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第十話 前編

 目が覚めると、見慣れない風景が広がっていた。恐らくは宿屋の一室なのだろう。とセインは思った。


「お、気がついたかセインちゃん。今回は早かったな」


 ベッドの横から声をかけられ、セインはそっちを向く。


「ルーア、付いててくれたんだ。……僕、どれくらい寝てたの?」

「今回は丸一日くらいじゃな。レシーラとの戦い程、力を使わんかったからじゃろう」


 そう言った後、ルーアは顔を難しくして何かを呟き始める。


「それにしても、一度使えば最低でも丸一日は動けなくなるわけか……あまり使い勝手の良くない力じゃな」


 そんなルーアを気に留めず、セインは部屋を見回してアレーナとセナが居ないことに気がつき、ルーアに二人の居所を尋ねる。


「ああ、二人なら水の神殿に行ったぞ」

「え、二人だけで?」


 セインは、アレーナは自分抜きではセナを見ることも出来なければ話すことも出来ない為、その二人だけでと言うのは大丈夫なのかと不安に思った。

 そんなセインの不安を察してか、ルーアは「安心しろ」と続ける。


「神殿は結界があるから、セナちゃんは体を持てる。それならアレーナちゃんと二人でも大丈夫じゃろう? 神殿の入口まではワシも付いていったしな。その後、お主が起きた時に一人では何かと困るじゃろうと思ってワシが戻って……ああ!」


 ルーアは話している最中に何を思いついたのか、セインを見て表情をニヤつかせる。

 どうしたのかと困惑しているセインに、ルーアは面白そうに口を開く。


「お主、ここに残るのはワシじゃなくてアレーナちゃんの方が良かったと思っておるんじゃろ」

「えっ! ち、違うよ!」


 セインは怒っているからなのか、それとも羞恥からなのか、顔を真っ赤にしてルーアから顔を背けた。



「ワシが悪かった。謝るから機嫌を直して欲しい」


 そっぽを向くセインにルーアは深く頭を下げる。

 セインも時間が経って機嫌が少し直ったのか、一度深く呼吸をしてルーアの方を向く。


「まあ、もういいよ。ちょっとは思ったことだし……それよりもさ、二人が神殿に行ってるなら僕も……」


 ベッドから立ち上がろうとしたところをルーアは止める。


「やめておけ。昨日の傷は塞いだだけ、まだ無理に動けば広がってしまうぞ? 今のお主では、行っても足手まといじゃ」

「でも……」

「待っているというのが不安なのも分かる。じゃが、今はゆっくり体を休めろ。それが二人の思いでもあるはずじゃ。二人のことは信じて待て」


 ルーアの言葉に、セインは自分でもいつも通りに動くことが出来ないのは分かっていたので、渋々引き下がる。

 少し悔しそうにする彼を見て、ルーアは荷物の中からタオルと着替えを取り出して手渡す。


「どうしたのいきなり」


 何故渡されたのか意味が分からず、ルーアに問いかける。


「ここには温泉があるんじゃよ。せっかくだから湯に浸かって傷をいやしてこい」



 一方その頃水の神殿では、アレーナとセナの二人が、襲いかかってくる魔獣と戦いながら進んでいた。


「ルーアのところはすんなり通してくれたってのに、ここは違うんだな」

「アイツは自分の作り出した物なら、好きなように作り替えられると言っていた。勇士でない者は辿り着けないようにしていたのだろう」


 戦いの合間、二人は休憩をとっていた。


「それにしても、癒しの力が凄いことは知っていたが、戦いでも強いとは思わなかったぞセナ」

「そう? まあ、狩りを長い事やってきたからな」


 と、得意げにセナは胸を張った。

 神殿の中で肉体を得たセナは、丸腰の状態ではいけないだろう。と、本来はセイン用に買っていたメイスを持ってきていた。


「そうだったのか。狩りはどれくらい前からやっていたのだ?」

「あたしが狩りを始めたのは、八つの頃からだったかな。……あ、そう言えば、セインもそれくらいの歳で里に来たんだったかなあ。懐かしいなあ」

「ほう、そうだったのか。……ん? その言い方だともしかしてセナの方がセインより年上なのか?」

「言ってなかったっけ。セインよりあたしのがちょっとだけ年上なんだ」


 思えば、二人の年を知らなかったとアレーナは気づく。


「二人は同い年かと思っていたが」

「あはは、あたし年の割に見た目が幼いって里の人たちにもよく言われてたからなあ。アレーナがそう思っても仕方ないよ」


 少し照れたように頭を掻きながら、セナはそう言った。


「あいつを里で拾った頃はまだ小さくて、記憶もなかったから、すごく怯えてたなあ。小さい子供なんて、里では珍しいからみんな困ってたよ……それがあっという間に背が同じくらいになったと思ったら今はもうあたしより大きいんだもんなあ」


