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第十話 後編

 心に負った傷が深かったからか、暫くの間シエラに背を向け、膝を抱えて座りこんでいたセナ。

 それから立ち直ったセナに、シエラは頭を下げた。


「ごめんなさぁい。そんなに気にしてるなんて思わなくてぇ……」

「大丈夫大丈夫、まだ大きくなるから……気にしてなんかないから……」


 シエラは、自分の胸に視線を向ける光の灯らない目をしたセナを見て、本当に悪いことをしたと反省した。


「この地に住み着いてからと言うもの、人が来たことって一度もなくてぇ……それで、久しぶりに人に会えたものですから、少しはしゃぎ過ぎましたぁ。すみませんでした」

「久しぶりって……どれくらい?」

「戦いの後からずっと……ですねぇ。もう長いことここに居ますから、数えるのも止めてしまいましたぁ。まあ、別に今の生活が不満という訳ではありませんが、せっかく人に会えたのですから、沢山おしゃべりがしたかったんです」


 そしてシエラは、右手をセナの方へと差し出す。


「せっかく会えたのです。私と、お友達になって頂けませんか?」


 そう言ってきた彼女は、期待と、少し不安の混じった目でセナを見つめていた。

 そんな彼女に、セナは笑顔で差し出された手を握る。


「あたしならいいよ。精霊と友達なんて、そうそうなれるもんじゃないし」


 シエラは、セナの言葉に喜びで表情を輝かせ、彼女を抱き寄せた。


「ありがとうございます! 私、嬉しいですぅ! ……ええっと」

「ああ、まだ名乗ってなかったね。あたしセナ、よろしく」

「はい! よろしくですぅ。……そう言えばセナさん、あなたはどうしてここへ?」

「あたしの事はセナで、いいよ。あたしもシエラって呼ぶし……ええっと、ここに来たのは……」


 セナは、シエラにここへ来た経緯を簡単に説明する。

 それを聞いたシエラは、先程までと違って表情は真剣なものだった。


「目が覚めた時点で、そんな予感はしていましたが、そうですか封印が……話はわかりましたぁ。とりあえずぅ、これが必要なんですねぇ」


 と、自分の持っていた杖を眺める。


「それが、精霊の杖?」

「ええ、かつての戦いが終わってからずっと、肌身離さず持っていましたぁ」

「ずっと? ……寝てるときも?」

「ええ、もちろん」


「……ヨダレとか、付いてない?」

「そんなぁ、大丈夫ですよぉ」


 それを聞いてセナは安堵した。


「心配しないでくださぁい。私は水の精霊……ヨダレだって汚れのないとても清いものですよぉ」


 セナが表情を引きつらせているのを見て、シエラはくすくすと笑い出す。


「冗談です。そんなことより、はい」


 シエラは持っていた精霊の杖をセナに差し出した。


「えっ、もしかしてくれるの?」

「ええ。必要、なんですよね」

「そうだけど……あたし、何もしてないぞ?」

「そんな事ありません。私のお話相手になって頂きましたしぃ……なにより、お友達にもなってくれたじゃないですかぁ」


 笑顔を絶やさず、彼女はそう言い切った。


「……わかった、じゃあありがたく受け取らせてもらうよ」


 差し出された杖を、恐る恐る受け取ると、杖は光の粒となりセナの中へと消えてゆく。

 何が起きたのか分からず驚くセナに、シエラが説明する。


「その杖は、今はあなたの体の中にあります。それは、あなたが必要とすればいつでも現れますよぉ。試しに、杖に現われろと念じてみてください」


セナは言われた通りにやってみると、確かに杖が現れた。


「おおすごい! 本当に出てきた!」

「戻れと念じれば体の中へ戻って行きますぅ……はぁぁぁ〜」


 突然シエラは力の抜けたように地面に座り込む。


「え、ちょっと大丈夫?」


 セナが駆け寄ると、シエラは息が上がっていた。


「こんなに人と話したのなんて久しぶりですからぁ……疲れてしまいましたぁ」

「ああ、そう……」


 心配をして損したと、セナはため息を吐いた


「それを持っていることで得られる加護とか説明したいところなんですがぁ……それよりですねぇ、気になることが、あるんですぅ」


 再びシエラが真面目な表情をするようになって、セナはただ事ではないと察する。


「何か良からぬ気配を持つ者が、この街に入りこんだようですぅ」

「良からぬ気配?」

「ええ。ただ、どうやら何かで気配をを隠しているようで、正確な居場所私にもわかりません。……そもそもこの街は私の張った結界がありますからぁ、外壁の内側には並の魔族や魔獣では近づく事すら出来ないはずなんですぅ。という事は、かなりの力を持つ者かもしれません」


