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第十四話

「もうじき一週間経つ頃か……すまんな。娘が生まれたばかりだというのに、仕事を頼んでしまって」

「何を今更。むしろ今こそ稼がなきゃいけねえ時だろ。あいつにも言われてんだよ、もっと稼いで来いってな」

「ふ……そうか。なら良い」



 セイン達が鍛冶屋ギルの元を訪れてから、一週間ほどの時が経った。

 ギルの子供が生まれた後、当初の目的だった剣の作成を依頼した。


 ギルは最初は渋ったものの、事情を話し、セインは、自分の持っていた宝石を全て渡すと伝えた。

 すると彼の妻から「稼いで来い」と圧力に近い後押しもあり、今こうして無事に剣を造ってもらっている。



「ねえ、入って大丈夫?」


 工房に響く、少年の声。……セインのものだった。


「おっと、もうそんな時間か」


 ギルはキリのいい所まで済ませると、作業の手を止めてルーアと共にセインの元まで向かっていく。


「はい、お弁当。……ねえ、やっぱりここ遠くない? どうしてもっと自分の家に近い所でやらないの?」


 不満げな顔で鞄から取り出した弁当をギルに差し出すセイン。


 剣が出来るまでの間、動きようのないセイン達は、ギルが不在の間、彼の家庭の家事などを手伝っていた。

 その中で、セインはこうして、毎日彼の家から山の中にある工房まで足を運んで弁当を届けていた。


「そうそう人が気軽に来れる所じゃ、集中出来ねえからな」

「ルーアが居るのはいいの?」

「仕方ねえだろ。あいつの地の力で、素材を提供して貰ってんだからよ」

「まあ、これも鍛錬の一環と思うがよい。さあ、昼にしようではないか」



「セインちゃん、ご飯は食べないのか?」


 セインが持ってきた弁当は二つ。

 一つはもちろんギル、ルーアは食事を摂る必要はないので、それはセインの分だ。

 だが、彼は一口も弁当に手を付けてはいなかった。


「今、お腹減ってないし……」

「ほう……」


 ルーアはセインの前に立つと、片手で彼の両頬をつまんで無理矢理口を開くと、弁当のおかずを口に突っ込んで飲み込ませた。


「ふむ、無理に食わせることは出来たか」

「いきなり何するの?!」

「今のワシは土くれの体、体温は分からぬからな、見える所で判断するしかない。だから、食えぬほど弱ってはいないかと、確かめただけじゃ。まあひとまず物が食えるようで安心した……が、今日の鍛錬は無しじゃな」

「……分かった」


 それならいい、と言うように頷くルーア。


「そういえば、土くれの体ってどういう事?」

「ん、話したことは無かったか? まあ良い。鍛錬も無いし、せっかくじゃから今回はお勉強としようか」


 そうして、ルーアはセインのすぐ傍に腰掛ける。


「……と言っても、そう難しい話でもないんじゃがな。元々悪魔や天使は、人間とは比べ物にならないほどの魔力を持っていてな、人間界では魔法で霊体と実体を自由に使い分けることが出来たんじゃが……まあ、昔の戦いに参加していたワシらは、力を使い果たしたんじゃ」


 話しながら、ルーアは片手で少量の土を掬い上げると、その形を自在に変えてみせる。


「見ての通り、ワシはこういった土を使う魔法を得意としておる。ワシは霊体と実体を切り替えられなくなった代わりに、土人形を作り、それに乗り移る事で人間界でも活動できるようにしたのじゃ。ま、色々と制約はあるがな」

