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第百話

 『私』が生まれたのは、怒りと哀しみの渦の中だった。


 喜怒哀楽。

 人間の感情の《源》。


 その総量は一定に保たれる。

 世界のバランスを保つためだ。


 それぞれが均衡を保つからこそ、互いに打ち消し合い、《感情》というものは目に見えず、形のないものとなる。


 だが、そのバランスは一度だけ、崩れたことがある。


 天使、悪魔、竜……強大な異種族がこの世界で争い、人が巻き込まれた時のことだ。


 怒りと哀しみ……人間の『負の感情』が、溢れた。


 バランスを崩した時、どうなるか。

 《世界》が均衡を保つため、『調整』を行う。


 余分な感情に形を与え、《現世》に産み落とすのだ。


 そうして産み落とされた『負の感情』は、ただ存在するだけで世界を混沌に陥れた。


 大地を穢し、空気は淀み、触れるものは壊れていった。

 ……『私』の意志に関わらず。


 存在そのものが『邪悪』。

 故に人々は《私》をこう呼んだ……


《邪悪なる者》


 と。


 人は『私』を恐れた。

 世界はまた怒りと、哀しみが溢れた。


 釣り合いを取るために、溢れた怒りと哀しみにまた、形を与える。


 その繰り返しで、私は強大になってしまった。


 『私』の《意志》では、この膨大な感情を止められないほどに。


 かつて、一人の男が『私』の前に立ちはだかった。

 その瞳に、強い怒りを滲ませて。


 それが、もっとも愚かな行為だとも知らずに。


 でも、構わない。

 そうして、『私』に負の感情を向けるなら……


 キミとも一つになれるのだから。



 《エデン》は別に、良いことをしようとしてるつもりなんてない。

 ただ、アイツが邪魔。

 それだけだ。


 《エデン》と《邪悪なる者》。

 正直、当人もどちらが先に生まれたのかは分からない。


 そんなことは、どうでもいい。


 ただ、『弱い方』が支配される。

 それだけだ。


 結界の外、遥か上空から《邪悪なる者》を見下ろすエデン。

 理性も知性も感じない、ただ欲求のままに膨れ上がるだけのバケモノだ。

 だが、放っておけばもはや結界も突き破ってしまうだろう。


「あんなのと同質と思われるの、心外なんだよね」


 深々と、ため息を吐く。


 これからやることが、無駄だと分かっているからだ。


「こんなことに付き合うなんて、モノ好きだよね、キミも」


 胸に手を当てて、その内側に話しかけるように、そう言った。


『無駄ということはないはずだ』


 頭の中に伝わる声……この体の持ち主、アレーナのものだ。


「セインが来るから、かい?

 ……でも、やっぱり不毛だよ」

『なぜ、そう思う?』

「勝った方が、彼の敵になるだけだからさ」


 そう言って、エデンは自虐気味に笑う。


「『我ら』は、この世の全てを飲み込む、という本能が根底にある。

 ワタシだって、それに抗えないのだから」


 アレーナは、返事をしない。

 しかし、彼女がなにを考えているか、体を乗っ取っているから分かる。


「妙な事、考えないでよ」

『いや、分かっていると思うが、『悪役』にしかなれないキミに、あえて言おう』


 ほんの少し、笑いながら、彼女は告げる。


『本能に抗おうとするから、『キミはキミ』なんだろう? 《エデン》』

「……無駄話はここで終わり。

 どうせ無駄な時間を過ごすなら、少しでも抗っておこうか」


 エデンは、鎧から突き出た一本の棘を折り、左手で握る。

 すると、それは身の丈ほどに伸びて、一本の槍に変化する。


 アレーナの《従士》の力で更に変化させようとするが、うまく武器に力が通らず、稲妻のような光が、槍の周りに走るだけだった。


「反発しあう力じゃ、こんなものか。

 ま、これで我慢するしかないね」


 そして、エデンは邪悪なる者に向かって突撃する。


 邪悪なる者は、エデンを取り込もうと触手を伸ばす。

 エデンは、稲妻を纏う槍で触手を断ち切っていく。


 その戦いは、三日三晩続いた。

 最後まで、エデンは抵抗し続けた。


 最初から分かっていた、力の差が大きすぎること。

 決して、敵うことはないと。


 それでも、『自分』を護るために戦い、邪悪なる者を抑え込んだ。


「やっぱりキミは、もう邪悪なる者とは違うと思う」


 真っ黒な闇の底へ沈んで行く中、アレーナはそう言った。


『どうして?』

「こうして私と話していることが、その証拠だ」


 言われてみれば、そうかもしれない。とエデンは思った。

 いつの間にか、『個』というものを大切に感じるようになっていたらしい。

 今もこうして、アレーナの中に逃げ、邪悪なる者と同化してしまうのを避けている。


『アレーナ、キミの方が先に取り込まれてしまうかもしれないけど、いいのかい?』

「大丈夫だ」


 彼女は胸を張ってこたえる。


「信じている。どんな暗闇の中でも、諦めなければ、きっと光は差すと。

 だから、私はこの暗闇を恐れない」


 アレーナは、前へと手を伸ばす。

 何かを掴み取ろうとするように。


「……そう、光が見えるまで、私は諦めない!」


 その手の中に槍を作り出し、握りしめる。


『なにするつもり?』

「悪あがきだ。今度は私に付き合ってもらうぞ、エデン」


 エデンに目があったら、きっと丸くしていただろう。

 彼女が、ここまで無茶な性格をしているとは思わなかった。


 一緒に居た時間は長かったが、こうして彼女『個人』をよく見たのは、初めてかもしれない。


『面白いこと言うね。

 ちなみに、拒否権は?』

「ない!」


 どうやら手を貸すしかないようだ……とエデンは諦めた。


 アレーナはまず、手あたり次第に槍を振るってみる。

 が、手ごたえは感じなかった。


「ならば、これでどうだ!」


 槍を逆手に持って掲げ、大きく体を捻って投擲する。


 どこかに当たったかは分からない。

 だが、『黒』の中がざわめきだしているのを感じる。


「どうやら、これが効くようだな」


 ニヤリ、と不敵に笑みを浮かべるアレーナ。


「さあ、もっとやってやろう、エデン!」

『ああ、ワタシも興が乗ってきたよ。思いっきりいこう』

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