表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/118

エピローグ

 その村には、かわいらしい、小さな勇者さまがおりました。

 勇者さまは今日も冒険に出かけます。

 カバンにお弁当を詰めて、水筒を肩にかけ、いい感じの聖剣を庭で拾いました。


「おばあちゃん、ぼうけんにいってきます!」

「夕飯までには帰って来るんだぞ。

 今夜はハンバーグだからな」

「はーい!」

「怪我には気をつけるんだぞ」


 勇者さまは、うきうきと冒険に出かけました。


 川沿いの道を進み、それから、近所の公園へ。

 ちょうちょを見つけてしばらく追いかけ、その途中でとんぼが居たのでそっちを追いかけ……

 しばらくしたら、疲れてお弁当を食べました。


 お昼寝をしたら、冒険の再開です。

 昼間でも薄暗い、ちょっぴり怖い森の中。

 でも勇者なので怖くないのです。

 びくびく震えているように見えますが、これは奮い立ってるだけです。


 ……本当です。

 聖剣だってありますもの、勇者だもの。


 そう自分に言い聞かせて、少女は、意を決して森の中。


 木々の間をくぐり抜け、奥へ奥へ。

 通り抜けたその先には、明るくて、綺麗な泉があります。

 そこにはお姉さんが待っています。


 とっても綺麗なお姉さん。

 まるでこの泉のように、透き通るように清らかな佇まいで、ナイスバディです。

 ナイスバディです。


「おやおや勇者さま、今日も大冒険をしてきたんだね」


 お姉さんは、勇者さまの頭にくっついていた葉っぱを払い、服の砂埃を軽くはたきました。


 そして、頬に出来た擦り傷や切り傷を、そっと、優しく撫でます。

 そうすると、その傷はすぐに治りました。まるで、最初からなかったかのように。


「おねーさん! おはなしのつづき、聞きにきたよ!」


 目をキラキラと輝かせて、小さな勇者さまはお姉さんに迫ります。

 お姉さんはそれを聞いて、嬉しくなって笑みがこぼれました。


「ありがとう、昨日はどこまで話したかな?」

「ゆうしゃさまが、おひめさまといっしょに、わるいやつをやっつけたところ!」

「そうだったそうだった。

 それじゃあ、続きを話してあげよう」


 泉のほとりに腰を掛け、勇者さまを膝の上に乗せる。


「勇者様は、闇を祓い世界を救いました。

 それから、すこし時は過ぎて……

 お姫様が、突然お城から居なくなりました」

「えっ! なんで?!」

「びっくりするよね……あたしもびっくりした。

 それで勇者様はお城に呼ばれてね」



 戦いを終えてから、一月。

 セイン達は、療養のためそれぞれ故郷へと戻っていた。

 そして、空人の里で充分に羽を休めたセインとセナは、里を後にした。


 結界を抜けると、そこにはクロムが待っていた。

 彼女は竜の渓谷には帰らなかった。


 本人いわく、「渓谷は帰っても何も無いからつまんないぞ。それよりセイン達と居たほうが楽しいからな」とのこと。


 クウザのことを少し可哀想に思いつつ、無理矢理返す理由も、二人にはなかった。


 クロムは結界に干渉してしまうため、直接里には連れていけなかったが、近くの人里に滞在させ、定期的に二人と会っていた。


 今日は旅立ちということで、ここで待ち合わせをしていたのだ。


 そんなクロムは、なにやら困った様子で……


「どうしたの?」


 と、セインが聞く。


「セイン……アリシアが来てる」

「えっ?」


 突然、なんで?

