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第百十話

 その光はグレイガの腕を断ち斬る。


 痛みに叫ぶグレイガを押し退け、その人はセインの前に立つ。


「大丈夫か!」


 聞き覚えのあるその声。

 まだ意識が朦朧として、立ち上がれないセインの腕を掴み、強引に引き寄せる。


 そして、呼吸のままならないセインの口は、何かで塞がれる。

 肺の中に空気が流れこみ、そして深く吸い出される。

 そうしていく内に、呼吸が安定して、徐々に体が楽になり、焦点が合い始める。


 そして……一番に見えたのは、美しい、碧の瞳。

 頼もしい、アレーナの顔だった。


「……アレーナ!」

「落ち着いたみたいだな、良かった」


 セインが落ち着いたのを見届けて、アレーナは振り返る。

 そこには、右腕を斬り落とされ、肩口を押さえて悶えるグレイガの姿。


「再生……してない?」


 セインが一番に気になったのはそこだ。

 そして、切り離された腕を見ると、光の粒子となって消え始めていた。


 さきほど見えた光は、おそらくアレーナによるもの。

 セインの視線は、自然と彼女の手元に移っていった。


「スパークレンス……!」


 彼女の手には、勇士の剣(スパークレンス)が握られていた。


「キミを助けたいと、強く想った。

 そうしたら、スパークレンスは応えてくれた」


 そう言って、アレーナはスパークレンスを構える。


「私だけじゃない。

 この剣は、みんなの想いを受け止めて、ここに来た。

 私は、その想いを届けるために、ここまで来たんだ」


 そして、セインに背を向けたまま、アレーナは問う。


「セイン、まだ戦えるか?

 キミが立てるまで、私一人でも……」

「冗談でしょ」


 その問いを遮り、セインは彼女の横に立つ。


「まだやれるよ。

 助けに来たのに、助けられっぱなしじゃ、カッコつかないじゃん」

「ふっ、そうか」


 二人は、互いに横目で視線を交わし、前を向く。


 地面を転がっていたグレイガはすでに立ち上がっていた。

 失った右腕の肩口を押さえながら、こちらを恐れるような目で見つめ、後ずさっている。

 こちらから目を離すことはないが、それは逃げる期を伺っているように見える。


 セインは、先ほどから引っ掛かっていたことが、今はっきりと分かる。


 ……そして、アレーナの守り刀を手に取り、光の力を籠めて投げつける。

 それはグレイガの足の甲に突き刺さり、地面に縫いつけた。


 グレイガは転倒し、背中を地面に打ち付ける。


「今更逃がすか、卑怯者!

 お前、なにが目的なんだ!

 突然襲い掛かってきたり、逃げたり……

 なんのために、そんなことしてんだよ!」


 グレイガは上体を起こし、こちらを見つめる。

 その目には、恐怖と不安、そして怒りと憎しみが入り混じっていた。


「なんの……ために……?

 決まってんだろ、生きるためだ!

 戦っている時が、唯一生きていると感じられる!

 だが死ぬつもりはねぇ!

 死ぬと分かってて戦うのは、バカのやることだろうが!」


 ……セインは理解する。

 こいつの言っていることは理解が出来ない。

 もはや、根本的に考え方の違う存在だ。


『セイン、奴は屍だ。

 その生はとっくに終わっていることに気づいていない。

 他者の魂を糧に、現世に留まるだけ。

 奴を包む魂は、怒りと怨嗟で溢れている。

 それが、邪悪なる者の力と繋がってしまった原因だ』

「……そう」


 奴の魂の本質を理解していたエデンが、セインに伝える。


「エデンが、何か言ったのか?」


 アレーナが、問いかける。

 彼女からは、セインが独り言を言っているように見えたのだ。


 セインは、エデンから聞いたことをそのまま彼女にも伝える。


「……そうか。憐れな奴だな」


 それを聞いたアレーナは、そう呟く。


「理由は知らないが、生きることに執着し、終われなくなっているんだな。

 この世に留まったまま、生きていると実感できずに……

 生きるという感覚に飢えて、戦いを求める……というわけか」


 そんな憐憫の視線に気づいたグレイガは、その表情に怒りを滲ませ始める。


「なんだその目は! オレをそんな目で見るんじゃねぇ!

