第九十八話
王都を《人影》が襲った翌日。
セイン達はクロムの背に乗って、最後の目的地へと向かっていた。
その場所は《空人の里》。
セインとセナの故郷だ。
「まさか、こんな形で帰ってくることになるとは思わなかったよ」
里へと向かう森の中を進みながら、しみじみと呟くセイン。
「だな。ついこの間、出てきたばっかりなのに……
もう帰ってくるなんて、ちょっと恥ずかしい気もするなー」
つられて、セナもそのように話す。
そんな彼女の言葉に、セインは少し思うところがあるようで……
「この間、か。
確かに、あっという間だったような気もする。
色々なことが、ありすぎて……
なんて言い出すのはまだ早いかな。なにも終わってないのにね」
「そうだよ、故郷に来たからって、浸ってる暇ねーぞ。おれ達にはな」
もの思いにふけそうになるセインに、後ろから軽く釘を刺すゲレル。
「だよね、ごめん」
それから、またしばらく歩いていたが……少し様子がおかしい。
道案内のために先頭を歩いていたセインとセナは、口を閉ざしていた。
なんとなく、ルーアとゲレルが状況を察し始めたころ……クロムがセインの袖を引っ張る。
「セイン、ここさっきも通ったぞ」
「……やっぱり、分かる?」
申し訳なさそうに振り向くセインとセナ。
「いや、道順は間違えてないはずなんだよ。
でも、なんでか先に進めなくて……」
と焦った様子でセインは話す。
空人の里は《聖気》に満ちており、それは耐性のない人間には毒のようなものだ。
ゆえに、人間が迷い込んでこないように結界が張られている。
正しい通り道を知らないと、さ迷い歩いた末に、入口に戻されるのだ。
セインとセナは、正しい道を知っているはずなのだが、迷ったらしい。
本人達も困惑している。
ゲレルは、頭を抱える二人を見た後、横目でルーアを見る。
「なあ、道順が正しくても、結界の効力が発動する条件とかねーの?」
「ん~? まあ、外敵かもって判断したら弾こうとするかな」
問いかけると、セナが答えた。
それを聞いて、ゲレルは再びルーアに視線を向ける。
「外敵の判断基準ってどうなんだ?
たとえば……悪魔、とか」
「「……あぁ~……」」
みんなの視線がルーアに集中する。
「いや、ワシのせいだと言いたいのか?!
失敬な、この程度の結界に引っ掛かるようなヘマはせぬわ!」
「……引っ掛からないために、なんかしてるってこと?」
セナの問いかけに、ルーアはふいっと顔を逸らす。
セイン、セナ、ゲレルの三人が深々とため息を吐く。
そんな時、クロムは周りをきょろきょろと見回し始める。
そして、セインの袖をクイクイと引っ張る。
「なんか、囲まれてるぞ」
彼女に言われた通り、周囲には数人分、人の気配が感じられた。
「ああ……うん。
向こうから来てくれたなら、話は早そうだね」
そう言って、セインは警戒させないように手を挙げつつ、周りの誰かに呼びかける。
「ねえみんな! 僕だよ、セイン!
ここに居るのは僕の旅の仲間、セナもいるよ!」
茂みの奥に居る人物たちがざわつき始める。
そして、そのうち一人が僅かにこちらに顔を見せる。
「……あ、ほんとだ。
よく見たら……確かにセインだ」
それを皮切りに、隠れていた者たちが顔を出す。
皆、セイン達の知る顔だった。
空人の里の男達だ。
「いやぁすまんすまん、パッと見じゃ気づかなかったわ」
「ほんの少し見ないうちに、でっかくなったなぁ」
「今日はどうした? もう里帰りか」
と、男たちがセインの周りを囲っていく。
その人だかりに、セナは押しのけられていく。
「……あたしも居るんだけどぉ?!」
不満げに主張すると、ようやくセナに彼らの意識が向く。
「あ、うん。おかえり」
「ちょっとはおっきくなったか……カナー」
「いやぁ、大差ないだろ」
セインは、セナが空人の男たちに噛みつこうとするのを止めて、彼らに問いかける。
「それにしても、みんなどうしたの? そんな大げさな恰好して」
彼らは皆、それぞれ武装していた。
セインが知る限りでは覚えがないほど、臨戦態勢といえるまでに。
「ほら、この間、獣みたいな男に襲われたろ。
あれ以来、里の警備を強めることになってなぁ」
「そしたら、なんか結界に干渉しようとしてる奴がいるって爺さんがいうもんだからな?