 少し困惑しながら、セイン達はクロムの滞在していた村について行く。


 彼女の寝泊まりしていた小屋の中で、アリシアは待っていた。


「お久しぶりです、セイン様。

 セナ様も、その節は大変お世話になりました」


 と、アリシアは深々とお辞儀する。

 最後に会った時よりは、大分血色も良くなった彼女を見て、セナは安堵する。


「元気そうで良かった。

 ……なあ、今からでもその顔の傷、治してあげられるけど、いいのか?」


 顔を上げたアリシアを見て、セナは問いかける。


 顔の真ん中、目元の下に一直線に出来た深い傷。

 セインがつけたもので、当人も少し気に病んでいた。


 アリシアは、指先でその傷をなぞる。

 そして、二人の顔を見て、告げる。


「この傷は、このままで良いのです。

 これは、わたしの犯してしまった罪の証。

 狂わされていたとはいえ、胸の内に渦巻く憎悪に従い生きたのはわたし自身。

 残された時間の中で、向き合い続けるべきものなのです。

 それに……」


 アリシアは、セインの顔を見て、微笑む。


「セイン様と、アレーナから頂いた、慈悲の証でもあります。

 二人がわたしに、罪と向き合い、償う時間をくれたこと、深く感謝しております。

 ……おかげさまで、今もこうして、生きているのです。

 その感謝を忘れぬよう、残しておきたいのです。

 わたしはこの傷を、大切に思っております。

 ですから、どうかお気に病まないでください」

「……そう、なんだ。

 分かった、キミがそう言うなら……できるだけ、そうする。

 今日は、そのためわざわざ来てくれたの?

 その体じゃ、大変だったでしょ。

 みんなで王都に行くつもりだったんだけど」


 セインの問いに、アリシアは「それは……」と首を横に振る。


「実は、その……」


 とても困惑した様子のアリシア。


「非常に言いにくいのですが……

 アルミリア様が、お城から居なくなりまして」

「「「ええっ?!」」」


 セイン、セナ、クロムは声を揃えて驚いた。

 そして、アリシアは懐から一枚の紙を差し出す。


「残っていたのはこれだけでして……」


 それはアレーナの書置きらしい。

 そこに書かれていたのは……


『姉上、兄上。

 すみません、城の仕事は私には務まりません。

 ちょっと出かけてきます』


 この一文のみ。


「「「ええ……」」」


 あんまりな内容に、三人はただただ困惑するのみ。

 アリシアも「お気持ちはよく分かります」と頷く。


「それで、皆さんのところに来ていないか……と一応確認しにきたのです」

「なるほどね……」

「でも、あたしらの所には来てないなぁ」

「そのようですね……」


 とアリシアは深いため息を吐く。


「ひょっとしたら、まだ王都にいるかもしれません。

 よければ、ご一緒に来ていただけますか?」

「いいよ、僕らも心配だしね」


 セインは二つ返事で快諾して、みんなで王都に向かうことになった。


 その日、一日王都を歩き回り、夜はアリシアの手配した宿に泊まることになった。


「アレーナ、どこ行っちゃったんだろ」


 ベッドの上で寝そべりながら、セインは、以前勇士の紋様があった右手の甲を眺める。


 そんなとき、コンコン、と窓を叩く音。

 最初は風だと思って気にしなかったが、二度、三度と繰り返されて、さすがに気になって窓を開ける。


「やっと気づいてくれたか!」


 すると、誰かが下から身を乗り出して、セインに迫った。


 月夜に煌めく、金色の髪がたなびき……

 夜闇の中でもうっすらと光り、目立つ碧の瞳が、こちらを見つめていた。


 その姿をみて、セインは驚きが腹の底から上ってくる。


「えっ! アレー……ムグッ?!」


 声を上げそうになった瞬間、口元を押さえられた。

 彼女は慌てた様子で『静かに』とジェスチャーしてくる。


 セインが『分かった』と頷いて、ようやく解放して貰えた。


「アレーナ、どういうこと?