 それはそれでなんだか不安そうだ。……とセナは思った。

 シエラは、セナが何を考えていたのか察したのか、頬をふくらませる。


「私、今はこんなんですが本当は凄い天使だったんですよぉ? あ、その目は信じてませんねぇ? いいでしょう。私、ちょっとやる気出しちゃいますぅ」


 シエラは胸の前で両手を合わせ、目を瞑る。


 そして少しして目を開くと、セナの肩を掴んで揺さぶる。


「セナ、大変ですぅ! あなたの仲間に危険が迫ってます!」

「え、それどういう事?」

「そんな予感がするんですぅ。速く行ってあげてくださいぃ」

「う、うん分かった。ごめん、じゃあいくな」


 と勢いに流されてセナは仲間たちの元へ向かって行く。


「まあ、お話ならいつでもできますからぁ」


 離れていくセナの背を見つめながら、シエラはそう言った。



「ワシが来たのはたった十年前だというのに、あちこち前と変わっておる。人の世の移り変わりは早いものじゃな」

「ルーアって勇士の剣をずっと守ってたんじゃないの?」

「実はな、たまに役目を部下に任せて外に出ておったんじゃ。……いや、遊んでただけではないぞ?」


 そこは遊んでたわけではない。と言うべき所ではないのかとセインは思った。

 当のルーアは、他の二人には内緒……と言うようにウインクして人差し指を立てて口元に当てる。



 ルーアはとても楽しそうに街を周り、「あそこは変わった」「あっちは昔のまま」とセインに教えてはしゃぐ彼女は、見た目相応の少女に思えた。


 セインも最初は楽しんでついていっていたが、次第にルーアのペースについていけなくなり、疲れてきていた。


「ルーア、僕疲れたから先に宿に戻るよ」

「ん、そうか。道は分かるか?」

「うん、大丈夫。ルーアはまだ街を見ていたいんでしょ? 僕の事はいいからまだ見て回ってて」

「……すまんな。ではお主の言葉に甘えさせてもらうとしよう」


 そして、ルーアと別れたセインは、宿へと戻るべく人混みの中をかき分けて進む。が、腰に携えていた剣が他の人にぶつかり進みづらい。散策に誘われた時に外しておくべきだったとセインは後悔した。


 やっと人混みを抜けて空いた道へと出た時、フードの付いたマントを着た人物がセインの横を通り過ぎる。……が、マントがセインの剣に引っかかってその人物は転んでしまった。それに釣られてセインまで転んでしまう。


「いっててて……ああ! ごめんなさい、大丈夫でしたか?」


 マントの人物は立ち上がると、慌てて転んだセインを見つけて駆け寄った。

 セインも立ち上がり、服の土を払う。


「僕は大丈夫だよ。君の方こそ怪我とかない? ごめんね、僕がこんなの持ち歩いてたから」


 マントの人物は転んだ拍子にフードが脱げてしまったようで、長い青髪と、色白の肌をした顔があらわになり、女性である事に気がつく。


「そんな……私もっとちゃんと注意していれば良かったのです。あなたは冒険者様ですよね? それなら武器の携帯くらいは当然です! 本当にごめんなさい」


 と彼女は頭を下げた。


「僕の方だってもっと気を付けてなきゃいけなかったんだ。だから、頭上げて」

「気まで使わせてしまって……すいません本当に……その、つかぬことを伺いますが、あなたは冒険者様、で合っていますよね?」

「うん、最近なったばっかりだけど一応ね」

「やはりそうでしたか! その……図々しいとは思いますが、私の頼みを聞いていただけませんか?」

「頼み?」



 マントの女性は名をユズハといい、妹が病に掛かっているため、薬草を取りに街の外にある森へと向かっていた。だが、近頃街の外へ出ていった住人が行方不明になる事件もあり、一人で行くのは不安だったらしい。