 オレを……見下すんじゃねぇ!」


 起き上がり、足に刺さった短刀を、苦しみながら引き抜くグレイガ。

 そして、立ち上がって、強い殺気の籠った赤い瞳がこちらを見つめる。


 アレーナは、構えたままセインに声をかける。


「……セイン、奴への怒りを忘れる必要はない。

 だが、奴を終わらせてやらないか?」

「それが出来るのは、僕たちだけだから?」


 アレーナは頷く。


 奴を受け入れる気はない。

 でも、アレーナのいう通り、”終わらせる”というなら、やってあげられると思った。


「……そうだね。

 僕の大切な人達を、傷つけようとするアイツを──僕が終わらせる!」


 アレーナはセインの言葉を受け止めて、頷く。


「そうだな、それでいい。

 ただ、一つだけ直させてくれ」


 その言葉を不思議に思ったセインが、アレーナの顔を見る。


「『僕が』じゃなくて、『僕たちが』。

 そうだろう?」


 アレーナは少し得意げに、横目で見返す。

 それに少しだけ笑って、セインも応える。


「ああ、そうだね!

 ”僕たちが”終わらせる!」


 そう言って、セインはエスプレンダーを構えた。

 そして、胸の中のエデンに声をかける。


「エデン、悪いけどもう少し、力貸してもらうよ」

『ダメって言っても、やるんだろう?

 でも、さっき限界直前まで力を使ったんだ。

 長くはもたないよ』

「分かった。

 それじゃあ……

 ……あっ! 邪身──解放!」

『……なにそれ』

「拒絶するって毎回言うの、エデンも嫌でしょ。

 だから、これが合言葉、どう?」

『なるほど……

 ま、いいんじゃない?

 かっこいいし』


 苦笑気味に、エデンは答える。


「でしょ?

