夜も遅いと言うのに、家にはまだ灯りが灯っていて、戸を開ければすぐさま飛び出してきたギルさんの奥様。

 顔は真っ青、目の下にはうっすらと隈が出来ていて、ひどく疲れているのが見える。


 まだ産後で体力も戻ってきていないだろうに、無理をさせてしまった……と、私は身が縮こまる。


「なんとか、ね。僕達はみんな無事だよ」

「ここに来る前にワイバーンを食い止めはしたが、お主らは大事ないか?」

「そう……そう。よかった……私達も大丈夫。旦那に連れてこられたリリーは怯えてたし、ワイバーンが現れたって言うから、もうほんとにどうなるかと、心配で……って、どうしたんだいその服! 血まみれじゃないか! ホントに大丈夫かい?」


 奥様は必死にセインの体を見回していた。

 その服に付着した血の跡は、ほとんど彼自身のものな訳だが……


「ワイバーンを倒すってね、無茶するもんだからこのザマ。まあ、怪我は治してやったけど」


 セナは眉間にシワを寄せ、セインを睨んでいる。自分でも分かっているのか、セインも気まずそうだ。

 


「ワイバーンと戦った?!」


 傷に関しては、セナが『あとは自力で治るくらい』には治癒したので、多少跡は残っているが、特別問題もないだろう。

 それを奥様も確かめられたからか、私達の方も確認して、ようやく安堵出来たようで、表情が緩やかになっていく。


「良かった……みんな無事みたいだね。安心したよ」

「これでも、僕ら冒険者だよ? 戦いなんて別に珍しくもないんだから、心配なんてしなくても……」

「だからだよ」


 私も、セインも、きっと同じ反応をしていたんだろう。二人まとめて肩に手を回され奥様に引き寄せられた。


「生きるか死ぬか、そういう仕事だからこそ、心配なんじゃないか。あんた達も、もう家族みたいなもんなんだからさ」

「家族? 僕達が?」

「そうだよ。少しの間でも、私達はこの家で、助け合って、一緒にご飯を食べて暮らしてきた、立派な家族だよ……」


 家族……家族って、それで良かったんだ。

 そうか、そういうことなら……


 視線を向けると、セインも同じ事を考えていたのか、目が合った。

 だが、それはなんだか気恥ずかしくて、すぐに顔を逸らしてしまった。


「さ、みんな疲れてるだろ? はやくお上がり」


 私達を離した奥様は、家の中に手招きする。


 私は、背後から向かってくるセナとルーアを見た。

 でも、恥ずかしいのか、それとも、怖いのか。私はただそれだけで、何も言葉を出せなかった。


「ねえ、もしかしてさ」


 そんな時、セインが私達の前にたってこちらを見渡して言った。


「僕達も、家族……なのかな?」


 私には出せなかったその言葉を、セインは、平然と。

 正直、どうしてそんな事を聞くんだ。と怒りたくもなる。もしもを考えると怖いから。

 不安……でも、期待もある。二人の返事を聞くことに。


「何言ってんだよ」


 先に口を開いたのは、セナだった。


「当たり前だろ、そんなの今更聞くなよ」


 なんの気もなさそうに。それが当然といった様子だった。むしろ、呆れているようにも見てる。


「悪魔に家族という概念は持ち得ぬが。ま、お主らが家族と思うのならそれでも良い。ワシらに心配をかけんで欲しいがな」


 それだけ言って二人は私の傍を通りすぎ。家の中へと入っていく。


 心臓が、ギュッと締まるような気分がした。


 そんな風に言ってもらえるとは思わなくて、嬉しさと、罪悪感。でも、やっぱり嬉しい。


 セインが聞いてくれなければ、私には踏み出す勇気がなかった。

 私の気持ちを、察してくれたのか、それとも単に同じ事を考えていたのか、それは、分からない。でも……


 そんな事を考えていた私の前に、セインが近づいて来た。

 ほんの少し、腰を落として、私の目線に合わせてくる。


「良かったね」


 ただ一言、それだけ残してセインも家の中へ向かっていく。


 私は分かった。今のはきっと、偶然ではないと。


 気がつけば、伸ばした手はセインの服の裾をそっと掴んでいた。

 セインは立ち止まり、不思議そうにこちらを見る。


 ここで、行かせてはいけないだ。立ち止まっていたら、駄目なんだ……今度は、私が。


「ありがとう」


 セインは優しく笑みを返してくれた。


 ずっと、不幸な自分のつもりでいた私は、単に周りが見えていなかっただけで……

 こんなに近くに欲しかったものは、あったんだ。


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