「へえ……じゃあ、セナは?」

「セナちゃんは簡単な話、実体化の魔力を別の所から貰っているんじゃよ。杖を通じて、レミューリアの神殿からな」

「なるほどね……あれ?」


 セインは、何かを思い出そうと、頭に手を当てて考える。


「どうかしたか?」

「憑依の時の事……あんまりはっきりとは覚えてないんだけどさ……ルーアの力を使った時、いつも炎を使ってるよね?」

「そうか? うーむ……ワシも、はっきりと覚えてはおらんからなあ……じゃが、そういえば、そうだったような気がするな」


 喉元までは出かかっているような、そんなすっきりとはしない気分になる二人。

 しかし、ここで悩んでいても話が進まないので、セインは切り替えて質問する。


「でもほら、ルーアが得意なのって、土を使う魔法なんでしょ? じゃあ、どうして憑依の時は炎が使えるのかな」

「それもそうじゃな……あの力は、自分以外の別の魂を取り込んで使う力じゃ。だからひょっとすると、ワシ自信は気付いていなかったが、ワシの魂は炎の属性を持っていて、それを引き出しているのかもしれんな……ひょっとするとまだ眠っている力もあるかもしれぬ」

「それならもしかして、セナの力も……まだ、何かあるかもしれない?」

「何故、そう思う?」

「セナの力を使った時は、セナだけでも出来る事しかやってない。だからもしかしたら、引き出せてない力があるのかもって……だから、それが分かればこの先……」

「もういい」


 セインが言いかけている時、ルーアは言葉を遮り、彼を睨んだ。


「どうせ、また何かあった時に力を使おうとか、そんな事を考えておったのだろう?」


 それを言われたセインは、息が詰まったような感覚がして、とっさにルーアから目を逸らした。

 その様子をみて察したようにため息を吐くルーア。


「セイン……よいか? 命は一つしか無いのじゃ。それを失ってしまったら終わり……だから自分の命は大切にするんじゃ。ただでさえ人間は脆いのだから、あんな力には頼るべきではない。……まあ、頼ろうにもいつでも使えるようなモノではないがな」

「…………そうだね」


 不自然な間をおいて答えるセインに、どこか不安を感じた。

 ルーアは問いただすように、だが無言で、セインの眼前に迫る。


「分かったよ! あの力は本当の本当に、最悪のいざって時だけ! その時しか使わないから!」

「それは、分かっているというのか? ……まあ、そうじゃな。どうしても必要な時はあるかもしれぬ……ただ、その時だけじゃぞ? いいな?」


 睨みつけるられると、セインは大げさに首を縦に振って肯定した。


「……よし。これ以上何か教えても危険な事に使いそうじゃから、お勉強はここまでじゃ」

「え、もう一つだけ、教えて欲しかったんだけど……」

「なんじゃ、まだ何か良からぬことを……」


 違うと言いたげに必死に横に首を振るセイン。

 ならば、何を知りたいのかとルーアは首を傾げた。


「一つだけ気になったんだけど、どうして不便な体になるまで力を使ったの? どうしてそこまでの事をしたの?」


 今度は、ルーアが言葉に詰まった。

 以前セナとアレーナにも似たような質問をされた。あの時は誤魔化したが……何故だろうか、セインの好奇心に満ちた、輝くような瞳で見つめられると、答えなければならないような気がしてくる。