 じゃ、改めて……

 邪身解放!」


 セインの宣言に合わせて、彼の左半身が再び影を纏う。

 そしてその隣で、アレーナも剣を握る手に力を籠め、告げる。


「力を貸してくれ《スパークレンス》!」


 名を呼ばれた剣が、呼応するように力を開放し、刀身が輝きを放つ。


「行くぞ、セイン!」

「ああ、決着をつけよう!」


 二人は共に駆け出す。



 セインが先行し、左手で剣を研ぐ。

 エスプレンダーの刀身に稲妻を纏わせ、光のような速さで駆ける。

 その勢いのまま、グレイガに斬りかかるセイン。

 グレイガは左腕で斬撃を受け止め、鍔迫り合いになる。


 セインの纏うエデンの力と、グレイガの邪悪なる者の力が反発しあう。

 そこで、セインは反発する力を利用して自分から後ろへ飛ぶ。


 その背後からアレーナが現れる。

 身を低く屈め、グレイガの足元を狙って横薙ぎに剣を振るう。


 グレイガは危険を察知し、咄嗟に後退する。

 だが、避けきれなかった右脚が、膝から下を落とされ、体勢が崩れる。


 グレイガは、地面に左腕の爪を突き刺すと、闇が噴き上がる。


 吹き飛ばされてしまうアレーナ。

 その身はセインに受け止められるが、グレイガと距離を離されてしまう。


 這いつくばってその場を離れようとするグレイガ。


「逃がすか!」


 セインは左腕の影から槍を作り出し、光を籠めて投げつける。

 それが、グレイガを背中から突き刺す。


 グレイガは身動きが取れなくなるが、足掻くように爪を地面に突き立てる。

 すると、まず自分を囲うように魔獣を湧き上がらせ、続けてセイン達との間を遮るように、地面から大量の魔獣を発生させる。


 それを前にしたアレーナは、スパークレンスを胸の前に立て、念を籠めるように瞼を閉じる。


「みんなの想い──私に貸してくれ!」


 スパークレンスの刀身の輝きが、色を変える。

 毒々しい紫色の刀身を、大地に突き刺す。


 大地が突き上がるように揺れる。

 浮き上がる魔獣達の体。


 アレーナは、刀身の赤くなったスパークレンスを、自分の周りに弧を描くように振るう。


 すると、彼女の周囲に矢の形をした炎が現れる。

 そして、アレーナが横薙ぎに剣を振るうと、炎の矢は魔獣達に飛んでいき、その体を貫いていく。

 矢に貫かれた魔獣達の体は、赤く膨張を始め、爆発する。


 そして、そこに出来た道筋を、セインが稲妻の如く駆け抜けていく。

 グレイガの前に集い、立ちふさがる魔獣達を斬り伏せる。


 その先にいるグレイガに斬りかかろうとした時、セインの首に黒い触手が巻きつく。

 そして、絞るように強く締め付けてくる。


 それはグレイガから伸びていた。

 失った右腕の肩口から、補うように影が触手となって伸びていた。


 セインの体は持ち上げられ、自重で余計に首が締まっていく。


 息が出来ず、酸欠で力が抜け、意識が遠のく……

 その手から剣が離れ、落ちていく──


 ──それを、真下で手に取るセイン。


──今、なにが起きた?──


 グレイガの理解が追いつかない。

 先ほどまで、間違いなく自分の手でセインを掴んでいたはずなのに……

 なぜ、今目の前にいる?