こいつはえらいこっちゃ、と万全の装備を整えてきたわけよ」
なるほど、とセインは納得しつつ、その目は自然とルーアに向いた。
彼女は目を泳がせたあと、顔を逸らして一言、呟く。
「すまんかった」
*
その後、警戒を解かれ、一同は空人の里に案内される。
里の男たちが、長である『おじぃ』を呼びに行く。
それを待つ間、セインは、里を吹き抜ける風を体で受け止めて、大きく吸い込んで肺を膨らませ、吐き出す。
「久しぶりだなぁ……」
そんな場合ではない。とセインも分かっている。
だが、いざ故郷の地を踏み、その空気を嗅ぐと、気持ちが和らいだ。
故郷を懐かしむ彼の顔を、セナは思わず見上げてしまう。
『久しぶり』。彼は何気なくいっただけだろうが……
セナは、その一言に胸を締め付けられる。
「……やっぱり、違うんだよな」
ふと、そんな言葉が漏れる。
「……なにが?」
セインに聞かれてしまったらしい。
セナは少し気まずくて、顔を逸らす。
「いや、別に……あ、おじぃが来たぞ」
と、無理矢理話を逸らした。
セインは釈然としない様子だったが、おじぃの姿を見つけて駆け寄った。
「おじぃ、久しぶり!」
「おお、セイン元気してたか! いやぁ、少し見ない間にでっかくなったのぉ!」
「元気元気。おじぃも元気そうだね」
「お前に心配されるような、年の取り方はしとらんからな」
セインと話したあと、彼の背後を覗くおじぃ。
そこにはセナと、おじぃの知らぬ顔が三人。
「あの子らが、お前が旅で出会った仲間か」
ゲレル、ルーア、クロム。
それぞれの顔をしっかりと目に焼き付けて、不思議そうに首を傾げる。
「……あの金髪の子は、おらんのじゃな」
「……うん。これから、助けに行く。
そのために、ここに来た」
「そうか、なら長居は出来なさそうじゃのう」
「ごめん。全部終わったら、また来るよ。
アレーナも、一緒にね」
そう笑みを浮かべるセイン。
おじぃはそんな彼の背中を叩き、楽しそうに笑う。
「いつの間にか、いっちょ前のことを言うようになりおったなぁ!」
その意味がよく分からず、セインはただただ困惑するだけだった。
「おじぃ? 痛いんだけど?」
*
それからセイン達は里を離れ、最も聖気の強い場所へと向かう。
その場所に着くと、セインは驚いた。
「ここ……」
里の者ならよく知る遺跡。
だが、彼にとってはそれだけではない。
「アレーナを、見つけた場所」
忘れられない、出会いの地。
セインにとって、『始まり』の場所。
「そうだったか。
ここは、かつて勇士が生まれた地であった。
そこでお主が育ち、そして宿敵を宿した娘も、ここに辿り着いた。
因果というものは、不思議なものだなぁ」
ルーアは遺跡を眺め、感慨深そうにそう言った。
「……いや、感慨に浸っている場合ではないな。
始めるとしよう」
そして、遺跡の中に入る五人。
中は外とほとんど変わらない明るさで、暖かかった。
奥には、祭壇のようなものがあった。
上がると、そこには何かを填められそうな窪みがあった。
ルーアはそこを指す。
「セイン、勇士の剣をそこに」
言われた通り、セインは勇士の剣を刺す。
それから、セナ、ルーア、クロム、ゲレルが剣を囲むように立つ。
「火、水、風、土。
結果的に、この剣には全ての源素が宿った。
だが、それは感情を元にした、不安定なものだ。