 ……ここ、二階だよね?」


 窓から中に入るアレーナを見て、セインはほんの少し引き気味に問いかけた。


「ん? ああ、壁を登ってきたんだ。

 ここは掴むところがあまりないから、少し大変だがな。

 勢いをつけて飛び上がって、壁を蹴ってもう一回飛ぶ。

 そして、窓枠を掴む。

 二階程度なら、これでなんとかなる」

「……凄いね」

「だろう? 子供のころから得意でな。

 こうやって、よく城を抜け出したものだ」


 とアレーナは胸を張る。


「へ、へぇ……」


 セインは引きながら、『城を抜け出す』という単語で思い出す。


「……っていうか、アレーナ今、家出してたんじゃ!」

「ん? ああ、そうだな。

 だから、こっそり会いにきた」

「え、『会いにきた』?」


 セインは疑問に思う。

 そもそも、なぜ自分の泊まっている部屋を知っているのか、と。


「……もしかして、アリシアもグル?」

「アリシアには、無理を言って頼んだんだ。

 責めないであげてくれ」


 どうやら二人で組んで自分たちを呼び出したらしい。


「ていうことは、家出ってのは嘘?」

「いや、それは本当」

「ええっ?!」

「しっ! 声が大きい!」


 セインは咄嗟に自分で口を塞ぐ。

 だが、思わず大声も上げたくなる。


「なんでそんなことを?」

「会いたかったから、だが?」


 どうしてそんなことを聞く? と言いたげに首を傾げるアレーナ。


「いや、だって普通に来るつもりだったし……」

「その時は”アルミリアとして”会うことになってしまうだろう。

 城で会えば、私は王女の一人として振舞わなければいけない。

 それに、自由に動けないからな」


 といいつつ、アレーナは少し気まずそうに頬を掻く。


「わがままなのは、分かっている。

 ただ、キミを連れて行きたい場所があったんだ」


 アレーナはセインに手を差し伸べる。

 そこまで言われて、セインも悪い気はしないし、彼女を咎めることも出来なかった。


「分かったよ。

 あとで、二人で謝ろうか」


 そう言って、セインはアレーナの手を取る。

 すると、彼女はくすりと笑う。


「そうしてくれると助かる」


 そうして、二人は窓から外へと飛び出していくのだった。



 アレーナに案内されたのは、いつぞや通った城下の地下道だ。


「幼い頃、この道を見つけて、一日中駆け回っていたこともあったんだ。

 その時見つけた場所に、キミを連れていきたくて……

 とはいえ、幼いころの記憶だったし、正確な場所を見つけるために、ここ数日歩き回っていたんだ」


 その話を聞いて、セインは見つからないのも道理だ。と思った。


「……っていうか、アレーナさ。

 暗いところ怖がってなかった? ここ、大丈夫なの?」


 今は灯りを点けているとはいえ、以前はここのことを恐れていたような記憶がある。


『……ああ、それは……』


 セインの疑問に、エデンは居心地が悪そうにしはじめる。


「エデン?」

「……それは多分、エデンの仕業なんだろう。

 私がここを、思い出さないように」


 口ごもったエデンに代わり、アレーナが答えた。


「ここのことを思い出せば、必然的にエデンの記憶を呼び覚ましてしまう。

 そうなると、エデンが目覚めてしまうからな。

 それを避けるために、思い出すような場所から、遠ざけたんだろう……

 と、私は思うんだが、エデンは何か言っているか?」


 そう言われて、エデンは黙りこくってしまった。


「黙っちゃった。

 多分、そういうことなんだと思う」

「……そうか」


 ふふ、と二人で笑う。


 それから、しばらく歩いて。


「そろそろ着く、時間にも間に合いそうだ」

「間に合う?」


 とセインが首を傾げると、彼女は「来れば分かる」とだけ言って進む。


 その先で、風が吹き抜けるのを感じた。

 どうやら、外に出るようだ。


 地下通路を出ても、まだ外は暗く、様子が見えない。

 ただ、遠く彼方で、日が昇るのが見えていた。


「多分、今から見える景色が一番綺麗だと思う。

 私が、”アレーナとして”できる精一杯のお礼だ」


 遠く彼方、空と大地の境界線から、太陽が顔を出す。

 海の水面が煌めきだし、大地の緑は艶めく。

 夜の闇と、明けの光が交わる一瞬の輝き。

 その間を、一陣の風が通り抜けていく……


 セインは胸を膨らませる。

 その風はすこし冷たかったが、澄んだ空気を運び、気分が晴れやかになった。


「どう、かな? 少しは、礼になっただろうか」


 と、アレーナがセインに声をかける。

 もちろん。そう答えようと、セインは彼女の方を向く。


 その時、彼女の金色の髪と、碧の瞳は、登る朝日に照らされて光る。

 風に靡く髪を押さえるその姿に、思わず……


「……綺麗だ」


 と呟いていた。


「そうか……良かった」


 そう言って微笑む彼女の顔は、とても眩しくて、セインは慌てて顔を逸らした。



 その後、二人は王都に戻り、皆で城へと向かう。


 当然、アレーナはステンシアにこっぴどく怒られた。

 セインも一緒に。


「貴女ね、自分の立場を自覚なさい!