「……誰にも言うなよ?」


 静かに首を振るセイン。

 それを見て、意を決して話そうと決めるも、なんだか顔がほんのりと熱を帯びる。……ような気がしてくる。

 一応近くにギルも居るので、聞かれないようにとセインの耳元に口を近づけ、そっと囁くように話す。


「人間たちが、好きだからじゃ」

「え、そうなの? どうして?」

「答えるのは一つだけじゃ。あとの質問は受けつけん」


 その後、不満そうに頬を膨らませたセインから抗議を受けるも、ルーアは全て無視した。


「じゃあ、どうして秘密にしてなきゃいけないの? そんなに恥ずかしがるようなことじゃないと思うけど」

「ワシは悪魔じゃぞ。気恥ずかしいからダメ」



「ところでここ数日あやつに付き合ってて帰ってなかったが、皆はどうしておる?」

「セナもアレーナも、リリーとよく遊んでる。女の子同士だし、仲良くやってるよ。今日は三人で街まで買い物に行ってるし」

「羨ましいのか?」

「……別に」


 セインが顔を逸らすと、ニヤついた表情でルーアはそれを眺めた。

 彼女なりの先程の仕返しらしい。


 そんな、他愛のないやり取りをする、一時の平和な時間……


 それに終わりを告げたのは、ただ一瞬吹き抜けた、風が運んだ報せだった。

 いつか感じた事のある、嫌な感覚。セインがそれを感じた時、体温が一気に下がったような気がして、体の震えが止まらなくなった。


「おい、セインちゃん。どうした、大丈夫か?」


 様子がおかしい事に気が付き、案じるように寄り添うルーア。

 だがセインは、ルーアの問いかけに答えようにも、自分を支配する感情の正体が分からず、ただ震える事しか出来ないでいた。


 そんな時、木の枝が折れる音が連続で聞こえてきた。何かが、山道を駆け上ってきているようだ。

 山の獣かとルーアは一瞬身構えたが、その正体が分かると、すぐに警戒を解いた。


「リリー……お主、なぜまたここに? どうした、セナちゃんやアレーナちゃんと、一緒に追ったのではないのか?」


 現れたのはリリーだった。

 彼女は、ここまでずっと走ってきたからか、息を切らしていて、道中の木々に引っかかったのか、体のあちこちに小さな擦り傷や切り傷があった。

 そして、泣いていた。


「お姉ちゃんたちを……助けてっ!」



 時は少し遡る。


 朝、リリーが街に行きたいとせがみ、せっかくだから今日の夕飯の買い物に行こう、とセナとアレーナ、リリーの三人で街へと向かった。


 あまり街には来たことが無かったのか、リリーはとてもはしゃいでいた。


「子供は元気だなー。……なんて、実はあたしも結構楽しみだったりして」

「そうなのか?」


 リリーを見失わないように気を付けつつ、二人は話していた。


「そりゃまあ、体があって、こうしてアレーナとこんな風に一緒に街を周るなんて初めてだし」

「ああ、そうだったな。思えば、いつも張り詰めていたからな。こうして街を楽しむ余裕もなかった」

「そうだなー。こんなに思いっきりのんびり出来るのなんて、里から出て初めてかもしれないな」


 セナは歩きながら体を大きく伸ばす。

 アレーナは、そんな彼女を仕方なさそうに笑みを浮かべてみていた。


「気を緩めるなと言いたいが、まあ今くらいはいいだろう……せっかくの街だからな」


 アレーナがそう言った時、隣に居たセナは突然立ちふさがり、両手で彼女の両頬をつまんで横に引っ張った。


「アレーナは、その堅い話し方、もうちょっと柔らかくなんないの? あんまり張り詰めてると、いつか切れるぞ?」

「いや、別にこれは癖になっているだけで……ん?」

「どうした?」


 スッ……とアレーナはセナの背後を指差す。それにつられて振り向くと、その方向には誰もいなかった。

 最初、意味が分からず首を傾げたセナだったが、少し考えると、気が付いたらしく、見る見るうちに顔が青ざめていった。


 そう、居ないのだ。そこに居なければいけない筈の人物が……


「リリー! どこ行った!」


 ……それから、小一時間程街を探し回り、ようやくリリーを捕まえると、二人は一気に力が抜けて、寄り添うように地面にへたりこんだ。


 そんな二人の様子をよそに、まだ元気そうなリリー。