ゆえに、ワシらがそれぞれの得意とする源素を使って安定させる」
そしてルーアは、セインを剣の正面に迎え入れる。
「セインは、この地の聖気と共に、ワシらの力を纏めてくれ。
そうすることで、《勇士の剣》は完成する」
「分かった。
……えっと、それでこの剣の名前はどうやって知ればいい?」
そう問いかけるセインに、ルーアは笑いかける。
「きっと向こうから教えてくれるだろうよ」
意味が分からず、セインは首を傾げるが、ルーアは「いいから手をかざせ」と、手を引いて、柄頭に乗せた。
そして、彼の手に、セナ、ルーア、クロム、ゲレルが手を重ね合わせる。
セインは感じる、みんなの力を。
自然と瞼を閉じていた。
『俺の問いに、答えろ』
突然、そんな声が聞こえた。
初めて聞く声だったが、なぜか誰の声なのか分かった。
「キミは、勇士?」
『俺は、ただの残り香だ、あまり長くは話せん』
「えっと、問いってどういうこと?」
『お前が、その剣に相応しいかを見極める』
「えっ、でも時間がないんじゃ……」
『だから、早く答えることだな』
「……分かったよ。じゃあ、早く聞いてよ」
先代勇士というのは、随分と強引な奴なんだな、と思った。
『お前は、邪悪なる者に怒っているか?』
「えっ、どういうこと?」
『言葉通りの意味だ、早く答えろ』
「え~……どうだろ。
前は、許せないって思ってたこともあるけど……」
セインは『エデン』のことを思い浮かべ、考える。
いつもちょっかいをかけてきては、場をかき乱す。
クウザやセナを怪物に変えたことだってある。
その瞬間は怒りを覚えたりもしたが……
終わってしまえば、みな無事に終わって、以前よりも打ち解けたような気もする。
なんならセナのときは、あいつ自身も巻き込まれていた。
それに、気になるのは火の霊脈でのこと。
《邪悪なる者》に取り込まれること……『自分』を失ってしまうことを、怖れていた。
アレーナも『助けてあげてほしい』と、そう言っていた。
それなりに長い付き合いになってしまって、単に倒すべき敵……とは、思えなくなっている。
「こんなこと言うと、変かもしれないけど……
あいつのこと、もう少しちゃんと知りたい、かな」
『知りたい、ね……変な奴だな。敵なのに』
「僕も、そう思うよ」
『……いいだろう。お前なら多分、大丈夫だ』
先代の声は、少し呆れたようにそう言った。
だが、どこか嬉しそうにも感じた。
『その剣の名は……とっくの昔に失われている』
「えっ、どういうこと?!」
まさかの回答に、思わず声を上げるセイン。
『よく聞け、その剣は邪悪なる者を封印するために力を失った、無銘の剣だ』
「無銘の、剣……じゃあ、どうすれば……?」
『その剣はもうとっくに、俺の知ってる剣じゃない。
お前の剣だ。
お前の剣のことは、お前の方が分かるはずだぞ』
それを最後に、声は聞こえなくなった。
けれど、分かった気がした。
セインは、空いた左手で腰の『エスプレンダー』に触れる。
この剣は、アレーナが銘をつけてくれた。
彼女の、想いの籠った名前。
祈りであり、願いだ。
「なら、僕はこの剣に『誓う』。
アレーナを助け出す。そして必ず、帰ってくる」
みんなの力が束となり、大きく輝く。
セインは、自分の中でそんな光景を見る。
「……分かった。この剣の名は──」