 その勝手な行動で、どれだけの人を困らせたと思ってるの!」

「はい……申し訳ございません」


 アレーナは正座して縮こまっている。


 セインは助けてあげたいが、方々に迷惑を掛けたことは事実なので、庇いようもない。

 ただ横で一緒に怒られることしか出来なかった。


 そして、ステンシアはひとしきり叱った後、横で一緒に正座するセインを、ちらりと見る。


 それから、後ろに立つセシリアに目配せをする。

 すると、彼女は玉座の間に居る臣下達に席を外させた。


 臣下達が居なくなり、関係者しか居なくなったところで、ステンシアは深く息を吸い込み、ため息を吐いた。


「あのね、子供じゃないんだから。やり方ってものがあるでしょう。

 なにもこの城の全員に、『いつ、どこで、だれと、なにをしてくる』なんて詳細を全部伝えろと言ってるんじゃないの。

 私に一言、『セインに会いに行く』って伝えてくれるだけでも、波風立たないように手を回すことだってできるのよ?」


 先ほどまでとは打って変わって、ステンシアは諭すように、アレーナに語りかけた。


「……えっ?」


 アレーナは、ステンシアの思いもよらない言葉に驚いて、顔を上げる。


「そりゃあ王族である以上、一般の民のように好き勝手出来るわけではないわ。

 でもね、だからと言って何もかもを縛られる必要もないの。

 大義名分を掲げて好き勝手するのが、大人のやり方というものよ。

 ねえ、ジーク?」

「……なんのことでしょうか」


 ステンシアから視線を向けられて、横に居たジークは顔を逸らす。


「身分を隠して諸国を巡るのを満喫していたようですけれど、それもこれも反逆する貴族の動向を探るため。だったのだものねぇ?

 近頃は街の被害と復興の状況を探るとか言って、ちょくちょくお気に入りのパン屋さんにも行っているそうね。

 『イケメン王子の立ち寄る店』って、最近話題になっているそうよ?」

「……仕事はちゃんとしてます。

 食事に立ち寄っているだけです」

「こういうことよ」


 居たたまれない雰囲気のジークを横目に、得意顔のステンシア。

 それに対して、アレーナはイマイチ理解が出来ずに「は、はぁ……」と気の抜けた返事をする。


「……と、言うことで。

 アルミリア、王としてまだまだ未熟な貴女に、命じます」


 突然、切り替わったように凛と話始めるステンシア。

 まだ話を掴めていないアレーナだったが、彼女の態度に、思わず背筋が伸びる。


「まずは一か月、謹慎し、反省なさい。

 この度の騒ぎを起こしたことについて、咎めなければ示しがつかないもの。

 分かるわね?」

「はい、もちろんです」


 アレーナは真剣な表情で、素直に頷く。


 その姿を見て、ステンシアは「ならば、いいでしょう」と頷く。

 そして、


「では、謹慎したあとのことを命じます。

 アルミリア、貴女には王族としての自覚を培うために修行なさい」

「……はい」


 それを聞いてアレーナは、ほんの少し表情に影を落とす。


 分かっていた。これから先、もう個人としての自由はなくなってしまう。

 そうなれば、もうセインと会うことも、ほとんど無くなってしまうだろう、と。


「アルミリア、貴女は諸国を巡りなさい。

 この国の民と同じ高さで世の中を見て、彼らが何を求め、王はなにをすべきなのか、考えなさい。

 そして、他の国を見てきなさい。

 民に対し、上に立つものがなにを成しているのかを学びなさい。

 それが、貴女がすべきことよ」

「……それは、どういう?」


 なんだか思ってたのと違う。と、アレーナは呆気にとられる。

 そんな彼女に、ステンシアは茶目っ気のある笑顔を浮かべ、ウインクする。


「旅してこいってことよ!

 ただし、定期的に報告や考えを纏めて提出すること。

 そうじゃないと、ちゃんと提出するまで城に連れ帰すから。

 ……そうでなくても、定期的にお城には顔を出しなさい。

 会えないと寂しいでしょう? いいわね?」

「……はいっ!」


 そう言われて、アレーナはようやく今までの話を理解した。

 ステンシアは満足げに頷く。


「ああ、そうそう。

 王族が一人で旅をするって不安よねぇ。

 護衛とか、つけるといいんじゃないかしら。

 貴女の信頼に足る者を選びなさい、長い旅になるでしょうからね」


 そう付け加えられた言葉を聞いて、アレーナは隣のセインと顔を合わせる。

 そして、二人そろってステンシアを見上げる。


「「はいっ!」」


 玉座を出る去り際。

 セインは、ジークに声を掛けられる。


「妹をよろしくね、セイン」


 と、ジークに耳打ちされ、セインは「任せてよ」と頷いて返す。


「あと、これは”ボク”からのお願いなんだけど。

 キミも遊びに来てくれよ?