 それを見て、大きくため息を吐きだした。


「これからはもう少し気を引き締めます……」



 一通りの買い物を済ませ、帰路につく三人。

 流石にリリーもはしゃぎ過ぎて疲れたのか、今は眠ってしまい、アレーナが背負っていた。


 寝ているリリーに配慮して、二人は小さめの声で話していた。


「そういえばセナ。今日は買った食材がいつもより多かったな」

「うん、まあちょっとな。最近、セインあんまり元気無さそうだし、食べやすいの作った方がいいかなって思ったから、その分品数増えちゃって」

「そうだったか? 全くそんな風には見えなかった……よく見ているんだな」

「まあ、付き合いが長いからな。それに、多分アイツはアレーナには……」

「私には、なんだ?」


 途中までいいかけて、これは本人には言ってはいけない話だと気がついて、口を噤む。

 が、それに気がついた頃には本人が流せるようなタイミングではなかった。


「あのー、今のはナシにして貰えませんか?」

「そう言われると余計に気になるんだが……」


 困惑しながらも、あまり問答してリリーを起こしてしまったら申し訳ないと、引き下がった。


 丁度、ギルの家のある村まで街から残り半分程の距離になった所だろうか。

 前方から、向かってくる人影が見えた。


 別にそれ自体は気にするようなことではない。ただ、二人はどうしても気になってしまった。


 その人物は、旅人にも、狩人にも見えなかった。街を歩けば見かけそうな、若者の服装をしていた。


 そんな服装の人物が何故、街から離れた、村の方角から来ているのだろう……と、そんな疑問が頭を過る。


 そして、その人物が男と分かるほどに近づいた時、お互いに、足を止めた。

 アレーナは抱えていたリリーを起こし、彼女を地に立たせる。


 茶色の髪、色素が抜けたように病的に白い肌、そして何より目を引く、頭に生えた獣のような耳……


 セナだけでなく、アレーナも、一目見ただけで分かった。この男は、敵なのだと。


 向こうもこちらに気がついていた。ジッと、アレーナを見つめ、暫くして、その口を開いた。


「ようやく見つけた……お前が、アルミリアだな」


 口の両端を釣り上げ、笑みを浮かべるその男は、まず両手を広げ安堵したような声音で言う。


「会えてうれしいぜ。ずっと探してたんだ。街に行けば村に行ったと言われ、村に行けば街に行ったと言われ……あっちこっち行ったり来たりだったんだ。だが、それもようやく終わる……」


 その男の言葉に耳を貸すことなく、アレーナは、腰に下げていた短剣に手をかけると、セナとリリーにだけ聞こえるような声の大きさで話しかける。


「奴の狙いは私だ。私が奴を惹きつけるから、セナはリリーを連れて逃げるんだ」


 納得のいかなそうなセナに、有無を言わせぬ強い視線を向けるアレーナ。


「私が一緒に逃げれば、奴は追いかけてくるだろう。リリーを庇っていてはまともに戦えない。だからセナ、君はリリーを連れて逃げるんだ」


 納得はできない。だが、リリーの名を出されれば引き下がるしかない。


「さて、そっちも話は終わったみたいだな。で、俺の要件なんだが、まあお前に恨みはないんだが、死んでくれないか?」

「そんな事を承諾する人間が居ると思うか?」

「だろうな……だから、面倒だが俺の手で殺す」


 気がつくと、目の前まで迫っていた男の攻撃を、アレーナは対応しきれず、攻撃を受けた肩から血が流れる。


「お姉ちゃん!」

「セナ、リリーを連れてはやく行け!」


 セナは悔しさに奥歯を噛みしめながら、怯えるリリーを抱え、二人の横を通り過ぎて村へと向かった。



 セナはリリーを家の前まで連れていくと、置いていっていたアレーナの槍を手に、すぐに外へでた。


「お姉ちゃん、どこへ行くの?」


 震えた声で、リリーが呼び止める。

 セナはカノ時の方へ振り返り、膝を付いて目線を合わせる。


「アレーナの事、助けに行ってくる。大丈夫、すぐに追い返してくるさ。リリーは、お母さんの所に居るんだ」


 不安そうなリリーを安心させたいのはやまやまだった。が、今は一刻も早く、アレーナの元まで戻りたいセナは、そう言ってあげるのが精一杯で、それだけを言い残すと、来た道を戻っていった。