 そこで、セインと偶然出会ったので彼に護衛を頼んできた。


 怪我の事はあったものの、付いてきて貰えるだけで充分と言われ、転ばせてしまった責任を感じていることもありセインは引き受けることにした。


「助かりますセインさん。気配を隠す魔道具であるマントを着てきたのですが……それでも、どうしても一人では不安で……」

「僕だって頼りになるか分からないよ? さっきも言ったけど、冒険者になったばっかりだし」

「そんなご謙遜を……フラマからここまでいらしたのでしょう? それならば実力に問題はないはずですよ」

「あれ? 僕フラマから来たって話したっけ」


 セインの問いかけに、ユズハは首を横に振る。


「駆け出しの冒険者がこのレミューリアに来るという事は、大抵ライトからフラマ、そしてここの順に来ているものだろうと思いまして」

「そうなんだ、僕あんまりそういうの詳しくなくて」


「……あんな山奥から来たらそうだろうな」


 ユズハはセインに聞こえぬほど小さな声でそう呟いた。



 それからしばらく、二人は森の中を進み続ける。

 段々と森も深くなり、日の光が当たらなくなるほどに暗くなってきていた。


「ユズハさん、大分街から離れたけど……どこまで行くの?」


 問いかけられて、ユズハはその場に立ち止まる。


「そうだな……大分街から離れた。ここなら全力もだせそうだ」


 セインは自分の耳を疑った。彼女の口から発せられた声が男の物に聞こえた……それもどこかで聞き覚えのある……


 そして、ユズハはマントに手をかけ、それを外す。……マントを脱いだ彼女は、獣の皮でできたジャケットを羽織り、頑丈そうな布で作られたズボンを履いているという、まるで男性のような恰好だった。