 アレーナの付き添いとは、関係なくね」


 そう言って、ジークはセインの肩に手を置く。


「もちろん!」


 セインは少年らしい笑顔を浮かべ、サムズアップで返した。


 そのあと、玉座の間を出ると、そこでセナとクロムが待っていた。


「二人とも、怒られたのか?

 大丈夫か?」


 とクロムが心配そうに顔を見てくる。


「うん、すっごく怒られた」

「私は一か月謹慎することになったよ」

「そっか……仕方ないかもだけど、大変だな」


 セナは、アレーナに同情の目を向ける。


「こればかりは、私がわがままをした罰だ。

 最初から覚悟はあるとも。

 ただ、悪いことばかりではないよ」


 そう言って笑うアレーナを見て、セナとクロムは首を傾げる。


「二人とも、旅の準備をするよ!

 アレーナは謹慎があけたら、世界を周ることになったからね!」


 セインが、楽し気に二人に告げて、アレーナも頷く。


「旅の供は私が選任していいとのことだ。

 私はぜひとも、キミ達と、ここには居ないが、ルーア、ゲレルにお願いしたい。

 どうかな?」

「「ええっ!」」


 どうしてそうなった? という驚きで、二人は声を上げる。


 ……だが、よく考えたらそんなことはどうでもよくて。


「「行くっ!」」


 またみんなで一緒に旅を出来る事実が、ずっと嬉しかった。



 そして、更にひと月後。


 王都に、仲間達が集まり、アレーナは城下街で出迎える。


「はっはっは! 集合が一か月伸びて何事かと思ったけど、姫様もめちゃくちゃやるじゃねえか」


 ことの経緯を聞いて、ゲレルは大笑いしていた。


「王様ってのは堅苦しい奴ばっかかと思ったけど、案外面白い奴だな。

 あっ、それとも、かしこまった方がいいですか? お姫様?」


 と、アレーナを前にして、かしこまった風のゲレル。


「よしてくれ、名目は確かに護衛のようになってしまうが……

 その、私も仲間の一人……として扱ってくれると、嬉しい。

 あと、お姫様じゃなくて、アレーナと、呼んでもらえると……」


 照れくさそうにそう告げるアレーナに、ゲレルは緊張を解くように笑い、飛びついて肩を抱く。


「分かったよ、アレーナ!

 これからよろしくな!」

「……! ああ、よろしく、ゲレル!」


 おう! とゲレルは満面の笑みを浮かべて返した。

 ……ただ、肩の高さが合わなくて辛いのか、少しだけ、表情は引きつっていた。


 そして、アレーナは横目で、クロムの様子を伺う。


「どうした?」


 彼女の視線に気が付いたクロムが、問いかける。


「……その、キミとも、仲良くできたらな、と……」


 そう恐る恐る告げるアレーナに、クロムは首を傾げる。


「クロムとアレーナは、仲良くないのか?」

「えっ? いや、どう、だろう……」

「クロムはおまえがいい人間だって分かる。

 だから、クロムはおまえのことを好きだぞ。

 おまえはクロムのこと、嫌いか?」

「……いや! そんなことはない!