 一人残され、不安だけが募るリリー。


 どうすればいいのか、分からなかった。

 誰に助けを求めたらいいのか……村の住人では意味がないと、そんな気がしていた。



 そこで、ふと思い出す……今なら、あの二人が山に居るはずだと……




「それで、ワシらの所に来た訳か」


 泣きじゃくりながら、頷くリリー。


「分かった、ワシが行こう。お主はセインちゃんとここで……」

「僕も行く」


 一人で行こうとしたルーアの言葉を遮り、セインは立ち上がる。

 そして、ギルの工房にある剣を一つ手に取り、腰に下げる。


「おい、本気か? 無理をするな……相手は……」

「分かってる」

「そうか。体は万全ではないが、それでも行くのか?」

「うん、行くよ」


 セインは、ルーアを真っ直ぐ見つめた。

 覚悟の決まった、迷いの無い目で。


「子供が泣いてるのに、僕が怯えてる訳には、いかないでしょ?」


 ルーアは、諦めたように息を吐く。


「そうか、ならば止めはせん。だが、必ず生き延びるぞ。良いな?」

「分かった」


 そして、セインはリリーの前に立つと、彼女の頭に、優しく手を置いた。


「ありがとう。君がここまで来たこと、無駄にはしないから」


 リリーをギルに任せ、二人は山を下りる。

 その途中……


「ねえ、ちょっと待ってルーア!」

「なんじゃ! 急がねばならんと言う時に!」


 ルーアの肩を掴んで、強引に引き留めるセイン。


「僕たち、アイツに勝てるかな」

「お主さっきあんな事言ってた癖に、もう怖気づいたのか?」


 呆れた表情でセインを見つめるルーア。


「ちょっと待って。そういう訳じゃなくて……」

「なら、どういう意味じゃ……」

「このまま走ったって時間かかるし、それに前に酷い負け方した相手でしょ……だから、何もなしに行っても意味ないかなって思うんだ」

「それは……そうじゃが。なら、どうする? というか、なんでこんな所で剣を引き抜いておるのじゃ、お主、何を考えておる?」


 何を考えているのかは、さっぱり分からなかったが、ただ、どう転んでも、とんでもない提案をしてくるのだろう。という不安しかなかった。



 セナとリリーを逃がし、一人短剣で獣男と戦っていたアレーナ。

 力は強く、動きも俊敏な相手ではあったが、愚直に正面から襲い掛かるのみで、慣れれば避けるのは難しくなかった。

 だが問題は、こちらの攻撃が全く通じない事だった。


 当たらない訳じゃない。ただ、どれだけ短剣をその体に突き刺しても、この獣男はまるで意にも介さない。


 ただただ、不気味だった。

 激しく動いている癖に、少しも息が乱れていない。疲れている様子は微塵もない。

 この男は人間ではない事は間違いない。だが、例え魔族であろうが、それ以外の何であろうとも、生きているのならば、痛みがあるはずなのに……アレーナはそれが、ただ不気味で怖かった。


 戦いの実力でなら、負けはない筈。

 ただ、相手の体力には果てを感じない。続けていれば、負ける。

 それ以上に、この男を恐れるせいで、だんだんと、近づけなくなってくる。


 そうして、鈍った動きを見逃さず、アレーナは窮地に立たされた。……その時、


「アレーナから離れろケダモノ!」


 地面が輝く。

 獣男とアレーナは、とっさにその場から飛んで離れる。


「お待たせ、アレーナ」


 そう言って駆けつけてきたのは、セナだった。

 彼女は、アレーナに手を触れ、傷を癒すと、その手に持っていた槍を差し出す。 


「ありがとう、セナ。助かったよ」

「まだ、戦えそう?」


 頷くアレーナ。


「よし。それなら、もう少しに間だけ、アイツの気を惹きつけてくれ。アイツは浄化の魔法に弱いみたいだから、あたしの力で浄化してみる。きちっとした奴やるから時間稼ぎお願い」