 しかも、セインと同じくらいの背丈だった彼女は、彼よりも一回り大きくなって、髪の色も茶色に変わっていた。


 そう、間違いなく、彼女は別人へと姿を変えた。

 セインは、彼女……いや、彼の後ろ姿を見た瞬間にこの男が誰であるか気づいた。


 そこに居たのは、以前空人の里で仲間を殺した獣男だった。


「どうしてお前が……! まさか、人間に化けてたのか」

「ま、そう言うことだ」


 体をほぐすように首や肩を回しながら、彼はそう言った。


「会うのはあの時以来だな、小僧」

「お前……こんな所まで連れてきて何の用だ」

「お前お前うるせえなあ……俺の名前はグレイガだ、覚えておけ」


 グレイガと名乗ったその男は、ズボンのポケットから小さな水晶を取り出し、それをセインの方へ放り投げる。

 それが地面に着くと輝きを放って形を変え、輝きが収まったとき、そこにはメイスがあった。


「ないんだろ? 使えよ。安心しろ、何も仕込んじゃいねえ」

「そんな事言われて、信じると思う?」

「ま、そうだな。別に何を使って戦ってくれようが俺は構わねえんだがな」


 そう言いながら、グレイガは上着の袖を捲る。すると、腕の露出された部分を黒く変化していく。


「戦うって、それが目的?」

「そういう事だ。お前がレシーラを倒したって聞いてな、この間の事もあるし、お前の力に興味がでて戦ってみたくなったんだよ」

「僕がその勝負受けると思う? 何の得にもならいじゃない」

「うーん、そうか。それもそうだな……」


 グレイガは困った様子で考え事を始める。

 しばらく考えた末、何かを思い出したように両手を合わせた。


「ああ、思い出した! 俺、金髪の……アルミリアって女を殺せって言われてたんだったなあ。お前、そういや金髪の女と一緒に居たろ」


 それを聞いて、セインは体が凍り付いたようになった。


「その反応だと、あの女がソレで間違いないみたいだな。……理由が出来たな。俺を殺さないと、あの女が死ぬぜ?」


 セインは何の迷いも躊躇いも無くメイスを拾い、グレイガに接近しそれを振り下ろす。


 だが、振り下ろしきる前に柄の部分を掴まれてしまう。どんなに力を入れてもビクともせず、放させる事が出来ない。

 グレイガはメイスの柄を脇に抱え、空いた手で叩き折る。そして、折ったメイスを持ち替え、セインの左肩に叩きつける。

 左肩に走る激痛でセインは悲鳴を上げた。


 それを聞いたグレイガは不敵な笑みを浮かべて口を開く。


「こんなんで根を上げるなよ? まだこの間のお返ししかしてねえんだからよ」



「ルーア! よかった無事だったんだな」

「ん? おお、セナちゃんではないか。無事に杖を……どうしたんじゃそんなに急いで」

「生身って……疲れるね」


 セナは大急ぎでルーアに駆け寄ると、膝に手をつき息を切らしていた。


「体が手に入ってはしゃぎたい気持ちは分からんでもないが、もう少し加減をした方がいいと思うぞ?」

「ちが……」


 か細い声で何かを言っているようだったが、聞こえなかったのでルーアは耳をセナに近づける……


「違うって言ってんの! シエラがあたしの仲間に危険が迫ってるって言ってたから、心配して街中探し回ってたんだよ!」

「うわっ! 急に大声を出さんでくれ。ビックリするじゃろ」

「あ、ごめん」


 息を整え、セナは落ち着くために深呼吸する。


「それで、ワシらに危険が迫っておると言ったか?」

「ああ、うん。だけど、ルーアは大丈夫そうだな。……セインは、一緒じゃないのか?」

「セインちゃんなら少し前まで一緒に居たが、疲れたからと宿に……」

「いや、宿には居なかった」


 ルーアが言いかけた所を、たった今来たアレーナが遮る。


「何。アレーナちゃんそれは本当か?」

「ああ、ついさっき見てきたばかりだ。間違いない」

「じゃあ、セインはいったいどこに……」

「悩んでも仕方がない。私たち三人で手分けをして探そう」


 アレーナの提案に他の二人は頷き、それぞれがセインを探しに向かおうとする。だがその時、突然アレーナが倒れそうになり、それに気づいたセナは彼女を支えた。


「アレーナ、大丈夫か?」

「……ああ、少し立ちくらみがしただけだ。問題ない……それより、はやくセインを探そう」

「あんまり、無理はするなよ?」

「大丈夫だ。それより、はやく行った方がいい」


 心配から一緒に行こうかと思ったセナだったが、アレーナは一人で先に行ってしまい仕方なく自分一人でセインを探しに行った。



「期待したほどじゃなかったな。つまんねえの」


 木にもたれるセインを見下ろし、グレイガはそう言い放つ。

 全く動かないセインに近寄ると、彼の頭を小突く。


「おい、まさかもう死んだってことはねえよな」


 そして、彼の首を掴み強く握る。

 すると、セインは苦しみだして抵抗を始める。


「やっぱり、まだ生きてんじゃねえか。しぶとさはあるみてえだな」


 生きているのを確かめると首を放してやる。

 解放されたセインは咳き込み、何度も呼吸を繰り返す。


「こんなんじゃ満足できねえよ。もうちょい楽しめると思ったんだが……な」


 グレイガが一人嘆いている隙に、息も絶え絶えのセインが剣で腹部を刺し貫く。

 そして刃が輝きだし、グレイガは痛みに苦しむ声を上げる。……だが、苦しみ悶える声が次第に笑う声に変わっていく。


 グレイガは剣の刃を拳で殴って折ってセインから離れる。


 黒く焼けたような傷痕を撫で、彼はとても嬉しそうに笑う。


「これだ……この痛みだ! 俺が望んでいたのは!」


 痛みに歓喜するその姿を見て、セインは全身に寒気が走る。


「これで終わり、じゃないよなあ? 出し惜しみしないでいいんだぜ?」

「何の……事……?」

「髪の色が変わるやつあったろ。アレが面白そうだ。使えよ」


 憑依の力の事を言っているのだろうと言うのは予想がついた。だが、ここにはセナもルーアも居ない。それに、居たとしてもどうすれば使えるのかが分からない。

 そもそも、何故彼がそれを知っているのか。


「なんだよ。使ってくれねえのか? それとも俺は、使うほどの相手じゃねえってか?」


 一歩……また一歩と彼が近づいてくる度に、セインは無意識のうちに後ずさっていた。

 背中が木に当たり、自分が後ろへ下がっていたことに気がつくと、震える手で刃の折れた剣をグレイガに向ける。


「逃げないのはいいが、そんな剣で何するつもりだ?」


 何か、策があるわけではない……本当は逃げ出したい。だが、自分が逃げれば奴はアレーナの元へ行く。だから逃げられない。今ここで、食い止めなければ……とただそれだけで、自分を奮い立たせるために剣を構えた。


「そんなもん使うくらいなら、こっち使えばいいのによ」


 いつの間にか、グレイガはすぐ隣に近づいていた。

 そして、セインの腰から勇士の剣を奪い取って眺めていた。


「お前が使わねえなら、俺が使ってやろうと思ってよ」

「返せ!」


 取り返そうと飛びかかったセインを躱し、鞘から剣を引き抜こうとしたが、それが出来ずにいた。


「何だこりゃ、全然抜けねえ。……まあいいか、このまま使えば」


 と言って、グレイガは鞘に収まったままの剣をセインに叩きつける。

 何度も叩きつけたあと、飽きたように剣を投げ捨てた。


 倒れて動かなくなったセイン……虫の息ではあるが、まだ生きている。そんな彼の様子をグレイガはじっと見下ろしていた。


「これでもまだあの力は使わねえ、か。ここまでやって使わねえのは意地なのか、それとも、他に何か理由があるのか……何かが、足りないのか……?」


 セインの意思のみで使えるのならば、きっととっくに使っているはず。光の力は使っているのだから。……そう考えた。

 ならば足りないものは何かと、昨日の戦いを思い出す……


「使わねえのか、使えねえのか知らねえが、まあいい面倒だ。もう、飽きた」


 セインの元へ近づこうとした直後、突然地面が隆起し壁ができる。

 そして、周囲の地面が次々と隆起して、グレイガは壁の中に閉じ込められた。



 ドンッ……ドンッ……と獣男を囲んだ壁の方から、何度も殴りつけている音が聞こえてくる。念を入れて、更にその周りを覆うように壁を作る。これだけ頑丈に壁を作れば、そう簡単に出てくることは出来ないだろう。と、ルーアは考えた。