 キミのことは好きだ、とても……ちっちゃくて、可愛らしいと思う」

「ならいい。

 友達が増えるのは、クロムは嬉しい」


 そう言ってクロムは突然「あっ」と何かを思い出した様子。

 それから、アレーナに向けて手を差し出す。


「信じてる相手とは、こうするんだったな」


 と、クロムは笑いかけた。

 アレーナは、嬉しそうにその手を握り返した。


「よろしくな、アレーナ」

「ああ、こちらこそよろしく……クロム!」


 そんな二人のやり取りをみて、ゲレルは、アレーナをクロムの方に押す。

 そして、二人でアレーナを挟んで、身を寄せた。


 緊張した様子のアレーナだったが、すぐにそれも解れたのか、楽しそうに笑みを浮かべた。


「どうやら人見知りは素のようじゃな」

「でも、打ち解けられてよかったよ」


 ルーアとセナは、彼女らの様子を見て、微笑ましそうに笑う。


「……うん、良かった」


 セインは、噛みしめるようにそう告げる。


「ばらばらになったり、大変なことも、たくさんあったけど……

 でもこうして、みんなと、新しい旅が始められて。

 ……本当に、よかった」


 そんなセインの脇腹を、ルーアは肘で突く。


「えっ、なに?」

「終わった、みたいな雰囲気を出すな。

 ”これから”始まるのだからな」


 そして、セナが、セインの肩に手を置く。


「そうだよ、まだまだこれから、楽しいこととか、新しい出会いとか、たくさんあるんだからな!」


 その言葉に、セインは頷く。


「うん、そうだね!」


 ……旅立ちの時。

 城の中庭に皆が集まった。

 アレーナは見送りに来たステンシアとジークに挨拶をして、最後にアリシアと向き合う。


「やっぱり、来ないのか?」

「……ええ。

 わたくしは、巡礼に出ます。

 奪ってしまった命が、せめて安らかにいられるように、祈りを捧げたいのです。

 その中で、わたくしに出来ることを、探します」

「そうか……」


 すこし残念そうなアレーナ。

 そんな彼女に、アリシアはほほ笑みかけ「ですが……」と続ける。


「あなたに助けが必要な時、わたくしは、いつ如何なる時、どこからでも駆けつけます。

 アルミリア様」

「……ああ、頼りにしている」


 アレーナは、アリシアに頷く。


 仲間達の元へ向かおうと、一度背を向けるが……思うところがあり、再び彼女に向き直る。


「アリシア……また会おう。

 主従とかじゃなくて……友達として」


 そう言われて、アリシアは驚いた様子で目を見開き……

 思わず零れた笑みを浮かべ、頷く。


「はい……アレーナ!」


 それから、アレーナは仲間達の元へ戻る。


「待たせてすまない」

「いいよ、急ぐ旅じゃないしね」


 謝る彼女に、セインは笑いかける。

 それから、クロムに目を向けると、彼女は頷き……竜に代わる。


 セナ、ルーア、ゲレルがその背に乗る。

 そのあと、セインが乗り、アレーナに手を伸ばし、彼女の手を引いた。


 するとルーアがアレーナの背を押して前に前に……

 そうして、セインとアレーナの二人は先頭に並んだ。


 ……それから、セインはなぜか皆の視線を集め、困惑する。


「えっと、なに?」

「おまえの掛け声待ってんだよ! セイン!」


 ゲレルがそういうと、皆、頷く。


 少し気恥しかったが、セインは納得し、咳払いする。


「よし……

 それじゃあ始めようか、”僕たちの旅”を!」


 その言葉に、皆は力強く頷き、クロムは羽ばたき、舞い上がる。


 空へと飛び立ち、吹きつける風を受けながら、セインとアレーナは自然と、互いの顔を見合う。

 そして、二人は前を向き、広がる世界に胸を躍らせる。


 伝承も、導もない、自分たちの旅の始まりに、期待を膨らませて……



「……そうして、勇者様はお姫様と新しい旅に出たのでした。

 おしまい」

「おしまいっ?! ねぇねぇ、もっときかせて!