 そう話すセナの表情は、心なしか子供の成長を懐かしむ母の様に見えた。


「そうだったのか……ん?」


 と言う事は、セナはその頃には小さくなかったという事だろうか……と、アレーナは考えたが、これ以上深く考えないことにした。

 空人と人間では元々の寿命が違うのだから、見た目と年齢が違っていても不思議ではない。歳がいくつなのかなどと考え始めてはキリがない。



「そう言えばさあ。アレーナって、王女様なんだよな」


 セナに声をかけられ、アレーナは意識を戻す。

 しかし、話題が話題なだけに、突然のことで困惑する。


「……まあ、そうだが。どうしたのだ、いきなり」

「いやさ、なんで王女様が危険な旅を一人でしてんのかなって。ちょっと気になってさ」

「それは……その……色々と、あってな」


 と言いながらアレーナは目を逸らす。

 見るからに聞かれたくない様子だったので、この話題はやめておくことにした。


「そっか、ごめんね変な事聞いちゃって」

「いや、構わないさ。さあ、先へ進もう」



 セインは温泉に浸かったあと、ルーア


「どうじゃった? 初めて入った温泉の感想は」

「凄く気持ちよかったよ。なんだか気持ちも落ち着いたし。でも、温泉に入るだけで傷の治りが早くなったりするの?」

「……さあ?」


 そんなの知らんと言う表情でルーアは答える。


「え、だって傷を癒してこいって言ったのルーアじゃ……」

「ワシ悪魔じゃから人間の体の事は知らん。ただまあ人間はそう言っておるのじゃからそうなんじゃろ。多分」

「ああ、そう……」


 なんだか腑に落ちなかったが、気にしていても仕方がないので流すことにした。

 セインは食事を済ませると、部屋に戻って剣を装備するベルトを腰に巻く。それに剣を挿していると、ふとメイスがない事に気がつく。


「そう言えば、メイス無くなっちゃったのか。……あの力を使うと、なんでか必ず壊れちゃうな。力の使い方が悪いのかなあ」


 それから部屋を出ると、ちょうど部屋の前に居たルーアと鉢合わせする。


「どうした、剣なんか持ってどこへ行くつもりじゃ?」

「ちょっと街の外まで行って素振りでもしようかなって」

「うーむ……今はまだあまり激しい運動はしないほうがいいと思うぞ?」


 と言われたものの、セインは他にやることもなく困ってしまう。


「部屋に居ても落ち着かないし、気を紛らわせたかったんだけど」

「ふむ……そういう事なら街の中を見て回らんか? ここは観光地でもあるからきっと楽しいぞ」

「そうなの? うーん……じゃあ、行ってみようかな。でも、この街のこと知らないから迷いそう」

「なんならワシが付いて行ってやろうか? ワシも見て回ろうと思っていたしな」

「いいの? じゃあお願い」


 ルーアは任せておけと頷いて、二人は街へと繰り出した。



 水の神殿の最下層……そこには、淡く輝く泉があった。

 広い泉の中心には小さな陸地があり、目的のものはそこにあるのだろうと二人は話していた。


「しかしかなり深い泉だな。どうやって渡る?」


 悩むアレーナに、セナはある提案をする。


「あたしさ、水と相性が良いから、水の中にどれだけ居ても大丈夫なんだ。だから、あたし一人で向こうへ行ってみようと思う」


 そう言って、セナはメイスを外してアレーナに預けると、体をほぐし始める。


「本当に一人で大丈夫か? いや、私ではここを渡ることは出来ないのだが……」

「安心してよアレーナ。ヤバくなったらすぐ逃げるからさ。それに、これはあたしに必要なものだから、自分一人の力で手に入れたいんだ。これから先、みんなの役に立てるようにさ」

「そうか……そういう事なら私はここで待つが、気をつけて……」


 話している途中で、アレーナは急に倒れそうになる。それをセナは慌てて抱きとめる。


「大丈夫かアレーナ!」

「ああ、少し立ちくらみがしただけだ、問題ない。……私もあまり、人にとやかく言える立場ではないな」

「本当に大丈夫なのか? 落ち着くまであたしが……」


 アレーナはセナに手をかざして、話をさえぎる。


「セナ、君は自分のやるべきことをやるんだ。私は本当に大丈夫だ。……だから、行ってくれ」

「……分かった。無理はしないでよ? じゃあ、行ってくる」

「ああ、気をつけてな」



 泉を泳いで真ん中の陸地へ向かうセナ。その間、この泉に何か不思議な感覚を感じた。

 どこか懐かしさを感じ、気分が和らぐ。泳いでいてもあまり疲れを感じることはなく、気がつくと、陸地に辿り着いてた。

 セナは辺りを散策していると、小さな祠を見つける。

「あ、なんかそれっぽいの見っけ」


 セナが祠に触れると、いきなり強い輝きを放つ。



 輝きが収まり、セナが目を開くと、そこには水色の長い髪をした少女が、杖を支えにするように持って、目を瞑って立っていた。

 その少女はこっくりこっくりと船をこいでいた。支えにした杖がフラつき始めると、セナは身の危険を感じて横に避けた。……が、少女は大きくよろめいて覆いかぶさるように倒れる。