 獣男を閉じ込めている隙に、セインの元へと駆け寄り、生きていることを確かめると、ここから連れ出そうと両手で彼を抱える。


「あの男、何者かは知らんが相当ヤバイのは確かじゃ。スグにここを……」


 離れなければ。……そう言いかけた時、壁の方から強い殺気を感じた。

 振り向くと、壁には大きな亀裂が入っていた。


「馬鹿な! あれを壊すだと……?!」


 そして、獣男を閉じ込めていた壁は砕け散り、中から出てきた彼は相当頭にきているらしいことが表情から伺えた。


「俺はなあ……邪魔をされることが大ッ嫌いなんだよ」


 睨みつけてくる彼から、セインを守ろうとルーアが構えた時……


「ルー……ア……」


 絞り出すように自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。


 思わず声の方向へ振り向くと、セインがこちらへ右手を伸ばしてきていた。その手にある勇士の証は、脈打つように赤く光っている。

 それを見たルーアは、引き寄せられるように自らも手を伸ばし、手と手を合わせる……



突然の強い光に目が眩み、視力が戻ってきた時目の前に見えたのは、抜け殻のように眠って動かない少女と、立ち上がろうとしている髪の色が赤く染まったセインの姿だった。

 立ち上がった彼は、真紅に輝く瞳でこちらの方を睨む。


「昨日見たのと色は違うが……ようやくそれと戦えるワケか」


 と、グレイガは楽しそうに笑みを浮かべる。


 セインは、刃の折れた剣を向けてくる。

 何をするつもりなのか意味が分からず首を傾げていると、折れた剣が突然発火し、それを投げつけてくる。


 それを軽く弾く……と、その直後に隙をついてセインが飛びかかり、グレイガの顔を鷲掴みにする。

 すると、体から力が抜けていくのを感じたグレイガは、彼を引き離そうとするが、全身が急に燃え始める。


 セインはその場から離れると、燃え盛る炎の熱さに苦しみ悶えるグレイガの姿を、息も絶え絶えに眺めていた。



 ……最初こそ、苦しんでいたグレイガだったが、その声は次第に笑い声へと変わっていく。そして燃え盛る体でセインの方へと飛びかかっていく。

 それをセインは受け止め、手四つの状態になる。



 何かがおかしかった。体力と魔力を奪う力を使っているはずなのに、確かに奪えているはずなのに……それでもグレイガの力は弱まることはなく、それどころか向こうの握る力が強まり、セインは腕に力が入らなくなりつつあった。


 そんな疑問を感じていることを向こうも感づいたのか、彼はセインを押す力を強め、余裕の表情で顔を近づけてくる。


「何故力が弱まらないかって思ってるな? 一度目は油断しただけだ。吸われると分かっていれば、抵抗ぐらいする……さあそんなチマチマ吸ってたんじゃあ、俺の命は吸いきれねえぞ!」


 体が燃えようが、体力を吸い取ろうが、グレイガは力が弱まらないのに対して、セインは徐々に意識が朦朧とし始めていた。


「力が弱まってきたな? それもそうか……元々死にかけてたんだ、どんな手品使ったかしらねえが、長く保てるはずがねえってワケだ!」


 そう言ってグレイガは手を放し、セインの腹部を蹴りつける。

 髪の色が黒に戻り、倒れる彼を抱き止めると、顎を掴んで顔を上げさせる。


「中々楽しめたぜ。折角だ、お前の魂を俺の中に取り込んでやるよ」


 そう言って、セインの首筋に噛み付こうとした時……地面に何かの紋様が広がり、それが輝きを放つと、グレイガの体が黒い煙が噴き出す。


「これは……浄化の魔法か!」


 グレイガは慌ててセインを離し、輝く紋様の中から抜け出す。


「シラケちまった。帰るか」


 と言い残し、グレイガはその場から去っていく。




 薄れ行く意識の中で、自分のもとに近寄る水色の髪をした人物の姿が見えた。


「待ってろセイン……今、治すから……」

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