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第百八話

 セナは思っていた。


──水と炎の対決なら、あたしの方が絶対有利じゃん──


 アレーナを送り出す際、そんな楽観的な部分がないではなかった。

 そして今、少し後悔している。


 そんな単純な話ではなかった。

 そもそも、戦いにすらなっていないのだ。


 今セナは、必死に炎の蜥蜴から逃げ続けていた。


 彼女がこの断崖絶壁で戦うには、氷で足場を作らねばならない。

 だが、その足場はあの全身から高温を発する蜥蜴が近づくだけで溶けてしまう。


 故に、次々と足場を作っては飛び移り、ひたすらに距離を取り続けるしかない。

 距離を取って戦えるのなら、まだいいのだが……そうもいかない。

 あの蜥蜴、ほんの少し近づかれるだけでも氷が溶けてしまう。

 それだけでなく、巨体の割には足が速い。


 しかも迫り方がなんか怖い。

 その姿に生理的嫌悪感を感じ、セナは反撃することも忘れてただただ逃げていた。


 なんとなく、背中の方が温まってきている気がしていた。

 理由はなんとなく察しがつく。

 出来ることなら確認したくなかった。


 ただ、足元は滑りやすくなり、走ることさえ困難になってきた。

 ……そして、気がつけば凍ることさえせず、蒸発を始める。


「うそ……」


 血の気が引くよりも先に、セナの体は地上に向かっていた。

 そして、落ちていてもなお、執拗に追いかけてくる炎の蜥蜴。


 蜥蜴は大きく口を開く。

 体内で練り上げられた魔力を放出するつもりのようだ。


──ああ、これ……ダメだ──


 大きさの違いは、単なるハッタリではないと思い知らされる。

 そのまま力の差になるんだ。


──やっぱりあたしじゃ……戦いなんて無理だったのかな──


 悔しさで、杖を握る力が強くなる。


──ちゃんと、セインの役に立ちたかったのに……!──

『だったら、腑抜けたこと言ってんじゃねぇ!』

「……えっ?」


 どこからともなく……いや、頭の中に響く声。


 この声は……シエラだ。

 水の精霊で、セナの師。


 しかも、滅多に見せない”本気”の時の。


「シエラ、なんで?!」

『こっちはお前らが世界を救うって信じて、街守ってんだ!

 そんな時に妙に弱った感情を感じ取っちまって気が散ったんだよ!』

「あっ、ごめんなさい」


 圧に負けて、思わず謝る。


『いいか、一度しか言わねえからな、よく聞け。

 アタイら水の使い手は、”最強”だ!

 ”何者にも囚われない”、”自由な存在”だからな。

 だから、”心で負けんな”』


 それだけ告げて、声は聴こえなくなる。


「なんだよ、それ」


 アドバイスでもくれるのかと思ったら、根性論。

 セナは思わず笑ってしまう。


 でも、不思議と力が籠る。


 これはもう、自分だけの戦いじゃない。

 想像はつかないけど……世界を守るための戦いなんだ。


 ここで自分が諦めたら、ダメなんだ。


 精霊の杖の先を敵に向ける。

 蜥蜴が熱線を放つのと同時、セナも水流を放つ。


 だが、やはり物量で敵わない。

 セナの水流は、熱線に蒸発させられてしまう。


──このままじゃ、押し切られる……! どうしたら──


 同じ量をぶつけようとしても勝機はない……


 そのとき、先ほどのシエラの言葉を思い出す。


──何物にも囚われず、自由……──


 彼女のもとで修行していた半年間。

 やってきたのは、精神を集中させること。

 そして、想像力を強くすることだった。


 その意味を、彼女は今まで教えてくれなかった。

 でも、もし……あの言葉が、その”意味”なのだとしたら……?


「水の使い手は、最強……」


 自分の胸の中に届くように呟く。


 心で負けない。

 自分はあれに勝てない……その思いが、自分を弱くしてしまうのかもしれない。


 想像するんだ、自分が勝つ姿を。


 そう、今撃っている水流だって、”消えている”わけじゃない。

 熱線とぶつかりあって、蒸発しているだけだ。

 水は宙を漂っている、分散してしまっているだけ……


 なら、それを全て、束ねれば?