「分かった」



 槍は相手との間合いがあるお蔭で、恐怖は薄くなる。

 一人じゃなくなって、落ち着くことが出来た。


 ――そうだ、コイツがセインの言っていた獣男なら、やりようはある。


 槍を持つ手に、意識を集中する。そして、左手の甲に刻まれた勇士の証は輝きを放ち、槍は全体が銀に姿を変える。


「なんだ? どこかで感じた事のある力だな」


 獣男はアレーナの槍が変わると同時にそう呟いた。

 首を傾げてしばらく考える仕草をするが、すぐに振り払うように首を振る。


「まあいい、覚えてないって事はどうでもいいって事だ。……それより、もう一人の方が面倒そうだな」


 そうして獣男は、再び襲い掛かる。



 暫く戦い続けたが、セナの浄化の魔法を警戒して、アレーナの相手を片手間にして、セナの妨害をするため、魔法が撃てないでいた。


 アレーナもセナも疲弊している中、やはり獣男だけは、一切疲れを見せていなかった。

 どころか、考え事をする余裕さえあるようだった。


「お前、珍しい力を使うよな。やっぱり引っかかる」

「随分と、余裕じゃないか」


 息も絶え絶えに、アレーナはそう言った。


「お前らとは、色々と違うんだよ。……そうだな、それを言うなら、お前もそんな力を使ってる割に随分と余裕じゃないか」

「これが、余裕に見えるのか……お前の目は……」


 その男は、アレーナに嘲るような笑みを向ける。

 ただ、話で間を持たせるだけのつもりだった。セナが立ち上がり、もう一度浄化の魔法を撃てるようになるまで。


「確かに、俺の見える世界はくすんでいるが、そういう事じゃない。……お前の魔力の事だよ」

「私の魔力……? 何のことだ……?」


 この話を、聞くまでは。


 獣男は、アレーナの槍を指差して告げる。


「それは、邪気を祓うような神聖なものだろ? だが、元はそうじゃなかった。つまり、作り変えた訳だ。魔力でな。ただの武器を、神聖武器に変えるなんて、そりゃあ相当な魔力が必要なはずだろう? なのに、お前は魔力が一切乱れてないじゃないか」


 これ以上、話させてはいけない。何故かは分からないが、アレーナはそう思った。

 思った時には、既に体が動いていた。

 何も考えず、ただ真っ直ぐに……あいつの口を、今すぐに封じなければ……ただそれだけを考えて。


 だが、それはあまりにもあっけなく、容易く、振り払われる。


「人が話してんのを邪魔すんなよ。……ああそうか、今分かった。その力、誰かから力を借り受けてるんだろう。そういや王女様だもんな。下っ端の誰かから魔力奪うくらいは当然の事って訳だ」

「そんな……事……」


 否定をしたかった。だが、言葉がそれ以上続かなかった。


「だってそうだろう? 神聖武器を作るなんて言うデカい魔力を奪われるんだ。使われる側は相当な負担だろうなあ! それに心が痛まねえなんて、苦労知らずの王族様らしいじゃねえか!」


 何も言う事が出来なかった。

 彼女の勇士の証は輝きを失い、手に握られていた槍は元の姿に戻った。


 倒れたアレーナの神を鷲掴みにし、持ち上げる。


「もしかして、自覚が無かったか? そうだよなあ。まあ昔から王様ってのは庶民から搾取したもんで生きてるもんな。それに慣れきってて、誰かから何かを奪ってるって感覚がねえんだろう?」