 そう思った瞬間、掴んでいたセインの姿は、風となって消える。


「今のは、幻想だ」


 セインの遥か後方で、アレーナが呟く。

 スパークレンスの刀身は、新緑に輝いていた。


 セインは手に取ったエスプレンダーを振るい、左側の手足を斬る。


 そして、セインはグレイガの背後に回る。

 正面には、水色に輝く剣を構えるアレーナが、目の前に広がる水流に乗って迫る。


 二人の剣は、グレイガの胴を挟みこむ。


 浄化の力が、心臓へと登ろうとしていた。


 ……死にたくない。

 グレイガはその一心で足掻く。


 触手を伸ばし、魔獣を掴む。

 胸から下を切り離し、魔獣の方へと向かって、伸ばした触手を縮めていく。


 体の失った部分から影の触手を伸ばし、魔獣の体を覆う。


「……あいつ、魔獣を取り込むつもりだ!」


 危機を察知したセインとアレーナは、グレイガの方へ向かおうとするが、影の障壁に阻まれてしまう。


 それから、グレイガは更に影を広げ、生み出した魔獣達を次々と取り込んでいった。

 醜く膨れ上がるように、その体は肥大していく。


 その肉体は巨大な獣の怪物となり、その頭部にあたる部分に、グレイガが姿を現していた。


 激しい憎しみの籠った目つきでセインを見下ろす。

 その大きな腕でアレーナを払い除け、セインを掴み取った。


「今度は、ホンモノみてぇだなぁ!」


 セインを握りつぶそうと、力を強める。

 エデンが反発の力を強め抵抗するが、それでもなお、大きさの違いを覆せない。


 怪物の胸の部分が、口のように開く。

 中で闇のエネルギーを集中させ、放とうとしているようだ。


 この腕ごと、セインを完全に消し去るつもりらしい。


「……そうは……させるか!」


 アレーナは剣を支えに立ち上がる。


 スパークレンスを高く掲げ、刀身に意識を集中させる。

 すべての力……足の先から、剣を握る手の末端まで、自分のありったけを、籠めるように。 


 アレーナの周囲から光が溢れ始め、四つの球体に集まる。

 それぞれが四源の色に発光し、スパークレンスの周囲を回り始める。

 四源の光は螺旋のように刀身を駆け上がり、光の刃となって、高く、長く、伸びていく。


 アレーナの横に、セナ、ルーア、クロム、ゲレルの姿が現れ、光となって彼女と重なる。


「想いを一つに!」


 そして、光の刃を振り下ろす。


「《四源光波斬ゼラデスストリーム》!」


 巨大な獣の体は、光の刃が食い込んだ部分から、焼けるように黒い煙を発していた。


 グレイガはマズいと即座に判断し、巨大な体を脱ぎ棄て、新たに作り出した体で飛び上がる。


 巨体が抜け殻となったためか、セインを握る力は弱まり、拘束を抜け出す。

 アレーナはそこで一気に出力を上げ、光の刃で巨体を真っ二つに断ち切った。


 逃げようと飛ぶグレイガを、セインは追う。


「セイン! 受け取れ!」


 アレーナが、地上からスパークレンスを投げ、飛んできた剣をセインは受け取る。

 そして空中で加速し、グレイガを飛び越える。


 左手のスパークレンス、右手のエスプレンダーを高く掲げる。

 セインの纏う、光と影の力が強く反応しあい、二本の剣の間に混沌の嵐が渦巻き出す。


「《ライジング・コンフュージョン》!」


 振り下ろされた剣が、グレイガの両肩に刃を食い込む。

 交じり合う混沌の嵐の刃が、全身、逃げ場もなくその身を断つ。


 グレイガの肉体は光となり、消え去った。

 ……だが、そこから離れていく漆黒の塊があった。


『魂だけ逃がしたか! どこまで執念深いんだ、奴は!』

「だけど、アレなら確実に仕留められる!」


 セインは、エスプレンダーを結界に向けて投げる。

 エスプレンダーは結界の力を取り込み、そのエネルギーをスパークレンスに注ぐ。


 スパークレンスの刀身は黄金の輝きを放つ。

 セインは急降下し、黒い魂に向かって黄金の切っ先を突き立てる。


 瘴気を放ち、防ごうとするグレイガの魂。


「なぜ……だ!」


 声が聴こえた。

 その主は、今なお抵抗を続ける、グレイガのモノだ。


「なぜ、オレが生きる邪魔をする!」


 強く、抗うように問いかけてくる。


「お前は存在する限り、誰かの命を奪い続ける!

 お前は存在しちゃいけない、だからここで終わらせる!」

「何が悪い!

 生きるために殺し、奪うこと……

 そんなの、当たり前のことだろうが!」


 生きる……とこいつは言う。

 だがこれを……この在り様を、生きているというのか?

 

 ……いや。


「違う! お前はただ、生きることに囚われているだけだ!」

「なん……だとォ?!」


 セインは、グレイガの有り様を強く否定する。


「確かに、生きてる限り何かを奪ってしまうさ!

 でも、生きるってのは奪うだけじゃない!

 何かを生み出し、命を巡らせる、それが”生きる”ってことだ!

 お前はただ、壊すだけ!

 命の巡り合わせから外れたお前は……

 ここにいちゃ、いけないんだよ!」

「セイィィィィィン!!!!!!!!!!!」


 言い返す言葉もなく、ただ怨嗟で名を叫ぶ。


 その魂を『世界の中心』に叩きつけ、刃を押し込んでいくセイン。

 抵抗し続けるグレイガの魂は、瘴気を伸ばし、セインの首を締める。


 苦しく、意識は遠のきそうになる。


 だが、ここだけは──

 これを逃がしたら、コイツはまた、誰かを殺す。

 そんなことは、させない!


 体力が底を尽きようと、心がセインを動かす。


 だが、僅かに指が持ち手から離れそうになる……

 そんなセインの手を……アレーナの手が包む。


 二人の力が、反発を続ける瘴気を突き抜け、魂を断つ。


「チクショウ! チクショウ! チクショウ!

 オレが、こんな! こんなところでぇ!」


 魂が、怨嗟の叫びを放つ。


 だが、消滅の瞬間……

 遥か遠くから、差し込む光が見えた。


 それは結界の嵐が消え、差し込む日の光。


 どれだけ望み続けても、見られなかった世界……


──ああ、こんなところで……終わるのか……──


 終わり方を知らず、囚われ続けた魂は、そこで解放された。


 魂は光と消えさる。


 世界の中心に突き立つスパークレンス。

 そこから、霊脈を辿るように金色の閃光が走っていく。

 霊脈に残っていた、邪悪なる者の残滓を祓い、大地を浄化する。


 そして、力を使い果たしたスパークレンス……勇士の剣は、役目を終え、天に昇るように砂となって消えていく。


「……ありがとう」


 それを見届けたセインはただ一言、空を見上げて呟いた。


 顔を下ろし、傍に居たアレーナと顔を合わせる。


 そして、セインは右手、アレーナは左手。

 互いの手の甲に刻まれた、勇士の紋様を突き合わせた。


 勇士の紋様も、光となって消えていく。

 すべてが終わったことを、二人に告げるように。


「終わったんだな……」

「……うん、そうみたい」


 アレーナとセインは、糸が切れたようにその場に腰をおろし、仰向けに寝転んだ。


 紋様の無くなった手を繋ぎ、二人は、互いの顔を見合って喜びを噛みしめながら、降り注ぐ日差しを浴びるのだった。

次回、最終回。

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