 そして、量で押し返そうとするのではなく、細くとも、強く。


 ただ一点を、貫くように。


 セナの放つ水流は線が徐々に細くなっていくが、勢いを増していく。

 熱線の中心を貫いて、蜥蜴の体に風穴を開ける。


 ……だが、防ぎきれなかった熱線がセナの体を包んだ。

 そこに居たはずの、セナの姿はもう無かった。

 

 そして、蜥蜴に開いた風穴は徐々に塞がっていく。

 何事もなかったかのように、蜥蜴は再び動き出す。

 上に向かって這い上がろうとした、その時。

 その目は、上空に居る標的を捉える。


「この世界は水が溢れている。どこにでも、存在できる」


 一点に蒸気が集まって、雲のようになる。

 そして、それが人のような形を作っていく……


「空人、翼を失った天使の末裔。

 その肉体は仮初……

 だけど、あたしは”ここに居る”」


 そこに、セナが再び現れた。


 セナは、精霊の杖を依り代にしなければ、この世界で実体を保てなかった。

 だが、それを逆手に取った。


《この身は仮初、水のある所ならば、自分はどこにでも存在できる》


 と、強くイメージしたのだ。


 肉体と魂の繋がりを弱め、肉体を単なる”器”と定義する。

 そうすることで、魂さえあれば、仮に肉体が死を迎えても再生できるのだ。

 これは、悪魔であるルーアが土塊から肉体を作り出し、たとえ肉体を壊されても作り直していたことから思いついた。


 本人は気づいていないが、今その体は宙にさえ浮かんでいる。


 だが、その直後セナの息遣いは荒くなる。

 どうやら今の実力では負担の大きい方法らしい。

 そう何度もできることではないようだ。


──早めに決めないと、ヤバそうだ──


 胸を押さえ、少しでも呼吸を落ち着ける。

 そして、蜥蜴を見据える。


──体のど真ん中を貫いたのに、再生してる……普通のやりかたじゃ、倒せない……?──


 ……一つ、思い出す。

 アレーナの手元から、ルーアの居る方へと飛んで行った《勇士の剣》。

 アレーナは言った、「きっと意味があるはず」と。


 本当に、それに意味があるのだとするなら……


 セナは、蜥蜴の背後……地上の方角を見る。

 暑い雲に覆われてしまって、下までは見えない……だが。


「あたしの番、で良さそうだな」


 雲を突き抜けて、飛んでくる光。

 それを掴み取ろうとするように、セナは手を伸ばす。


「おいで、《スパークレンス》」


 光はセナの手に収まり、形作られていく。

 光が納まれば、その手には勇士の剣が握られていた。

 剣から流れてくる、力を感じる。


「おまえは、あたしたちを、助けようとしてくれてたんだな」

 

 セナは優しい眼差しを、その剣に向ける。


 そして、その眼差しは強い決意に変わり、敵を見据える。


「でも、早くセインの所に行かなきゃな!

 こっちはさっさと終わらせようか!」


 左手に握った精霊の杖。

 その先に、水の刃を作り出す。


 瞼を閉じ、心の中に静かで広い水面を浮かべる。

 そして、静かに二つの刃を交わらせ、擦り合わせて両手を広げる。


「広がれ、あたしの水面リンク──

 ──心象、投影」


 そう告げると、彼女の胸の内から、心の風景が現実に映し出されるように水面が広がっていく。

 溢れる水脈は、蜥蜴の周りを囲う。


 そして、セナはその上を、滑るように進む。


 水の刃で水面をなぞりながら、蜥蜴の周囲を回る。

 セナが刃を振り上げれば、それに合わせて、水は舞い上がり蜥蜴の体を包み込んでいく。


 そして、蜥蜴を包み込んだ水の球体は、おもむろに宙に浮かび上がる。


「水は時にあなたを優しく包み……時に、固く閉ざす」


 水の球体は徐々に大きくなっていき、その圧力で中の蜥蜴を圧縮していく。

 そして、閉じ込めるように冷たく、硬くその姿を変えていくのだ。


「ここは命が生まれ、還る場所。

 この舞で貴方を清め、おくりましょう──」


 二本の刃を振るい、水の結晶を斬りつける。

 流れるように、優雅で、美しく……まるで舞い踊っているかのように。


「──《水妃輪舞アクエリアス・ロンド》」


 蜥蜴の肉体は、水の結晶ごと破裂する。

 その中から、黒い靄のようなモノが浮かび上がるのが、セナの水色の瞳に映る。


 セナは飛び上がり、聖なる輝きを放つ勇士の剣で、その靄を断ち切る。

 その靄は、肉体と共に光の粒子となって消えゆく。


「これはきっと、邪悪なる者の力の一部……

 だから、この力で消し去らないといけなかったんだ」


 セナは暫し、勇士の剣を見つめ、手放す。


「……いや、それだけじゃない、よね」


 手放された剣は、更に上へ。


 その姿を見つめていたセナは、力尽きたように、瞳を閉じる。

 流れに任せるままに、落ちていく。


 ……その体を、下から飛んできていたクロムが受け止める。


『セナ、大丈夫か?』

「クロム……ありがとう。

 ちょっとしんどい、かなぁ」

『下まで降りるか?』

「その方がよさそう、邪魔になっちゃうし」


 クロムは上を気にしながらも、セナに頷いて降りていく。


「ごめんな、行きたかっただろ」

『いいんだ。セナがいないと、セインは悲しむ』

「……ありがとな」


 セナは、クロムにそう告げたあと、まどろみ始める。

 遠のく意識の中で、剣の向かった先を見つめる。


──連れて行ってくれ、あたしの……いや、あたしたちの……──

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