 頬を何かが伝うのを感じた。

 悔しいとか、そういう感情は何も無かった。

 ただ、もう自分を奮い立たせていたものが、何もかもなくなって、それ以外出来ることが無かった。それだけだった。


「さて、もう遊ぶのも飽きたな。じゃあこの辺で……」


 獣男が、アレーナに手をかけようとした、その時……


 何かが空を裂く音が聞こえると、次の瞬間、アレーナを掴んでいた獣男の腕が、突如その男の体から切り離された。

 更に次には獣男の頭に飛び蹴りがぶつかって、その場から飛んでいった。


「アレーナ、大丈夫?」


 聞き覚えのある声に顔を上げると、燃え盛る炎のように赤い髪の少年の顔が、そこにあった。


「セイン……?」

「少しだけ待ってて、今アイツを追っ払う」


 その少年は、地面に突き刺さっていた剣を引き抜き、地に落ちていた獣男の腕を拾い上げる。



「その腕、返せよ」


 獣男がこちらを睨んでそう言う。


「返してどうするのさ。付け直すの?」

「ああその通りだ」

「えっ嘘ぉ……冗談でしょ? ……本当なの?」


 獣男は、別に冗談を言っている訳ではないらしい。

 そしてこの時気がついた。この腕、切り離されている筈なのにまだ脈を打っている。

 あまりに気味が悪くて、流石に血の気が引いた。


「それは流石にびっくり……」

「いいから早く返せよ」

「それは、無理かな」

「なんだと?」


 持っていた獣男の腕は、突然燃え始めた。……いや、燃やし始めた。

 そして、それを放り投げて、宙に浮いたその腕を、手にした剣で切り捨てた。


「これじゃ、流石に付けられないでしょ?」


 悪戯っぽく、それでいて挑発するように、笑みを向けた。

 向こうは大分頭に来た様子だった。顔を見れば分かるほどに。


「誰だか知らねえが、舐めた事しやがって」

「えっ、僕の事覚えてない?」

「あ? いつか会ったことがあるか? ……悪いが、俺も結構長生きでな。興味ねえ事は忘れる主義だ」

「ああ、そう……じゃあ、都合がいいかな」


 剣を構えて真っ直ぐ飛びかかる。が、容易く振り払われる。

 だが、即座に剣を逆手に掴み直し、獣男の足に突き刺す。続けてその男の首に掴みかかり、その体を燃やし始めた。


「何の真似だ?」

「この間の、仕返しかな」

「覚えちゃいねえが、そんな事が出来るか?」


 信じられない事に、獣男の切り離したはずの腕が、再び生えてきた。

 不意に首を掴んでいた腕は払われたが、それでもまた掴みかかり、取っ組み合いの形になった。

 獣男の力は強かったが、前回の戦いのように押されっぱなしのような事はなく、必死にその場に踏みとどまっていた。


「ほう……なかなか粘るじゃねえか」

「そりゃあ、この間こっぴどくやられたからね。鍛えたんだよ」

「力比べか、それがいつまで持つかな?」


 体が燃え盛る中でも、こちらを押す力を強くする獣男。

 だが、それに対して、不敵な笑みで返す。


「長く持たせる必要なんてない……少しの間でいいんだ」

「なに?!」


 炎でまともに視界が確保できなかった獣男は、その時気が付いた。大地が光を放ち始めていた事に。

 そして、もう役目は終わったというように、手を放して少年はその場を離れる。


 獣男は逃げようとするも、剣を足に突き刺されているせいで、すぐには動けなかった。


「あの野郎!」



「どう? セナ、手ごたえは」

「さあ……出来る限り、強力な奴、ぶち込んだ……つもりだけど……」


 もう限界と言わんばかりに、セナはその場に崩れ落ちた。流石に、これ以上は浄化魔法を撃つのも無理のようだ。


 それだけに、あの獣男にはもう倒されていて貰わないと、手も残っていないのだが……


「今のはヤバいと思ったぜ……かなり魂を持っていかれちまった」


 獣男は、生きていた。

 足は裂け、茶色かった髪は黒くなっていたが、一目見ればそうだと分かる。


「いくらなんでも、しぶと過ぎるんじゃないの?」


 苦し紛れに戦う態勢だけ整えた。が、剣もなく。体力さえ限界に近い……獣男も大分消耗しているようだが、勝てるかどうかは五分五分あるかどうか……


「そうだ……そうだったな。その女の力、どこかで感じた力だと思ったら……お前だったな。思い出したよ」


 身構えはしたが、どうやら戦う気はないらしい。


「セイン、だったな確か」

「えっ?」

「お前の名前だ。これからは覚えといてやるよ」

「あっ、そう……あんまり、嬉しくないかな」


 その返答に、獣男は鼻で笑った。

 そして、どこかへと去ろうとしたその時に、ふと、何かを思い出したように振り返る。


「そう言えばこっちが名乗るのを忘れてたな。……俺の名はグレイガ。魔王軍四天王の一人『餓狼のグレイガ』だ。また会うことになるだろうから、覚えておけ」