 このあとはどうなるの?」


 勇者さまはお姉さんの膝の上に立って、ワンピースの胸元を掴んで揺さぶる。

 少女の思ったよりも強い力に、お姉さんは面食らってしまう。


「分かった分かった、落ち着いて勇者さま!」


 そっと手を離させて、お姉さんは勇者さまを抱き上げる。

 そして、膝の上に座らせ直すと、再び語り掛ける。


「この先はね、物語にならない旅をしたのさ。

 色んなものを見て、聞いて、確かめて。

 時には人を助けたり……

 ……時には、魔王と対峙したりもして。

 そんな大変だけれども、楽しい旅をね。

 けれどこれは、その苦労も楽しさも分かち合った彼らにしか、伝わらない旅だ。

 だから、物語としては、おしまいなのさ」


 そう、勇者さまに優しく言って聞かせる。

 けれど、当の勇者さまは「そうじゃなくて……」と小声で呟く。


 両手の人差し指を、つんつんと突き合わせて、もじもじとする勇者さま。


「どうしたのかな?」


 その様子が気になったお姉さんが、そう問いかける。

 すると、勇者さまはちょっと顔を赤くして、両手でほっぺを押さえながら、上目でお姉さんの顔を見上げた。


「ゆうしゃさまと、おひめさまって、どうなったのかなぁ~って」


 勇者さまの問いの意味に気がつき、お姉さんはくすりと笑う。


「おやおやぁ、勇者さまが気になるのは、そういうことかい。

 この、おませさんめ~」


 と、お姉さんは勇者さまのほっぺたをつつく。

 そのほっぺたは、もちのように柔らかで、弾むようにお姉さんの指を押し返す。

 つついてるうちに、ほんのちょっとクセになりそうだった。


 当の少女は「えへへ~」と照れながら笑っている。


 そんな彼女を、お姉さんはとても愛おしそうに見下ろして……

 ちょっとだけ、強く抱き寄せる。


「さあて、どうなったのかなぁ~」

「おしえて! おしえて!」

「勇者さまは、どうなったと思う?」

「え~? う~んと、ねぇ……えへへ」


 勇者さまは、答えようとして、少しはにかんで、もじもじと体を揺らす。


「きっと、勇者さまの思い描く通りさ。

 こういうのは、聞き手のご想像にお任せするよ」


 お姉さんはそういって、少女の金色の髪を、優しく撫でた。


「いいなぁ、わたしも、そんなぼうけんがしたいなぁ」


 黒い瞳が空を見上げ、想いを馳せる。


「するといいさ。

 キミの冒険を、キミの仲間と。

 それはきっと、キミだけの──

 ──かけがえのない、大切なものになるだろうからね」

「……うん! わたし、大きくなったらなかまを見つけて、ぼうけんする!」

「楽しみにしているよ、キミが紡ぐ物語。

 今度は勇者さまが、聞かせておくれ」

「うん! やくそくする!」


 勇者さまは力強く頷いて、その小さな小指を、お姉さんの小指に絡めた。


 ……その後、お姉さんは勇者さまを森の外まで見送った。


「……あっ、そうだ、ハンバーグ!」


 森を出た途端、勇者さまは思い出して駆けだした。

 弾みをつけて、楽し気に。


 どうやら彼女の興味は、夕飯に移ってしまったらしい。

 そのことを少し寂しく思いながら、お姉さんは勇者さまの背中を見つめる。


「……あっ!」


 途中、勇者さまは何かに気づいて、突然立ち止まる。

 そして、お姉さんの方へ振り返り、大きく手を振る。


「おねーさん、またね! バイバーイ!」


 元気いっぱい、満面の笑み。

 そのかわいらしさに、お姉さんの胸はキュンと締まる。


「またね、勇者さま」


 勇者さまに手を振り返し、その姿が遠く、見えなくなるまで見つめ続けた。


 もうその姿が見えなくなった道を見つめ続け、お姉さんは呟く。


「いつか、今日という日を忘れてしまうんだろうね。

 遠く、遠く、幼いころの思い出として……」


 そのことにすこし、寂しさを覚えながらも……

 彼女は笑顔で、空を見上げる。

 日の暮れ始めた、静かな空。

 薄くその輝きを現し始めた、星に想いを馳せて。


「あたし達の旅……物語が繋いだ、今の世界。

 たとえ居なくなってしまっても、この平和がある限り……

 傍に居なくても、一緒に居られる」


 それは、永遠に別れてしまう運命に対して、見つけた答え。

 繋いできたものを、この先も残していく。

 そうすれば、共に居た記憶は、ずっと、この胸の中で生き続ける。


 ……それで納得、させたつもりだった。


『もっときかせて!』


 そうせがむ、少女の姿が脳裏に浮かぶ。


 あの子の強い想いに、自分もあてられてしまった。


「あたしも、知りたいな」


 ほんの少し、欲が出た。


 自分達の紡いだ物語の、その続き……


「たとえ、幼いころの、遠い思い出だとしても……

 キミにとって、大切なものだったら、うれしいな」


 この物語が、キミの心の中に残ってくれたなら──


 その物語に、名前なんていらない。

 自由でいいから。


 これから先の出会い、感じた想い。

 一つ一つが繋がって、キミだけの物語を紡いでほしい。


 それは確かに、キミだけの物語。

 だけど、その始まりに、私達の物語があるのなら……


 ──それが、私達の物語の、続きなんだ。


 だから、わたし達の名もなき英雄の物語は、ここで終わろう。

 新たな物語を、始めるために。


 キミの旅路ものがたりに、幸多からんことを。


~Fin~.


今回を持ちまして、この物語は終わりとなります。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

よろしければ、感想や↓の評価などしていただけると幸いです。


それでは、今まで本当に、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