「なんでだよ! どうしてそうなるんだよ! お前絶対起きてんだろ、おい!」


 セナにのしかかる少女は、すやすやと穏やかに寝息をたてている。

 のしかかられている重さと、胸のあたりに感じる感触に怒りを感じたセナは、激しく少女を揺さぶって起こそうとする。


「おい起きろよ! 邪魔だし苦しいんだよ!」


 すると、少しして少女はゆっくりと瞼を開き、大きなあくびをして目をこすった。そして、セナに気がつくと、驚いたように大きく目を見開いた。


「あらあらぁ、どうして私の下に人がいるんでしょうかぁ?」

「寝相が悪いからじゃないかな」


 怒りにこめかみを引きつらせながらセナはそう言う。


「それよりどいてくんないかな。お・も・い・か・ら!」

「そうでしたぁ、ごめんなさぁい」


 そう言って、少女はおもむろに立ち上がる。

 解放されたセナが立ち上がると、少女はペコリと頭を下げる。


「本当にごめんなさいねぇ。育たなくてもいいのにちょおっとだけ、お胸が大きく育ってしまいましてぇ」

「ふーんそうなんだ! ちょっとだけね! ああ、そう!」

「ええ、ちょっとだけ。重かったですよねえ? ごめんなさい」


 今にも掴みかかりたかったが、少女が何度も頭を下げる姿を見て、セナは拳を強く握りしめて必死に堪える。


「ところで、アンタは誰?」


 セナがそう聞くと少女はなんの反応もせず、どうしたのかと首を傾げると、少女も同じように不思議そうに首を傾げ、その後周囲を見回して何かに気づいて拳を平手についた。


「もしかしてぇ、私に聞いてましたかぁ?」

「気づいてなかったのかよ! あたしとアンタ以外にここに誰も居ないだろ!」

「フフフ、そうですねぇ。うっかりしてましたぁ」


 と少女は笑う。


 セナはまだ少ししか彼女と話していないが、既に頭が痛くなってきていた。



「それではぁ、自己紹介させていただきますねぇ。私はぁ、名前を『シエラ』と申しますぅ。えぇっとぉ、それであとはぁ……あ、ずぅっと昔にぃ、勇士様と一緒に邪悪なる者と戦っていたこともありますぅ。それでぇ、今は水の精霊としてぇ、この地を守護していますぅ」


 間延びした喋り方に眠気を感じ始めていたセナだったが、水の精霊と言う言葉を聞いて目を覚ます。


「え、水の精霊?! あんたがそうなの?」

「ええ、そうですよぉ。……そう言えば、あなたから天使に似た気配を感じますねぇ。でも、ちょっと違うような気もしますぅ」

「それは、あたしが空人だからじゃないかな」

「空人ぉ?」


 シエラは何のことか分からないと言いたげに首を傾げた。


「空人って言うのは、昔勇士と共に戦った天使の末裔らしいよ。天使に似てるって言うのはそういうことだと思う」

「なるほどぉ、戦いで力を失った天使たちは、あの後地上で子孫を残したのですかぁ。……あ、そういう事ならもしかしたらあなたは私の遠い親戚……かもしれませんねぇ」

「親戚? アンタも、昔は天使だったの?」


 セナが問いかけると、シエラは首肯した。


「昔の話ですけどねぇ。今は水の精霊といえば聞こえはいいですが、力を失って水のエレス無しでは存在を保てず、この地に縛られた地縛霊みたいなものなんですぅ。……あ、話がそれちゃいましたねぇ。それで、昔戦いに参加した天使の中には、私の親類も居たのでぇ、もしかしたらって思うんです。ほらぁ、私達ちょっと似てるじゃないですかぁ」


 彼女の言う通り、二人は髪の長さや目つきに多少の違いはあるものの、髪と瞳の色は水色で、どことなく顔も似ていた。


「本当に私たち、他人とは……」


 言いかけて、シエラはセナのある一点を見つめて黙る。……どうしたのかと疑問に思ったセナだったが、彼女の視線が自分の胸に行っていることに気づき、とっさに隠すように両手で覆って背を向けた。


「気にすることはないと思いますよぉ。大きさなんて人それぞれですからぁ。……小さいのだって、可愛らしくっていいじゃないですかぁ」

「うっさい!」



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