 それだけ告げて、グレイガと名乗ったその男は、どこかへと去っていった。


「グレイガ……その名前、嫌でも、忘れられなさそうだ」


 グレイガが立ち去るのを見届けて、セインは地に膝を付いた。


「流石に僕も限界……」

「だろうな……全く、体一つ駄目にしおって。無茶をするなと言った直後にこれだ」


 セインの姿はいつの間にか元に戻っていた。

 そして、そのすぐ横には霊体の姿となったルーアが、彼を睨み付けている。

 心配しているのだろうかと、セナは思った。が、 


「我の体は、そう簡単に作れるものではないのだが?」


 単に恨んでいるだけのようだ。


 そうそれ以前に、セナは一つ疑問が頭に浮かんだ。


「ていうか、そもそもなんでその力が使えてんだ? それって、セインがヤバい時にしか使えないんじゃ……」


 尋ねられた途端、セインの目が泳ぎ出した。

 ルーアは呆れた様子でセインを見つめる。


「セナ、それはな……」

「セイン……」


 おぼつかない足どりで、アレーナが近づく


「アレーナ! ごめん、僕も思ったよりボロボロになっちゃって……待たせてたのに」

「おい、誤魔化すなよ」


 笑いかけるセインに、彼女はただ、虚ろな視線を向けるだけだった。

 流石に、二人も様子がおかしい事に気がついた。


「……アレーナ、どうしたの?」

「何故だ」


 膝を付き、セインの両肩を掴んでくるアレーナ。


「何故だ何故だ何故だ!」


 肩を掴んだまま、乱暴にセインの肩を揺らす。


「おい、アレーナやめろよ! 二人とも怪我してるだろ! 無理に動くなって!」


 セナがからがらの体力で、なんとかアレーナを引き離す。


「どうして、どうして黙っていたんだ! 君自身の事だろう? 分からないはずないじゃないか!」

「アレーナよ、落ち着け。何の話をしておるのだ……ああ、いや我が言っても聞こえないか」

「聞こえている! 見えてもいる! 全部全部、セインの力のお蔭でな! ……私が……セインから奪った力だ」


 少しづつ、言葉が弱くなっていく。


「少し考えれば分かる事だったんだ……この力はセインから分けられたもので、私が使えば、当然セインの魔力から賄われる……」

「だが、それは足りない分を補うだけだろう。それぐらいでは大した負担には……」

「ルーア、その話、今はマズいよ」


 ルーアの言葉をセナが遮る。だが、もう既に遅い。


「私の……せいじゃないか……私の力が足りないから……だから、セインに負担をかけて……」

「違うアレーナ、そんな事……うっ!」


 思わず大声を出そうとしたセインが、苦しそうに胸を押さえる。


「だったら、どうしてそんなに辛そうなんだ? セナも言ってた最近ずっと元気が無さそうだって……私に、力を取られているからだろう?」


 後ずさりして、アレーナは少しずつ離れていく。


「私は、足手まといにしかならない……貴方達と共に旅をする資格なんてなかった。少しでも、貴方達と肩を並べられたと思っていた私が、馬鹿だった……ごめんなさい、さよなら……」


 振り返って、逃げるように駆け出すアレーナ


「ここも、私の居場所じゃ、なかった……」


 そう呟く声を、セインは聞いた。

 セインは急いで彼女を追いかけようとするが、走り出そうとした途端、体から何かが込み上げてくるのを感じた。

 直後、口から吐きだされる、真っ赤な血。

 貧血のせいか、頭は重くなり、今にも倒れそうになる。それを、必死に踏ん張った。


 だが、そんなわずかな足止めの間に、アレーナの姿は森の中へと消えていく。


「おい、セイン大丈夫か?!」


 体力的に、アレーナを追いかけられないと判断したセナは、近くに居るセインの様子を見た。

 口元の血を拭う、息の荒い彼の服をよく見れば、腹部の辺りが血で滲んでいた。


「……セナ。悪いんだけど、今すぐ傷治して貰える?」


 どうしてこうなったのか今すぐに問いただしたい、こんな状態で戦っていたのかと、怒りたくもなった。

 だが、それでも今は急がなければいけないと、喉まで出かかった色々な感情を、胸の奥に押し込んだ。


 自分では追えない。追っても、彼女を連れ戻せる自信がない。

 だから、今はセインを信じるしかない。

 そして、セナはなけなしの体力で出来るだけ急いで治癒を済ませる。


「傷を塞ぐくらいしか出来なかったけど……」

「それで大丈夫……早く、追いかけなきゃ……」


 鉛のようにも感じるほど、重くなった足に喝を入れ、立ち上がる。

 塞がれた傷はまだ痛む。それでも、歯を食いしばって、彼女の消えた森の中へ、セインは走り出す……

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